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ローゼンヘン工業
マジン二十一才 2
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マジンはマリールとの距離感は未だに全然掴めていなくて、そのつかめなさは今となってはファラリエラがよほど頼もしく感じるほどのことだったので、元気そうならまぁいいや。という感じだったのだが、久しぶりに一緒に風呂にはいる成り行きになって驚いていた。
男と女の体の似ているような似ていないような構造は、角のあるマリールの身体を撫で回して、それでも女だと認識できる感覚の奇妙さに驚いていた。
マリールの身体はアーシュラの出産後、奇妙なほどに痩せていた。
服を着ている時にはその異常な体型にマジンはまるで気がついていなかった。彼女が帰ってきてからこっち彼女の身体にそれと触れたのは出産の時だけという有様だったから、つい先だってリザに云われなければ、マジンは風呂に一緒にはいろうと思いもしなかっただろうし気が付きもしなかった。
胸から上は締まって張りのある体をしていたが、肋が浮き腰骨の尖りが見え太ももが痩せ、馬の乗るのが怪しい体になっていた。
骨組みの人形に上半身だけ肉をつけた途中で粘土が切れたような、そんな不自然さのせいで、太ももと恥骨の間の筋肉の生々しさと青く血管の浮いた乳房の張りが対照的だった。
夏の暑さを凌ぐゆるい服装が子供の乳のために支えもなくとも垂れない程に張り詰めた乳房に支えられて、マリールの体型の変化に気が付かないままだった。
言い訳にもならないが、そのくらいにマジンは家人のことを気にかけていなかった。
マリールが日々の暮らしにはそれでも影響がなさそうに振舞っていたし、実際に学校の管理業務に支障はなかった。
産後の肥立ちというものかセラムはひとつきばかり体がむくんだように腫れて、馬に乗るのもつらそうにしていたが、ともかく毎日馬に乗っているうちに三ヶ月ばかりでむくみはなくなっていた。
ファラリエラもむくみが抜けず、色々やっているがまだ軍靴が履けないままでいる。
その辺の機微がわからないまま、マジンは三人と距離をおいていた。
久しぶりのマリールの身体はあちこち脂が足りない感じで痛いし痛そうだったが、マリールは嬉しそうだった。
「子供産んじゃうと急に冷めちゃう男女ってあるじゃないですか。あれって最初は気遣いのつもりなんですよね」
というファラリエラの腹の皮はレオナニコラの出産後まだたるみが戻っていなく、深くシワが寄っていた。太ももは歩くとあちこちこすれるほどに浮腫んでいるのか太っているのか、本人もわからない有様だった。
体調を確認すると、むくみであちこち擦れたり痒かったりするが、痛いほどではないので運動して何とかするということだった。むくみのせいかファラリエラはこれまでよりよほどわかりやすく反応するようになっていて、マジンの男心をくすぐりひどく満足させた。
セラムに云わせると、仔馬を産んだあとの牝馬がしばらくそわそわしている気分がわかったという。鞍を載せたいような載せなくないような子供いるんだけどなぁという気分であるらしい。
三人もいると昼寝も楽だし、学校に行けば他の母親とも会えるわけでそういう意味では気分が楽だが、それはそれとして男を咥え込むのは別格に満腹感があるということだった。
母乳が止まる頃には体調が安定するだろうから、とあまり心配した様子はなかったが、セラムもファラリエラとマリールの体調については心配していた。
マリールの体型の変化については、妊娠するために骨折をするという暴挙のせいでおこったことだろうと、深刻だが致命的ではないと考えているようだったが、ファラについては少々気にかけている様子だった。
子供を孕めば産めば気分が変わるというのはセラムもここしばらくで実感していたが、それが必ずしも良い方に転ぶとは限らないともセラムは感じていた。
彼女は以前ほどに馬に乗ることに喜びを感じていなかったし、もっと言えば休暇が終わって四種配置についた後の三種配置の再訓練期間をこなせるものか疑いを持っていた。出産女性は四種配置から二種配置、戦闘配置を前提としない後方勤務という選択肢もあって、昇進は諦めることになるがそれもいいかと考え始めていた。
人間としてはそれは肯定される判断でも、軍人の資質としては必ずしも誉められない、とセラムは自嘲するように言った。それは単に現場を離れていて、例えば久しぶりの工具が思うように指になじまないということではないかと尋ねてみれば、指を飛ばす心配に近いというセラムの言葉は、ちょっと深刻だった。
運動不足で歩くのも辛いということであれば、乗馬が良いと思うが馬に合わせるのが辛いということであれば、自分で速度を調整できる機械を充てがうのはどうだろうと思った。
ヴェロチペードを改良発展した安全自転車はここしばらくのデカート市の工房で模倣品の多い機械装置の一つだった。チェーンリンクの張力調整器が完成してその回転から電気を取り出す小型軽量の発電機が出来たことで、要素技術としては一通り完成を満足していた。
安全自転車は、チェーンスプロケットの比を変える変速機をもち、手元で絞れるブレーキを前後に備え、運転者の体格に合わせたフレームの大きさと長さでときに一日に五十リーグも走れる乗り物になっていた。鍛えた飛脚は馬と変わらぬ距離を走る。安全自転車を得た彼らは馬と変わらぬしばしば容易に上回る生き物になった。
カム式ワイヤー式油圧式のディスクブレーキはヴェロチペードの安全性を大きく解決するもので、登場するや様々な形で使われることになった。
空気入りの車輪はローゼンヘン工業しか今のところ作れず、多くの模倣品はコルク質の木製車輪で我慢するしかなかったが、そうであっても町中で馬よりも気楽に早く移動できることは、伝令を生業としている飛脚問屋や言伝屋といった人々には大きく受けて、そういう人たちは一万タレルという安いとも思えない本物と数千タレルのやはり安くもない模倣品とを、場合分けに幾つか使うことでデカート州の内側を結び始めていた。
速さという意味では当然に機関車に劣ったが気楽さや何より数が揃えやすく、馬のように秣やボロの心配をしないで良いという点で大きく勝り、荷の大きさがせいぜい数パウンということであれば行嚢の形で荷を届けた。
すぐに用品店から商会や書士或いは役所向けに封をしやすく運びやすい行嚢が売りに出されるようになった。
ローゼンヘン工業では様々な型を全て合わせても六千両ほどしか生産していなかったが、すでにデカートには一万近い自転車とその模倣品が出回っていた。
機械工具を手に入れた工房にとって、形の揃ったチェーン・スプロケットを作ることはある意味で自前の機械生産にとって最初の試験のようなものであったから、質はともかく相応にみかけはそろっていたし、材料の選定に苦労するまでもなくローゼンヘン工業が最低限の部材は提供していた。
同時に自転車の名の通り自分で転がさないとならないというところがこの機械の全てで、人の力で馬と競うほども走れる、ということが魅力であったし、一方で高価で複雑な機械を手に入れて何故自分で走るのだ、という批判めいた言葉もあった。
デカートではローゼンヘン工業に先立って、――世界初という触れ込みで――動力付きヴェロチペードの開発に着手した工房がいくつかあって、今のところ圧縮熱機関に組み込まれていた電動機を電池と直結することで達成したものがあった。残念ながら世界初の動力組み込みのヴェロチペードは既にアペルディラにゼンマイ式のものが存在していた。
それは到底安いものでは有り得ず、充電のために他の機関を必要としたから数が出るようなものではなかったが、幾つかの工房にとっては発電機は機関運転に必要なものでないという見切りは既になされていたから、デカート市内ですでに壊された数十両の機関車の再利用品としては発電機と並んで上等なものの一つだった。
こうなると当然に圧縮熱機関の組み込みも挑戦されたが、二ストンを超える機関の組み込みは一筋縄ではいかず、今のところデカートでは自走できる完成品は存在しなかった。
マジンは機構の配置を変えた専用の圧縮熱機関を組み込んだ動力付二輪車を完成させた。
肩幅ですべてを収めるために縦長になった機関の機能はこれまでと基本的には同じだったが、架台がないままに運転することは難しい形になっていた。
自転車の簡素な作りとは全く異なる方向性の、自ら動く車として作られた二輪車は、岩山羊ほどの大きさで三ストンほどの重さを持ち、如何にも空気ではちきれそうな丸みのある膨らみを持った大きな径の車輪を持った乗り物になっていた。
重さや速度そのものはこれまでの軽機関車とさして変わらない乗り物だが、足を投げ出し腰掛けるのではなく機関に身体をかぶせるようにして鞍に跨る分、視線は高く見通し視線は遠く、藪にも邪魔されないという長所があった。
四輪から二輪になったということで、悪路のバランスや停車の問題があったが、そこは運転者に頑張ってもらうしかなかった。
自動二輪車は運転者のバランスや身体の柔らかさに応じて道を選べる乗り物だった。
機関そのものも卵型気筒を使ってみたり、材料の見直しなどで軽量化の努力をしてみたが、出力の問題から機関重量はニストンを割り込むくらいに軽くなったところでそこまでだった。
出力は軽機関車のものと同じくらいになるようにしていたはずだが、部品素材や吸排気の改善でこれまでのものに比べて五割弱も最大出力が上がっていた。
大出力の自動二輪車はもちろん、四人の母親たちの運動不足を解消するための乗り物だった。
一番小柄なファラリエラもあっさり乗りこなしていた。セラムと一緒に風防の内側に赤ん坊の収まるかごを付けてレオナニコラを載せて鉄道工事を追って帰ってくるようになって、ファラリエラが浮腫みなのか太り肉なのかようやく見分けがつくようになってきていた。おそらくはどちらもあったようだが、風が寒くなる前にくっつけた膝の下と上に隙間ができるようになっていた。
長く緩やかなワンピースの室内着で隠されていた身体を週に一回写真で記録するようになってから、なんだかあっさりと三人とも体型が元の様子に戻ってゆくようで、現金なものだとケラケラとリザは笑っていた。つまるところ子供を産み落としてボンヤリしているうちに女であることを忘れたみたい、という批評はそれなりにあたっているようだった。
人間の精神が肉体にどうこうというよりも、自分の体型を自覚する機会がなさすぎたんだろう、というリザの言い分はそれなりに理屈が通っているようだった。
「ぶったるんでいるわね」
とリザは口で評したが、それは概ね子供を産ませた女の健康管理がなっていないという、良人に対する苦情だった。
家族の気晴らしの運動機械として作られた自動二輪車だが、四輪車と比べて長所短所それぞれあり、これはこれで新しい可能性を感じさせる実用品だった。
特に半ば遺棄された悪路が多い山間部では車幅の細さ小ささや視線の高さというのは、意外に重要な要素になる、ということをアペルディラへの測量旅行で意識したばかりだったから、もうちょっと軽快なものを作ってもいいかと思えた。
子供用も面白そうだったが、さすがにこの大きさだとソラとユエには大きすぎるし重すぎる。
もちろん様々な世間の流れをも受けて、ローゼンヘン館の工房は自転車に組み付けられる小型単気筒の軽量機を早速設計始めていた。
水差しと変わらない大きさの機関は、自転車用の発電機では回らなかったが、子供の体重で踏み込めば或いは大人が体重をかけて引けば、十分に回るはずだった。出力も人が漕ぐよりだいぶマシ、という程度に抑えられていたが、ある意味でそれで十分だった。
一旦機関に火が入れば、軽機関車の原動機についている発電機より一回り大きな発電機を回すこともできたし、理屈の上ではこの原動機で狼虎庵の冷凍庫の圧縮機を回すことは可能なはずだった。
軽量小型の原動機の登場は既にデカート市内に登場している電動機式の工具の動力をいくらか置き換えられることにもなる。どうやっても人力以上の機械で事故が起きるのはしかたのないところだったが、専用電線を使っている鉄道の工事現場でも大小様々に電動工具での事故が起きていた。デカート市内で登場したより無理矢理な形の機械工具類では漏電事故や電池の破裂などを起こしていたからなおさらだった。
事故は、一言気をつけろ、ですむものから、動かして使ってみないとわからないものまで様々にあった。電動工具は便利なものではあったが、しばしば気がつかない面倒も引き起こしていたし、それを避けるために対策も打たれていたが、それでは物足りないという問題もあった。
鉛充電池は他人が先を切ったり絡んだりすることもなく再利用もできて便利なものだったが、工具に合わせた設計はしておらず、電池を大きくしても小さくしても結局重たかったし、出力も車載用動力から無理やり伸ばされた電灯電源や原動機に比べて物足りなかった。
原動機は往復機関の偏芯振動が避けられないが、その振動こそが必要な土木作業は多かったし、細かな仕事が必要であれば背に背負って鋼線で動力を取り出すことで肩から先を振動に晒さない方法もあった。更に圧縮気嚢と組み合わせて圧力が不足した時だけ機関を回すようにすると振動からも離れるようになった。
ともかく、今は誰もが機械動力の効能は理解しつつ、程度の扱いについては皆目見当もつかない状態だった。動力機関組込の工具に向けて、小さな扱いやすい出力の動力機関が世に出たことは、様々に歓迎された。
もともと乗り物用の圧縮熱機関は家や小屋を吹き飛ばしかねない、とてつもない大出力を発揮する暴れ牛のような機械でもあった。
小型の熱圧縮機関は自転車に組み込まれたり、工具の他にも揚水機やら冷暖房や冷凍冷蔵庫の圧縮機やら発電機やらの動力にと応用が広く、月に三千も作って二万タレルで売り出したら作る先から売れていった。
元来大きな何グレノルもあるような車体を月に数百両組み上げるための工房は、数ストンの二輪車と十パウンに満たない小さな機関のための部品を量産するようになっていた。
ほとんど自棄糞のように自動車用の塗装で自転車を塗ってデカートで卸してみると、それもまた大層好評だった。刷毛塗りの名人という者はデカートにも多かったが、焼付け塗装の艶はそういうものとはひと味違った。
貨物車の量産工房のつもりで建てた大型工作機械は鉄道工事向け資材とはまた違う小さなものを着々と生産し続け、思いの外活躍することになった。
技術の展開そのものは、周辺設備や資材或いは知見の蓄積そのものが不足していたが、本質的にローゼンヘン工業の社主でローゼンヘン工房の主宰である館の主、ゲリエ卿の研究構想と機構構造の工作成果である機材を工房に食客として寄宿している老人たちが面白がり、実際の成果として結びつけ実用に至っている、というここしばらくの展開を追っていた。
そして事実、老人たちはその自由な発想と彼らにとっては当然の帰結として幾つかの実用に至っていた。
様々な形で計画が転び続け、面白く愉快でもありまた奇妙な成り行きになっている研究の一つである陰極線管の利用は全く新しい技術に繋がっていた。
一つはX線を使った非破壊検査。
これは写真とあわせて人体にすぐに使われだして、怪我の絶えない工員たちの健康管理に役立てられた。
もう一つは写真技術を使った回路形成だった。
回折の殆ど無いX線は滲みのない線影を明確に材料面に落とすことで回路形成を確実なものにした。
材料表面に回路を撮影し電解加工或いはメッキ加工と組み合わせ使われ、回路添加物を浸漬或いは錆食し、段階的に銀塩を洗い落とし層状の回路を形成する。当初はベークライト上の銅箔の成形だったが、後に半導体の回路化から積層化と細密化がおこなわれ、集積回路上のフリップフロップになるのはそれほど時間がかからなかった。
振動や電圧の変化に弱い真空管や電磁スイッチの機械動作の大きさからくる消費電力の大きさに比べると半導体には様々に扱いの楽な面があって、未だに不意に使えなくなってしまう無線電話機や大規模にならざるを得ない自動電話交換機の回路の置き換えは一つの課題だった。
集積回路はすぐに九十六ビットのカウンターになり、理論同時接続数一万の電話交換機に組み込まれることになった。
元来、マジンが欲しかった長距離無線電話向けの大電力発信に利用できる半導体はまだ成功していなかった。無線電話は未だに製造に面倒の多い機械で、ちょっとしたことですぐに使えなくなる現場での扱いの難しい便利な機械機構のひとつだった。
それでも回路を並列化することで特定周波数の送受信回路を半導体化する試みはそれなりに成果をあげていたし、真空管を使ったりコイルを使ったりという方法にも利点は多かった。
新しく作られた無線通話機はこれまでの無線電話機の周波数帯と互換をもたせることには失敗したが、これまでの無線電話機に比べれば格段に小さく壊れにくいという特徴もあり、音声部は共有ができることから手軽な無線通話機として使われることになった。車載の無線電話機が条件さえ良ければ百リーグをゆうに超える距離の通話を可能にしたのに比して、水筒ほどの大きさにまとめられた無線電話機はせいぜい五リーグ、よく飛んでも十リーグ、場合によっては半リーグしか通話はできなかったが、銃火の届きようもない距離での会話が成立すること自体が脅威だった。
無線通信機は鉄道工事現場で各班長に持たされ、作業進捗や人員管理に使われ威力を発揮した。
携帯用の無線通信機は電池や空中線を加えれば小銃ほどもある装置は小さくも軽くもない荷物ではあったが、夜警ともなれば人の声がしたり、愚痴に返事があるだけで随分気が紛れるものだった。
X線写真は幾人かにとっては不幸なことに、もっと多くの人々にとっては幸いなことに、骨折の診断に役立った。
捻挫と骨折は本人の自己申告が診断の大きなところを占めていたので診断がなかなか難しかったが、X線撮影が医療的に使われるようになって知見が急速に整理され、重度の捻挫と骨折の区別が触診で付くようになり、より適切な治療方法がおこなわれるようになった。
銃創の治療なども古傷でもかなり正確に状況を把握してから施術がおこなえるようになり、今では一端の医者らしくなってきたメイビルは、手探りで患部を宛てもなく割く必要が無いことに喜んでいた。
アヘンチンキから抽出したモルヒネや更に精製したコカインやモルフィンなどの鎮静剤や既にそれなりに効果が出ていたアスピリンやクロラトフェニコールのような石炭酸生成物を使って比較的安全に外科治療をおこなえるようになっていたので、古傷に痛みを感じる希望者には手術を薦めていた。
そういう中で一つの発見があった。
実験的に家人の骨格写真を撮影していたところ、幾人かが弾丸や弾片を身体に残していたのに混じって、セントーラの腹に異物があることが発見された。
セントーラの異物は弾丸や破片などとは少し違うようで子宮の中にあるようだった。
取り出してみると金と銅でできた小指の先ほどの小さな金具だった。
銅の三叉の先端に金の球がついたような形状のそれはセントーラの腹を傷つけないようにしかしそんな異物があれば、子供が腹にいつけないようにする仕掛けであるはずで、巧妙な避妊具であるに違いなかった。
そんな簡単な仕掛けで避妊ができるならと、パトラクシェとジローナが試したいと言って施術を受けた。
彼女らが孕んだとして、その子供を引き取って育てることを厭う気はマジンにはなかったが、外回りの秘書としてちょっとした接客係としての彼女たちに重宝しているのは事実だったので、彼女らが産休だと主にデカートの元老相手には面倒でもあった。
ヴィンゼの酒場女に避妊具を試してみるかと薦めてみるとそれぞれに興味津々であった。
腹の中に純金と純銅の金具を入ることについては、腹の中を覗きこまれている落ち着きの無さを感じている様子だったし、抜き取るときに同じことをしないといけないというのは、やはり気が重そうではあったが、商売女として休業の原因が減るならそれはそれでありがたいということだった。
ファラリエラとセラムも施術を受けたが、リザは受けなかったことがちょっと意外でもあった。
男と女の体の似ているような似ていないような構造は、角のあるマリールの身体を撫で回して、それでも女だと認識できる感覚の奇妙さに驚いていた。
マリールの身体はアーシュラの出産後、奇妙なほどに痩せていた。
服を着ている時にはその異常な体型にマジンはまるで気がついていなかった。彼女が帰ってきてからこっち彼女の身体にそれと触れたのは出産の時だけという有様だったから、つい先だってリザに云われなければ、マジンは風呂に一緒にはいろうと思いもしなかっただろうし気が付きもしなかった。
胸から上は締まって張りのある体をしていたが、肋が浮き腰骨の尖りが見え太ももが痩せ、馬の乗るのが怪しい体になっていた。
骨組みの人形に上半身だけ肉をつけた途中で粘土が切れたような、そんな不自然さのせいで、太ももと恥骨の間の筋肉の生々しさと青く血管の浮いた乳房の張りが対照的だった。
夏の暑さを凌ぐゆるい服装が子供の乳のために支えもなくとも垂れない程に張り詰めた乳房に支えられて、マリールの体型の変化に気が付かないままだった。
言い訳にもならないが、そのくらいにマジンは家人のことを気にかけていなかった。
マリールが日々の暮らしにはそれでも影響がなさそうに振舞っていたし、実際に学校の管理業務に支障はなかった。
産後の肥立ちというものかセラムはひとつきばかり体がむくんだように腫れて、馬に乗るのもつらそうにしていたが、ともかく毎日馬に乗っているうちに三ヶ月ばかりでむくみはなくなっていた。
ファラリエラもむくみが抜けず、色々やっているがまだ軍靴が履けないままでいる。
その辺の機微がわからないまま、マジンは三人と距離をおいていた。
久しぶりのマリールの身体はあちこち脂が足りない感じで痛いし痛そうだったが、マリールは嬉しそうだった。
「子供産んじゃうと急に冷めちゃう男女ってあるじゃないですか。あれって最初は気遣いのつもりなんですよね」
というファラリエラの腹の皮はレオナニコラの出産後まだたるみが戻っていなく、深くシワが寄っていた。太ももは歩くとあちこちこすれるほどに浮腫んでいるのか太っているのか、本人もわからない有様だった。
体調を確認すると、むくみであちこち擦れたり痒かったりするが、痛いほどではないので運動して何とかするということだった。むくみのせいかファラリエラはこれまでよりよほどわかりやすく反応するようになっていて、マジンの男心をくすぐりひどく満足させた。
セラムに云わせると、仔馬を産んだあとの牝馬がしばらくそわそわしている気分がわかったという。鞍を載せたいような載せなくないような子供いるんだけどなぁという気分であるらしい。
三人もいると昼寝も楽だし、学校に行けば他の母親とも会えるわけでそういう意味では気分が楽だが、それはそれとして男を咥え込むのは別格に満腹感があるということだった。
母乳が止まる頃には体調が安定するだろうから、とあまり心配した様子はなかったが、セラムもファラリエラとマリールの体調については心配していた。
マリールの体型の変化については、妊娠するために骨折をするという暴挙のせいでおこったことだろうと、深刻だが致命的ではないと考えているようだったが、ファラについては少々気にかけている様子だった。
子供を孕めば産めば気分が変わるというのはセラムもここしばらくで実感していたが、それが必ずしも良い方に転ぶとは限らないともセラムは感じていた。
彼女は以前ほどに馬に乗ることに喜びを感じていなかったし、もっと言えば休暇が終わって四種配置についた後の三種配置の再訓練期間をこなせるものか疑いを持っていた。出産女性は四種配置から二種配置、戦闘配置を前提としない後方勤務という選択肢もあって、昇進は諦めることになるがそれもいいかと考え始めていた。
人間としてはそれは肯定される判断でも、軍人の資質としては必ずしも誉められない、とセラムは自嘲するように言った。それは単に現場を離れていて、例えば久しぶりの工具が思うように指になじまないということではないかと尋ねてみれば、指を飛ばす心配に近いというセラムの言葉は、ちょっと深刻だった。
運動不足で歩くのも辛いということであれば、乗馬が良いと思うが馬に合わせるのが辛いということであれば、自分で速度を調整できる機械を充てがうのはどうだろうと思った。
ヴェロチペードを改良発展した安全自転車はここしばらくのデカート市の工房で模倣品の多い機械装置の一つだった。チェーンリンクの張力調整器が完成してその回転から電気を取り出す小型軽量の発電機が出来たことで、要素技術としては一通り完成を満足していた。
安全自転車は、チェーンスプロケットの比を変える変速機をもち、手元で絞れるブレーキを前後に備え、運転者の体格に合わせたフレームの大きさと長さでときに一日に五十リーグも走れる乗り物になっていた。鍛えた飛脚は馬と変わらぬ距離を走る。安全自転車を得た彼らは馬と変わらぬしばしば容易に上回る生き物になった。
カム式ワイヤー式油圧式のディスクブレーキはヴェロチペードの安全性を大きく解決するもので、登場するや様々な形で使われることになった。
空気入りの車輪はローゼンヘン工業しか今のところ作れず、多くの模倣品はコルク質の木製車輪で我慢するしかなかったが、そうであっても町中で馬よりも気楽に早く移動できることは、伝令を生業としている飛脚問屋や言伝屋といった人々には大きく受けて、そういう人たちは一万タレルという安いとも思えない本物と数千タレルのやはり安くもない模倣品とを、場合分けに幾つか使うことでデカート州の内側を結び始めていた。
速さという意味では当然に機関車に劣ったが気楽さや何より数が揃えやすく、馬のように秣やボロの心配をしないで良いという点で大きく勝り、荷の大きさがせいぜい数パウンということであれば行嚢の形で荷を届けた。
すぐに用品店から商会や書士或いは役所向けに封をしやすく運びやすい行嚢が売りに出されるようになった。
ローゼンヘン工業では様々な型を全て合わせても六千両ほどしか生産していなかったが、すでにデカートには一万近い自転車とその模倣品が出回っていた。
機械工具を手に入れた工房にとって、形の揃ったチェーン・スプロケットを作ることはある意味で自前の機械生産にとって最初の試験のようなものであったから、質はともかく相応にみかけはそろっていたし、材料の選定に苦労するまでもなくローゼンヘン工業が最低限の部材は提供していた。
同時に自転車の名の通り自分で転がさないとならないというところがこの機械の全てで、人の力で馬と競うほども走れる、ということが魅力であったし、一方で高価で複雑な機械を手に入れて何故自分で走るのだ、という批判めいた言葉もあった。
デカートではローゼンヘン工業に先立って、――世界初という触れ込みで――動力付きヴェロチペードの開発に着手した工房がいくつかあって、今のところ圧縮熱機関に組み込まれていた電動機を電池と直結することで達成したものがあった。残念ながら世界初の動力組み込みのヴェロチペードは既にアペルディラにゼンマイ式のものが存在していた。
それは到底安いものでは有り得ず、充電のために他の機関を必要としたから数が出るようなものではなかったが、幾つかの工房にとっては発電機は機関運転に必要なものでないという見切りは既になされていたから、デカート市内ですでに壊された数十両の機関車の再利用品としては発電機と並んで上等なものの一つだった。
こうなると当然に圧縮熱機関の組み込みも挑戦されたが、二ストンを超える機関の組み込みは一筋縄ではいかず、今のところデカートでは自走できる完成品は存在しなかった。
マジンは機構の配置を変えた専用の圧縮熱機関を組み込んだ動力付二輪車を完成させた。
肩幅ですべてを収めるために縦長になった機関の機能はこれまでと基本的には同じだったが、架台がないままに運転することは難しい形になっていた。
自転車の簡素な作りとは全く異なる方向性の、自ら動く車として作られた二輪車は、岩山羊ほどの大きさで三ストンほどの重さを持ち、如何にも空気ではちきれそうな丸みのある膨らみを持った大きな径の車輪を持った乗り物になっていた。
重さや速度そのものはこれまでの軽機関車とさして変わらない乗り物だが、足を投げ出し腰掛けるのではなく機関に身体をかぶせるようにして鞍に跨る分、視線は高く見通し視線は遠く、藪にも邪魔されないという長所があった。
四輪から二輪になったということで、悪路のバランスや停車の問題があったが、そこは運転者に頑張ってもらうしかなかった。
自動二輪車は運転者のバランスや身体の柔らかさに応じて道を選べる乗り物だった。
機関そのものも卵型気筒を使ってみたり、材料の見直しなどで軽量化の努力をしてみたが、出力の問題から機関重量はニストンを割り込むくらいに軽くなったところでそこまでだった。
出力は軽機関車のものと同じくらいになるようにしていたはずだが、部品素材や吸排気の改善でこれまでのものに比べて五割弱も最大出力が上がっていた。
大出力の自動二輪車はもちろん、四人の母親たちの運動不足を解消するための乗り物だった。
一番小柄なファラリエラもあっさり乗りこなしていた。セラムと一緒に風防の内側に赤ん坊の収まるかごを付けてレオナニコラを載せて鉄道工事を追って帰ってくるようになって、ファラリエラが浮腫みなのか太り肉なのかようやく見分けがつくようになってきていた。おそらくはどちらもあったようだが、風が寒くなる前にくっつけた膝の下と上に隙間ができるようになっていた。
長く緩やかなワンピースの室内着で隠されていた身体を週に一回写真で記録するようになってから、なんだかあっさりと三人とも体型が元の様子に戻ってゆくようで、現金なものだとケラケラとリザは笑っていた。つまるところ子供を産み落としてボンヤリしているうちに女であることを忘れたみたい、という批評はそれなりにあたっているようだった。
人間の精神が肉体にどうこうというよりも、自分の体型を自覚する機会がなさすぎたんだろう、というリザの言い分はそれなりに理屈が通っているようだった。
「ぶったるんでいるわね」
とリザは口で評したが、それは概ね子供を産ませた女の健康管理がなっていないという、良人に対する苦情だった。
家族の気晴らしの運動機械として作られた自動二輪車だが、四輪車と比べて長所短所それぞれあり、これはこれで新しい可能性を感じさせる実用品だった。
特に半ば遺棄された悪路が多い山間部では車幅の細さ小ささや視線の高さというのは、意外に重要な要素になる、ということをアペルディラへの測量旅行で意識したばかりだったから、もうちょっと軽快なものを作ってもいいかと思えた。
子供用も面白そうだったが、さすがにこの大きさだとソラとユエには大きすぎるし重すぎる。
もちろん様々な世間の流れをも受けて、ローゼンヘン館の工房は自転車に組み付けられる小型単気筒の軽量機を早速設計始めていた。
水差しと変わらない大きさの機関は、自転車用の発電機では回らなかったが、子供の体重で踏み込めば或いは大人が体重をかけて引けば、十分に回るはずだった。出力も人が漕ぐよりだいぶマシ、という程度に抑えられていたが、ある意味でそれで十分だった。
一旦機関に火が入れば、軽機関車の原動機についている発電機より一回り大きな発電機を回すこともできたし、理屈の上ではこの原動機で狼虎庵の冷凍庫の圧縮機を回すことは可能なはずだった。
軽量小型の原動機の登場は既にデカート市内に登場している電動機式の工具の動力をいくらか置き換えられることにもなる。どうやっても人力以上の機械で事故が起きるのはしかたのないところだったが、専用電線を使っている鉄道の工事現場でも大小様々に電動工具での事故が起きていた。デカート市内で登場したより無理矢理な形の機械工具類では漏電事故や電池の破裂などを起こしていたからなおさらだった。
事故は、一言気をつけろ、ですむものから、動かして使ってみないとわからないものまで様々にあった。電動工具は便利なものではあったが、しばしば気がつかない面倒も引き起こしていたし、それを避けるために対策も打たれていたが、それでは物足りないという問題もあった。
鉛充電池は他人が先を切ったり絡んだりすることもなく再利用もできて便利なものだったが、工具に合わせた設計はしておらず、電池を大きくしても小さくしても結局重たかったし、出力も車載用動力から無理やり伸ばされた電灯電源や原動機に比べて物足りなかった。
原動機は往復機関の偏芯振動が避けられないが、その振動こそが必要な土木作業は多かったし、細かな仕事が必要であれば背に背負って鋼線で動力を取り出すことで肩から先を振動に晒さない方法もあった。更に圧縮気嚢と組み合わせて圧力が不足した時だけ機関を回すようにすると振動からも離れるようになった。
ともかく、今は誰もが機械動力の効能は理解しつつ、程度の扱いについては皆目見当もつかない状態だった。動力機関組込の工具に向けて、小さな扱いやすい出力の動力機関が世に出たことは、様々に歓迎された。
もともと乗り物用の圧縮熱機関は家や小屋を吹き飛ばしかねない、とてつもない大出力を発揮する暴れ牛のような機械でもあった。
小型の熱圧縮機関は自転車に組み込まれたり、工具の他にも揚水機やら冷暖房や冷凍冷蔵庫の圧縮機やら発電機やらの動力にと応用が広く、月に三千も作って二万タレルで売り出したら作る先から売れていった。
元来大きな何グレノルもあるような車体を月に数百両組み上げるための工房は、数ストンの二輪車と十パウンに満たない小さな機関のための部品を量産するようになっていた。
ほとんど自棄糞のように自動車用の塗装で自転車を塗ってデカートで卸してみると、それもまた大層好評だった。刷毛塗りの名人という者はデカートにも多かったが、焼付け塗装の艶はそういうものとはひと味違った。
貨物車の量産工房のつもりで建てた大型工作機械は鉄道工事向け資材とはまた違う小さなものを着々と生産し続け、思いの外活躍することになった。
技術の展開そのものは、周辺設備や資材或いは知見の蓄積そのものが不足していたが、本質的にローゼンヘン工業の社主でローゼンヘン工房の主宰である館の主、ゲリエ卿の研究構想と機構構造の工作成果である機材を工房に食客として寄宿している老人たちが面白がり、実際の成果として結びつけ実用に至っている、というここしばらくの展開を追っていた。
そして事実、老人たちはその自由な発想と彼らにとっては当然の帰結として幾つかの実用に至っていた。
様々な形で計画が転び続け、面白く愉快でもありまた奇妙な成り行きになっている研究の一つである陰極線管の利用は全く新しい技術に繋がっていた。
一つはX線を使った非破壊検査。
これは写真とあわせて人体にすぐに使われだして、怪我の絶えない工員たちの健康管理に役立てられた。
もう一つは写真技術を使った回路形成だった。
回折の殆ど無いX線は滲みのない線影を明確に材料面に落とすことで回路形成を確実なものにした。
材料表面に回路を撮影し電解加工或いはメッキ加工と組み合わせ使われ、回路添加物を浸漬或いは錆食し、段階的に銀塩を洗い落とし層状の回路を形成する。当初はベークライト上の銅箔の成形だったが、後に半導体の回路化から積層化と細密化がおこなわれ、集積回路上のフリップフロップになるのはそれほど時間がかからなかった。
振動や電圧の変化に弱い真空管や電磁スイッチの機械動作の大きさからくる消費電力の大きさに比べると半導体には様々に扱いの楽な面があって、未だに不意に使えなくなってしまう無線電話機や大規模にならざるを得ない自動電話交換機の回路の置き換えは一つの課題だった。
集積回路はすぐに九十六ビットのカウンターになり、理論同時接続数一万の電話交換機に組み込まれることになった。
元来、マジンが欲しかった長距離無線電話向けの大電力発信に利用できる半導体はまだ成功していなかった。無線電話は未だに製造に面倒の多い機械で、ちょっとしたことですぐに使えなくなる現場での扱いの難しい便利な機械機構のひとつだった。
それでも回路を並列化することで特定周波数の送受信回路を半導体化する試みはそれなりに成果をあげていたし、真空管を使ったりコイルを使ったりという方法にも利点は多かった。
新しく作られた無線通話機はこれまでの無線電話機の周波数帯と互換をもたせることには失敗したが、これまでの無線電話機に比べれば格段に小さく壊れにくいという特徴もあり、音声部は共有ができることから手軽な無線通話機として使われることになった。車載の無線電話機が条件さえ良ければ百リーグをゆうに超える距離の通話を可能にしたのに比して、水筒ほどの大きさにまとめられた無線電話機はせいぜい五リーグ、よく飛んでも十リーグ、場合によっては半リーグしか通話はできなかったが、銃火の届きようもない距離での会話が成立すること自体が脅威だった。
無線通信機は鉄道工事現場で各班長に持たされ、作業進捗や人員管理に使われ威力を発揮した。
携帯用の無線通信機は電池や空中線を加えれば小銃ほどもある装置は小さくも軽くもない荷物ではあったが、夜警ともなれば人の声がしたり、愚痴に返事があるだけで随分気が紛れるものだった。
X線写真は幾人かにとっては不幸なことに、もっと多くの人々にとっては幸いなことに、骨折の診断に役立った。
捻挫と骨折は本人の自己申告が診断の大きなところを占めていたので診断がなかなか難しかったが、X線撮影が医療的に使われるようになって知見が急速に整理され、重度の捻挫と骨折の区別が触診で付くようになり、より適切な治療方法がおこなわれるようになった。
銃創の治療なども古傷でもかなり正確に状況を把握してから施術がおこなえるようになり、今では一端の医者らしくなってきたメイビルは、手探りで患部を宛てもなく割く必要が無いことに喜んでいた。
アヘンチンキから抽出したモルヒネや更に精製したコカインやモルフィンなどの鎮静剤や既にそれなりに効果が出ていたアスピリンやクロラトフェニコールのような石炭酸生成物を使って比較的安全に外科治療をおこなえるようになっていたので、古傷に痛みを感じる希望者には手術を薦めていた。
そういう中で一つの発見があった。
実験的に家人の骨格写真を撮影していたところ、幾人かが弾丸や弾片を身体に残していたのに混じって、セントーラの腹に異物があることが発見された。
セントーラの異物は弾丸や破片などとは少し違うようで子宮の中にあるようだった。
取り出してみると金と銅でできた小指の先ほどの小さな金具だった。
銅の三叉の先端に金の球がついたような形状のそれはセントーラの腹を傷つけないようにしかしそんな異物があれば、子供が腹にいつけないようにする仕掛けであるはずで、巧妙な避妊具であるに違いなかった。
そんな簡単な仕掛けで避妊ができるならと、パトラクシェとジローナが試したいと言って施術を受けた。
彼女らが孕んだとして、その子供を引き取って育てることを厭う気はマジンにはなかったが、外回りの秘書としてちょっとした接客係としての彼女たちに重宝しているのは事実だったので、彼女らが産休だと主にデカートの元老相手には面倒でもあった。
ヴィンゼの酒場女に避妊具を試してみるかと薦めてみるとそれぞれに興味津々であった。
腹の中に純金と純銅の金具を入ることについては、腹の中を覗きこまれている落ち着きの無さを感じている様子だったし、抜き取るときに同じことをしないといけないというのは、やはり気が重そうではあったが、商売女として休業の原因が減るならそれはそれでありがたいということだった。
ファラリエラとセラムも施術を受けたが、リザは受けなかったことがちょっと意外でもあった。
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