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12話 逆ハールートのヒロインムーヴ
「こんにちは、本を借りたくてお邪魔しています」
図書室で司書を見つけたウェンディは、声を落として話しかけた。
振り返った銀髪の男性は、メガネ越しに灰色の瞳を見開き、ウェンディの登場に驚く。
「ウェンディさん、お久しぶりです。お元気そうですね」
柔らかい笑みを見せられて、ウェンディは自分が歓迎されているのが分かった。
司書に促されて、ウェンディは受付へと案内される。
「卒業生は、在校生とは異なる貸し出しカードが必要なんです。こちらで作りますから、ウェンディさんは返却時の注意事項について、確認をお願いします」
手早く書類にサインしている手元を見て、司書の名前がザカライアというのを初めて知る。
それまでずっとウェンディは、司書さんと呼んでいたのだ。
ほかにも司書はいるのだが、なぜかウェンディが図書室に行くたび、話しかけてくるのはザカライアだけ。
これもザカライアが攻略対象だからなのだが、ウェンディはそれを知らない。
「今日はどんな本をお探しですか?」
カードを作り終えたザカライアが、司書らしく尋ねてくる。
「以前に教えていただいた本で、時を遡るポーションのレシピ集を、もう一度お借りしたくて。とても役立ったので、さらに検証したいんです」
「分かりました。少々お待ちください」
広い図書室の全てを把握しているのだろう。
ザカライアはコンパスのように長い脚で、サッと目当ての本の場所へ辿り着き、いくらもかからない内にウェンディのもとへ戻ってきた。
その姿を、多くの女子生徒がうっとりと眺めている。
「こちらで間違いないでしょうか?」
「ありがとうございます。助かります」
目的だったレシピ集を受け取り、貸し出し手続きを終えると、ウェンディはふと気になったことをザカライアに聞いてみた。
「そう言えば、今、学園には王女さまが在籍していますよね?」
「二年生に転入してきた、レイチェルさんですね」
「どのような学園生活を送っているのでしょうか? 勉強を頑張っているとか、生徒との交流を深めているとか……」
不審人物と思われないよう、おぼろげな質問をしてみたのだが、ザカライアは微塵もウェンディを疑うことなく、知っていることを教えてくれた。
「図書室にはあまり来ませんね。特に勉強を頑張っているふうには感じられません。教室や廊下で見かけると、必ず三人の男子生徒が側にいます。それを交流と呼ぶのならば、積極的に交流されていますよ」
思いがけず、ザカライアの評価は辛口だった。
ウェンディが目をぱちくりとさせていると、ザカライアが目を細めて微笑む。
「ウェンディさんのように優秀な方が同学年にいれば、少しは張り合う気持ちも生まれたのかもしれません。しかし、レイチェルさんは隣国で学んだ高位魔術を笠に着て、この学園全体を下に見ています。あんな態度では、親身になって勉強を教えたいという教授もいないでしょう。大変もったいないことだと思います」
「王女さまが、そんな態度を?」
「レンフィールド王国は、決して隣国に後れを取っているわけではありません。確かに魔術に関しては、隣国が抜きんでているでしょう。ですが、ダニング伯爵やウェンディさんのように、有能な錬金術士に関してはレンフィールド王国に軍配が上がるのです」
「ザカライアさん……褒めていただいて、ありがとうございます」
ウェンディが初めて名前を呼んだことに気がついたのか、ザカライアはパッと顔を明るくさせる。
「ぜひ、また図書室に本を借りに来てください。飛び級で卒業をしたウェンディさんの存在は、在校生にとっても励みになるでしょう」
実はザカライアだけでなく、ウェンディにも羨望の眼差しは注がれていた。
それが分かると恥ずかしくなり、ウェンディはザカライアにお礼を言うと、そそくさと図書室を後にした。
お世話になった学園長にも挨拶をしようかと、ウェンディが校内を歩いていると、噂の王女と三人の攻略対象たちを見つけた。
今は昼休みの時間だから、初夏の柔らかい日差しが気持ちの良い中庭で、ランチをしていても不思議はないのだが、その距離の近さにウェンディは驚く。
(あんなスチル、見たことない。もしかしてこれは、逆ハールート?)
辺境伯の息子の膝に座り、宰相の息子にピンク色の髪を結われ、隣国の王子から食べさせてもらっている王女の姿は、デクスター一筋のウェンディの感覚からすれば異様だった。
デクスターを探す目的で続編をプレイしたおかげで、かろうじてウェンディには三人が攻略対象たちだと分かる。
しかし一般の生徒や教授からしてみれば、このヒロインムーヴは、多数の男子生徒を手玉に取っている節操なしの王女としか見えないだろう。
(乙女ゲームの世界ではアリでも、現実の世界ではナシだわ。常識に外れているってこと、分かってないのかな?)
レンフィールド王国は、一夫一妻制だ。
ウェンディは続編をクリアしていないので分からないが、逆ハーした王女は攻略対象たちと最終的にどうなるのだろう。
しばらく考えていたが、ちょうど学園長が通りかかって話し始めると、ウェンディの頭からその悩みは消えてしまった。
『レンフィールド王国の枯れない花2』のシナリオ制作チームが考えていたプランでは、最難関の逆ハーエンドを成し遂げた王女は、一妻多夫が認可されている隣国の王子と結婚、攻略対象たちも一緒に隣国へ移り住むことになっていた。
そして『レンフィールド王国の枯れない花3』で、その後の物語が紡がれる。
隣国を舞台に、逆ハーエンドされた攻略対象たちをそれぞれ父にもつ異父兄弟とヒロインが登場、新たに生まれた魔王を討伐するために切磋琢磨するはずだった。
しかし、『レンフィールド王国の枯れない花2』内において、第二王子以外の前作の攻略対象たちの扱いがぞんざいであるとネットで炎上したため、『レンフィールド王国の枯れない花3』の制作は打ち切られた。
シナリオ制作チームのリーダーが、第二王子の強火担だったという眉唾な噂も流れたが、デクスターの魔王化を見てショック死してしまったウェンディには、全て与り知らぬことである。
◇◆◇
「やっぱりひとりは、危ないんじゃないか?」
図書室から借りた、時を遡るポーションのレシピ集をもとに、ウェンディとダニング伯爵が検証を重ねた結果、時を遡るポーションの塗布バージョンを試作することになった。
魔王の核が存在するのは下腹部だと判明したので、最初からそこにポーションを塗り込んでしまおうという作戦だ。
経口摂取は、ポーションを飲んですぐに効果が現れるから、魔王の核に気づかれ易い。
比較して、経皮吸収はじんわりと効果が現れるから気づかれ難く、反発されるまでの間、ポーションが核に染み込むのではないかと期待している。
「ちゃんと気をつけるから。それより、お父さまも頑張ってね」
ポーションを塗布バージョンにするため、必要な素材を採集しにウェンディはこれから海へ向かう。
避暑地にもよく選ばれている安全な場所なのだが、ダニング伯爵は泳げないウェンディを心配していた。
最初はダニング伯爵も一緒に行く予定だったが、突発で王家からポーションの注文が入ったのだ。
今は忙しいからと断ろうとしたら、報酬として王家が秘蔵する『特殊な素材』を渡すと言われた。
どんなレシピにも組み入れられて、配合するだけでポーションのランクを上げる『特殊な素材』は、魔物からしか採れない素材なので、魔物が消えて20年以上が経つ今となっては貴重品だ。
デクスターを救うためにも、『特殊な素材』はあったほうがいい。
そう判断して、ウェンディとダニング伯爵は、二手に分かれることにしたのだが。
「海に入るときは浮き輪をつけるんだぞ! 膝より水位が高くなったら、絶対に引き返すこと!」
行く直前になって、ダニング伯爵の老婆心が爆発していた。
何度目になるか分からない「大丈夫!」という言葉を口にして、ウェンディは採集の旅に出発するのだった。
図書室で司書を見つけたウェンディは、声を落として話しかけた。
振り返った銀髪の男性は、メガネ越しに灰色の瞳を見開き、ウェンディの登場に驚く。
「ウェンディさん、お久しぶりです。お元気そうですね」
柔らかい笑みを見せられて、ウェンディは自分が歓迎されているのが分かった。
司書に促されて、ウェンディは受付へと案内される。
「卒業生は、在校生とは異なる貸し出しカードが必要なんです。こちらで作りますから、ウェンディさんは返却時の注意事項について、確認をお願いします」
手早く書類にサインしている手元を見て、司書の名前がザカライアというのを初めて知る。
それまでずっとウェンディは、司書さんと呼んでいたのだ。
ほかにも司書はいるのだが、なぜかウェンディが図書室に行くたび、話しかけてくるのはザカライアだけ。
これもザカライアが攻略対象だからなのだが、ウェンディはそれを知らない。
「今日はどんな本をお探しですか?」
カードを作り終えたザカライアが、司書らしく尋ねてくる。
「以前に教えていただいた本で、時を遡るポーションのレシピ集を、もう一度お借りしたくて。とても役立ったので、さらに検証したいんです」
「分かりました。少々お待ちください」
広い図書室の全てを把握しているのだろう。
ザカライアはコンパスのように長い脚で、サッと目当ての本の場所へ辿り着き、いくらもかからない内にウェンディのもとへ戻ってきた。
その姿を、多くの女子生徒がうっとりと眺めている。
「こちらで間違いないでしょうか?」
「ありがとうございます。助かります」
目的だったレシピ集を受け取り、貸し出し手続きを終えると、ウェンディはふと気になったことをザカライアに聞いてみた。
「そう言えば、今、学園には王女さまが在籍していますよね?」
「二年生に転入してきた、レイチェルさんですね」
「どのような学園生活を送っているのでしょうか? 勉強を頑張っているとか、生徒との交流を深めているとか……」
不審人物と思われないよう、おぼろげな質問をしてみたのだが、ザカライアは微塵もウェンディを疑うことなく、知っていることを教えてくれた。
「図書室にはあまり来ませんね。特に勉強を頑張っているふうには感じられません。教室や廊下で見かけると、必ず三人の男子生徒が側にいます。それを交流と呼ぶのならば、積極的に交流されていますよ」
思いがけず、ザカライアの評価は辛口だった。
ウェンディが目をぱちくりとさせていると、ザカライアが目を細めて微笑む。
「ウェンディさんのように優秀な方が同学年にいれば、少しは張り合う気持ちも生まれたのかもしれません。しかし、レイチェルさんは隣国で学んだ高位魔術を笠に着て、この学園全体を下に見ています。あんな態度では、親身になって勉強を教えたいという教授もいないでしょう。大変もったいないことだと思います」
「王女さまが、そんな態度を?」
「レンフィールド王国は、決して隣国に後れを取っているわけではありません。確かに魔術に関しては、隣国が抜きんでているでしょう。ですが、ダニング伯爵やウェンディさんのように、有能な錬金術士に関してはレンフィールド王国に軍配が上がるのです」
「ザカライアさん……褒めていただいて、ありがとうございます」
ウェンディが初めて名前を呼んだことに気がついたのか、ザカライアはパッと顔を明るくさせる。
「ぜひ、また図書室に本を借りに来てください。飛び級で卒業をしたウェンディさんの存在は、在校生にとっても励みになるでしょう」
実はザカライアだけでなく、ウェンディにも羨望の眼差しは注がれていた。
それが分かると恥ずかしくなり、ウェンディはザカライアにお礼を言うと、そそくさと図書室を後にした。
お世話になった学園長にも挨拶をしようかと、ウェンディが校内を歩いていると、噂の王女と三人の攻略対象たちを見つけた。
今は昼休みの時間だから、初夏の柔らかい日差しが気持ちの良い中庭で、ランチをしていても不思議はないのだが、その距離の近さにウェンディは驚く。
(あんなスチル、見たことない。もしかしてこれは、逆ハールート?)
辺境伯の息子の膝に座り、宰相の息子にピンク色の髪を結われ、隣国の王子から食べさせてもらっている王女の姿は、デクスター一筋のウェンディの感覚からすれば異様だった。
デクスターを探す目的で続編をプレイしたおかげで、かろうじてウェンディには三人が攻略対象たちだと分かる。
しかし一般の生徒や教授からしてみれば、このヒロインムーヴは、多数の男子生徒を手玉に取っている節操なしの王女としか見えないだろう。
(乙女ゲームの世界ではアリでも、現実の世界ではナシだわ。常識に外れているってこと、分かってないのかな?)
レンフィールド王国は、一夫一妻制だ。
ウェンディは続編をクリアしていないので分からないが、逆ハーした王女は攻略対象たちと最終的にどうなるのだろう。
しばらく考えていたが、ちょうど学園長が通りかかって話し始めると、ウェンディの頭からその悩みは消えてしまった。
『レンフィールド王国の枯れない花2』のシナリオ制作チームが考えていたプランでは、最難関の逆ハーエンドを成し遂げた王女は、一妻多夫が認可されている隣国の王子と結婚、攻略対象たちも一緒に隣国へ移り住むことになっていた。
そして『レンフィールド王国の枯れない花3』で、その後の物語が紡がれる。
隣国を舞台に、逆ハーエンドされた攻略対象たちをそれぞれ父にもつ異父兄弟とヒロインが登場、新たに生まれた魔王を討伐するために切磋琢磨するはずだった。
しかし、『レンフィールド王国の枯れない花2』内において、第二王子以外の前作の攻略対象たちの扱いがぞんざいであるとネットで炎上したため、『レンフィールド王国の枯れない花3』の制作は打ち切られた。
シナリオ制作チームのリーダーが、第二王子の強火担だったという眉唾な噂も流れたが、デクスターの魔王化を見てショック死してしまったウェンディには、全て与り知らぬことである。
◇◆◇
「やっぱりひとりは、危ないんじゃないか?」
図書室から借りた、時を遡るポーションのレシピ集をもとに、ウェンディとダニング伯爵が検証を重ねた結果、時を遡るポーションの塗布バージョンを試作することになった。
魔王の核が存在するのは下腹部だと判明したので、最初からそこにポーションを塗り込んでしまおうという作戦だ。
経口摂取は、ポーションを飲んですぐに効果が現れるから、魔王の核に気づかれ易い。
比較して、経皮吸収はじんわりと効果が現れるから気づかれ難く、反発されるまでの間、ポーションが核に染み込むのではないかと期待している。
「ちゃんと気をつけるから。それより、お父さまも頑張ってね」
ポーションを塗布バージョンにするため、必要な素材を採集しにウェンディはこれから海へ向かう。
避暑地にもよく選ばれている安全な場所なのだが、ダニング伯爵は泳げないウェンディを心配していた。
最初はダニング伯爵も一緒に行く予定だったが、突発で王家からポーションの注文が入ったのだ。
今は忙しいからと断ろうとしたら、報酬として王家が秘蔵する『特殊な素材』を渡すと言われた。
どんなレシピにも組み入れられて、配合するだけでポーションのランクを上げる『特殊な素材』は、魔物からしか採れない素材なので、魔物が消えて20年以上が経つ今となっては貴重品だ。
デクスターを救うためにも、『特殊な素材』はあったほうがいい。
そう判断して、ウェンディとダニング伯爵は、二手に分かれることにしたのだが。
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