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24話 逆転した立場
ウェンディはザカライアへお礼をしたくて、学園の図書室を訪れていた。
これまでに教えてもらった本が、ことごとくポーション制作のために役立ってくれている。
そのおかげで、核を小さくするポーションまでウェンディは辿りつけた。
「簡単な手土産だけれど、疲れたときに使ってもらえたら嬉しいわ」
ウェンディの手にある籠には、眼精疲労を回復するポーションの小瓶が並んでいる。
こんなとき、乙女ゲームのヒロインならば、手作りのクッキーでも持参するのだろう。
しかしウェンディの設定は悪役令嬢だし、そもそも貴族令嬢は厨房には入らない。
そこで仕事をしている料理長たちの、邪魔をしてはいけないと躾けられているからだ。
こういう場面でも、乙女ゲームとの違いを感じるウェンディだった。
ザカライアを探してキョロキョロしていると、妙に図書室がざわついているのに気がつく。
生徒たちがヒソヒソと声をひそめて内緒話をしているのが、漏れ聞こえているのだ。
「見て、ウェンディさまよ」
「恥ずかし気もなく出歩くなんて、信じられない」
「思っていたよりも、堂々としているわね」
「やっぱり、あれは嘘なんじゃないの?」
「でも、レイチェルさまが仰っていたのよ」
「そう言うレイチェルさまこそ、これまで散々――」
どうやら噂の中心にいるのは、ウェンディのようだ。
しかし、思い当たる節が何一つないので、対応のしようがない。
首をかしげていると、目的のザカライアから声をかけられた。
「ウェンディさん、ここでは落ち着かないので、どうぞこちらへ」
いつもとは違い、やや焦った顔をしているザカライアに案内されて、ウェンディは作業室へと連れて行かれた。
堆く積まれた本の山の間では、ほかの司書たちが本の修繕をしている。
初めて立ち入った場所に興味津々で、あちこちを楽しそうに見ているウェンディに、ザカライアがホッとしていた。
「その様子では、噂に傷ついているわけではなさそうですね。根も葉もないことですが、これだけ広まってしまっては、教授たちが火消しをするのも間に合いません。ウェンディさんが学園を訪問するのは控えた方がいいと、早くにお伝えするべきでした」
「何か私について学生たちが話しているのが聞こえましたが、肝心の内容が分からなかったのです。一体どうしたのですか?」
「……元凶は、レイチェルさんです。久しぶりに学園へ来たと思ったら、ウェンディさんについてあることないこと、吹聴し始めました」
ぴくり、とウェンディが動きを止める。
この展開には、聞き覚えがある。
ただし『レンフィールド王国の枯れない花2』の中で、だった。
悪役令嬢のウェンディが、ヒロインのレイチェルを妬み、学園内に悪い噂をばらまくのだ。
「私に関する、悪い噂が流れているのですね?」
「そうです。実際にウェンディさんと席を並べて学んだ生徒や、教鞭をとった教授たちは全て嘘だと理解しています。ですが、ウェンディさんに会ったこともない生徒たちは、信じていいのかどうか迷っているようです」
噂の出元が王女であるから、頭から否定できないのだろう。
「王女さまには、直接お会いしたこともないのですが……私は恨まれているようですね」
デクスターを挟んで、ウェンディとレイチェルは恋敵という関係になっているのだろう。
しかし乙女ゲームの悪役令嬢ムーヴを、王女がするとは思わなかった。
ザカライアはさらに説明を続ける。
「噂の内容は、ウェンディさんの卒論に関してです」
ゲーム内では、王女が権力をつかって留学先の成績を上方へ改ざんした、というデマが流れる。
しかしウェンディは留学をしていないので、標的になったのは卒論のようだ。
「あの卒論を書いたのはダニング伯爵で、ウェンディさんは親の英知を利用し、功績を横取りしたのだと言われています。ですが、ウェンディさんが卒論のテーマに悩み、実験を重ね、苦心しながらまとめていたのを私は知っています。すぐに噂を否定して回りました」
苦々しい顔をしているザカライアから、それが徒労に終わったのだと知れる。
「レイチェルさんだけでなく、取り巻きの男子生徒たちも加担したせいで、あっという間に学園中にこの噂が広まってしまい……学園長を筆頭に、教授陣は頭を抱えています」
「相手は王族ですからね。異議を唱えるのも、気をつかうでしょう」
とくに、次期国王となる第二王子が溺愛している娘とあれば、胃が痛いに違いない。
「せっかく学園に戻ってきたのですから、勉学に励んでくれたらよかったのに。レイチェルさんには落胆しています」
ザカライアがメガネを外し、両眼の間を揉み始めたので、ウェンディは今こそ渡し時だと籠を差し出す。
「よろしければ、こちらをお使いください。眼精疲労を回復するポーションを作ってきたのです。使いやすいように、1回分ずつ小分けにしています」
「これは助かります。私たち司書にとって、眼精疲労は切っても切れない悪友のようなもの。諦めつつ付き合っていますが、やはりつらいんですよね」
嬉しそうな表情を見て、ウェンディは手土産をポーションにして良かったと安堵する。
もっと図書室に居たかったが、これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
ウェンディは、ザカライアにこれまでのお礼を伝えると、早々に作業室を出た。
◇◆◇
「待つんだ、ダニング伯爵令嬢!」
まっすぐに正門を目指し、家に帰ろうとしたウェンディを、名指しで呼び止める者がいる。
誰の声か知らないが、貴族の通う学園には似つかわしくない、大きくて強い口調だった。
ウェンディが仕方なしに振り向くと、どこかで見たような顔をした筋骨隆々な男子生徒が立っている。
「……どちらさまですか?」
「俺はハリスン・ウォルフォード。レイチェルさまを護る騎士のひとりだ」
名乗りを聞いてピンと来た。
前世のウェンディが何気なく選択した剣士枠、続編の攻略対象のひとりだ。
騎士と言っているが、卒業もしていない今は、剣士にもなっていないはず。
だが攻略対象たちは、そろってヒロインの騎士を自称しているのだ。
この間、遠目で見たときにはすぐ分かったのに、王女抜きの単品で出てこられると分からないものだ。
しかもウェンディは、会話のムービーをスキップしまくったので、ハリスンの声すら覚えていなかった。
「ごきげんよう、ハリスンさま。ウォルフォード辺境伯閣下には、父共々、お世話になっております」
毅然としたウェンディの挨拶に、ハリスンは若干ひるんだようだ。
だが、ウェンディの言葉に間違いはない。
国内有数の高位貴族は、大抵がダニング伯爵の顧客だし、すでに錬金術士となったウェンディが、ダニング伯爵の助手をしているのは有名だ。
「ふん、父親の威光を借りて偉ぶっていられるのも、今の内だ。いずれレイチェルさまが、その化けの皮を剥がしてくれるだろう」
「何を仰っているのか、分かりかねます」
「本当の才女というのは、レイチェルさまのことを言うのだ。偽物が堂々とするものではない」
まったく会話が成り立たない。
こんなに頭の悪いキャラだったのか。
呆れたウェンディがこっそり溜め息をついていると、ハリスンの後方から他の攻略対象たちが現れた。
「唐突に駆けだしていくから、何事かと思ったら」
「早くしないと、次の授業に遅れてしまいますよ」
魔術士枠の隣国の王子ジレ・コランタンと、錬金術士枠の宰相の息子ミッチェル・クリントだ。
赤髪のハリスンと並び立つと、それぞれ青髪と金髪なので、信号機のように覚えやすい。
(だから三人が一緒にいたら、攻略対象だと認識できたんだわ)
やはり単品だと分からない、と思いながら、ウェンディは攻略対象たちを観察する。
攻略対象たちも、ウェンディをじろじろと見定めているようだ。
「レイチェルの言っていた、卑怯な女とはお前のことか」
「錬金術士の風上にも置けない存在ですね」
隣国の王子ジレは王女に合わせてレンフィールド学園に転入したから、先に卒業したウェンディを知らないのも頷ける。
だが、宰相の息子ミッチェルは錬金術士を目指す学科に一年生のときから在籍していて、間接的にウェンディを知っているはずだ。
それでもレイチェルの言うことが真実だと、微塵も疑っていない。
(これがヒロイン補正のなせる業なのかしら。悪役令嬢の私では、太刀打ちできないようになっているのね)
ウェンディはすでに、攻略対象たちとの会話が無駄であると学んだ。
だんまりを決め込んだウェンディと、それを生意気だと罵倒し始めた攻略対象たち。
そして、いよいよこの場に、真打が登場する。
これまでに教えてもらった本が、ことごとくポーション制作のために役立ってくれている。
そのおかげで、核を小さくするポーションまでウェンディは辿りつけた。
「簡単な手土産だけれど、疲れたときに使ってもらえたら嬉しいわ」
ウェンディの手にある籠には、眼精疲労を回復するポーションの小瓶が並んでいる。
こんなとき、乙女ゲームのヒロインならば、手作りのクッキーでも持参するのだろう。
しかしウェンディの設定は悪役令嬢だし、そもそも貴族令嬢は厨房には入らない。
そこで仕事をしている料理長たちの、邪魔をしてはいけないと躾けられているからだ。
こういう場面でも、乙女ゲームとの違いを感じるウェンディだった。
ザカライアを探してキョロキョロしていると、妙に図書室がざわついているのに気がつく。
生徒たちがヒソヒソと声をひそめて内緒話をしているのが、漏れ聞こえているのだ。
「見て、ウェンディさまよ」
「恥ずかし気もなく出歩くなんて、信じられない」
「思っていたよりも、堂々としているわね」
「やっぱり、あれは嘘なんじゃないの?」
「でも、レイチェルさまが仰っていたのよ」
「そう言うレイチェルさまこそ、これまで散々――」
どうやら噂の中心にいるのは、ウェンディのようだ。
しかし、思い当たる節が何一つないので、対応のしようがない。
首をかしげていると、目的のザカライアから声をかけられた。
「ウェンディさん、ここでは落ち着かないので、どうぞこちらへ」
いつもとは違い、やや焦った顔をしているザカライアに案内されて、ウェンディは作業室へと連れて行かれた。
堆く積まれた本の山の間では、ほかの司書たちが本の修繕をしている。
初めて立ち入った場所に興味津々で、あちこちを楽しそうに見ているウェンディに、ザカライアがホッとしていた。
「その様子では、噂に傷ついているわけではなさそうですね。根も葉もないことですが、これだけ広まってしまっては、教授たちが火消しをするのも間に合いません。ウェンディさんが学園を訪問するのは控えた方がいいと、早くにお伝えするべきでした」
「何か私について学生たちが話しているのが聞こえましたが、肝心の内容が分からなかったのです。一体どうしたのですか?」
「……元凶は、レイチェルさんです。久しぶりに学園へ来たと思ったら、ウェンディさんについてあることないこと、吹聴し始めました」
ぴくり、とウェンディが動きを止める。
この展開には、聞き覚えがある。
ただし『レンフィールド王国の枯れない花2』の中で、だった。
悪役令嬢のウェンディが、ヒロインのレイチェルを妬み、学園内に悪い噂をばらまくのだ。
「私に関する、悪い噂が流れているのですね?」
「そうです。実際にウェンディさんと席を並べて学んだ生徒や、教鞭をとった教授たちは全て嘘だと理解しています。ですが、ウェンディさんに会ったこともない生徒たちは、信じていいのかどうか迷っているようです」
噂の出元が王女であるから、頭から否定できないのだろう。
「王女さまには、直接お会いしたこともないのですが……私は恨まれているようですね」
デクスターを挟んで、ウェンディとレイチェルは恋敵という関係になっているのだろう。
しかし乙女ゲームの悪役令嬢ムーヴを、王女がするとは思わなかった。
ザカライアはさらに説明を続ける。
「噂の内容は、ウェンディさんの卒論に関してです」
ゲーム内では、王女が権力をつかって留学先の成績を上方へ改ざんした、というデマが流れる。
しかしウェンディは留学をしていないので、標的になったのは卒論のようだ。
「あの卒論を書いたのはダニング伯爵で、ウェンディさんは親の英知を利用し、功績を横取りしたのだと言われています。ですが、ウェンディさんが卒論のテーマに悩み、実験を重ね、苦心しながらまとめていたのを私は知っています。すぐに噂を否定して回りました」
苦々しい顔をしているザカライアから、それが徒労に終わったのだと知れる。
「レイチェルさんだけでなく、取り巻きの男子生徒たちも加担したせいで、あっという間に学園中にこの噂が広まってしまい……学園長を筆頭に、教授陣は頭を抱えています」
「相手は王族ですからね。異議を唱えるのも、気をつかうでしょう」
とくに、次期国王となる第二王子が溺愛している娘とあれば、胃が痛いに違いない。
「せっかく学園に戻ってきたのですから、勉学に励んでくれたらよかったのに。レイチェルさんには落胆しています」
ザカライアがメガネを外し、両眼の間を揉み始めたので、ウェンディは今こそ渡し時だと籠を差し出す。
「よろしければ、こちらをお使いください。眼精疲労を回復するポーションを作ってきたのです。使いやすいように、1回分ずつ小分けにしています」
「これは助かります。私たち司書にとって、眼精疲労は切っても切れない悪友のようなもの。諦めつつ付き合っていますが、やはりつらいんですよね」
嬉しそうな表情を見て、ウェンディは手土産をポーションにして良かったと安堵する。
もっと図書室に居たかったが、これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
ウェンディは、ザカライアにこれまでのお礼を伝えると、早々に作業室を出た。
◇◆◇
「待つんだ、ダニング伯爵令嬢!」
まっすぐに正門を目指し、家に帰ろうとしたウェンディを、名指しで呼び止める者がいる。
誰の声か知らないが、貴族の通う学園には似つかわしくない、大きくて強い口調だった。
ウェンディが仕方なしに振り向くと、どこかで見たような顔をした筋骨隆々な男子生徒が立っている。
「……どちらさまですか?」
「俺はハリスン・ウォルフォード。レイチェルさまを護る騎士のひとりだ」
名乗りを聞いてピンと来た。
前世のウェンディが何気なく選択した剣士枠、続編の攻略対象のひとりだ。
騎士と言っているが、卒業もしていない今は、剣士にもなっていないはず。
だが攻略対象たちは、そろってヒロインの騎士を自称しているのだ。
この間、遠目で見たときにはすぐ分かったのに、王女抜きの単品で出てこられると分からないものだ。
しかもウェンディは、会話のムービーをスキップしまくったので、ハリスンの声すら覚えていなかった。
「ごきげんよう、ハリスンさま。ウォルフォード辺境伯閣下には、父共々、お世話になっております」
毅然としたウェンディの挨拶に、ハリスンは若干ひるんだようだ。
だが、ウェンディの言葉に間違いはない。
国内有数の高位貴族は、大抵がダニング伯爵の顧客だし、すでに錬金術士となったウェンディが、ダニング伯爵の助手をしているのは有名だ。
「ふん、父親の威光を借りて偉ぶっていられるのも、今の内だ。いずれレイチェルさまが、その化けの皮を剥がしてくれるだろう」
「何を仰っているのか、分かりかねます」
「本当の才女というのは、レイチェルさまのことを言うのだ。偽物が堂々とするものではない」
まったく会話が成り立たない。
こんなに頭の悪いキャラだったのか。
呆れたウェンディがこっそり溜め息をついていると、ハリスンの後方から他の攻略対象たちが現れた。
「唐突に駆けだしていくから、何事かと思ったら」
「早くしないと、次の授業に遅れてしまいますよ」
魔術士枠の隣国の王子ジレ・コランタンと、錬金術士枠の宰相の息子ミッチェル・クリントだ。
赤髪のハリスンと並び立つと、それぞれ青髪と金髪なので、信号機のように覚えやすい。
(だから三人が一緒にいたら、攻略対象だと認識できたんだわ)
やはり単品だと分からない、と思いながら、ウェンディは攻略対象たちを観察する。
攻略対象たちも、ウェンディをじろじろと見定めているようだ。
「レイチェルの言っていた、卑怯な女とはお前のことか」
「錬金術士の風上にも置けない存在ですね」
隣国の王子ジレは王女に合わせてレンフィールド学園に転入したから、先に卒業したウェンディを知らないのも頷ける。
だが、宰相の息子ミッチェルは錬金術士を目指す学科に一年生のときから在籍していて、間接的にウェンディを知っているはずだ。
それでもレイチェルの言うことが真実だと、微塵も疑っていない。
(これがヒロイン補正のなせる業なのかしら。悪役令嬢の私では、太刀打ちできないようになっているのね)
ウェンディはすでに、攻略対象たちとの会話が無駄であると学んだ。
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そして、いよいよこの場に、真打が登場する。
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