【完結】乙女ゲームの推しだった勇者が続編では淫魔になっていたので、悪役令嬢に転生した私が錬金術で救ってみせます!

鬼ヶ咲あちたん

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31話 悪の香りと愛の香り

【この間、デクスターが媚薬ポーションを盛られただろう? あのとき、めちゃくちゃお姫さまの匂いがキツくてさ、それで思い出したんだよ。あの腐った酒みたいな嫌な匂いは、光の精霊の匂いだぜ】

「光の? ホレイショは、闇の精霊だったわよね?」

【そそ、オレたちは真逆の存在で、仲も悪いんだ】

 

 騒動があった夜会から、数日が経過していた。

 ウェンディの体に残っていた二つの魔法陣で、人間の姿を取り戻したデクスターは、あれから夜になっても魔物の姿には変わらないでいる。

 魔王の核を小さくするポーションを飲んでいたおかげで、そもそも核に、それほど抵抗する力が残っていなかったのだろう。

 ホレイショですら、核の香りが微かすぎて、よく分からなくなってきたと言っていた。

 相変わらずダニング伯爵が経過観察を続けているが、人間の姿のデクスターに目立つ異変はない。



 あの休憩室から瞬間移動で脱出して、それ以降デクスターはダニング伯爵家に滞在している。

 一緒にいるホレイショも、気軽にウェンディを訪ねては、他愛ない話をしていくようになった。

 今日はずっと気になっていた匂いの原因が、光の精霊だと分かったので教えにきたそうだ。

 

「ということは王女さまには、光の精霊が味方についているのね。闇と光では、何が違うの?」

【オレは悪の香りが好き。アイツは愛の香りが好き。オレたちは人間の醸し出す香りを吸って、成長するんだ。満足するまで吸うと、オレみたいに実体化する】

「悪と愛……確かに、真逆っぽいわ」

【本当はオレ、もっと悪い存在なんだぜ。だけど、勇者越しに香りを吸っちゃったからなあ。なんか人助けとか、妙に好きになっちゃって】



 えへへ、と陽気に笑うホレイショは、とても悪そうには見えない。

 

「光の精霊も、そうなのかしら。誰越しに香りを吸うかによって、性質が変わるの?」

【変わるよ。精霊は純粋なんだ。基本的には、くっついた人の色や吸った香りに染まるからな。オレの毛が黒いのは、デクスター譲りなんだ】



 ホレイショは自慢げに、艶々した黒毛を見せびらかす。

 黒髪のデクスターとお揃いなのは羨ましい、とウェンディもしげしげ眺めた。



「じゃあ、光の精霊はピンク色をしているのかしら? 王女さまの髪は聖女さま譲りのピンク色だもの」

【アイツの姿を見てないから想像だけど、多分まだ実体化できてないっぽいぜ。きっと愛の香りが足りないんだ。けど……おかしいんだよなあ。アイツの匂い、なんか昔よりえげつなくてさ】



 短い腕を組んで、ホレイショが首をかしげている。



【オレが言うのも何だけど、悪いもんでも吸い込んだんじゃないの? って思ったね】

「でも、愛の香りを吸うんでしょう? 愛って、悪いものかしら?」

【お嬢ちゃんはまだまだ、青いねえ。病んだり荒んだり歪んだり、愛のカタチはいろいろあるんだぜ】

「病んだり荒んだり歪んだり……もしかして光の精霊って、愛を集めるために、変なスキルを使ったりする? 無理やり人の気持ちを動かすような」

【魅了だろう? アイツのお家芸だよ】



 ウェンディが思い出したのは、三人の攻略対象たちだった。

 『レンフィールド王国の枯れない花2』から導入された逆ハールートのせいか、レイチェルはいびつな三股の関係を当たり前のように築いた。

 そして一夫一妻制のレンフィールド王国では、一対一以外の交際は白い目で見られるのに、攻略対象たちは誰もそのことを気にしているふうでもなかった。

 乙女ゲームの世界ではアリでも現実の世界ではナシだと、ウェンディには違和感しかなかったが、それが魅了によって引き起こされた異常事態であったとしたら。

 

(王女さまはデクスターさまに一目惚れをして、三人の攻略対象たちを長らく放置していたわ)



 それでも、魅了が効いている間、三人の攻略対象たちはレイチェルを想い続けただろう。

 

(それは……病んだり荒んだり歪んだりした、愛だったのではないかしら? 諦めることもできず、可能性のない恋心を抱き続け、振り向いてくれない相手を慕い続けるのは、精神的な拷問に近いでしょう?)



 そして光の精霊は、三人の攻略対象からレイチェルへ捧げられる不自然な愛を吸い、ホレイショの言う『えげつない匂い』をまとっていったのではないか。

 

「それなら納得がいくわ。 いや、ちょっと待って、どうして続編だけと言えるの。もしかしたら前作から、すでに影響が――」

 

 頭の中で思考していたはずが、いつのまにか声に出ていた。

 

「おや、何か考え事かな? そろそろ、デクスターを返しに来たよ。今日も体調は万全だ」



 ダニング伯爵がデクスターと一緒に、研究室から出てきた。

 ウェンディは経過観察が終わるのを、部屋の外で待っていたのだ。



「お父さま、ホレイショから新しい情報を得られたの。王女さまに、光の精霊がついているって。しかも、魅了のスキルを使えるそうよ」

「へえ……面白いね。でもレイチェル王女はデクスターを手に入れるために、媚薬ポーションを使ったんだよね? 光の精霊がそんなスキルを持っているのなら、どうしてもっと早くに使わなかったんだろう?」

【まだ実体化してないから、お姫さまはアイツの存在に気がついてないんだ。しかもデクスターには、アイツの天敵であるオレがついている。むしろ、デクスターに媚薬ポーションを飲ませようとしたお姫さまを、アイツは必死に止めてたんじゃないかな?】



 デクスターの肩によじ登りながら、ホレイショが自論を述べる。

 デクスターは定位置についたホレイショの顎を、こしょこしょと撫でてやっていた。

 こうした触れ合いや会話ができるのも、ホレイショが実体化しているからだ。

 それ以前は、デクスターもホレイショを、なんとなくの気配でしか捉えられなかった。

 

「お父さま、私、光の精霊が魅了のスキルを使えると知って、ひとつの仮説を立てたの」

「ほう、どんな仮説だい?」

「もしかしたら光の精霊は、お父さまやデクスターさまが魔王討伐に向かったとき、聖女さまについていたのではないかしら? 道中で媚薬ポーションを使われたような、違和感があったのでしょう? それは本当は、魅了のスキルをかけられたせいじゃない?」

「そう言えば昔、アルバートから『変な胸の高鳴りを感じるか?』と聞かれたことがある。この間も、手紙で訊ねてきただろう?」

「聖女さまに媚薬ポーションを依頼されたときにな。魅了のスキルと媚薬ポーションでは、効力に差異があるが、初期段階では私でも判断がつけにくい。当時は媚薬ポーションを飲まされたと思って、それを打ち消すポーションを作ってふたりで飲んだよな」

 

 デクスターとダニング伯爵は、うんうんと頷き合っている。

 それを見て、ウェンディは仮説の続きを話す。

 

「お父さまやデクスターさまが、媚薬の効果を打ち消すポーションを飲んだから、それが魅了のスキルと相殺されて、聖女さまに愛を捧げたのは第二王子殿下だけになってしまった。最近まで光の精霊は聖女さまについていたけど、20年以上ついていても実体化するだけの愛の香りが吸えない。そこで――」

「なるほど、鋭い視点だ。光の精霊は聖女さまから、レイチェル王女に乗り換えた訳か。だから、聖女さまはイアン殿下からの寵愛を失い、媚薬ポーションなんてものを私に依頼してきたと」

「逆にレイチェル王女は学園で、有能な男子生徒を三人も侍らせていたの」

「ふむ、もしかしたら、それが私やデクスターの姿だったかもしれないね」



 ダニング伯爵は顎に手をやり、深く考え始める。

 その間に、デクスターはホレイショに尋ねる。



「実体化するためには、どれだけの量が必要なんだ? イアン殿下を魅了しただけでは、足りなかったのか?」

【かなりの量が必要なのは認めるけど、だからと言って三人がかりじゃないと駄目ってこともないぜ。愛は人それぞれだからな。むしろアイツは魅了なんてズルを使うから、たいした愛の香りが得られないんだ】

「愛にも種類があるのよね? さっき教えてくれた、病んだり荒んだり歪んだりっていう」

【そうそう。オレの場合は愛じゃなくて悪だけど、デクスターから漏れていたのは、質のいい純粋な悪の香りだったから、すんなりと実体化できたってわけ。愛だって、量より質なんだ。アイツは愛を吸う相手は吟味してるみたいだけど、取りつく相手に失敗してるよなあ】



 愛を吸う相手が魅了のスキルをかける攻略対象で、取りつく相手がヒロインだろう。

 光の精霊に詳しいホレイショのおかげで、乙女ゲームの裏側がだんだんと見えてくる。
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