【完結】乙女ゲームの推しだった勇者が続編では淫魔になっていたので、悪役令嬢に転生した私が錬金術で救ってみせます!

鬼ヶ咲あちたん

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27話 思惑が渦巻く夜会

 ウェンディとデクスターが思いを伝えあってから数週間後、王城で大規模な夜会が開かれた。

 王家主催の夜会は久しぶりで、今夜は数多くの貴族が招待されている。

 ダニング伯爵や母バーバラと一緒に、ウェンディもドレスに袖を通し参加した。

 さすがに正式に招待されたウェンディを、王女の個人的な理由で立ち入り禁止にするわけにはいかなかったようだ。

 ダンスホールへ続く扉を、誰にも止められることなくウェンディは堂々と入っていく。



 きらびやかな会場では、すでにあちこちでグループが形成されており、ダニング伯爵がそれを見て、「あれはイアン殿下派、こっちは聖女さま派」と解説をしてくれた。

 憂慮していたように貴族たちは二極化し、ダニング伯爵家のような中立の立場の者を自分たちの派閥に引き込もうと、勧誘合戦が行われているそうだ。

 

「無駄だよねえ。分裂は何も生まないのに」



 すっかり第二王子とも聖女とも、距離を置いているダニング伯爵が溜め息をつく。

 そして王族が登場する側の扉を指さし、ウェンディにこっそり教えてくれた。

 

「おそらく今夜、デクスターが侯爵位を賜ることが発表されると思う。そして授与式には、国王陛下がご臨席されるだろう」

 

 平民から、いきなりの侯爵だ。

 ダニング家が男爵から伯爵になったのとは、比べ物にならない。

 決定までには紆余曲折があり、最終的には王女レイチェルを降嫁させるに相応しい爵位を与えたい第二王子の思惑が競り勝ったようだ。

 国王も、命がけの魔王討伐に平民の身で参戦し、常に最前線で体を張ってくれたデクスターへ、最大限の褒賞を授けたいとの考えだとか。



「でも、デクスターさまは、爵位なんて欲しがらなさそう」

「それが、そうでもないんだ。ウェンディとの未来を、真剣に考えているからね。デクスターなりに、爵位はあった方がいいと判断したんだろう」



 パチンとウィンクを飛ばすダニング伯爵は、ウェンディとデクスターの関係の変化に気がついていた。

 分かりやすいふたりだったが、先日ついにデクスターから正式に、ウェンディとの結婚の申し込みがあったのだ。

 可愛い娘ウェンディを嫁がせるのに、親友デクスターほど頼もしい相手はいない。

 清廉潔白かつ実直、聖剣に選ばれし最強の勇者で、なによりウェンディを心から愛している。

 浮気をしたら許さないからな、とダニング伯爵が念を押すと、わたわたと手を振って、そんなことをしたら俺を殺してくれ、と言っていたデクスター。

 デクスターを殺せる実力者は、国内にはダニング伯爵くらいしかいない。

 万が一にも起きないだろうが、そのときは心置きなくやらせてもらう、と笑いながら宣言しておいた。

 

 そんなやり取りを思い出しながら、ダニング伯爵は夜会の始まりを待つ。

 傍らでは、デクスターと踊るのを楽しみにしているウェンディが、そわそわと落ち着かない。

 ふたりの未来には、まだ越えなくてはならない壁があるが、きっと幸せを掴んでくれるだろう。

 乙女ゲームのシナリオを、知らぬ内に大きく改変させた張本人は、王族が登場する扉から第二王子に連れられて現れたデクスターへ、惜しみない拍手を贈った。



 ◇◆◇



 夜会の始まりの挨拶の中で、ダニング伯爵の予想通り、デクスターが国王より侯爵位を賜る予定であると第二王子が発表し、会場内は新たな高位貴族の誕生に沸いた。

 

「我らが勇者デクスターが、新たな侯爵となったあかつきには、もうひとつ大きな発表があるだろう。そちらもぜひ、楽しみにしていて欲しい」



 そう締めくくった第二王子の言葉に、ウェンディの周囲からヒソヒソと囁き声が上がった。



「きっと、レイチェル王女殿下との婚約発表ですわ」

「夜会でお見かけしましたが、とても仲が良さそうでしたね」

「いやあ、お似合いのふたりですよ」

「侯爵ならば、降嫁先としても問題はないでしょう」

 

 デクスターとレイチェルの婚約を先走って喜んでいるのは、主に第二王子の派閥に属する貴族たちだ。

 第二王子は根回しの意味も含め、自分の派閥には予め、情報を流しているのかもしれない。

 そしてやはり、デクスターの気持ちは完全に無視して、レイチェルとの婚約を押し進めるつもりのようだ。

 ウェンディは第二王子やレイチェルの自己中心的な考えに辟易する。

 

「ウェンディ、気にしなくていい。それよりも、ほら、デクスターが来るよ」



 ダニング伯爵に背を押されて、ウェンディが一歩前に出ると、そこにはすでにデクスターが待ち受けていた。

 いつかベランダで見たすっきりした夜会服とはデザインが異なり、青色をアクセントにした洒脱な装飾がデクスターの男らしい体躯を際立たせている。

 麗しい姿にぽうっと見惚れていたウェンディに、恭しくデクスターが手を差し伸べた。



「どうか私と踊ってください」

 

 いつもは自分のことを「俺」と言うのに、改まって「私」なんて言うから、ウェンディは卒倒しそうになる。

 ふらつくウェンディを危なげなくエスコートすると、デクスターはダンスホールの中央へと進み出た。



「デクスターさま、私、こんな真ん中で踊るのは初めてです」

「すまない、ウェンディ。逆に俺は、真ん中からのスタートしか知らないんだ。ゆっくり外側に移動しよう」



 中央で踊り始めるのは、位が高い人の特権だ。

 デクスターがこれまで誰と踊ってきたのか、なんとなく想像がついて、ウェンディの顔が自然と下を向く。

 

「誤解しないで、ウェンディ。誰もが勇者という肩書に、道を譲るだけだ。これまでのダンスは、ウェンディと踊りたいと思った俺の、練習の場だった。だから、ね? どうか顔を上げて。これが俺の最初の本番なんだ」



 愛しくて仕方がないウェンディの、しょんぼりした顔はデクスターの胸に刺さる。

 必死にウェンディの気分を持ち上げようと、いつもは朴訥なデクスターが言葉を尽くしていた。



「デクスターさま、どうしてそんなに甘いんですか? 拗ねてしまった私なんて、叱ってしまえばいいのに」



 デクスターのリードが巧みなおかげで、ふたりはダンスをしているように見えているだろうが、ウェンディはほとんどステップも踏めずに、子どもっぽい自分の態度を恥じて半べそをかいていた。

 きゅっと結ばれたウェンディの唇が愛らしく、思わずついばみそうになったデクスターは、ここが公の場であると思い出して踏みとどまる。

 

「いつだって甘やかすよ。俺にとって、ウェンディは最愛の人だから。決して、失いたくない人だから。こんなことでウェンディを叱るなんて、とんでもない」



 柔らかく微笑んでいるデクスターの表情から、それが本心なのだと分かる。

 ウェンディは自分が恋をした相手が、とてつもない傑物であると知った。

 大人だからという一言では済まない、底の見えない懐の深さと包容力に、幼い子どものように何もかも投げ出して縋りつきたくなる。



「私、デクスターさまと踊りたくて、今日はずっと落ち着かなかったんです。だけど実際に誘ってもらったら、真っすぐホールの中央に進むデクスターさまや、巧みに私をリードするデクスターさまに、王女さまの影を感じてしまって……」

「それでウェンディをしょんぼりさせてしまったのなら、すべて俺の責任だ。配慮が足りなかった」

「本当はとても嬉しいんです。デクスターさまが身につけている装飾品が青いのは、私の瞳の色に合わせてくれたからでしょう? そういうの、ズルいくらい格好良くて、私……」

「こうするといいと、アルバートに教えてもらった。どうしたらもっと、ウェンディに好きになってもらえるだろうかと、相談したんだ。ウェンディだって、俺の瞳の色の宝石を付けているよね? とても似合っている」

「これ以上、私をときめかせて、どうするんですか。もう……心臓が持ちません」



 デクスターとウェンディは、曲が変わっても踊り続ける。

 顔を赤くして恥ずかしがるウェンディに、とろけるような笑顔を向けるデクスター。

 あれほど婚約話に花を咲かせていた第二王子派の貴族たちも、ふたりの間柄をあからさまに見せつけられて、すっかり口を閉じてしまった。

 怒りが収まらないのはレイチェルだ。

 今夜はずっとデクスターと踊るつもりでいたレイチェルは、誰ともダンスの約束を取り付けておらず、ぽつんと取り残されている。

 

「私を侮辱したこと、後悔させてやるわ」



 レイチェルは父親である第二王子のもとへ向かい、小声で密談を交わすと、ドレスの裾を翻して会場から立ち去った。
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