宝珠の神子は優しい狼とスローライフを送りたい

緑虫

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5 ノーパンとインプランティング

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 ノーパンの意味が分かっていない風のグイードに、パンツを穿かない状態のことだと説明する。

 グイードが、呆れ顔で言った。

「お前の悩みはそれしかないのか」
「だって、グイードがいるし」
「……ッ」

 グイードの息を呑む音が聞こえたので、むくりと起き上がると横になっているグイードの首元にもたれかかる。グイードのピンと立った耳をマッサージするように撫でると、グイードの目が気持ちよさそうに細まっていった。

 少し眠そうな声で、グイードが言う。

「……ヨウタが森の外について尋ねてきたら、ちゃんと答えようと思っていた」
「そうなの?」
「だがまさか、外の世界の前にオレの年齢を聞かれるとは思わなかったぞ」

 俺はなーんにも考えてなかったけど、グイードはひとりであれこれ考えていたらしい。人間の俺より考える狼って、やっぱりグイードは凄いなあ。

「うーん、国民性かもなあ」

 日本人って、とりあえず会話のきっかけとして年齢聞くじゃん。あのノリだったんだけど、グイードには意外だったらしい。

「お前の国のことはよく分からんが」

 ふ、という柔らかく笑う息は、あくまで優しい。

「オレは――ヨウタと過ごすようになってから、生きていると実感できるようになった」
「え? じゃあ今までは?」

 ふるふると首を横に振るグイード。

「これまでオレは、一族から出て行った後はただ時間を重ねていただけだった。何も楽しくないし、未来への希望もない。死んではいない、ただそれだけだ」
「グイード……」

 そうだよ、グイードには狼の仲間がいたって最初に言ってたじゃないか。ひとりで飄々と暮らしているように見えたから、事情がありそうとは思っていたけど、まさかグイードが絶望しながら過ごしていたなんて。

 俺が余程悲しそうな顔をしていたのか、片目を開けたグイードが小さく笑う。

「そんな顔をするな。お前を拾って以降、俺の心は晴れ渡っている」
「本当? 無理してない?」

 グイードの首に腕を巻きつけた。

「本当だ。これまでひとりで過ごしていた時に考えていたようなことは、全く考えなくなっていた。今ようやくそのことに気付いたくらいだ」
「俺、グイードにおんぶに抱っこだもんなあ。そりゃ考える暇もないか」
「そういうことじゃない」

 グイードが、俺に鼻先を擦り付ける。

「お前は俺にとって、そう――太陽みたいなんだ。晴れることのなかった俺の心にかかっていた雲を、お前が追いやってくれた」
「俺、何もしてないよ……」

 どっちかというと、大分面倒をかけている自覚はある。グイードがいないと水も飲めないし、餓死まっしぐらだし。

「違うんだ、ヨウタ。お前は俺を蔑まない。俺の隣にいて笑ってくれている。それだけで俺は……救われている」

 だから、とポツリと続けるグイード。

「……だから余計、ヨウタに外の世界の話をするのが怖かった。外に興味を持ったら、オレをここに置いて去ってしまうんじゃないかと」
「――グイード!」

 ぎゅうう、ときつく抱きついた。どうして俺はグイードがひとりでいる理由について何も考えなかったんだろう。いやまあ毎日楽しくて幸せすぎたのが原因なのは分かってるけど、それにしたってグイードが悩んでいたことに気付きもしないなんて! 神様みたいな奴に「単細胞」って言われても仕方ないよな、これ。

「全くもう、グイードってば真面目なんだからさ……!」
「真面目? どういう……」

 グイードの片眉が上がる。

「グイードはさ、俺にちゃんと選ばせてくれようとしてたんだろ? 外に他の奴らがいるって教えないのは狡いって考えたんだよな?」
「……それはそうだろう。ヨウタが何故突然こんな森の中に現れたのかは分からないが、迷って入って来られるような場所でもない」

 この場所ってそんなに深い森の中なんだ。一番近い他の場所までどれくらいかかるのかな。

「とにかくな。ヨウタのよく分からん話の内容を、オレなりに考えてみたんだ」
「よく分からんって」
「お前の説明は説明になっているようでなっていないからな」
「……」

 なんか申し訳ございません。ワイルドなスローライフヒャッハー状態になってたので、深堀りしようとか考えてませんでした。

 グイードの眼差しは、これまで見たことがないくらい真剣そのものだった。そう――どこか緊張しているように見えるんだ。でも一体、なんで?

「……この世界には、百年に一度『宝珠の神子』という存在が降臨するという神話がある」
「『宝珠の神子』? なにそれ」

 ん? でも何か聞き覚えもあるような? えーと、何だったっけ。神様みたいな奴が滋養強壮剤、じゃないやエネルギー増強装置みたいなもんって言ってたのが何かあった筈――。

 あ。思い出した。

 ガバッと顔を上げて、グイードの金色の瞳を覗き込む。

「あ、宝珠! それ、体内にインプランティングされたって言われたやつだよ!」
「は? インプランティングとは何だ」

 グイードの顔が思い切り歪んだ。

「宇宙人がUFOに連れ去って攫ってきた奴の体内に装置とか埋め込んじゃうやつなんだけどさ!」
「お前の言っていることは分からん」

 グイードがぶすっとする。あ、またやっちゃった。異世界の狼に宇宙人とか言っても分かる訳ないもんなあ。

「えーと、宇宙人ってのはおとぎ話みたいなやつだよ。今はあんまり関係ないんだけど、とにかくそれを入れると怪我や病気をしにくくなるって言われた! 餞別にやるから頑張って長生きしろって言われてさー。で、いきなり自由落下が始まって、そりゃもう驚いたのなんのって」

 グイードの眉間の皺が、深くなる。

「……ちょっと待て。なぜお前はそんな大事なことを最初に言わなかった」
「へ? 説明しなかったっけ?」
「宝珠については一度も聞いてないぞ」

 しまった。すっかり言った気になってたけど、確かにその単語は使ってない。自分の至らなさに、俺はしゅんとした。

「ごめんなグイード……そもそも宝珠って言われても全然どこに埋め込まれているのか実感ないし、異世界転移万歳ってついはしゃいじゃってた」

 グイードの目が見開かれる。

「ちょっと待て。お前は今、異世界転移と言ったか? 世間知らずだからもしかしたらとは思っていたが、本当に別の世界から来たのか……」

 はっきりきっぱりと世間知らずって言ったぞ。でも俺は認める。グイードがいないと生きていけない、うん!

 だけど、ささやかな抵抗は試みたりして。

「一応俺は元の世界じゃひとりで生きてきてたんだけどな?」

 グイードは心底驚いたって顔になった。

「信じられん」
「グイードって結構はっきり言うよね」
「ヨウタのいた世界はどれだけ整えられた世界だったんだ……」

 まだ衝撃から覚めてないみたいだ。ちょっとグイード、さすがに失礼だぞ。

 グイードの頬をむぎゅっと掴む。

「グイードあのなあ。そういうの、俺の世界では歯に衣を着せないって言うんだよ?」
「ハニキヌヲキセナイ? やっぱりヨウタの言うことはところどころ分からん」

 世界の違いってなかなか超えられないものがあるよな。まあ分かるよ。俺はすぐ順応しちゃうし軽く流しちゃうからあんまり思わないけど。

 とにかく。

 俺の生活能力の低さをはっきりと驚愕と共に指摘された形になった訳だけど、でもまあ確かに腐っても文明のある日本に住んでいた俺だ。お金さえ払えばライフラインは完備されていたし、パンツがなくなれば既製品を購入すれば事足りていたのは間違いない。

 食料だって企業努力が詰まったものを有り難く頂戴していたし、考えてみれば自分で何かをゼロから作り出すことなんて殆どしてなかったなあ。

「文明の利器の恩恵って凄かったんだなあ……」

 しみじみと感想を述べると、グイードの呆れたような視線がグサグサと刺さってきた。何か言いたいんだろうな。俺も大分分かるようになってきたぞ。
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感想 32

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