有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫

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【続編】ヨルゲンxオラフ

6 守る為

 ヨルゲンの拳に力が込められていく。

 血管と筋が浮き出ている手の甲が格好いいな――と思った次の瞬間、バキッというあり得ない音が拳の中から聞こえてきた。

「え」

 嘘だろ? と思い驚き顔でヨルゲンを見上げると、ヨルゲンが拳を俺の前に持ってきてから上に向けて、手のひらを開く。ヨルゲンの手の中には、真っ二つに割れた石があった。

 ヨルゲンは作り物のような整いすぎた顔を俺に向けると、「……こういうことだ」と静かに言う。俺は驚きを隠せないまま、ヨルゲンの手の中にある石の破片を覗き込んだ。見事に割れている。確かにこれなら、手すりも握り潰せそうだ。

 ヨルゲンがポツリポツリと再び語り始めた。

「……こうやって家の物を壊すだけならまだよかったんだが」
「う、うん」

 家の物を壊すのもどうなんだろう? と思いながらも、話を促す為に相槌を打つ。

「親がよかれと思い、友人にと連れてきた父の同僚の子どもと遊んだ時……つい楽しくなって力加減を誤り、怪我をさせてしまったんだ」
「そ、そうなんだ」

 俺は他になんと言えばいいのかわからなくて、曖昧な笑顔で返した。確かにこの力で遠慮なく腕を掴まれたりしたら、俺も骨くらいは折れちゃいそうだ。

「俺も家族も謝罪したが、相手は許してはくれず、もう二度と俺と会おうとはしてくれなかった。それを何度か繰り返している内に、両親が『どうしてこんな子を産んだのか』と互いを罵るようになって……」
「うわあ」

 それはキツイ。本人に悪気がない上に、自分のせいで両親が喧嘩するだなんて、俺だったら現場を目撃した瞬間泣く自信しかない。

 ヨルゲンは顎を小刻みに振るわせながら、切々と訴えてきた。

「俺のせいで、これ以上両親に仲違いしてもらいたいたくはない。だから今回クリーガー姉弟の誕生会の招待状を受け取った際、今度こそ失敗せずうまくやれるところを見せようと思ったんだ」
「そう……だったんだ」

 まさかそんな決意と共に挑んでいたなんて、思いもしなかったよ。

 ヨルゲンが苦しげに頷く。

「主役に悪印象を与えない為には、挨拶をしてから一言二言会話をすれば済むと思った。あとは静かに会が終わるのを待っていれば、両親も安心してもう俺のことで喧嘩などしないだろうと」

 そういうことか、とようやく腑に落ちた。俺がヨルゲンを見かけた時、ヨルゲンは庭園のほうに目を向けて人には一切注意を向けていなかった。その割に、俺が話しかけたらきちんと応対したことに違和感を覚えていたんだ。

 気付いた途端、猛烈な親近感が湧いてくる。人見知りが強すぎて友達が作れない自分と、友達を作りたくても怪我をさせるのが怖くて自分から距離を置こうとしているヨルゲンは、人と上手く接することができないという点で同類じゃないかと。

 これまでは俺の隣には常にダニエラがいた。ダニエラは明るくて社交的で、俺の双子の姉とは思えないほど眩い存在だ。片割れの俺は人見知りで臆病で、太陽のようなダニエラの隣にいないと光れない月のような存在にすぎない。

 だけど俺だって、ダニエラみたいに明るく快活な人間になりたいと常々思っていた。

 でもどう頑張ってもできなくて、直そうにも直し方がわからなくて。自分は駄目な人間だと、いつも突きつけられているような気分だった。

 だからもしかしたらこれは傷の舐め合いに近いもので、友情とは違うのかもしれない。だけど俺は確かにこの時、目の前で苦しみ悲しんでいるヨルゲンを少しでも励ましてやりたくなったんだ。

 ヨルゲンの手のひらの上にあった石の破片を手で払い落とすと、ヨルゲンの手を両手で包み込む。驚いた様子で水色の瞳を潤ませているヨルゲンをにこりと見上げると、伝えた。

「大丈夫だよ。ヨルゲンの手はきっと、大切なものを守る為にあるから」

 ヨルゲンが更に目を見開く。

「大切なものを……守る、為?」
「そうだよ! だって騎士団の人たちだって、王家や国民を守る為に鍛えてるだろ? だからきっと、ヨルゲンが人よりも力持ちなのは何かを守る為で、ただ今はまだそれが何かわからないだけなんだと俺は思う」

 俺の言葉を聞いたヨルゲンの瞳から、溜まっていた涙がツー、と平らな頬を伝い落ちていった。それが陽光を反射してきれいだなあと思った、次の瞬間。

「……!」
「ありがとう、オラフ」

 これまで終始真顔というか無表情を貫いていたヨルゲンの美麗な顔に、このバラ園のバラすらも霞んで見えるほどの艶やかな笑みが広がっていった。

 あまりにも美しくて、俺は慰めるのも忘れて見入ってしまう。すると、俺が包んでいたヨルゲンの手がするりと抜かれ、おずおずと俺の手を包んできたじゃないか。だけど俺はヨルゲンの笑顔からやっぱり目が離せなくて、情けなく口をぽかんと開けて見つめていることしかできなかった。

 口角が麗しい角度で上がった形のいい口が、薄く開かれる。

「……そうか、こういうことだったのか」

 恍惚の表情で囁くヨルゲン。言っている意味がわからなくて、ようやく金縛りが解けたかのように動けるようになった俺は、問い返した。

「こ、こういうって……?」
「これまで俺は、自ら遠ざけることで何も壊さないようにしていた」
「う、うん」
「だけど、守る為には近くにいないといけないと気付いたんだ」
「う、うん……?」

 俺にはやっぱりよくわからないけど、ヨルゲンは納得したようにスッキリした表情を浮かべている。な、ならいい……のかな?

 わからないなりに安堵の笑みをへらりと浮かべると、ヨルゲンが大きな笑みを浮かべ。

「……っ!?」
「オラフ……!」

 突然俺を抱き寄せると、慈しむように優しく包み込む。

 いつまで経っても姿を見せない俺を心配したハンスが俺の名を呼びながら探しにくるまで、俺はずっとヨルゲンに包まれたままでいた。
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