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21話 離れ離れになるふたり
デクスターが聖女の催すお茶会に呼ばれ、王城に出向いた日から一ヶ月が過ぎた。
その間、ウェンディは一度もデクスターに会えていない。
デクスターは今、ダニング伯爵家の客室ではなく、王城の一角に居室を賜り、そこで過ごしているからだ。
なぜ、デクスターが長いこと王城に留め置かれているのか。
それは、勇者デクスターの20年以上ぶりの帰還が、記憶から薄れかけていた魔王討伐の偉業を思い起こさせ、ついては第二王子や聖女までもが、改めて民からの敬意と関心を集めているせいだ。
「デクスターは王族の威光アピールに、ていよく使われているんだ」
苦々しく呟いたのは、ダニング伯爵だ。
デクスターには経過観察が必要なため、ダニング伯爵は日を置かずに王城へ通っている。
しかし、第二王子や聖女に連れまわされ、デクスターの体が空いている日はなかなか無いという。
夜になっても人間の姿を保つようになったデクスターを、第二王子や聖女は貴族たちの夜会へデビューさせ、いまだ若々しいデクスターの姿を見た貴族たちは、こぞって「さすが聖剣に選ばれし勇者さまだ」と讃えているのだとか。
「まったく、馬鹿馬鹿しい。デクスターは見世物じゃないんだぞ」
「だけど、扱いは完全にそれよね。第二王子殿下や聖女さまの思惑が、透けて見えるようだわ」
「その通り。イアン殿下は、デクスターと共に偉業を成し遂げた自分の血が流れる男児を設け、次期王位を継がせるべきだと宣うし、聖女さまは、同じく偉業を成し遂げた自分を敬い大切にするべきで、イアン殿下との不仲の原因になる側妃を認めない姿勢を崩さない。このままでは、貴族たちがどちらの味方につくのか割れて、二極化するだろう」
「王家にとって、それは悪手よね」
「静観している国王陛下も、いつまでも黙ってはいないと思う。だがそれまでは、この騒動は続きそうだ」
「つまりはデクスターさまも、巻き込まれ続けるということ?」
もうずいぶんと会っていないデクスターを想い、ウェンディはしゅんと項垂れる。
ウェンディの気持ちを知るダニング伯爵は、励ますようにウェンディの頭を撫でた。
「デクスターも、ウェンディに会えなくて、寂しいと言っていた。イアン殿下や聖女さまの件が落ち着いたら、きっとここへ戻ってくるさ。それまでに私たちは、デクスターの体内の核の排出方法を探し出そう」
ウェンディは期待の新人錬金術士とは言え、ダニング伯爵家の令嬢以上の権限を持たない。
天下一の錬金術士の名を欲しいままにするダニング伯爵のように、軽々しく王城へは通えず、デクスターの帰りを大人しく待つしかないのだ。
「何度か、ウェンディの付き添いを願ってみたんだけどなあ。誰かの思惑に引っかかっているようで、許可が下りないんだ。すまないな」
「ううん、いいのよ。私がデクスターさまのために出来ることは、他にもまだあるもの」
ウェンディは会えない間もデクスターのために、研究を続けている。
そろそろ新しい視点が欲しくて、また学園の図書室に行ってみようと考えていた。
「明日は、学園の図書室に顔を出してみるわ。あそこの司書さん、とても有能なのよ」
「時を遡るポーションを教えてくれた司書さんだね。いいヒントがもらえるよう、祈っているよ」
◇◆◇
「ウェンディさん、ようこそ。今日はどんな本を、お探しですか?」
図書室の中で、棚にさしてある本の背表紙を眺めていたウェンディに、ザカライアが声をかけてきた。
ウェンディが振り返ると、そこには今日も、知的な灰色の瞳をメガネの奥に隠した、銀髪の美青年が立っている。
「ザカライアさん、お知恵を拝借しに来ました。研究で行き詰っているのです」
「ウェンディさんのお役に立てるのなら、嬉しいですね。どんなことでしょう?」
「体内に侵入した異物について、施術ではない取り出し方法がないか、探しています」
「それは、侵入した場所や、異物の形状にもよるのではないでしょうか?」
「……例えば、石のようなものが内臓付近に癒着した、と想定したらどうでしょう?」
魔王の核が下半身、それも男性器の近くにあるらしい、とは言えない。
せめてウェンディは、それが最近まで肉体と一体化しかけていて、今は分離に成功したばかりの段階だと、説明する。
「似たような病気がありますよ。その治療法が、何らかの指針になるかもしれませんね」
そう言ってザカライアが選んだのは、体内で石ができる病気の治療法の本だった。
ありがたくウェンディはその本の貸し出し手続きをする。
そのまま帰ろうとしたウェンディだったが、珍しくザカライアから話をふられた。
「以前、ウェンディさんが気にしていた王女のレイチェルさんですが、最近は学園を長く休みがちなんです」
驚きすぎて声が出そうになったのを、ウェンディは慌てて飲み込んだ。
ストーリー展開が、学園内の行動で決まる乙女ゲームで、学園を休むヒロインがいるなんて。
「王女さまはどうされたのでしょう? ご病気でしょうか?」
「それが、休んでいる理由がよく分からないのです。親しく交流していた三人の男子生徒も、困惑していました」
攻略対象を放っておいて、ヒロインは一体何をしているのか。
「レイチェルさんについては、日頃からあまり学習態度が良くないと、教授陣の間でぼやきが上がっていたのですが、このまま休みが続くと留年の可能性もあります」
「王女さまが……留年ですか」
それは王家にとって、歓迎できない話題だ。
隣国に留学までした王女が、自国の学園は留年だなんて。
「良くない状況ですよね。学園長はどう対応されるのでしょう?」
「近々、国王陛下へ現状の報告にあがると聞きました。それをきっかけに、レイチェルさんの態度が改善されることを望むばかりです」
ウェンディは王女に関する思いがけない情報を得て、家に帰り着く。
そしてそのまま、ダニング伯爵へザカライアから聞いた内容を伝えると、王城へ行っていたダニング伯爵からもまた、驚きの新事実が明かされたのだった。
「ウェンディの王城への付き添いを拒んでいたのが、レイチェル王女だと判明した。娘の我がままを律することなく、諾々と従っているイアン殿下には心底ガッカリしたよ」
ダニング伯爵の憤りを含む声音には、何か別の意味も含まれているようで、ウェンディは続く言葉を待つ。
すると、先ほどより言いにくそうに、モゴモゴと唇を動かしながら、ダニング伯爵は打ち明けた。
「実は……レイチェル王女が、デクスターに一目惚れしてしまったんだ。その結果、デクスターと仲が良いウェンディの面会が禁じられたらしい」
「そんな個人的な都合が、まかり通るのですか?」
「それが今の王城なんだ。高齢の国王陛下に代わり、王位継承権第一位のイアン殿下が実権を握っている。そしてイアン殿下は、自分と同じ魔術士の才能があるレイチェル王女を溺愛している。……デクスターと結婚したいというレイチェル王女のおねだりを、安請け合いしているのを見た」
「デクスターさまの意思はどうなるのです?」
「王族との結婚を、断る者などいないと思っているのだろう。レイチェル王女と釣り合うように、デクスターの身分を平民から貴族に引き上げる話も出ている。デクスターはまだ、魔王討伐の褒賞を受け取っていないから、おそらく爵位を授与されるはずだ」
王女が学園を長く休んでいる理由が、ウェンディにも分かった。
三人の攻略対象を切り捨てて、デクスターに狙いを定めた王女は、王城に滞在中のデクスターと接触する機会を増やし、デクスターの心を射とめようとしているのだ。
思いもしなかった王女の積極性に、ウェンディの顔は翳る。
「ウェンディ、今夜は借りてきた本でも読んで、夜更かしするのをお勧めする。もしかしたら、誰かが部屋を訪ねてくるかもしれないよ」
ダニング伯爵の声掛けは、残念ながら悩めるウェンディの耳を素通りした。
その間、ウェンディは一度もデクスターに会えていない。
デクスターは今、ダニング伯爵家の客室ではなく、王城の一角に居室を賜り、そこで過ごしているからだ。
なぜ、デクスターが長いこと王城に留め置かれているのか。
それは、勇者デクスターの20年以上ぶりの帰還が、記憶から薄れかけていた魔王討伐の偉業を思い起こさせ、ついては第二王子や聖女までもが、改めて民からの敬意と関心を集めているせいだ。
「デクスターは王族の威光アピールに、ていよく使われているんだ」
苦々しく呟いたのは、ダニング伯爵だ。
デクスターには経過観察が必要なため、ダニング伯爵は日を置かずに王城へ通っている。
しかし、第二王子や聖女に連れまわされ、デクスターの体が空いている日はなかなか無いという。
夜になっても人間の姿を保つようになったデクスターを、第二王子や聖女は貴族たちの夜会へデビューさせ、いまだ若々しいデクスターの姿を見た貴族たちは、こぞって「さすが聖剣に選ばれし勇者さまだ」と讃えているのだとか。
「まったく、馬鹿馬鹿しい。デクスターは見世物じゃないんだぞ」
「だけど、扱いは完全にそれよね。第二王子殿下や聖女さまの思惑が、透けて見えるようだわ」
「その通り。イアン殿下は、デクスターと共に偉業を成し遂げた自分の血が流れる男児を設け、次期王位を継がせるべきだと宣うし、聖女さまは、同じく偉業を成し遂げた自分を敬い大切にするべきで、イアン殿下との不仲の原因になる側妃を認めない姿勢を崩さない。このままでは、貴族たちがどちらの味方につくのか割れて、二極化するだろう」
「王家にとって、それは悪手よね」
「静観している国王陛下も、いつまでも黙ってはいないと思う。だがそれまでは、この騒動は続きそうだ」
「つまりはデクスターさまも、巻き込まれ続けるということ?」
もうずいぶんと会っていないデクスターを想い、ウェンディはしゅんと項垂れる。
ウェンディの気持ちを知るダニング伯爵は、励ますようにウェンディの頭を撫でた。
「デクスターも、ウェンディに会えなくて、寂しいと言っていた。イアン殿下や聖女さまの件が落ち着いたら、きっとここへ戻ってくるさ。それまでに私たちは、デクスターの体内の核の排出方法を探し出そう」
ウェンディは期待の新人錬金術士とは言え、ダニング伯爵家の令嬢以上の権限を持たない。
天下一の錬金術士の名を欲しいままにするダニング伯爵のように、軽々しく王城へは通えず、デクスターの帰りを大人しく待つしかないのだ。
「何度か、ウェンディの付き添いを願ってみたんだけどなあ。誰かの思惑に引っかかっているようで、許可が下りないんだ。すまないな」
「ううん、いいのよ。私がデクスターさまのために出来ることは、他にもまだあるもの」
ウェンディは会えない間もデクスターのために、研究を続けている。
そろそろ新しい視点が欲しくて、また学園の図書室に行ってみようと考えていた。
「明日は、学園の図書室に顔を出してみるわ。あそこの司書さん、とても有能なのよ」
「時を遡るポーションを教えてくれた司書さんだね。いいヒントがもらえるよう、祈っているよ」
◇◆◇
「ウェンディさん、ようこそ。今日はどんな本を、お探しですか?」
図書室の中で、棚にさしてある本の背表紙を眺めていたウェンディに、ザカライアが声をかけてきた。
ウェンディが振り返ると、そこには今日も、知的な灰色の瞳をメガネの奥に隠した、銀髪の美青年が立っている。
「ザカライアさん、お知恵を拝借しに来ました。研究で行き詰っているのです」
「ウェンディさんのお役に立てるのなら、嬉しいですね。どんなことでしょう?」
「体内に侵入した異物について、施術ではない取り出し方法がないか、探しています」
「それは、侵入した場所や、異物の形状にもよるのではないでしょうか?」
「……例えば、石のようなものが内臓付近に癒着した、と想定したらどうでしょう?」
魔王の核が下半身、それも男性器の近くにあるらしい、とは言えない。
せめてウェンディは、それが最近まで肉体と一体化しかけていて、今は分離に成功したばかりの段階だと、説明する。
「似たような病気がありますよ。その治療法が、何らかの指針になるかもしれませんね」
そう言ってザカライアが選んだのは、体内で石ができる病気の治療法の本だった。
ありがたくウェンディはその本の貸し出し手続きをする。
そのまま帰ろうとしたウェンディだったが、珍しくザカライアから話をふられた。
「以前、ウェンディさんが気にしていた王女のレイチェルさんですが、最近は学園を長く休みがちなんです」
驚きすぎて声が出そうになったのを、ウェンディは慌てて飲み込んだ。
ストーリー展開が、学園内の行動で決まる乙女ゲームで、学園を休むヒロインがいるなんて。
「王女さまはどうされたのでしょう? ご病気でしょうか?」
「それが、休んでいる理由がよく分からないのです。親しく交流していた三人の男子生徒も、困惑していました」
攻略対象を放っておいて、ヒロインは一体何をしているのか。
「レイチェルさんについては、日頃からあまり学習態度が良くないと、教授陣の間でぼやきが上がっていたのですが、このまま休みが続くと留年の可能性もあります」
「王女さまが……留年ですか」
それは王家にとって、歓迎できない話題だ。
隣国に留学までした王女が、自国の学園は留年だなんて。
「良くない状況ですよね。学園長はどう対応されるのでしょう?」
「近々、国王陛下へ現状の報告にあがると聞きました。それをきっかけに、レイチェルさんの態度が改善されることを望むばかりです」
ウェンディは王女に関する思いがけない情報を得て、家に帰り着く。
そしてそのまま、ダニング伯爵へザカライアから聞いた内容を伝えると、王城へ行っていたダニング伯爵からもまた、驚きの新事実が明かされたのだった。
「ウェンディの王城への付き添いを拒んでいたのが、レイチェル王女だと判明した。娘の我がままを律することなく、諾々と従っているイアン殿下には心底ガッカリしたよ」
ダニング伯爵の憤りを含む声音には、何か別の意味も含まれているようで、ウェンディは続く言葉を待つ。
すると、先ほどより言いにくそうに、モゴモゴと唇を動かしながら、ダニング伯爵は打ち明けた。
「実は……レイチェル王女が、デクスターに一目惚れしてしまったんだ。その結果、デクスターと仲が良いウェンディの面会が禁じられたらしい」
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「それが今の王城なんだ。高齢の国王陛下に代わり、王位継承権第一位のイアン殿下が実権を握っている。そしてイアン殿下は、自分と同じ魔術士の才能があるレイチェル王女を溺愛している。……デクスターと結婚したいというレイチェル王女のおねだりを、安請け合いしているのを見た」
「デクスターさまの意思はどうなるのです?」
「王族との結婚を、断る者などいないと思っているのだろう。レイチェル王女と釣り合うように、デクスターの身分を平民から貴族に引き上げる話も出ている。デクスターはまだ、魔王討伐の褒賞を受け取っていないから、おそらく爵位を授与されるはずだ」
王女が学園を長く休んでいる理由が、ウェンディにも分かった。
三人の攻略対象を切り捨てて、デクスターに狙いを定めた王女は、王城に滞在中のデクスターと接触する機会を増やし、デクスターの心を射とめようとしているのだ。
思いもしなかった王女の積極性に、ウェンディの顔は翳る。
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