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14 捕えられる

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 この期に及んで、ロイクは俺があいつのものだと言いやがった。

 俺を抱くのを拒絶した癖に、だ。意味が分からない。

 だけど、オリヴィアの前であれはどういう意味だったのかなんて聞ける筈もない。結局、俺は黙り込むしかなかった。

 殆ど会話をしなくなってしまった俺を、まだ落ち込んでいると思ったんだろう。二人ともむやみやたらに話しかけてこないのは助かった。

 実際凹んでもいたけど、それよりも混乱していたと言う方が正しいかもしれない。

 ロイクのことだけじゃない。クロードの最期の時のことについても、俺は混乱していた。

 俺にした口づけの意味ってなんだろう。クロードがいなくなってしまった今、もう誰にも分からない。

 会いに行くっていうのは、霊魂になったら傍にいてくれるって意味だったんだろうとは思う。でもそれって、恋人とか家族とかに言う言葉だよな。

 クロードは家族から捨てられた。顔にある竜の痣のせいで、恋人がいたこともないって言ってた。だから俺を家族みたいに思ってくれていた? と考えると、嬉しかった。

 嬉しいと同時に、隣にクロードがいないことが悲しくて、また泣いた。

 ――まさか、俺のことが好きだったなんてことないよなあ。

 思わず考えてしまうのは、仕方ないと思う。だって口づけとあの言葉は、俺だけに向けられたものだったから。

 ロイクとのことがなければ、男が男に惚れるなんて考えなかっただろう。だけどロイクが俺に対し見せた執着のお陰というかそのせいで、そういったことも世の中あるんだと知った。

 でも、クロードからはロイクから感じることがあったドロドロとした色欲を感じたことはなかった。だから俺を弟みたいな家族として見てくれていた、きっとそうだ!

 それに、クロードはロイクと違って俺に手を出さなかった。頭を撫でて気を配ってくれていた。だからきっとそうに違いない。……いやでもなあ。

 そんな風に悶々と考えながら歩き続けていると、あっという間にロイクの故郷、ヒライム王国に到着してしまった。

 魔物が全くいなけりゃ、ただの旅に過ぎない。ロイクが俺を抱かないので、夜は寝るだけの短いものだったこともあるだろう。

 曲がりなりにも英傑の名を冠する俺たちにとって、敵のいない道は苦でも何でもなかった。

 王都に足を踏み入れると、歓声が俺たちを出迎える。

「救世主たちの凱旋だ!」
「四英傑万歳!」

 城に近づくと、興奮した群衆が押し寄せてきた。思わず青ざめた俺とオリヴィアを見て、ロイクが眉をキリッとさせる。

「オリヴィア、ファビアン! 私に掴まれ!」
「うわっ」
「きゃっ」

 ロイクが勇者の馬鹿力でオリヴィアと俺を抱えると、人間ならあり得ない速度で大通りを駆け抜けていった。ロイクがいなければ、俺たちはぺしゃんこに潰されていたかもしれない。

 城門前に降り立つと、門番が高らかに叫んだ。

「ロイク殿下御一行のお戻りです!」

 今度は城内から色んな人が俺たちに押し寄せてきて、俺たちはとうとう身動きが取れなくなる。

「わ、わっ!」
「ファビアン!」

 ロイクが引き離されていく俺に手を伸ばしたけど、潰されそうになっているオリヴィアを腕に庇ったせいで届かなかった。

「後で……! 後で会おう!」

 俺は、ロイクに向かって手を伸ばさなかった。返事もしなかった。あいつがそれに気付いていたかは知らない。

 城門を潜った後のことは、目まぐるし過ぎて口をぽかんと開けている内に終わった気がする。

 気が付けば、俺は用意された豪華な来賓室に連れて行かれていた。そこから何日もかけて、全身を磨かれる。合間に採寸されて、超特急で仕立てられた服を着させられているのが、凱旋から四日後の今日。何これ。

 俺専属とかいう侍女たちが、「こっちの方が可愛いわよ!」「いいえ、こっちの方が愛らしさが引き立つわよ!」と俺としてはかなり微妙な言葉を発しているのを、引き攣った顔で聞いているしかなかった。

 そして、国王が待つ謁見の間に引っ張られていく。もう何でもいい。人にあちこち触られるのに疲れたから、早く終わらせて俺をこの騒々しさから解放してくれ。

 うんざりしながら、四英傑が最初に顔合わせをした思い出の場所、謁見の間に入った。

 玉座には、王様と王妃様、それに臣下だろうなんか偉そうなおじさんたちと、ロイクとオリヴィアもいる。

 ロイクのことがよく分からなくなって会うのが嫌だったけど、見知った顔だからちょっと安堵も覚えた。

 だけど。

 ロイクとオリヴィアの二人は、俺の隣じゃなくて王様の横に立っているじゃないか。

 なんでも、帰還してすぐに二人の婚約が成立したらしい。俺は何も聞かされないまま、事後報告だ。

 ロイクとオリヴィアにとって、俺はもう何でも相談してきた四英傑の仲間じゃないのだと、そのことから知った。

 あいつらはもう、俺側の人間じゃない。王国の指示する側の人間で、もう俺とは別世界の人間だってことだ。

 ――報奨金と勲功をもらったら、さっさとこの国から出て行こう。

 煌びやかな衣装も不慣れだし、俺を見下ろすあいつらの目線も落ち着かなくて、俺は密かに決意する。

 なのに。

「剣聖ファビアンには、我がヒライム王国騎士団の特別顧問の席を与える。王都に屋敷を新築するまでの間、王宮をそなたの故郷と思い寛いでいただきたい」
「は……?」

 国王の言葉の意味が分からなくて、俺はぽかんとした。金を貰っておしまいじゃなかったのか? 何だよ、特別顧問って無理やり作ったような役職は。

 俺の顔を見て、ロイクが申し訳なさそうに教えてくれた。

「事前相談がなくて済まない、ファビアン」

 本当だよ。俺たちは一人ひとりの人間だって言ってたのはどの口だよ。

 ロイクの、眉を垂らした笑顔。前はこれに絆されて、仕方ないなあ、なんてちょっと可愛く思ったりもした。でも、今はもう思わない。

「実は、英傑の中で唯一どこの国とも紐付いていない君が危ないと知ってね」

 俺の身? どういうことだろう。

 ロイクは勇者然とした強者の微笑みを浮かべながら、のたまった。

「剣聖を他国の政治に利用されてはならない。だから急遽、我が国の中枢に地位を用意したんだよ」
「はあ?」

 聞けば、英傑の帰還を知った周辺国から、王子でも何でもない、故郷も失った俺を婿にとか将軍にとか騒いだ国がいくつかあったらしい。

 中には俺を攫ってでも自国に連れていきたいと実際に行動に出た所もあったそうで、俺が磨かれている間に誘拐犯が幾人も捕らえられていたんだとか。

「ということで、安全の確認ができるまではファビアンは我が国で保護することにした」
「いや、でも俺強いし。それに俺、家族の墓を……」
「頼むよファビアン。大事な仲間をこれ以上失いたくはないんだ」

 ロイクの横のオリヴィアも頷く。

 結局、こいつはいつだってこいつのやりたいようにやるんだ。

 俺が、勇者――いや、王太子ロイクに完全に捕えられた瞬間だった。
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