石炭と水晶

小稲荷一照

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ローゼンヘン工業

デカート州元老院 共和国協定千四百三十八年霜降

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 軍監として義勇軍と帯同していたマイルズ議員からの報告は、まめに大議会の戦況報告に目を通していた人々にとっても衝撃的な内容を含んでいた。
 全般的な戦況は、春の段階でデカート州義勇軍がギゼンヌ周辺の治安維持を中心に活動をおこない、土地を占拠し続ける流民化した或いは匪賊化した帝国軍の残兵を排除しつつ、捕虜の管理をおこなっている、というものの延長として凡そ順調といえるものだった。
 地域の治安を求めての戦闘でいくらかの死傷者は出したものの、小規模な被害で全般的には問題にならない範囲で、部隊の充員は求めないという状況だった。
 大議会ではデカート州義勇軍の活躍が大きな刺激となって、義勇軍のみならず物資金銭の支援が約束され、秋には現地に到着したものも多い。
 結果として各地の義勇軍や地域の需要と関係のない物資の到着で現地兵站は大いに混乱しているものの、全般的な戦況としてはデカート州義勇軍が到着した昨年秋から、共和国軍は優勢に展開して、連日の勝利を重ねている。
 ただ戦場の共和国軍の優勢が明確に過ぎて投降する敵兵が多く捕虜の管理に人手が割かれ、各地の義勇軍の中には極めて人品劣悪な者共も含まれていて、軍事的な優勢とは全く別に混乱を起こしているということだった。
 味方をしようとする者を腐すことの愚かはそれとして、自称義勇軍の中には装備も満足でなく心得も技能も怪しげな風來の輩が勇名一旗揚げに徒党を組んで乗り込んでくることもあるからなおさらだった。各州からの軍監のない義勇軍については後備兵として現地で再訓練をおこなっていて、管理上の混乱は大きいものの致命的ではなく、城内で大きく破壊が起こっていたアタンズを拠点に訓練が行われている。
 当初は底をついた状態だった食料武器弾薬も次第に回復してきていて、馬匹とその秣の問題を除けば、ひとまず飢死の心配はなくなった。
 各地から送られ到着する義捐物資については廃品と大差無いようなものも多く含まれていて、整理をややこしくしているが、ともかく一旦受け入れている。
 夏の間に帝国軍がイズール山地に築いた拠点を段階的に放棄した結果として、共和国軍は帝国軍の大きな戦力を粉砕する決戦の機会を逸したが、全般的な現地の戦況は安定していて前線の軍組織を支えきれれば、戦争そのものは心配に及ばないともいえた。
 農作物の収穫も大きく期待できるということはないが、間に合わせの食いつなぎくらいには期待ができ、夏からの戦況の好転で城外陣地外に畑が広がり始めた。
 一方で春の段階で十万を超えることが確実視されていた帝国軍捕虜は、暦の上で冬になった今この時期十八万人を数えていて、早急な後送の手当がつかないと軍の活動は疎か、民需を支えきれなくなるという。春のうちは彼ら自身の蓄えがあったが、戦況がこのまま推移し次の秋までに手当がつかないと餓死者が出ることは間違いがなく、そうなった場合には暴徒と化すことは疑いもないということだった。また、やむを得ず街の周辺の目の届くところということで農地の一部を収容施設に当てていることも問題になり始めている。
 春のうちには大議会で捕虜の各州での引受を求めることになるだろう、という内容だった。
 結局、食料は足りているのか足りていないのか、という事情はさておき状況は好転しつつもかなり怪しげな雲行きであることが伝わる。
 問題はギゼンヌ周辺が共和国でも有数の穀倉地帯でその生産力と蓄えを根拠に前線が支えられていたが、その農地を不法民と捕虜が占拠しているために農地の生産力が発揮できないということにあった。
 そして安定した後方は共和国本国に通じる街道で、いずれにせよ無用な危険を起こすことは望ましくなかった。
 彼ら捕虜に自前の生産活動を許すような体制を与えれば、つまりそれは槍や弓を与えることと変わらなかった。
 昼間にツルハシを持っていようがバールを持っていようが、食料を取り上げることが出来るならそれほどの問題ではないが、捕虜に農作業をおこなわせることは戦争の決着が未だついていない中、あまりに危険だった。
 十八万の農民はもはや一つの国と言っていい圧力を発揮する。そんなものを戦争のさなか前線のそばに発生させる訳にはいかない。
 今や前線の一大治安勢力を預かることになったマイルズ卿の予測では、デカートでも幾万人かの引受を求められるだろうということだった。
 捕虜の身柄から身代金は取れないのか、という話題は身分があると自称する捕虜一万のうちに、実際に身分があるものは千人足らずで、連絡が取れそうなものが百人足らずで、支払いに至りそうなものが十名余りということでは、取引としては考えられても、現実の問題を解決するには至らなさそうであった。捕虜の人数が一万人が十万百万でも、身代金を期待することは現状の前線の兵站軍政における問題解決の糸口にはならない。
 前々から話はあったことでとうとうこの日が来たかということだったが、例えば一万人の捕虜移送となれば警護や様々を考えれば馬車で二千両という勘定は揺らがず、ちょっとばかりの大騒ぎだった。
 ヴィンゼでは粟稗の類を麦や芋の間に育てている農地は多く、飼葉向けに捌ける機会が多くなったので代わりに麦が食えると喜ぶ農家も増えていた。
 デカート一般を見渡しても収量はともかく生活そのものは大差ない。
 この一年でデカートでは明らかに戦争の景気で農民の生活が上向いていた。
 だが流石に一年も軍による調達が続くと、生活に必須の馬匹といえど千二千ならともかく更に一万二万を右から左に揃えるのは難しくなってきていた。
 馬の生産は去年の段階で推奨されていたが、軍需で日銭の欲しい農家が未産馬まで流してしまったせいで、今年来年はデカートでも馬が高いだろうと見込まれている。馬の値段が急激に上がっているのは、乗り捨てで買い溜まっているローゼンヘン館の馬をヴィンゼの馬舎がまめに引き取りに訪れるようになったことでも明らかだった。
 ヴィンゼの町まで鉄道が伸びたことでローゼンヘン館を直接訪れる隊商はかなり減っていたが、交通の中心が馬であることは変わりなく、街道を外れての野歩き森歩きは機関車よりも馬のほうがまだ面倒が少ないので、商隊の幾らかは帰りの糧秣をケチって空の荷馬車と馬を捨て値で現地に売る。そういう風にしてローゼンヘン館にはいつでも四五十から二百いくらかくらいの馬がいて毎年十かもうちょっとの仔馬が生まれていた。もちろんゲリエ村やクラウツ村とも馬や牛が出入りしているから、館の家畜はある程度増減出入りしている。村から奥まった土地にある館の広場は面倒の少ない安心できる牧場でもあった。
 馬用の貨車も列車の編制の中にはあって、最近は機関車で町中に出てゆくよりも、鉄道で馬と一緒に出かけるほうが、荷物が少ないなら面倒は少なかった。
 着々と鉄道建設は進みデカート市の郊外天蓋から五リーグのところまで近づいていたが、今のところはそこまでで、ギゼンヌで起こっている問題には直接寄与できる様子にはなかった。
 目下鉄道は戦争に関与できないとしても、捕虜を引き取るとして一万人をどう引き取るのか、引き取ったとしてどう扱うのか、という問題は州全体の人口が三十万を少し超える程度のデカートでは重大問題だったし、成り行きによっては一万が五万十万になってもおかしくない種類の話題だった。
 マジンにとっては面倒なことに、前線からの報告では貨物車の輸送能力と人員展開の能力について絶賛していて、一万人くらいなら百両もあれば数次に分けて一気に運べるだろうと軽く述べていた。
 確かに理屈であればハンモックに吊るすようにして五六十ずつ段違いに並べ押し込めることは出来る。貨車に便器を二つ三つ固定しておけば脱走の心配なく厠の世話も出来るだろう。
 警護の千人ほどの人員と道中の物資を考えても百五十両は要らないはずだ。という主張だった。本筋において誤りはない。
 価格が一両一億二千五百万タレルというマジンの言葉を聞くまでは、元老の誰もが良い思いつきだと思っていた。
 当然の成り行きのままにマジンは元老院で守銭奴と詰られた。
 実態として並ぶもののない商品の価格設定は困難で、適切かどうかは作る者求める者の双方の気分で決まる。だが、マジンには妥協する気はなかった。金が必要というよりも、材料を作るのに時間がかかるという重大な問題がある中で、あっさりと注文が積まれるような価格にする訳にはいかない。少なくとも来年中は安くできる見込みが無いと拒否した。
 元老院議会はここぞと荒れたが、捕虜の移送をふたつきではなく一週間に縮めることにどれほどの意味があるのか、という問いに特段の答えを持っている議員はおらず、マジンが改めて捕虜一万人あたり三千万タレル程度で奴隷商に移送を頼んでみてはどうか、という代案を出すと随分と静かになった。
 この中に千万という単位で奴隷を運んだものはいなかったが、マジンが数百という単位で奴隷をどこからか移送してきて働かせていることを知っているものは多かったから、それなりの説得力と検討の材料にはなった。三千万が五千万や一億になるのか或いは二千万でケリが着くのかはこの場では誰にもわからなかったが、検討の価値はある提案だった。
 次に問題になるのはどこで誰が管理するかという問題だった。
 鉱山主は千とか二千とか欲張ったことを平気で口にしているが、そんな数の兵隊崩れをおとなしくさせていられるほどに管理の手が足りているのかは怪しいものだった。
 どこかの休山になっている不採算鉱山を掘らせるつもりだろうが、大規模な脱走ということになれば目も当てられない事態になりかねない。懸念は満載だが、とりあえず問題が目の前に降ってこないことには心構えというところをわきまえよというところで、戦況報告会は終了した。
 翌週になって検事局六課から機関小銃と機関銃と軽臼砲の引き合いが来た。
 前線での様子を見るに欲しくなってきたらしい。折りたたみ銃床の短銃身型を求めてきた。どう使うつもりかしらないが、町中で振り回すつもりなら、義勇軍が使っているものよりそっちのほうが良さそうだった。
 機関銃に関しては専用工房を組み上げて採算がとれるほどに数が出るようだと、輸送の手間で目も当てられない事になるので保留にしていたが、鉄道が年内にもデカートの天蓋に到達する今となっては問題の一部は形がついたとも言えた。
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