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26話 偽れない想い
「司書との噂が立つ前に、卒論についても悪質な噂が流れていたのだろう? その噂の大本が、レイチェル王女だというのをアルバートから聞いて、俺は自分が情けなくて――」
言葉を切って、デクスターが視線を手元に落とす。
ティーカップの中のお茶に映る、己の顔を見ているようだ。
「勇者だ英雄だと言われても、好きな人の前ではどうしていいか分からない、俺はそんな普通の男だ。だが、なぜかレイチェル王女から執着されている。それが分かっていて、なんの対策もしないままレイチェル王女の前でウェンディを褒めてしまって、その結果ウェンディが嫌な目に合った。俺がもっと、毅然とした態度をとっていれば……ウェンディが好きなのだと、最初から公言していれば良かったんだ」
顔を上げたデクスターが、美しい紫色の双眸でウェンディを捕える。
「ウェンディ、今さらだが俺の気持ちを伝えたい。20歳以上も年の離れた俺は、ウェンディにしてみればアルバートと同じ、父親みたいなものだろう。そんな俺から、心を寄せられているのを知って、嫌な気持ちを抱かせてしまうかもしれない。だが……偽れない。俺の全てが、ウェンディを愛しいと思っている」
秘していた胸の内を、デクスターが吐き出す。
苦しそうに、眉根を寄せて。
「気持ちを返して欲しいんじゃない。ウェンディを思い続けるのを許して欲しい。もう自分でも、どうにもできないんだ。一生懸命なウェンディが好きで、その想いだけで生きていられる。だから、どうか――」
「デクスターさま、私、胸を焦がすほど好きな方がいるんです」
デクスターの告白の途中で、耐えきれなくなったウェンディは言葉を挟んだ。
その内容に、サッとデクスターの顔から血の気が引く。
思い続けたいという望みを拒まれる、そう察したのだろうが、ウェンディの意図はそうではない。
「その方のためならば、飛び級で卒業だってするし、体に淫紋だって描くし、どんな噂を立てられようが構わないんです」
「え、それ……って」
「他人のために体を張って戦って、そのせいで魔物になっても誰も恨まない、勇者と称えられるに相応しい清廉な人。デクスターさま、あなたを愛してもいいですか?」
デクスターの手の中にあったティーカップが、動揺する心に合わせてガチャリと音を立てる。
それに驚いてそっとテーブルにティーカップを戻すと、デクスターは奇異なものを見る目でウェンディを見た。
「ウェンディ? 正気か?」
「デクスターさまが私に許可を取ろうとするから、私も真似をしたんです」
「そんな、許可なんて、取らなくて……いい」
真っ赤になったデクスターが、たまらずに俯いた。
しかし頭の上から湯気が出そうなほど火照っているのが、ウェンディにはしっかり伝わった。
「だったらデクスターさまも、許可なんて取らないでください。私たち……両想いなんですから」
なんとなく、デクスターから特別扱いをされていると感じていたウェンディだったが、しっかりと思い合っていることが判明した。
だったら遠慮なんてしない。
「両想い? 俺とウェンディが?」
ウェンディは立ち上がると、いまだ状況が飲み込めていないデクスターの隣へと座る。
そうしてデクスターの手の上に、自分の手を重ね置いた。
平民だったデクスターは、ある日いきなり聖剣の指名を受け、勇者に祭り上げられた。
元が剣士だったわけでもなく、剣の握り方も知らなかったデクスターが、どれだけの努力を積んで魔王討伐を成し遂げたのか。
傷だらけの手のひらに、その苦労が偲ばれた。
そんな手を愛おしく撫でていたウェンディは、ホレイショに頼まれごとをしていたのを思い出す。
次も元気が出るおまじないをして欲しいと、言われていたのだった。
デクスターの人生は、この国のせいで翻弄されてばかりだ。
今もきっと、デクスターは貴族位なんて望んでないに違いない。
それでも国王の面子を潰さないため、授与に関する煩雑な手続きにその身を忙しくしている。
「デクスターさま」
ウェンディは唇をデクスターの頬へ近づけていく。
そのまま動かないでくださいね、と言おうとしたのだが、その前に口を塞がれてしまった。
感極まったデクスターの唇によって。
(え? 元気が出るおまじないは?)
びっくりしているウェンディを、デクスターはしっかり腕の中に囲いこむ。
そして押し付けるように唇と唇を触れ合わせ、その柔らかさを味わった。
(これって、これって……私、デクスターさまとキスしてる!?)
前世も合わせて恋人がいなかったウェンディは、突然のことにどうしていいのか分からない。
ただ、今この瞬間が幸せだと、心が全力で叫んでいた。
「ん、デク、スターさま……」
息継ぎをしようと開けたウェンディの口に、デクスターの舌が滑り込んできた。
最初は浅く、次第に深く。
くちゅくちゅと密に絡み合い、お互いの体温と唾液を分け合う。
ぬるりとしたデクスターの舌が、ぞろりと舐め上げていくたび、ウェンディの体はぶるりと震えた。
あまりの快感に恍惚となるウェンディを、デクスターは愛し気に見つめる。
「ウェンディ、なんて可愛い」
ちゅうちゅうと上唇や下唇を吸い、頬にもたくさんの口づけを落とすデクスター。
ウェンディがデクスターに、もどかしく体を擦りつけると、デクスターの下半身はすぐさま反応を返す。
このまま、一線を超えてしまいたい。
そうウェンディは期待したが――。
「駄目だよ、ウェンディ。そんなに煽らないで。……我慢するのも大変なんだ」
デクスターがゆっくり、体を離した。
「どうして? 我慢する必要なんてないのに――」
「あるよ。アルバートから、ウェンディとの結婚の許可を、まだもらっていない」
「け、結婚……してくれるんですか?」
「俺はしたい。ウェンディは?」
「したいです!」
「だったら我慢しないと。既成事実を作るんじゃなくて、娘を託しても大丈夫だと、アルバートに認められたい。ウェンディだって、親に心配をかけたくないだろう?」
勃ってしまったものを、抑えるのはきついだろうに、デクスターはウェンディを慮る。
諭されて、ウェンディもこくんと頷いた。
「今夜は、ここまでにしよう。可愛いウェンディを、大事にしたいから」
そう言って微笑んだデクスターには、年齢なりの思慮分別さがあった。
突っ走ろうとしたウェンディは、己の未熟さが恥ずかしくなる。
「愛しい気持ちが一方通行じゃなくて、嬉しいよ。いつか、思い切り愛し合おう」
その日が早く来ますように、とデクスターはウェンディの額に口づけをする。
嬉しくてウェンディは、ぎゅっと抱き着いた。
デクスターが淫魔だったとき、欲に任せて強引に体の関係を進めなくてよかった。
そうしていたら、きっとデクスターは罪悪感に苦しんだだろう。
「デクスターさま、大好きです」
ウェンディがそう伝えると、デクスターは頬を赤らめて嬉しそうに微笑む。
長椅子に隣り合って座り、腕の中に互いの体を包み込み、通じ合って満たされた心と、一緒にいられる幸せな時間をふたりは噛みしめた。
【そろそろ、デクスターは元気になったか? オレも娑婆の空気を堪能してきたぜ。王城は醜い思惑で澱んでるからなあ。精霊っていうのは、混じりっけのないもんが好きなのに】
ぱたぱたと小さな羽根でホレイショが飛んできたのは、それからしばらくしてからだった。
ウェンディとデクスターは、別れ際にもう一度、触れ合うだけのキスをする。
「いい夢を。おやすみ、ウェンディ」
消えていなくなる瞬間まで、ウェンディとデクスターは目を合わせ、溢れ出る想いを伝えあった。
いつか結ばれる、その日を信じて。
言葉を切って、デクスターが視線を手元に落とす。
ティーカップの中のお茶に映る、己の顔を見ているようだ。
「勇者だ英雄だと言われても、好きな人の前ではどうしていいか分からない、俺はそんな普通の男だ。だが、なぜかレイチェル王女から執着されている。それが分かっていて、なんの対策もしないままレイチェル王女の前でウェンディを褒めてしまって、その結果ウェンディが嫌な目に合った。俺がもっと、毅然とした態度をとっていれば……ウェンディが好きなのだと、最初から公言していれば良かったんだ」
顔を上げたデクスターが、美しい紫色の双眸でウェンディを捕える。
「ウェンディ、今さらだが俺の気持ちを伝えたい。20歳以上も年の離れた俺は、ウェンディにしてみればアルバートと同じ、父親みたいなものだろう。そんな俺から、心を寄せられているのを知って、嫌な気持ちを抱かせてしまうかもしれない。だが……偽れない。俺の全てが、ウェンディを愛しいと思っている」
秘していた胸の内を、デクスターが吐き出す。
苦しそうに、眉根を寄せて。
「気持ちを返して欲しいんじゃない。ウェンディを思い続けるのを許して欲しい。もう自分でも、どうにもできないんだ。一生懸命なウェンディが好きで、その想いだけで生きていられる。だから、どうか――」
「デクスターさま、私、胸を焦がすほど好きな方がいるんです」
デクスターの告白の途中で、耐えきれなくなったウェンディは言葉を挟んだ。
その内容に、サッとデクスターの顔から血の気が引く。
思い続けたいという望みを拒まれる、そう察したのだろうが、ウェンディの意図はそうではない。
「その方のためならば、飛び級で卒業だってするし、体に淫紋だって描くし、どんな噂を立てられようが構わないんです」
「え、それ……って」
「他人のために体を張って戦って、そのせいで魔物になっても誰も恨まない、勇者と称えられるに相応しい清廉な人。デクスターさま、あなたを愛してもいいですか?」
デクスターの手の中にあったティーカップが、動揺する心に合わせてガチャリと音を立てる。
それに驚いてそっとテーブルにティーカップを戻すと、デクスターは奇異なものを見る目でウェンディを見た。
「ウェンディ? 正気か?」
「デクスターさまが私に許可を取ろうとするから、私も真似をしたんです」
「そんな、許可なんて、取らなくて……いい」
真っ赤になったデクスターが、たまらずに俯いた。
しかし頭の上から湯気が出そうなほど火照っているのが、ウェンディにはしっかり伝わった。
「だったらデクスターさまも、許可なんて取らないでください。私たち……両想いなんですから」
なんとなく、デクスターから特別扱いをされていると感じていたウェンディだったが、しっかりと思い合っていることが判明した。
だったら遠慮なんてしない。
「両想い? 俺とウェンディが?」
ウェンディは立ち上がると、いまだ状況が飲み込めていないデクスターの隣へと座る。
そうしてデクスターの手の上に、自分の手を重ね置いた。
平民だったデクスターは、ある日いきなり聖剣の指名を受け、勇者に祭り上げられた。
元が剣士だったわけでもなく、剣の握り方も知らなかったデクスターが、どれだけの努力を積んで魔王討伐を成し遂げたのか。
傷だらけの手のひらに、その苦労が偲ばれた。
そんな手を愛おしく撫でていたウェンディは、ホレイショに頼まれごとをしていたのを思い出す。
次も元気が出るおまじないをして欲しいと、言われていたのだった。
デクスターの人生は、この国のせいで翻弄されてばかりだ。
今もきっと、デクスターは貴族位なんて望んでないに違いない。
それでも国王の面子を潰さないため、授与に関する煩雑な手続きにその身を忙しくしている。
「デクスターさま」
ウェンディは唇をデクスターの頬へ近づけていく。
そのまま動かないでくださいね、と言おうとしたのだが、その前に口を塞がれてしまった。
感極まったデクスターの唇によって。
(え? 元気が出るおまじないは?)
びっくりしているウェンディを、デクスターはしっかり腕の中に囲いこむ。
そして押し付けるように唇と唇を触れ合わせ、その柔らかさを味わった。
(これって、これって……私、デクスターさまとキスしてる!?)
前世も合わせて恋人がいなかったウェンディは、突然のことにどうしていいのか分からない。
ただ、今この瞬間が幸せだと、心が全力で叫んでいた。
「ん、デク、スターさま……」
息継ぎをしようと開けたウェンディの口に、デクスターの舌が滑り込んできた。
最初は浅く、次第に深く。
くちゅくちゅと密に絡み合い、お互いの体温と唾液を分け合う。
ぬるりとしたデクスターの舌が、ぞろりと舐め上げていくたび、ウェンディの体はぶるりと震えた。
あまりの快感に恍惚となるウェンディを、デクスターは愛し気に見つめる。
「ウェンディ、なんて可愛い」
ちゅうちゅうと上唇や下唇を吸い、頬にもたくさんの口づけを落とすデクスター。
ウェンディがデクスターに、もどかしく体を擦りつけると、デクスターの下半身はすぐさま反応を返す。
このまま、一線を超えてしまいたい。
そうウェンディは期待したが――。
「駄目だよ、ウェンディ。そんなに煽らないで。……我慢するのも大変なんだ」
デクスターがゆっくり、体を離した。
「どうして? 我慢する必要なんてないのに――」
「あるよ。アルバートから、ウェンディとの結婚の許可を、まだもらっていない」
「け、結婚……してくれるんですか?」
「俺はしたい。ウェンディは?」
「したいです!」
「だったら我慢しないと。既成事実を作るんじゃなくて、娘を託しても大丈夫だと、アルバートに認められたい。ウェンディだって、親に心配をかけたくないだろう?」
勃ってしまったものを、抑えるのはきついだろうに、デクスターはウェンディを慮る。
諭されて、ウェンディもこくんと頷いた。
「今夜は、ここまでにしよう。可愛いウェンディを、大事にしたいから」
そう言って微笑んだデクスターには、年齢なりの思慮分別さがあった。
突っ走ろうとしたウェンディは、己の未熟さが恥ずかしくなる。
「愛しい気持ちが一方通行じゃなくて、嬉しいよ。いつか、思い切り愛し合おう」
その日が早く来ますように、とデクスターはウェンディの額に口づけをする。
嬉しくてウェンディは、ぎゅっと抱き着いた。
デクスターが淫魔だったとき、欲に任せて強引に体の関係を進めなくてよかった。
そうしていたら、きっとデクスターは罪悪感に苦しんだだろう。
「デクスターさま、大好きです」
ウェンディがそう伝えると、デクスターは頬を赤らめて嬉しそうに微笑む。
長椅子に隣り合って座り、腕の中に互いの体を包み込み、通じ合って満たされた心と、一緒にいられる幸せな時間をふたりは噛みしめた。
【そろそろ、デクスターは元気になったか? オレも娑婆の空気を堪能してきたぜ。王城は醜い思惑で澱んでるからなあ。精霊っていうのは、混じりっけのないもんが好きなのに】
ぱたぱたと小さな羽根でホレイショが飛んできたのは、それからしばらくしてからだった。
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