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37話 暗躍する闇の精霊
【新しいスキルを自慢しに来たけど、それどころじゃなくなったな】
ホレイショは辺りを見渡す。
そして、くんくんと鼻を鳴らした。
【どこに隠れていようが、この臭さじゃオレからは逃げられないぜ。出てこいよ、光の精霊!】
レイチェルの結った髪の中から、うっすらと光る何かが現れた。
よろよろと宙に浮かぶ光の精霊は、まだ実体化にはほど遠く、人間のレイチェルには見えもしないだろう。
〖何の用だ……〗
【お前がついてるお姫さま、最低だな。こんな根性悪で、どうやって愛されるっていうんだよ】
〖この娘は王女だ……立派な、身分がある〗
【は~あ、そうやって内面を蔑ろにするから、いつまでも実体化できないんだよ。もっとよく人間を観察しろよ。お前、手間暇を惜しんでるんじゃないのか?】
〖ウルサイ……帰れ……お前の顔なんか、見たくないんだ〗
レイチェルの髪の中へ戻ろうとする光の精霊を、逃がすものかとホレイショが追いかける。
【へへ~ん、オレがお前をそのまま帰すとでも思ったか? いい加減、このお姫さまの魅了が邪魔なんだよ。オレを一人前にしてくれたデクスターに、そろそろ恩返しをしておかないとなあ】
ホレイショは、光の精霊を鷲掴んだまま、新しいスキルを発動する。
〖何をする……放せ!〗
【お前に選ばせてやるぜ。どこにでも好きな世界へ飛んでいけ。そして二度と、この世界に戻ってくるな。もし未練たらしく帰ってきたら、こてんぱんにするからな】
〖やめろ……おい、これは……どこの世界へ……〗
ホレイショの目の前に現れた七色の渦へ、光の精霊をポイと放り込む。
〖わ~!〗という悲鳴が遠ざかり、やがて渦ごと影も形も消えてなくなった。
【これでデクスターもお嬢ちゃんも赤ん坊も、しばらくは安全だろう。お姫さまは自分の力だけで、現状をなんとかしないといけないぜ。せいぜい頑張るんだな】
ふんと鼻をこすると、ホレイショはデクスターたちのもとへ帰った。
ホレイショが新たに身につけたのは、瞬間移動の上位互換スキルだった。
空間を大きく捻じ曲げ、別世界と繋げてしまう特異な能力。
七色の渦に飲み込まれた光の精霊は、この世界との関係を断ち切られた。
つまり攻略対象たちにかかっていた魅了は、今をもって完全に解けてしまった。
翌日、隣国の王子ジレから突然、レイチェルへの婚約の申し込みが取り下げられる。
さらには、頻繁に面会に来ていた辺境伯の息子ハリスンや宰相の息子ミッチェルからも、連絡が途絶えた。
攻略対象たちはそろって、どうしてレイチェルに熱を上げていたのか、まったく分からないと答えたという。
「どうして? 私に愛を囁いていた三人とも、急に態度を変えるなんて……。一体何があったの?」
過去、レイチェルの母親である聖女も、同じ目に合った。
相思相愛で結ばれたはずの第二王子に、突然、無感情な目を向けられる恐怖。
それを味わった聖女を、レイチェルは何と言って見下したか。
もう本人も、忘れてしまっているだろう。
「こんな修道院に、一生いるなんて絶対に嫌よ! 私はレンフィールド王国の、王女なのよおおおお!!!」
怒りにまかせてレイチェルが魔術を暴発させたため、面倒を見きれないと修道院からは匙を投げられた。
国王の命令で、ひそかに身柄が王城へ運ばれると、レイチェルは魔術を封じられ、監視下で軟禁状態に置かれる。
その後、雪山に封印された第二王子と同じく、レイチェルの姿を公の場で見た者は誰もいなかったという。
◇◆◇
エインズワース侯爵家では、幸せな時間が流れていた。
驚くほど健康体なキャメロンはすくすくと育ち、侯爵として頑張るデクスターも問題なく堅調で、ウェンディには何の悩みもなさそうに見えた。
だが、実は大いなる野望を、ウェンディは隠し抱いていた。
それは――。
(人間の姿をしたデクスターさまとも、経験してみたい)
惚気に聞こえるだろうが、切実な思いだった。
淫魔の姿だったときは、しばしば二本のイソギンチャクをギンギンにさせていたデクスターだったが、人間の姿になってからは、恐ろしく慎ましやかで奥手でシャイで、出産後のウェンディの体を労わるばかりで、なかなか手を出そうとしないのだ。
(このままじゃ、二穴同時挿入が、私の経験の全てになってしまうわ)
魔物姿のデクスターとの性体験が、いろいろとおかしい自覚はあるウェンディだった。
なんとかそれを正しい方向へ戻そうと、頑張っているのだが。
「ウェンディ、体が冷えてはいけない。もっと厚手の服を着なさい」
セクシーランジェリーで誘惑しようとしては、長いガウンを着せられ……。
「キャメロンのお世話で疲れただろう。今夜は俺に任せて、ゆっくり眠るといい」
デクスターへ夜這いを仕掛けては、添い寝で寝かしつけられて返り討ちに合う……。
ウェンディの作戦は全戦全敗だった。
【まだるっこしいことせずに、どストレートに言えばいいんじゃないか? デクスターと性行為がしたいってさあ】
頭を抱えるウェンディへ、ホレイショがもっともな助言をくれる。
額に魔王の核が張りついても、ぷかぷかと宙に浮かんでは、キャメロンの相手をしてくれたり、ウェンディとのおしゃべりを楽しんだり、ホレイショは変わらなかった。
「そうね、女は度胸だわ。当たって砕けたら、慰めてちょうだい」
【砕けるはずないさ。だって、デクスターも――】
続くホレイショの言葉を聞き終える前に、ウェンディはデクスターの部屋へ突撃していた。
今夜はキャメロンを乳母に預けて、ふたりで過ごす準備は万端なのだ。
「よおし、行くわよ!」
張り切って扉をノックしたウェンディだったが、入った部屋の中にデクスターの姿はなかった。
こんな夜中に、どこへ出かけたのだろう。
心配になってデクスターを探しに行こうとしたら、寝室に備え付けられた浴室から、バスローブ姿でずぶ濡れな髪のままのデクスターが出てきた。
デクスターは部屋にいたウェンディと目が合うと、はっと驚いて動きを止める。
「デクスターさま、お風呂だったんですね」
ホッとしたウェンディが笑みを浮かべて近寄ると、焦ったようにデクスターはふいと視線を逸らす。
そのしぐさを不自然に思いつつ、デクスターが肩にかけていたタオルで、髪から滴る水をウェンディは拭いてやる。
(冷たい? もう夜は寒いのに、デクスターさまは水浴びをしていたの?)
湯気があがっているはずのデクスターの体は、バスローブ越しにもひんやりとしている。
風邪を引いてしまわないか、そう考えていたウェンディを、デクスターがそっと押しやる。
「夜も遅い。何か話があるのなら、また明日にでも聞こう」
ウェンディを遠ざけようとするデクスターに、胸が痛んだ。
キャメロンを出産してから数か月が経った。
夫婦の夜の営みを再開してもいいと、医師からお墨付きももらっている。
何度かそれらしいアプローチを、ウェンディからしてみたが、いつもデクスターはこんな感じだ。
ポロリ――。
昼間はとても優しいから、夜のデクスターのそっけなさが、ウェンディに涙を零させた。
それをウェンディは、ふるりと顔をふって振るい落とす。
デクスターの髪から滴り落ちる、水の雫とごまかせただろうか。
「分かりました。では、また明日――」
そう言って、俯いたまま部屋を辞そうとしたウェンディを、がばりとデクスターが抱き締める。
「すまない、ウェンディ。泣かせるつもりはなくて――」
「いいんです。デクスターさまの気持ちも考えずに、私……」
「違うんだ、ウェンディは何も間違っていない。悪いのは全て、俺だ」
デクスターがかがんで、視線の高さをウェンディに合わせる。
ウェンディはこらえきれず、いくつもの雫を青い瞳からあふれさせていた。
それを見て、デクスターがくしゃりと顔を歪める。
「どうして俺は……ウェンディを泣かせているんだ。こんなにも愛しているのに」
デクスターが唇を寄せ、頬を流れるウェンディの涙を吸いとる。
ひくっと喉が震えるが、ウェンディは必死に嗚咽が上がるのをこらえて、デクスターに思いの丈をぶつける。
「私、デクスターさまと、性行為がしたいです」
ホレイショは辺りを見渡す。
そして、くんくんと鼻を鳴らした。
【どこに隠れていようが、この臭さじゃオレからは逃げられないぜ。出てこいよ、光の精霊!】
レイチェルの結った髪の中から、うっすらと光る何かが現れた。
よろよろと宙に浮かぶ光の精霊は、まだ実体化にはほど遠く、人間のレイチェルには見えもしないだろう。
〖何の用だ……〗
【お前がついてるお姫さま、最低だな。こんな根性悪で、どうやって愛されるっていうんだよ】
〖この娘は王女だ……立派な、身分がある〗
【は~あ、そうやって内面を蔑ろにするから、いつまでも実体化できないんだよ。もっとよく人間を観察しろよ。お前、手間暇を惜しんでるんじゃないのか?】
〖ウルサイ……帰れ……お前の顔なんか、見たくないんだ〗
レイチェルの髪の中へ戻ろうとする光の精霊を、逃がすものかとホレイショが追いかける。
【へへ~ん、オレがお前をそのまま帰すとでも思ったか? いい加減、このお姫さまの魅了が邪魔なんだよ。オレを一人前にしてくれたデクスターに、そろそろ恩返しをしておかないとなあ】
ホレイショは、光の精霊を鷲掴んだまま、新しいスキルを発動する。
〖何をする……放せ!〗
【お前に選ばせてやるぜ。どこにでも好きな世界へ飛んでいけ。そして二度と、この世界に戻ってくるな。もし未練たらしく帰ってきたら、こてんぱんにするからな】
〖やめろ……おい、これは……どこの世界へ……〗
ホレイショの目の前に現れた七色の渦へ、光の精霊をポイと放り込む。
〖わ~!〗という悲鳴が遠ざかり、やがて渦ごと影も形も消えてなくなった。
【これでデクスターもお嬢ちゃんも赤ん坊も、しばらくは安全だろう。お姫さまは自分の力だけで、現状をなんとかしないといけないぜ。せいぜい頑張るんだな】
ふんと鼻をこすると、ホレイショはデクスターたちのもとへ帰った。
ホレイショが新たに身につけたのは、瞬間移動の上位互換スキルだった。
空間を大きく捻じ曲げ、別世界と繋げてしまう特異な能力。
七色の渦に飲み込まれた光の精霊は、この世界との関係を断ち切られた。
つまり攻略対象たちにかかっていた魅了は、今をもって完全に解けてしまった。
翌日、隣国の王子ジレから突然、レイチェルへの婚約の申し込みが取り下げられる。
さらには、頻繁に面会に来ていた辺境伯の息子ハリスンや宰相の息子ミッチェルからも、連絡が途絶えた。
攻略対象たちはそろって、どうしてレイチェルに熱を上げていたのか、まったく分からないと答えたという。
「どうして? 私に愛を囁いていた三人とも、急に態度を変えるなんて……。一体何があったの?」
過去、レイチェルの母親である聖女も、同じ目に合った。
相思相愛で結ばれたはずの第二王子に、突然、無感情な目を向けられる恐怖。
それを味わった聖女を、レイチェルは何と言って見下したか。
もう本人も、忘れてしまっているだろう。
「こんな修道院に、一生いるなんて絶対に嫌よ! 私はレンフィールド王国の、王女なのよおおおお!!!」
怒りにまかせてレイチェルが魔術を暴発させたため、面倒を見きれないと修道院からは匙を投げられた。
国王の命令で、ひそかに身柄が王城へ運ばれると、レイチェルは魔術を封じられ、監視下で軟禁状態に置かれる。
その後、雪山に封印された第二王子と同じく、レイチェルの姿を公の場で見た者は誰もいなかったという。
◇◆◇
エインズワース侯爵家では、幸せな時間が流れていた。
驚くほど健康体なキャメロンはすくすくと育ち、侯爵として頑張るデクスターも問題なく堅調で、ウェンディには何の悩みもなさそうに見えた。
だが、実は大いなる野望を、ウェンディは隠し抱いていた。
それは――。
(人間の姿をしたデクスターさまとも、経験してみたい)
惚気に聞こえるだろうが、切実な思いだった。
淫魔の姿だったときは、しばしば二本のイソギンチャクをギンギンにさせていたデクスターだったが、人間の姿になってからは、恐ろしく慎ましやかで奥手でシャイで、出産後のウェンディの体を労わるばかりで、なかなか手を出そうとしないのだ。
(このままじゃ、二穴同時挿入が、私の経験の全てになってしまうわ)
魔物姿のデクスターとの性体験が、いろいろとおかしい自覚はあるウェンディだった。
なんとかそれを正しい方向へ戻そうと、頑張っているのだが。
「ウェンディ、体が冷えてはいけない。もっと厚手の服を着なさい」
セクシーランジェリーで誘惑しようとしては、長いガウンを着せられ……。
「キャメロンのお世話で疲れただろう。今夜は俺に任せて、ゆっくり眠るといい」
デクスターへ夜這いを仕掛けては、添い寝で寝かしつけられて返り討ちに合う……。
ウェンディの作戦は全戦全敗だった。
【まだるっこしいことせずに、どストレートに言えばいいんじゃないか? デクスターと性行為がしたいってさあ】
頭を抱えるウェンディへ、ホレイショがもっともな助言をくれる。
額に魔王の核が張りついても、ぷかぷかと宙に浮かんでは、キャメロンの相手をしてくれたり、ウェンディとのおしゃべりを楽しんだり、ホレイショは変わらなかった。
「そうね、女は度胸だわ。当たって砕けたら、慰めてちょうだい」
【砕けるはずないさ。だって、デクスターも――】
続くホレイショの言葉を聞き終える前に、ウェンディはデクスターの部屋へ突撃していた。
今夜はキャメロンを乳母に預けて、ふたりで過ごす準備は万端なのだ。
「よおし、行くわよ!」
張り切って扉をノックしたウェンディだったが、入った部屋の中にデクスターの姿はなかった。
こんな夜中に、どこへ出かけたのだろう。
心配になってデクスターを探しに行こうとしたら、寝室に備え付けられた浴室から、バスローブ姿でずぶ濡れな髪のままのデクスターが出てきた。
デクスターは部屋にいたウェンディと目が合うと、はっと驚いて動きを止める。
「デクスターさま、お風呂だったんですね」
ホッとしたウェンディが笑みを浮かべて近寄ると、焦ったようにデクスターはふいと視線を逸らす。
そのしぐさを不自然に思いつつ、デクスターが肩にかけていたタオルで、髪から滴る水をウェンディは拭いてやる。
(冷たい? もう夜は寒いのに、デクスターさまは水浴びをしていたの?)
湯気があがっているはずのデクスターの体は、バスローブ越しにもひんやりとしている。
風邪を引いてしまわないか、そう考えていたウェンディを、デクスターがそっと押しやる。
「夜も遅い。何か話があるのなら、また明日にでも聞こう」
ウェンディを遠ざけようとするデクスターに、胸が痛んだ。
キャメロンを出産してから数か月が経った。
夫婦の夜の営みを再開してもいいと、医師からお墨付きももらっている。
何度かそれらしいアプローチを、ウェンディからしてみたが、いつもデクスターはこんな感じだ。
ポロリ――。
昼間はとても優しいから、夜のデクスターのそっけなさが、ウェンディに涙を零させた。
それをウェンディは、ふるりと顔をふって振るい落とす。
デクスターの髪から滴り落ちる、水の雫とごまかせただろうか。
「分かりました。では、また明日――」
そう言って、俯いたまま部屋を辞そうとしたウェンディを、がばりとデクスターが抱き締める。
「すまない、ウェンディ。泣かせるつもりはなくて――」
「いいんです。デクスターさまの気持ちも考えずに、私……」
「違うんだ、ウェンディは何も間違っていない。悪いのは全て、俺だ」
デクスターがかがんで、視線の高さをウェンディに合わせる。
ウェンディはこらえきれず、いくつもの雫を青い瞳からあふれさせていた。
それを見て、デクスターがくしゃりと顔を歪める。
「どうして俺は……ウェンディを泣かせているんだ。こんなにも愛しているのに」
デクスターが唇を寄せ、頬を流れるウェンディの涙を吸いとる。
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