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捕虜収容所
ローゼンヘン工業デカート支社 共和国協定千四百三十九年穀雨
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デカートは豊かといえる土地ではあったが、名産特産と呼べる種類のものは特にない。強いてあげれば安定した穀倉人口地帯でザブバル川流域の産業拠点と言えたが、豊かな土地がそうであるように特徴を説明をすることが難しい土地だった。
夫人を伴うことになってしまったために逓信便に便乗できなくなってしまったマルコニー中佐は四週間かかって軍用便で移動することになった。
軍用便は軽機関車に切り替わり始めた逓信便に便乗するよりもよほど乗り心地も良かったし、八頭立てで駅ごとに替え馬が待ち、前線とは違い馬にも余裕があったから、一般の駅馬車よりもよほど整って早い乗り物だったが、旅の日数が延びるに連れて退屈が疲れになることは仕方ないところだった。中佐はそれでも電話に関する資料の読み下しや、過去の戦地詳報など旅の間に目を通すべきものがあったが、夫人は流石に二週間もすると旅の風景よりも退屈しのぎの編み物と居眠りに精を出すことが増えていた。
そういうわけでデカートの天蓋を見つけるのは中佐夫妻は他の乗合客に比べて遅かった。
頂上の高さ二千キュビット余りあるという巨獣の肋骨のようなデカートの天蓋は名産と呼ぶものの殆どないデカートを特徴的に一言で語る数少ない奇景で、誰がどういうつもりで作ったのかもわからない先史構造物だったが、旅慣れない者にもデカートに至ったということを実感させる風景だった。
遠く朝露に輝く蜘蛛の糸のようにしか見えない天蓋は、今はまだ馬車のいる丘の位置なら、実のところマシオンのほうが僅かに少し近いのだが、艶々と空の光りに照らされた雲ではない何かは遠目にも存在感を示していた。
とはいえ、そんなものが見えても、馬車の歩みでは延々丸一日あまりかかり、デカートの天蓋の内側に着く前に日が落ちてしまった。
エストショトと呼ばれる宿場町はデカートの天蓋の外側約十二リーグ東にある町で、マシオンからおよそ十七リーグある。デカートの天蓋のせいで旅を急ぎがちになる人々にとってはマルクを飛ばした次の街になる。
マルクのほうがエストショトよりも町としては整っているのだが、マルクに入る直前の丘で天気が良ければデカートの天蓋が見えてしまうので、空を見て足元を見ない旅人はマルクに気がつかない、ということらしい。
馬車でも天候積荷や馬の体調次第では、マシオンからエストショトの距離は苦労をする道のりだった。
エストショトからのデカートを旅籠の窓から眺めていた夫妻は、デカートの夜景がひどく明るく景気が良いことに驚いていた。火事とは違う様子でもあったが、遠目からも街の明かりの数が多く見え、時たま天蓋の柱を巡るような光も見えた。
年明けからこの春先にかけてなにやら灯りを商売にして景気よく儲けている話がデカート市内では出ているという。
旅籠の主も詳しい話は知らなかったが、新しい駅馬車の仕組みが流行りだし、その駅が灯りをあちこちに売りだしたということだった。
主の説明はわからないことが多すぎたが、心当たりを繋いで予想を立てるくらいのことは大本営に籍をおく現役の軍人であれば、デカートでは電灯が普及を始め、機関車が当たり前に使われている推理はできた。
翌日、マルコニー中佐は自分の予想が当たってはいたものの、それは想像を超えていたことを知った。
デカートを緩やかに囲うように連なっている丘を超えると建て替えられたカノピック大橋の黒光りする威容がみえ、丘を巻くように奇妙な水道橋のような道がザブバル側に新しく築かれた港に向かって下っていた。
街道をまたぐ鉄橋はどこからつながっているかは分からなかったが何のための道かはすこししてわかった。
頭の上を長い蛇のような機関車の列が港に向けて轟々と音を立てて走り抜けていった。入れ替わるように港からも丘を駆け上がってきていた。
御者も知らなかったらしく少し戸惑っていたが、街道を遮ることなく列車は頭の上を駆け抜けていった。
街道を道なりに進み、大きく厳しいほどになったカノピック大橋を超えてデカートの天蓋の根本に至ると街道沿いに大きな建物が見え、天蓋の外側を囲うように堰堤ができていた。
堰堤をくぐる隧道が切られていて、苦もなくくぐれはしたものの列車が頭の上を通過しているらしく、轟々と隧道が恐ろしげに鳴いて、馬が少し怯え気難しげに歩みを止めた。
連絡室長のクロツヘルム中佐は妻帯で訪れたマルコニー中佐を歓迎してくれた。
地方の連絡室に配置になった士官は本部の士官を前にするとピリピリしているかソワソワしている人物が多く、のんびりしている人物は少数派の訳だが、クロツヘルム中佐も例外ではなかった。
従兵のひとりをマルコニー夫人の観光案内につけると礼儀正しく見送った後に、早速本題に入った。
「事前に頂いている内容では、おいでの要件は電話機設備に関する調査というものですが、変わらずそのような要件でしょうか」
「そうです」
夫人が去った後もマルコニー中佐に来客用の応接間で少し待たせていたクロツヘルム中佐が念押しするように確認するのにマルコニー中佐が短く答えると頷いてクロツヘルム中佐は封筒を机の上に示した。
「これは、何でしょう」
「先日、逓信便に乗せて外信局に当てて送った時事報告書の写しです。外秘は抜いてありますので、お持ちいただいて宿で御覧頂いても問題がありません。基本的にデカートの市況報告と相場調査報告の未編集のものです。先週逓信便に載せたので、馬車であれば行き違いに着いた頃と思います」
「自分は電話機設備の調査に足を向けたのですが」
マルコニー中佐は少し怪訝な顔をしてしまった自覚があった。
「マルコニー中佐は電話機設備についてどの程度の事前調査をなさっておられますか」
「学志館での論文の査読とギゼンヌの広域兵站聯隊の戦況報告書を通読いたしました」
「現物は」
「まだです」
クロツヘルム中佐はマルコニー中佐の内心は無視して表情を変えないまま頷いた。
「冬から春にかけての四半年あまりでデカートの風景様子を一転させる事件が立て続けに起きていまして、その一つがお話の電話機とそれにまつわる様々です。市況報告の中に電話局が公開している回線数報告も追って載せていますが、先月二万少々に達したようです」
マルコニー中佐もクロツヘルム中佐が事前情報の更新案内をおこなっていることを理解した。
「電話の普及が始まったのはいつからですか」
「事前募集は昨年のうちから始まりましたが、その時点では百前後というところだったようです。その後二月頃に鉄道環状線の駅舎が整い、事前募集の回線が敷かれ、そこからはあっという間でした。ヴィンゼではほぼすべての家庭に行き渡り、フラムでもよほどの山奥にも行き届いているようです。尤もヴィンゼでは去年のうちにあらかたの普及が終わっていたようですが」
そう言いながらクロツヘルム中佐は応接机の上の香箱を抱いた黒猫か大きな煤けた急須かというようなあまり見栄えのしない黒い置物に目をやった。
「これがその……、電話機ですか」
「そうです。使ってみせましょう」
そう言うと、クロツヘルム中佐は機械を手元に引き寄せ操作をした。
「渉外課か。クロツヘルムだ。ゴルデベルグ少佐は居るな。応接室によこせ。急ぎだ。以上」
掴んだ取っ手を頬に添えるように引き寄せ伝えるべきことを言うとクロツヘルム中佐は機械に戻した。
「簡単そうですね」
「操作は簡単です。簡単なので事故が偶に起きますが、名乗りだけ忘れなければ大きな事故は避けられます」
「これはデカート市内につながっているのですか」
「市外、ヴィンゼやフラムともつながっています。ここから我々が頻繁にやり取りするのは、風車砦と称されている輜重駐屯地ですが、資材調達のために各商会とのやりとりも頻繁です。出先から外に出したものが確認のために連絡を掛けてきたりもします」
「値段は」
「回線敷設で五百タレル。維持費で月額五十タレル。十件までは無料。その後は五十件までで一タレル。報告書には請求書の写しを添付しましたが、どうやって全件を記録しているのかしらないが、操作間違いもつながった分はすべて記録されて請求されています。――入り給え」
そう言っているうちに、戸口をノックされた。
少佐、と云うには少々若い女性士官が現れた。反射的に略綬や襟章を眺め錚々たる軍歴に表情を動かさないようにすることが難しいほどだった。戦場帰りの歴戦の将校がデカートくんだりで何をしているかといえば、前線でやらかしたか本部でやらかさないかという種類の人物であることは想像がつく。
「――ゴルデベルグ少佐。こちらはマルコニー中佐。兵站本部から電話機設備に関する調査にいらっしゃった。協力してさし上げたまえ。……マルコニー中佐、彼女はゴルデベルグ少佐。こちらの電話回線敷設で尽力をしてくれた者です」
マルコニー中佐が立ち上がり答礼で迎えたのを再び席に腰を下ろしたのを見て、ゴルデベルグ少佐は応接机の脇に歩み寄って立った。
「よろしく。ゴルデベルグ少佐」
「こちらこそよろしくお願い致します。マルコニー中佐殿。ご用件は電話機設備に関する調査ということですが、どういう種類についてどの程度ということでしょうか。その、場所とか規模とか予算的なものがあれば」
少佐という割にはひどく年若く見える女性士官は、物怖じしないままに用件を確認した。
「大本営で設備の予算化を前提にした計画が立てられる程度に詳しく。と承知して貰えれば間違いないかと」
ゴルデベルグ少佐はクロツヘルム中佐に目を向けると中佐は軽く頷いた。
「専門家をご紹介いたします。……中佐、電話を使わせていただきます」
ゴルデベルグ少佐は電話機を抱え上げるようにして、立ったまま電話機を操作した。
「もしもし、私リザです。マイラ。あの人いる?さっきまでいた?どこにゆくとかは?とくに?はいはい。わかりました。そうしたら伝えて。北西駅にこれから向かうから電話局で落ちあいましょうって……え帰ってきた?……ああ。ええと、リザです。ん。はい。そうです。ご案内いただきたいの。北西駅でいいわよね。よろしくお願いします。はい。ではのちほど」
奇妙に気安くそわそわした雰囲気のゴルデベルグ少佐が、電話を抱えたまま二人の中佐の目を気にするように背を向け、話が終わると向き直った。
その風景は、マルコニー中佐には何やら見てはいけないもののように感じられたが、クロツヘルム中佐はなれた様子だった。
クロツヘルム中佐に送り出されるようにゴルデベルグ少佐の案内でマルコニー中佐はデカート市内を出かけることになった。
若い女性とふたりきりになると奇妙に意識してしまうのが嫌で、というわけではなかったが、馬車の外を眺めているマルコニー中佐の目に街路のあちこちに立つ柱とその上の細い紐のようなものが目に付いた。
「あの紐が電話の線なのかな」
「いくらかは。電灯の線と見た目は区別がないので、確かなことはいえませんが」
「空中をぶら下げている意味は何かあるのかな」
「建物の建て替えとか土地の所有権の問題を最小限にするために公共の土地の上空を利用していると聞きました。見栄え良くはないのですが、街灯として街路を照らすという公益を題目として柱を立てる許可を市から得ているそうです」
「熱くなるとかそういうわけではないのか」
「通常そういうことはないようです」
マルコニー中佐の目には道にそって張られた空中線はだらしないという風には取れなかったのだが、若い女性の目には見栄え良くはないという風に感じられるらしい。
小一時間町の外向きに走っても街灯が途切れる様子はなかった。
デカート市も共和国の多くの町がそうであるように外縁に向かうと田園が広がってゆく。巨大な天蓋という奇景を持つデカートも柱から一リーグ余りの内側は農地と家とがまばらに存在していた。
そういう中にポツポツと道沿いに立っている電灯とそれを繋ぐ電線という風景は奇妙な縄張りのようでもあった。
次第に天蓋の柱が大きく見えるようになってくると街路のむこうに鉄道を走る列車の様子が見えることが増えてきた。
デカートに明確な城壁というものはないのだが、天蓋の柱のそばはどういうわけか住まいとしては嫌われている様子で建物がまばらになっていた。
ゴルデベルグ少佐によればなかなかしっかりした影が落ちるからではないかということだったが、彼女にも心当たりや確信があるというわけではない様子だった。
ゆるく繭状にデカートを覆っている天蓋の柱は地上付近では殆ど垂直に立っていて、とくに邪魔というわけでもなさそうだったので、少し不思議だった。
とはいえ生物の遺骸とも何かの遺構ともつかないデカートの天蓋については、来歴を知る者がいない有史以前から存在するということから柱の付近を忌避する何かというよりは寄る必要が無いからということかとマルコニー中佐は思い直した。
とはいえその柱の根元に人々を寄せ付けることになるかもしれない建物が立っていた。
デカートの天蓋の外側を囲うように建設された鉄道環状線は内側の最後の一リーグほどの長閑というか閑散とした田園の雰囲気とは全く異なって新しい活気に満ちた風景だった。
殆どの建物が木造の間に合わせのようでもあったが、市の中心地とは違う賑わいと人々の往来を見せていた。駅には乗合馬車が溢れ、中心に向かう人々の流れもはっきりとあった。一方で環状線の更に外側には丘陵と遠目にも大きな豪邸があり、如何にもな雰囲気もあった。
マルコニー中佐は自分で自分の疑問の答えを見つけたようだった。
デカート北西駅はとくにどこかの街道につながっている駅というわけではなかった。
リザが待ち合わせに北西駅を選んだことも、軍の連絡室から黙ってまっすぐ一番近い駅という以上の意味があったわけではない。
だが、ここは新港口線が環状線と合流分岐する駅で鉄道整備基地があり、ローゼンヘン工業のデカート支社があった。
支社とは言っているものの決済権以外の殆どの機能が存在していて、鉄道運営そのものはここでおこなわれているも同然だった。
北西駅と鉄道基地は多少の距離があったが、物見遊山の客に慣れている乗合馬車の御者は見やすい場所をよく知っていて、遠目ながら列車の車列がわかりやすく見える位置を選んで案内してくれた。
説明になれた御者は環状線用の列車編成とフラム線の長距離貨客と貨物専用線との区別を説明してくれて、普段はフラムかローゼンヘン館にいる除雪車がおそらく研修か何かのために基地にいることをも目ざとく説明してくれた。
マルコニー中佐は自身の目的が電話であることを忘れてはいなかったが、鉄道の車列が思いの外多くの人や物を運んでいることを意識せざるを得なかった。ときに鉄道は家畜も運んでいた。
デカートを横断する六リーグという距離は馬を急かしても一時間ということはなかなかに難しく、鉄道ならば遠回りでも四十五分ということで、家畜の乗り合い貨車は人気であるという。停車時間が短いので人と家畜が一緒であるとかひとり一頭しか運べないという制限はあるものの、何人かで繰り返し運ぶことで家畜に歩かせるよりも早く出荷できると喜ばれていた。
よほどに鉄道に興味があるらしい御者が様々に鉄道基地の風景を説明してくれた。
少しの寄り道で北西駅に着くとわずかに遅れ、自転車をぶら下げるようにして案内をおこなってくれるという若者が現れた。彼はゲリエと名乗った。
「電話機設備の説明がお望みとか」
彼はそう言うと通りがかった制服の男に持っていた自転車を預け、駅馬車を呼び止めた。
マルコニー中佐はそのいかにもお互い顔見知りの気安いというか無造作にすら感じるやりとりを不思議にも思ったが、新参の礼儀として黙っていた。
「鉄道会社に」
ゲリエ氏がそう短く駅馬車に告げると、駅馬車は先ほど遠景を見ていたローゼンヘン工業デカート支社に向かった。
会社の入口ではマルコニー中佐とゴルデベルグ少佐が守衛に署名を求められている脇でゲリエ氏がどこかに電話を掛けていた。
ゲリエ氏は場内に精通しているらしく淀みなく進んでいたが、マルコニー中佐には余り興味がないらしく、あまり言葉を交わさなかった。
ゴルデベルグ少佐のひどく年若いのにも驚いたが、軍人の年齢や軍歴は外見ではなかなかわからないのでいきなり踏み込むのも面倒だったし、本当に年若い場合は当然に厄介な政治背景の人物であるわけで、見目麗しさを楽しむだけですませておくのも処世術だった。
年若いゲリエ氏は武装を隠そうともしない種類の人物で、元来市中の巷を職場としない様子であるらしかった。
雰囲気からすると工事警備の総括責任者か渉外交渉の補佐役か、出世が期待された中堅幹部というところだろうか。
マルコニー中佐のほうがこうなると多少気になってきて、ゲリエ氏の素性を探るべく話しかけてみることにした。
「失礼ですが、こちらは長いのですか」
「長い。と言えるかもしれませんが、この建物はこの冬からのものなので。一般的に長いといえる程のことはないと思います」
大きな建物が敷地の中で狭くもない路地をなしている日陰は、建てられてからそう日にちの経っていない新品同然という建物の辺りからセメントの湿り気のある香りをさせて、足元は砕石がなめらかに黒い膠のように固められ、焦げた油のような独特の香りを放っていた。入口の門のところから路地を示すらしい黒塗りの道はひどくなめらかで貨物を積んだ荷車の往来が楽そうだった。
「鉄道会社と先ほど言っておられたようですが、電話機もこちらに」
「分社化するほど時間も人も余裕がなかったもので、会社としては鉄道は単なる一部門なのですが、設備の大きさは鉄道が目を引きますからね。鉄道会社というのがこの辺りでは通名です」
大きなガラス窓が目立つ建物の外側を巡るようにして広い敷地の中を歩くと、何種類かの貨物車や乗用車、いかにも土木工作向けという機関車がそれぞれに走り回っていた。
「元来はどういった会社なのですか」
「元来は、というほどのこともないのです。単なる製造業というか、趣味の工房のようなものでして、慎ましやかにやれればよかったのですが、戦争で彼女がやいのやいのと言い立てまして」
ゲリエ氏は少し説明に困ったような様子で曖昧にゴルデベルグ少佐を目で示した。
ゴルデベルグ少佐の態度から察していたが、二人は気安い間柄の知り合いであるらしいことがはっきりとした。年若くして少佐になりおおせるような女性が恋仲であっても若い男に唯々諾々と従うはずもなく苦労が偲ばれた。
いくら後方でも佐官ともなれば従兵の一人も付かないままに任地にあるのはおかしいし、それを気にしないと言うのは佐官としては異常だった。例外的な昇進を果たすことが軍歴にとって有利か不利かは様々に見解があるが、一般的には苦労を伴うことになる。
「なかなかに賑わっている様子で結構ですね」
「おかげさまで」
軽く言い換えたマルコニー中佐の言葉を知ってか知らずかゲリエ氏は軽く流した。
「ところで向かっているところはどういうところなのでしょう」
「電話機施設の予備機と原型機を研修用に置いているところです。稼働機そのままというわけではありませんが、概要の説明には十分と思います」
全体に広く大きく取られた通路や建物の扉は城門を感じさせたが、貨物車がそのままくぐれるような扉もあるようだった。
そういう巨大な倉庫に案内された。二階の高さに吹き抜けと回廊が切られた建物は、桟敷に金網の蓋を載せたような劇場のようにも感じられる作りをしていた。
その建物の中に衝立のように見えるものこそが電話機の中枢本体であった。広く大きく作られた建物の中ではさほど大きくも見えなかったが、銅色のタペストリというか、回転機械式の計算機を何軸も積み重ねたような構造とあわせてひどく重たげな作りをした壁のような箪笥のような機械だった。倉庫の広さに惑わされたが、マルコニー中佐の背丈を遥かに超えて一抱えでは済まない厚みを持っていて、いっそそのまま陣地の一部にでもしてしまうかという巨大な算盤のような金属細工の塊である。
となりには大きさは変わらないものの向こう側が透けて見えるくらいには隙間もありちょっと整理された少し本棚に似ている機械があった。
どちらも電話交換機で、一台で三千から五千の電話機と交換器に接続ができるものであった。デカート市内にはこれが四十台配置され、理屈の上ではすべての家々に行き届くだけの準備はされている。そしてやはりかなり普及が進んでいるフラムやヴィンゼともつながっている。
これだけで市外局との連絡が取れるわけではなく、実態として交換機間の電線長が二十リーグを超えると問題が起こるために、荒野の真ん中の住む者のいない土地に点々と中継用電話局が存在している。立派な何かが存在しているわけではなく、鉄道沿線の街灯電線と並行して走っている電話線の一部に酒樽くらいの信号補償用の増幅器が乗っているだけだが、電話にとっても鉄道にとっても重要な装置だった。鉄道用の緊急電話基地でもあり、区間の線路の監視をもおこなっていた。
中継電話局装置という大きな酒樽ほどの機械は五十ほどの回線監視をおこないながら連結されてくる交換装置間の信号を補償する機能を持っている。
鉄道のそばを走る高圧送電線から小さな変圧器を介して電力を受け、線路用の街路灯や信号装置とともに荒野を走る鉄道を守っていた。
大雑把に五リーグから十五リーグおきに巨大な電話機があるという説明だった。
「これがあれば電話が使えるということですか」
「そうやって使えないこともないです。ただ基本的に回線監視用なので、電話機能としては箒のようにつながった枝分かれした電話回線一つが交換機用回線にぶら下がっているだけです」
巨大な壁のような装置に比べれば兵が抱えて運べそうですらある大きさの機械は建物に運びこむことも難しそうではなかった。とは云えマルコニー中佐が戯れに体重をかけたくらいではゆらぎもしない重さの装置ではある。
「どういうことでしょう」
興味のままに尋ねたマルコニー中佐にゲリエが説明を続けた。
「交換機を介さないまま接続しているので、あっちでもこっちでもいっぺんにつながってしまいます。変調装置をつけた専用電話でないと騒がしくて会話になりません。……ああ。これは交換器間通信の概念にも似ているので、実働する研修用の機械があります」
何本かの線の生えた中継電話局は今は横向きに転がされていた。
回線監視用の線に研修機材の電話機を差し込むと嵐の風の音のような音が響いた。監視用の線を抜いてゆくと次第に音が澄んでいって最後に笛の音のような響きになった。
すべての監視線でそれぞれに音が割り当てられていて線が切れると特定の音が止まるという仕掛けになっていた。
そういう回線に電話機を差し込むと人の声とは思えない奇妙な響を持った音になった。
回線に合わせた調整を施した相手口からは少しくぐもったものの人の声として聞き取れる音になっていた。
他の回線をさして雑音を起こしても出口では意味を聞き取れる音になっていることにマルコニー中佐は驚いていた。
「つまり、これが変調と復号ということですか」
「そうです。仰るとおり、この樽のような装置が電話機概念の全てと言っても間違いとはいえません。このままでは使いやすいものではないと思いますが」
「十分に役に立ちそうですが」
「このままでは話を終えて回線を切断した後に再接続した際に相手先に接続を知らせる方法がありません。作戦中の司令部と部隊を結ぶような使い方はできますが、四六時中相手先の音が漏れ聞こえるような状態はよほどの関係でも疲れるものだと思います。それにたとえば五十の相手先と会話するために五十の電話機を用意するのは個人宅では難しいでしょう」
異論もあるがこのままでは面倒も多いということはマルコニー中佐にも納得できた。
「つまりあちらの大きな機械ではそういう面倒が少ないということですか」
「接続元の呼び出しに応じ、呼び出し先の回線の状態を使用中か待機中かということを接続元に報告できます。待機中であれば呼び出し先の回線に呼び出しを通知します。大抵ベルブザーですが、電灯を光らせる事もできます。そうして呼び出し先の回線が接続されると接続元と呼び出し先の通話がおこなえるようになります」
マルコニー中佐にも大きな機械の機能が少しわかってきた。
「つまり、あちらの大きな機械は回線を常に監視して適切な変調と復号を提供するということですか」
「交換機をまたがない通話は変調復号については極めて簡素なものですが、そのとおりです」
マルコニー中佐の理解を認めるようにゲリエは微笑んだ。
「何人で操作するものですか。操作にはどれくらいの習熟が必要ですか」
「大型の機械ですので設置にはそれなりの時間と人員が必要ですし、交換基地間の調整の割当は事前に定める必要がありますが、一旦稼働すれば操作は必要ありません。むしろ昆虫やネズミなどが出入りすることで起こりえる面倒を考えれば、機械は往来の少ないところに安置しておきたいところです」
「回線の監視や呼び出しというものに人は不要ということですか」
マルコニー中佐は少し耳を疑った。
「電気的な監視と機械接続がおこなえますので、人がいちいち手を出すより手早く確実におこなえます」
ゲリエの自信の根拠はわからなかったが、既に一年以上動いているということであれば、そこは納得せざるを得なかった。
「あの帯のようなものはなんですか」
「あれは請求書向けの回線接続の実績記録です。機械用の帳面のようなものです。日に何百回も接続だけおこなって月に二万回余りの接続をしてみたり、ひとつき接続したまま放置したりという新しい物を無意味に試したがる人々に対する抵抗の根拠ですね。契約条件上いつでも契約破棄できるのですが、年内は裁判の準備と検討ということで経過を記録しています」
「一件だけですか?」
「事件としては数十件。記録としては機械の接続する限り全てです」
一台で数千の通話記録を監視しているということにマルコニー中佐は言葉に出来ない奇妙な感覚にとらわれていた。
ゲリエという名の若者の奇妙に自信に満ちた雰囲気も鼻についてきた。
「それで大本営で電話機を全棟にわたって敷くにあたってなにが必要でいくらになるのかね」
マルコニー中佐は言葉を投げ捨てるようにして尋ねた。
「今の段階では見積もりを立てることはできません。往来の保証ができませんので。鉄道開通後でしたら見積もりも可能ですが、現状ではお約束できるほどの計画にはなりません」
あっさりとしたゲリエの答えにマルコニー中佐はしばし首をひねった。
「――ともかく、軍都への大規模な装置納入は様々計画していますが、鉄道建設がその嚆矢になります」
「随分と気の長い話だけれど、何年後かね」
「順調なら三年。長くて五年。或いは現在検討中の運河が本軌道に乗れば、多少早く進むかもしれません」
中佐も気の長い話と言ってみたが、どのみち予算化から一年かそこらは建屋の工事でかかると考えれば、五年はともかく三年という期間は予算をつける事業計画としてはそれほど長いわけでもない。
却って、いきなり鉄道と電話を突きつけられた将軍たちがどう反応するかを思えば、計画通りに進まないくらい早いうちに話ができる方が円滑に事が進みそうだった。
「そのくらいであれば、むしろ計画込みで見積りをもらえたほうが好都合だよ。私は軍の予算見積りが欲しくてきているんだ」
「ああ。なるほど。中佐は実物の存在の確認においでになったわけではないということですね」
なにか軽く笑うように或いはホッとしたような様子でゲリエは確認した。
「無論、実物の普及や稼動状態の確認も本職の任の内だが、現物について少なくとも私が見られるくらいのシロモノが複数あることはわかった。先立って軍の連絡室で使われていることもみた。そういう意味では満足している」
注意をうながすようにマルコニー中佐は念押しした。
「そういうことでしたら、機械本体ではなくもう少し計画についてをお話しします。私の部屋に移りましょう。資料があります」
ゲリエという若者の人物の立場が今ひとつ読めず中佐は内心少し首をひねったが嫌も応もなかった。
通りすがる者達が挨拶に足を止めている相手が軍人である自分でないことくらいはマルコニー中佐にもわかっていて、ゲリエという人物が少なくとも現場ではかなり顔を知られている相当の上級職であることは知れた。
構内の者達は労働者と思しき者たちも制服を着ていて、身なりでは作業中かそうでないかくらいの区別しかつかない有様はどこか軍隊を思わせた。
「制服が徹底しているな」
「組織が急に大きくなってしまったものですから、誰が誰やら区別をつけるのも難しいので、職務中は職掌の制服を着せています。着替えのない文字通り着の身着のままの人々の中にもよく働いてくれる者がいるので助かります。左胸のところかズボンの右腿のところに名前が書いてあります」
マルコニー中佐はゲリエが制服を着ていないことに思い至ったが、どこかからゴルデベルグ少佐が呼びつけたことを思えば職務中ではなかったのかもしれない。
「売られたり盗難にあったりはしないのか」
「しますね。よく警備部が市で見つけてきます。社宅に転居してくれる者達はそういうことは少ないようですが、家族がいるとなかなか引っ越しも面倒なものですから。家族との諍いで売られてしまうような話もいくつか聞きました」
着の身着のままの者が制服を手に入れて途端に売ってしまう、というのは兵隊の間でもよくある話だった。
「その場合には」
「家族との別居のうえ社宅に移るか退職かを勧告しています。被服は貸与品ですから会社の財産を盗み売ったことになります。場合によっては会社の法務担当官が家族ごと窃盗団一味をまるごと相手にすることもあります。すでに二件そういう事件もありました」
内情に詳しいまま、ゲリエ氏はあっさりと答えた。
夫人を伴うことになってしまったために逓信便に便乗できなくなってしまったマルコニー中佐は四週間かかって軍用便で移動することになった。
軍用便は軽機関車に切り替わり始めた逓信便に便乗するよりもよほど乗り心地も良かったし、八頭立てで駅ごとに替え馬が待ち、前線とは違い馬にも余裕があったから、一般の駅馬車よりもよほど整って早い乗り物だったが、旅の日数が延びるに連れて退屈が疲れになることは仕方ないところだった。中佐はそれでも電話に関する資料の読み下しや、過去の戦地詳報など旅の間に目を通すべきものがあったが、夫人は流石に二週間もすると旅の風景よりも退屈しのぎの編み物と居眠りに精を出すことが増えていた。
そういうわけでデカートの天蓋を見つけるのは中佐夫妻は他の乗合客に比べて遅かった。
頂上の高さ二千キュビット余りあるという巨獣の肋骨のようなデカートの天蓋は名産と呼ぶものの殆どないデカートを特徴的に一言で語る数少ない奇景で、誰がどういうつもりで作ったのかもわからない先史構造物だったが、旅慣れない者にもデカートに至ったということを実感させる風景だった。
遠く朝露に輝く蜘蛛の糸のようにしか見えない天蓋は、今はまだ馬車のいる丘の位置なら、実のところマシオンのほうが僅かに少し近いのだが、艶々と空の光りに照らされた雲ではない何かは遠目にも存在感を示していた。
とはいえ、そんなものが見えても、馬車の歩みでは延々丸一日あまりかかり、デカートの天蓋の内側に着く前に日が落ちてしまった。
エストショトと呼ばれる宿場町はデカートの天蓋の外側約十二リーグ東にある町で、マシオンからおよそ十七リーグある。デカートの天蓋のせいで旅を急ぎがちになる人々にとってはマルクを飛ばした次の街になる。
マルクのほうがエストショトよりも町としては整っているのだが、マルクに入る直前の丘で天気が良ければデカートの天蓋が見えてしまうので、空を見て足元を見ない旅人はマルクに気がつかない、ということらしい。
馬車でも天候積荷や馬の体調次第では、マシオンからエストショトの距離は苦労をする道のりだった。
エストショトからのデカートを旅籠の窓から眺めていた夫妻は、デカートの夜景がひどく明るく景気が良いことに驚いていた。火事とは違う様子でもあったが、遠目からも街の明かりの数が多く見え、時たま天蓋の柱を巡るような光も見えた。
年明けからこの春先にかけてなにやら灯りを商売にして景気よく儲けている話がデカート市内では出ているという。
旅籠の主も詳しい話は知らなかったが、新しい駅馬車の仕組みが流行りだし、その駅が灯りをあちこちに売りだしたということだった。
主の説明はわからないことが多すぎたが、心当たりを繋いで予想を立てるくらいのことは大本営に籍をおく現役の軍人であれば、デカートでは電灯が普及を始め、機関車が当たり前に使われている推理はできた。
翌日、マルコニー中佐は自分の予想が当たってはいたものの、それは想像を超えていたことを知った。
デカートを緩やかに囲うように連なっている丘を超えると建て替えられたカノピック大橋の黒光りする威容がみえ、丘を巻くように奇妙な水道橋のような道がザブバル側に新しく築かれた港に向かって下っていた。
街道をまたぐ鉄橋はどこからつながっているかは分からなかったが何のための道かはすこししてわかった。
頭の上を長い蛇のような機関車の列が港に向けて轟々と音を立てて走り抜けていった。入れ替わるように港からも丘を駆け上がってきていた。
御者も知らなかったらしく少し戸惑っていたが、街道を遮ることなく列車は頭の上を駆け抜けていった。
街道を道なりに進み、大きく厳しいほどになったカノピック大橋を超えてデカートの天蓋の根本に至ると街道沿いに大きな建物が見え、天蓋の外側を囲うように堰堤ができていた。
堰堤をくぐる隧道が切られていて、苦もなくくぐれはしたものの列車が頭の上を通過しているらしく、轟々と隧道が恐ろしげに鳴いて、馬が少し怯え気難しげに歩みを止めた。
連絡室長のクロツヘルム中佐は妻帯で訪れたマルコニー中佐を歓迎してくれた。
地方の連絡室に配置になった士官は本部の士官を前にするとピリピリしているかソワソワしている人物が多く、のんびりしている人物は少数派の訳だが、クロツヘルム中佐も例外ではなかった。
従兵のひとりをマルコニー夫人の観光案内につけると礼儀正しく見送った後に、早速本題に入った。
「事前に頂いている内容では、おいでの要件は電話機設備に関する調査というものですが、変わらずそのような要件でしょうか」
「そうです」
夫人が去った後もマルコニー中佐に来客用の応接間で少し待たせていたクロツヘルム中佐が念押しするように確認するのにマルコニー中佐が短く答えると頷いてクロツヘルム中佐は封筒を机の上に示した。
「これは、何でしょう」
「先日、逓信便に乗せて外信局に当てて送った時事報告書の写しです。外秘は抜いてありますので、お持ちいただいて宿で御覧頂いても問題がありません。基本的にデカートの市況報告と相場調査報告の未編集のものです。先週逓信便に載せたので、馬車であれば行き違いに着いた頃と思います」
「自分は電話機設備の調査に足を向けたのですが」
マルコニー中佐は少し怪訝な顔をしてしまった自覚があった。
「マルコニー中佐は電話機設備についてどの程度の事前調査をなさっておられますか」
「学志館での論文の査読とギゼンヌの広域兵站聯隊の戦況報告書を通読いたしました」
「現物は」
「まだです」
クロツヘルム中佐はマルコニー中佐の内心は無視して表情を変えないまま頷いた。
「冬から春にかけての四半年あまりでデカートの風景様子を一転させる事件が立て続けに起きていまして、その一つがお話の電話機とそれにまつわる様々です。市況報告の中に電話局が公開している回線数報告も追って載せていますが、先月二万少々に達したようです」
マルコニー中佐もクロツヘルム中佐が事前情報の更新案内をおこなっていることを理解した。
「電話の普及が始まったのはいつからですか」
「事前募集は昨年のうちから始まりましたが、その時点では百前後というところだったようです。その後二月頃に鉄道環状線の駅舎が整い、事前募集の回線が敷かれ、そこからはあっという間でした。ヴィンゼではほぼすべての家庭に行き渡り、フラムでもよほどの山奥にも行き届いているようです。尤もヴィンゼでは去年のうちにあらかたの普及が終わっていたようですが」
そう言いながらクロツヘルム中佐は応接机の上の香箱を抱いた黒猫か大きな煤けた急須かというようなあまり見栄えのしない黒い置物に目をやった。
「これがその……、電話機ですか」
「そうです。使ってみせましょう」
そう言うと、クロツヘルム中佐は機械を手元に引き寄せ操作をした。
「渉外課か。クロツヘルムだ。ゴルデベルグ少佐は居るな。応接室によこせ。急ぎだ。以上」
掴んだ取っ手を頬に添えるように引き寄せ伝えるべきことを言うとクロツヘルム中佐は機械に戻した。
「簡単そうですね」
「操作は簡単です。簡単なので事故が偶に起きますが、名乗りだけ忘れなければ大きな事故は避けられます」
「これはデカート市内につながっているのですか」
「市外、ヴィンゼやフラムともつながっています。ここから我々が頻繁にやり取りするのは、風車砦と称されている輜重駐屯地ですが、資材調達のために各商会とのやりとりも頻繁です。出先から外に出したものが確認のために連絡を掛けてきたりもします」
「値段は」
「回線敷設で五百タレル。維持費で月額五十タレル。十件までは無料。その後は五十件までで一タレル。報告書には請求書の写しを添付しましたが、どうやって全件を記録しているのかしらないが、操作間違いもつながった分はすべて記録されて請求されています。――入り給え」
そう言っているうちに、戸口をノックされた。
少佐、と云うには少々若い女性士官が現れた。反射的に略綬や襟章を眺め錚々たる軍歴に表情を動かさないようにすることが難しいほどだった。戦場帰りの歴戦の将校がデカートくんだりで何をしているかといえば、前線でやらかしたか本部でやらかさないかという種類の人物であることは想像がつく。
「――ゴルデベルグ少佐。こちらはマルコニー中佐。兵站本部から電話機設備に関する調査にいらっしゃった。協力してさし上げたまえ。……マルコニー中佐、彼女はゴルデベルグ少佐。こちらの電話回線敷設で尽力をしてくれた者です」
マルコニー中佐が立ち上がり答礼で迎えたのを再び席に腰を下ろしたのを見て、ゴルデベルグ少佐は応接机の脇に歩み寄って立った。
「よろしく。ゴルデベルグ少佐」
「こちらこそよろしくお願い致します。マルコニー中佐殿。ご用件は電話機設備に関する調査ということですが、どういう種類についてどの程度ということでしょうか。その、場所とか規模とか予算的なものがあれば」
少佐という割にはひどく年若く見える女性士官は、物怖じしないままに用件を確認した。
「大本営で設備の予算化を前提にした計画が立てられる程度に詳しく。と承知して貰えれば間違いないかと」
ゴルデベルグ少佐はクロツヘルム中佐に目を向けると中佐は軽く頷いた。
「専門家をご紹介いたします。……中佐、電話を使わせていただきます」
ゴルデベルグ少佐は電話機を抱え上げるようにして、立ったまま電話機を操作した。
「もしもし、私リザです。マイラ。あの人いる?さっきまでいた?どこにゆくとかは?とくに?はいはい。わかりました。そうしたら伝えて。北西駅にこれから向かうから電話局で落ちあいましょうって……え帰ってきた?……ああ。ええと、リザです。ん。はい。そうです。ご案内いただきたいの。北西駅でいいわよね。よろしくお願いします。はい。ではのちほど」
奇妙に気安くそわそわした雰囲気のゴルデベルグ少佐が、電話を抱えたまま二人の中佐の目を気にするように背を向け、話が終わると向き直った。
その風景は、マルコニー中佐には何やら見てはいけないもののように感じられたが、クロツヘルム中佐はなれた様子だった。
クロツヘルム中佐に送り出されるようにゴルデベルグ少佐の案内でマルコニー中佐はデカート市内を出かけることになった。
若い女性とふたりきりになると奇妙に意識してしまうのが嫌で、というわけではなかったが、馬車の外を眺めているマルコニー中佐の目に街路のあちこちに立つ柱とその上の細い紐のようなものが目に付いた。
「あの紐が電話の線なのかな」
「いくらかは。電灯の線と見た目は区別がないので、確かなことはいえませんが」
「空中をぶら下げている意味は何かあるのかな」
「建物の建て替えとか土地の所有権の問題を最小限にするために公共の土地の上空を利用していると聞きました。見栄え良くはないのですが、街灯として街路を照らすという公益を題目として柱を立てる許可を市から得ているそうです」
「熱くなるとかそういうわけではないのか」
「通常そういうことはないようです」
マルコニー中佐の目には道にそって張られた空中線はだらしないという風には取れなかったのだが、若い女性の目には見栄え良くはないという風に感じられるらしい。
小一時間町の外向きに走っても街灯が途切れる様子はなかった。
デカート市も共和国の多くの町がそうであるように外縁に向かうと田園が広がってゆく。巨大な天蓋という奇景を持つデカートも柱から一リーグ余りの内側は農地と家とがまばらに存在していた。
そういう中にポツポツと道沿いに立っている電灯とそれを繋ぐ電線という風景は奇妙な縄張りのようでもあった。
次第に天蓋の柱が大きく見えるようになってくると街路のむこうに鉄道を走る列車の様子が見えることが増えてきた。
デカートに明確な城壁というものはないのだが、天蓋の柱のそばはどういうわけか住まいとしては嫌われている様子で建物がまばらになっていた。
ゴルデベルグ少佐によればなかなかしっかりした影が落ちるからではないかということだったが、彼女にも心当たりや確信があるというわけではない様子だった。
ゆるく繭状にデカートを覆っている天蓋の柱は地上付近では殆ど垂直に立っていて、とくに邪魔というわけでもなさそうだったので、少し不思議だった。
とはいえ生物の遺骸とも何かの遺構ともつかないデカートの天蓋については、来歴を知る者がいない有史以前から存在するということから柱の付近を忌避する何かというよりは寄る必要が無いからということかとマルコニー中佐は思い直した。
とはいえその柱の根元に人々を寄せ付けることになるかもしれない建物が立っていた。
デカートの天蓋の外側を囲うように建設された鉄道環状線は内側の最後の一リーグほどの長閑というか閑散とした田園の雰囲気とは全く異なって新しい活気に満ちた風景だった。
殆どの建物が木造の間に合わせのようでもあったが、市の中心地とは違う賑わいと人々の往来を見せていた。駅には乗合馬車が溢れ、中心に向かう人々の流れもはっきりとあった。一方で環状線の更に外側には丘陵と遠目にも大きな豪邸があり、如何にもな雰囲気もあった。
マルコニー中佐は自分で自分の疑問の答えを見つけたようだった。
デカート北西駅はとくにどこかの街道につながっている駅というわけではなかった。
リザが待ち合わせに北西駅を選んだことも、軍の連絡室から黙ってまっすぐ一番近い駅という以上の意味があったわけではない。
だが、ここは新港口線が環状線と合流分岐する駅で鉄道整備基地があり、ローゼンヘン工業のデカート支社があった。
支社とは言っているものの決済権以外の殆どの機能が存在していて、鉄道運営そのものはここでおこなわれているも同然だった。
北西駅と鉄道基地は多少の距離があったが、物見遊山の客に慣れている乗合馬車の御者は見やすい場所をよく知っていて、遠目ながら列車の車列がわかりやすく見える位置を選んで案内してくれた。
説明になれた御者は環状線用の列車編成とフラム線の長距離貨客と貨物専用線との区別を説明してくれて、普段はフラムかローゼンヘン館にいる除雪車がおそらく研修か何かのために基地にいることをも目ざとく説明してくれた。
マルコニー中佐は自身の目的が電話であることを忘れてはいなかったが、鉄道の車列が思いの外多くの人や物を運んでいることを意識せざるを得なかった。ときに鉄道は家畜も運んでいた。
デカートを横断する六リーグという距離は馬を急かしても一時間ということはなかなかに難しく、鉄道ならば遠回りでも四十五分ということで、家畜の乗り合い貨車は人気であるという。停車時間が短いので人と家畜が一緒であるとかひとり一頭しか運べないという制限はあるものの、何人かで繰り返し運ぶことで家畜に歩かせるよりも早く出荷できると喜ばれていた。
よほどに鉄道に興味があるらしい御者が様々に鉄道基地の風景を説明してくれた。
少しの寄り道で北西駅に着くとわずかに遅れ、自転車をぶら下げるようにして案内をおこなってくれるという若者が現れた。彼はゲリエと名乗った。
「電話機設備の説明がお望みとか」
彼はそう言うと通りがかった制服の男に持っていた自転車を預け、駅馬車を呼び止めた。
マルコニー中佐はそのいかにもお互い顔見知りの気安いというか無造作にすら感じるやりとりを不思議にも思ったが、新参の礼儀として黙っていた。
「鉄道会社に」
ゲリエ氏がそう短く駅馬車に告げると、駅馬車は先ほど遠景を見ていたローゼンヘン工業デカート支社に向かった。
会社の入口ではマルコニー中佐とゴルデベルグ少佐が守衛に署名を求められている脇でゲリエ氏がどこかに電話を掛けていた。
ゲリエ氏は場内に精通しているらしく淀みなく進んでいたが、マルコニー中佐には余り興味がないらしく、あまり言葉を交わさなかった。
ゴルデベルグ少佐のひどく年若いのにも驚いたが、軍人の年齢や軍歴は外見ではなかなかわからないのでいきなり踏み込むのも面倒だったし、本当に年若い場合は当然に厄介な政治背景の人物であるわけで、見目麗しさを楽しむだけですませておくのも処世術だった。
年若いゲリエ氏は武装を隠そうともしない種類の人物で、元来市中の巷を職場としない様子であるらしかった。
雰囲気からすると工事警備の総括責任者か渉外交渉の補佐役か、出世が期待された中堅幹部というところだろうか。
マルコニー中佐のほうがこうなると多少気になってきて、ゲリエ氏の素性を探るべく話しかけてみることにした。
「失礼ですが、こちらは長いのですか」
「長い。と言えるかもしれませんが、この建物はこの冬からのものなので。一般的に長いといえる程のことはないと思います」
大きな建物が敷地の中で狭くもない路地をなしている日陰は、建てられてからそう日にちの経っていない新品同然という建物の辺りからセメントの湿り気のある香りをさせて、足元は砕石がなめらかに黒い膠のように固められ、焦げた油のような独特の香りを放っていた。入口の門のところから路地を示すらしい黒塗りの道はひどくなめらかで貨物を積んだ荷車の往来が楽そうだった。
「鉄道会社と先ほど言っておられたようですが、電話機もこちらに」
「分社化するほど時間も人も余裕がなかったもので、会社としては鉄道は単なる一部門なのですが、設備の大きさは鉄道が目を引きますからね。鉄道会社というのがこの辺りでは通名です」
大きなガラス窓が目立つ建物の外側を巡るようにして広い敷地の中を歩くと、何種類かの貨物車や乗用車、いかにも土木工作向けという機関車がそれぞれに走り回っていた。
「元来はどういった会社なのですか」
「元来は、というほどのこともないのです。単なる製造業というか、趣味の工房のようなものでして、慎ましやかにやれればよかったのですが、戦争で彼女がやいのやいのと言い立てまして」
ゲリエ氏は少し説明に困ったような様子で曖昧にゴルデベルグ少佐を目で示した。
ゴルデベルグ少佐の態度から察していたが、二人は気安い間柄の知り合いであるらしいことがはっきりとした。年若くして少佐になりおおせるような女性が恋仲であっても若い男に唯々諾々と従うはずもなく苦労が偲ばれた。
いくら後方でも佐官ともなれば従兵の一人も付かないままに任地にあるのはおかしいし、それを気にしないと言うのは佐官としては異常だった。例外的な昇進を果たすことが軍歴にとって有利か不利かは様々に見解があるが、一般的には苦労を伴うことになる。
「なかなかに賑わっている様子で結構ですね」
「おかげさまで」
軽く言い換えたマルコニー中佐の言葉を知ってか知らずかゲリエ氏は軽く流した。
「ところで向かっているところはどういうところなのでしょう」
「電話機施設の予備機と原型機を研修用に置いているところです。稼働機そのままというわけではありませんが、概要の説明には十分と思います」
全体に広く大きく取られた通路や建物の扉は城門を感じさせたが、貨物車がそのままくぐれるような扉もあるようだった。
そういう巨大な倉庫に案内された。二階の高さに吹き抜けと回廊が切られた建物は、桟敷に金網の蓋を載せたような劇場のようにも感じられる作りをしていた。
その建物の中に衝立のように見えるものこそが電話機の中枢本体であった。広く大きく作られた建物の中ではさほど大きくも見えなかったが、銅色のタペストリというか、回転機械式の計算機を何軸も積み重ねたような構造とあわせてひどく重たげな作りをした壁のような箪笥のような機械だった。倉庫の広さに惑わされたが、マルコニー中佐の背丈を遥かに超えて一抱えでは済まない厚みを持っていて、いっそそのまま陣地の一部にでもしてしまうかという巨大な算盤のような金属細工の塊である。
となりには大きさは変わらないものの向こう側が透けて見えるくらいには隙間もありちょっと整理された少し本棚に似ている機械があった。
どちらも電話交換機で、一台で三千から五千の電話機と交換器に接続ができるものであった。デカート市内にはこれが四十台配置され、理屈の上ではすべての家々に行き届くだけの準備はされている。そしてやはりかなり普及が進んでいるフラムやヴィンゼともつながっている。
これだけで市外局との連絡が取れるわけではなく、実態として交換機間の電線長が二十リーグを超えると問題が起こるために、荒野の真ん中の住む者のいない土地に点々と中継用電話局が存在している。立派な何かが存在しているわけではなく、鉄道沿線の街灯電線と並行して走っている電話線の一部に酒樽くらいの信号補償用の増幅器が乗っているだけだが、電話にとっても鉄道にとっても重要な装置だった。鉄道用の緊急電話基地でもあり、区間の線路の監視をもおこなっていた。
中継電話局装置という大きな酒樽ほどの機械は五十ほどの回線監視をおこないながら連結されてくる交換装置間の信号を補償する機能を持っている。
鉄道のそばを走る高圧送電線から小さな変圧器を介して電力を受け、線路用の街路灯や信号装置とともに荒野を走る鉄道を守っていた。
大雑把に五リーグから十五リーグおきに巨大な電話機があるという説明だった。
「これがあれば電話が使えるということですか」
「そうやって使えないこともないです。ただ基本的に回線監視用なので、電話機能としては箒のようにつながった枝分かれした電話回線一つが交換機用回線にぶら下がっているだけです」
巨大な壁のような装置に比べれば兵が抱えて運べそうですらある大きさの機械は建物に運びこむことも難しそうではなかった。とは云えマルコニー中佐が戯れに体重をかけたくらいではゆらぎもしない重さの装置ではある。
「どういうことでしょう」
興味のままに尋ねたマルコニー中佐にゲリエが説明を続けた。
「交換機を介さないまま接続しているので、あっちでもこっちでもいっぺんにつながってしまいます。変調装置をつけた専用電話でないと騒がしくて会話になりません。……ああ。これは交換器間通信の概念にも似ているので、実働する研修用の機械があります」
何本かの線の生えた中継電話局は今は横向きに転がされていた。
回線監視用の線に研修機材の電話機を差し込むと嵐の風の音のような音が響いた。監視用の線を抜いてゆくと次第に音が澄んでいって最後に笛の音のような響きになった。
すべての監視線でそれぞれに音が割り当てられていて線が切れると特定の音が止まるという仕掛けになっていた。
そういう回線に電話機を差し込むと人の声とは思えない奇妙な響を持った音になった。
回線に合わせた調整を施した相手口からは少しくぐもったものの人の声として聞き取れる音になっていた。
他の回線をさして雑音を起こしても出口では意味を聞き取れる音になっていることにマルコニー中佐は驚いていた。
「つまり、これが変調と復号ということですか」
「そうです。仰るとおり、この樽のような装置が電話機概念の全てと言っても間違いとはいえません。このままでは使いやすいものではないと思いますが」
「十分に役に立ちそうですが」
「このままでは話を終えて回線を切断した後に再接続した際に相手先に接続を知らせる方法がありません。作戦中の司令部と部隊を結ぶような使い方はできますが、四六時中相手先の音が漏れ聞こえるような状態はよほどの関係でも疲れるものだと思います。それにたとえば五十の相手先と会話するために五十の電話機を用意するのは個人宅では難しいでしょう」
異論もあるがこのままでは面倒も多いということはマルコニー中佐にも納得できた。
「つまりあちらの大きな機械ではそういう面倒が少ないということですか」
「接続元の呼び出しに応じ、呼び出し先の回線の状態を使用中か待機中かということを接続元に報告できます。待機中であれば呼び出し先の回線に呼び出しを通知します。大抵ベルブザーですが、電灯を光らせる事もできます。そうして呼び出し先の回線が接続されると接続元と呼び出し先の通話がおこなえるようになります」
マルコニー中佐にも大きな機械の機能が少しわかってきた。
「つまり、あちらの大きな機械は回線を常に監視して適切な変調と復号を提供するということですか」
「交換機をまたがない通話は変調復号については極めて簡素なものですが、そのとおりです」
マルコニー中佐の理解を認めるようにゲリエは微笑んだ。
「何人で操作するものですか。操作にはどれくらいの習熟が必要ですか」
「大型の機械ですので設置にはそれなりの時間と人員が必要ですし、交換基地間の調整の割当は事前に定める必要がありますが、一旦稼働すれば操作は必要ありません。むしろ昆虫やネズミなどが出入りすることで起こりえる面倒を考えれば、機械は往来の少ないところに安置しておきたいところです」
「回線の監視や呼び出しというものに人は不要ということですか」
マルコニー中佐は少し耳を疑った。
「電気的な監視と機械接続がおこなえますので、人がいちいち手を出すより手早く確実におこなえます」
ゲリエの自信の根拠はわからなかったが、既に一年以上動いているということであれば、そこは納得せざるを得なかった。
「あの帯のようなものはなんですか」
「あれは請求書向けの回線接続の実績記録です。機械用の帳面のようなものです。日に何百回も接続だけおこなって月に二万回余りの接続をしてみたり、ひとつき接続したまま放置したりという新しい物を無意味に試したがる人々に対する抵抗の根拠ですね。契約条件上いつでも契約破棄できるのですが、年内は裁判の準備と検討ということで経過を記録しています」
「一件だけですか?」
「事件としては数十件。記録としては機械の接続する限り全てです」
一台で数千の通話記録を監視しているということにマルコニー中佐は言葉に出来ない奇妙な感覚にとらわれていた。
ゲリエという名の若者の奇妙に自信に満ちた雰囲気も鼻についてきた。
「それで大本営で電話機を全棟にわたって敷くにあたってなにが必要でいくらになるのかね」
マルコニー中佐は言葉を投げ捨てるようにして尋ねた。
「今の段階では見積もりを立てることはできません。往来の保証ができませんので。鉄道開通後でしたら見積もりも可能ですが、現状ではお約束できるほどの計画にはなりません」
あっさりとしたゲリエの答えにマルコニー中佐はしばし首をひねった。
「――ともかく、軍都への大規模な装置納入は様々計画していますが、鉄道建設がその嚆矢になります」
「随分と気の長い話だけれど、何年後かね」
「順調なら三年。長くて五年。或いは現在検討中の運河が本軌道に乗れば、多少早く進むかもしれません」
中佐も気の長い話と言ってみたが、どのみち予算化から一年かそこらは建屋の工事でかかると考えれば、五年はともかく三年という期間は予算をつける事業計画としてはそれほど長いわけでもない。
却って、いきなり鉄道と電話を突きつけられた将軍たちがどう反応するかを思えば、計画通りに進まないくらい早いうちに話ができる方が円滑に事が進みそうだった。
「そのくらいであれば、むしろ計画込みで見積りをもらえたほうが好都合だよ。私は軍の予算見積りが欲しくてきているんだ」
「ああ。なるほど。中佐は実物の存在の確認においでになったわけではないということですね」
なにか軽く笑うように或いはホッとしたような様子でゲリエは確認した。
「無論、実物の普及や稼動状態の確認も本職の任の内だが、現物について少なくとも私が見られるくらいのシロモノが複数あることはわかった。先立って軍の連絡室で使われていることもみた。そういう意味では満足している」
注意をうながすようにマルコニー中佐は念押しした。
「そういうことでしたら、機械本体ではなくもう少し計画についてをお話しします。私の部屋に移りましょう。資料があります」
ゲリエという若者の人物の立場が今ひとつ読めず中佐は内心少し首をひねったが嫌も応もなかった。
通りすがる者達が挨拶に足を止めている相手が軍人である自分でないことくらいはマルコニー中佐にもわかっていて、ゲリエという人物が少なくとも現場ではかなり顔を知られている相当の上級職であることは知れた。
構内の者達は労働者と思しき者たちも制服を着ていて、身なりでは作業中かそうでないかくらいの区別しかつかない有様はどこか軍隊を思わせた。
「制服が徹底しているな」
「組織が急に大きくなってしまったものですから、誰が誰やら区別をつけるのも難しいので、職務中は職掌の制服を着せています。着替えのない文字通り着の身着のままの人々の中にもよく働いてくれる者がいるので助かります。左胸のところかズボンの右腿のところに名前が書いてあります」
マルコニー中佐はゲリエが制服を着ていないことに思い至ったが、どこかからゴルデベルグ少佐が呼びつけたことを思えば職務中ではなかったのかもしれない。
「売られたり盗難にあったりはしないのか」
「しますね。よく警備部が市で見つけてきます。社宅に転居してくれる者達はそういうことは少ないようですが、家族がいるとなかなか引っ越しも面倒なものですから。家族との諍いで売られてしまうような話もいくつか聞きました」
着の身着のままの者が制服を手に入れて途端に売ってしまう、というのは兵隊の間でもよくある話だった。
「その場合には」
「家族との別居のうえ社宅に移るか退職かを勧告しています。被服は貸与品ですから会社の財産を盗み売ったことになります。場合によっては会社の法務担当官が家族ごと窃盗団一味をまるごと相手にすることもあります。すでに二件そういう事件もありました」
内情に詳しいまま、ゲリエ氏はあっさりと答えた。
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