宝珠の神子は優しい狼とスローライフを送りたい

緑虫

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3 異世界転移も悪くない

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 俺が真っ白い場所で神様っぽい奴に言われたことを、グイードに話してみる。

「なんかよく分かんないけど、頑張って長生きしてくれって言われて放り出されたんだよな」
「お前の言っていることがさっぱり分からん」
「俺もだよ」

 再び、辺りを沈黙が支配した。

 暫くして、グイードが「ハアア……」と何とも言えない実に面倒くさそうな溜息を吐く。

「……お前、名前はあるか」
「俺? 陽太! 太陽の陽に太郎の太! 犬の太郎は俺の太から名前を取ってさ!」
「……言ってることが分からん。言葉は分かるが意味が分からん」

 グイードが冷めた目で俺を見た。うわ、動物の冷めた目って結構メンタルにぐさっとくるな。

 でもそうか。どでかい狼が喋るのが当たり前な異世界だったら、漢字なんてないよな。

 仕方ないなあ。ちょっと生意気そうだけど、もふもふだから許してやるか! なんていう寛大な気持ちになった俺は、グイードの太い首に手を伸ばした。触れるとモフッと沈んで――最高!

「つまり、俺の名前の意味は太陽みたいな男で陽太ってことだよ。グイードの名前の意味は? 何かあるの?」

 俺の質問に、グイードがボソリと答える。

「……『導く者』」
「へえ! 格好いいな!」

 俺が折角褒めたのに、グイードはフンと顔を背けてしまった。

「一族の期待に応えられなかった出来損ないには分不相応な名だがな」
「うん?」

 こっちはこっちでよく分からないけど、どうもひとりで過ごしているっぽいグイードには何か語りたくない過去でもあるのかもしれない。

 俺、知ってる。心が折れちゃうような傷は、本人が言いたくなるまで静かに寄り添うのがベストだって。家族の死を根掘り葉掘り聞いてきた奴らは、俺の気持ちよりも自分の好奇心を満たしたかっただけって分かってるから。

「……ヨシヨシ」

 グイードの頬を撫でると、グイードがぎょっとした様子で俺を見た。

「なっ、何をしている」
「ヨシヨシしたくなったからしてるだけだよ」
「へ、変な奴だな」
「グイードはいい奴だよね。どこかでぶっ倒れてた俺を拾って助けてくれたんでしょ? 見たこともない変種の猿みたいな見た目の俺をさ」

 ニカッと笑いかけると、グイードの口がへの字になる。

「……暇だったからだ」
「そうなの? それでもありがと。俺さ、自分が今どこにいるかも分かってない感じだから、グイードが居てくれるだけで嬉しいよ」
「……ッ!」

 グイードが、フイッと目を逸らした。次いで、ボソリと呟く。

「……腹は減ってないか」

 そういえば、もう長い時間何も口に入れてないかもしれない。バイトが終わってから食べようと賞味期限が切れた唐揚げ弁当をもらってきてたのに、あれってどこにいったんだろう。ああ、唐揚げ食べたかったなあ。

 自分のぺたんこになった腹を触る。いいタイミングで、ぐぎゅると鳴った。

「お腹空いた。あと喉もカラカラだなあ」

 答えると、すぐにグイードが立ち上がる。続けて俺も立ち上がると、グイードの背中の高さが俺の胸くらいの高さにきた。やっぱり相当でかい。絶対普通の狼の大きさじゃないってこれ。

「……では乗れ」

 顎をくいっと動かすグイード。

「え?」
「お前のやわそうな足では日が暮れてしまう距離の所に水場がある。いいから背中に乗れ。特別に乗せてやる」
「――えっ! いいの? うわ、嬉しい!」

 念願の犬――じゃないや狼の背中に乗らせてもらえるなんて、異世界転移も悪くないじゃないか!

「では遠慮なく」

 よいしょとグイードの背中に跨ると、グイードが目だけで振り返る。

「首にしっかりと腕を回せ。振り落とされるぞ」
「分かった!」

 もふもふに抱きつけるなんて、願ったり叶ったりだ。喜び勇んでグイードの首に抱きつくと、思い切り息を吸い込んで犬――じゃないや狼の温かな獣臭さを堪能したのだった。



 それからというもの、俺はグイードとの生活を滅茶苦茶エンジョイしていた。

 正直、異世界で喋る狼とワイルドなスローライフを送ることになるなんて想像もしてなかった。だけど元々快適な都市ライフなんて送ってなかった貧乏人の俺にとって、温かい寝床と腹一杯の食料があれば十分だったみたいだ。あは、俺って単純。

 でもあの神様みたいな奴に「単細胞」って言われたことはまだちょっとだけ根に持ってるけどな。ちゃんと細胞分裂してこの姿なんだからな、人間を舐めるなよ!

 グイードの住処は、森の中にある小さな洞穴だ。俺が目覚めた時にいた、あの場所。地面には落ち葉や枯れ草が几帳面に敷き詰められていて、かなり快適に過ごせるようになっている。

 入口には土が盛られているから、雨が降っても水が入ってくることもない。グイードが崖の上に植えた蔦がぶら下がってカーテン代わりになっていて、ちゃんと風も遮られるんだぞ。凄いよな。

 しかもなんとグイードは、魔法が使えるとんでもない狼だった。さすが異世界。想像の斜め上をいく。

 夜に真っ暗になりすぎて用足しに行きたかった俺がグイードの尻尾を踏んだりしてたら、わざわざ俺の為に焚き火を作ってくれるようになったんだ。

 最初に呪文をモゴモゴ唱えた後にパッと火が点いたのを見た俺が「グイード、お前って凄い奴なんだな! 偉いぞー! ヨーシヨシヨシヨシ!」とひっくり返して顎の下やら腹を撫でまくったら、「いい加減にしろ」ってちょっぴり怒られたけど。

 グイードだって舌出して嬉しそうにヘッヘしてたじゃん。ちえ、可愛いかったのに。大きなもふもふ万歳。

 仕事に追われずにのんびり過ごす日々は、正にスローライフだった。食料は果物があちらこちらに生ってるし、川に行けばただの枝と葉っぱで作った釣り竿で魚が入れ食い状態なんだよ。

 気候はすこぶる穏やか。日中は初夏くらいの温かさで、夜は秋くらいの涼しさだから快適そのもの。

 だけどグイード曰く、少し前までは気候は決して穏やかと言えるものじゃなかったらしい。暑い日が続いたと思ったら突然吹雪いたりという日々が、もう何十年も続いていたんだって。

「祖父が若かった頃はここまで荒れていなかったらしいが、俺にとっては読めない気候が当たり前だな。年々酷くなっていっている感覚はあったが……。だが、むしろ今の方が異常に感じている。あまりに穏やかすぎて不気味で仕方ない」
「へえー」

 気候なんて穏やかな方がいいんじゃないと俺なんかは思うけど、グイードは本当に気味悪がっているのか、表情が暗い。

「少し前までは、こんな簡単に果物は見つからなかった。ようやく見つけたとしても数個だ。川はしょっちゅう氾濫し、魚も森の獣も痩せ細っていたんだぞ」
「そうなの?」

 グイードはそう言うけど、正直言って信じられない。だって俺がこっちの世界に来てから多分十日くらいは経ったけど、どこもかしこも緑豊かだし。だからいくら異常気象について語られても、実感できない俺にはやっぱりピンとこないんだよね。

「またいつ天候が突然崩れるか分かったものではない。沢山食える内に食っておけ」
「ん。分かったよ」

 俺はこっちの世界のエキスパートじゃない。グイードが不安視するなら、アドバイスに従っておくのがいいのは間違いないだろう。

「分かったならいい」

 グイードはそう言うと、少し強張らせていた身体の力を抜いて俺の身体に尻尾を巻き付けた。
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