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34 アルフォンス
キーニとディーウィットが通された部屋は、それは立派な部屋だった。
ジュ・アルズの部族は帝国にとって大事な隣人なのだということが、この高待遇で分かるというものだ。
部屋で風呂を済ませ、その間に用意されていた食事をいただくことになった。料理はさすがは帝都の迎賓館だと感心するものばかりだ。これまで大した贅沢品を食したことがなかったディーウィットは、料理ひとつひとつの見た目の美しさと香りの豊かさに目を輝かせた。
「ではディト、来い」
「え、ええと……ここでもですか?」
今日は専属の給仕係もいる。だというのに、キーニが軽く叩いたのは片足を胡座に掻いた膝だったのだ。
「当然だ。ディトには俺が食べさせる。例外はないぞ」
「う……っ、せめて口移しはなしでお願いします……」
顔を火照らせながら頼むと、キーニは仕方ないなとばかりに大仰な溜息を吐く。
「分かった分かった。食事はちゃんと手で食べさせてやる」
ならばと、恥ずかしさを覚えながらもキーニの膝の上に腰掛けた。キーニは約束通り、料理は口移しはしなかった。だが水は絶対に口移しを頑として譲らなかった。何が彼をそこまで掻き立てるのか。不思議で仕方ない。
ディーウィットが酒に弱いことも知っているキーニは、「いつか酔わせてみたいが今日ではないな」と言って自分も飲まなかった。こういうところがいちいち優しいのだ。
そして、腹も膨れ船旅の疲れからか小さな欠伸が出始めた頃、コンコン、と豪奢な扉を叩く音があった。
キーニが扉を開ける。扉の向こうには、憮然とした表情のアルフォンスが立っていた。約束通り、彼ひとりで来たようだ。彼の他には、案内した衛兵しかいない。
「入れ」
「――失礼致します」
アルフォンスは軽く一礼して扉を潜る。ディーウィットは立ち上がると、どこか暗い雰囲気を漂わせるアルフォンスの元に駆け寄った。
「アルフォンス、わざわざ済まない」
「約束ですから」
アルフォンスは目を合わせてくれない。デアーグに何を言われたのかは知らないが、ディーウィットはすっかりアルフォンスの信頼を失ってしまったようだ。
だが信頼が失墜していようが、なんとしてでもアルフォンスの協力を得てデアーグを説得してもらうしか方法はない気がする。
どこまで話すべきか――。アルフォンスを呼ぶ前に事前にキーニに相談に乗ってもらったところ、「あの小うるさいのを連れて帰らせたいのなら、お前と血の繋がった奴らのやらかした血も涙もない仕打ちは黙っておいた方が無難だろうな」と助言を得た。
「確かにあの二人が愛し合っている恋人同士なら、悪印象になりかねない過去の出来事はもう水に流した方がいいですよね」
「そういう意味ではなかったんだが」
「え?」
「……いや、いい」
そんな会話があったのは、先刻のことだ。
改めてアルフォンスを正面に見る。アルフォンスは誠実な男だ。誠心誠意こちらの意図を伝えれば、理解してもらえる筈だとディーウィットは信じていた。それだけの信頼関係を築けていたと、思っている。
アルフォンスの方は、最早ディーウィットをかつての上司とすら見てはくれていないようだが。でも慕われていなくともいいのだ。アルフォンスに頼みたいのは、デアーグの説得その一点だから。
「ここに座ってくれ」
「……はい」
対面に設置されたソファーに、それぞれ腰掛けた。キーニは当然のようにディーウィットの隣に座る。片方の足で胡座を掻き肘掛けに肘を乗せている様は、どこぞの国王と言われても頷いてしまいそうなほどの貫禄があった。
「それで、話とは何でしょう」
ようやくアルフォンスと目が合う。どこか苦しそうに微かに歪められた瞳を見て、恋人となったデアーグとの別離で悲しみに打ちひしがれているのかもしれないと思った。ならばアルフォンスはデアーグの説得に前向きになってくれるのではないか。勝機が見えてきたかもしれない。
「アルフォンス。君に頼みがあるんだ」
ディーウィットは前屈みになると、アルフォンスを正面から見据えた。
ジュ・アルズの部族は帝国にとって大事な隣人なのだということが、この高待遇で分かるというものだ。
部屋で風呂を済ませ、その間に用意されていた食事をいただくことになった。料理はさすがは帝都の迎賓館だと感心するものばかりだ。これまで大した贅沢品を食したことがなかったディーウィットは、料理ひとつひとつの見た目の美しさと香りの豊かさに目を輝かせた。
「ではディト、来い」
「え、ええと……ここでもですか?」
今日は専属の給仕係もいる。だというのに、キーニが軽く叩いたのは片足を胡座に掻いた膝だったのだ。
「当然だ。ディトには俺が食べさせる。例外はないぞ」
「う……っ、せめて口移しはなしでお願いします……」
顔を火照らせながら頼むと、キーニは仕方ないなとばかりに大仰な溜息を吐く。
「分かった分かった。食事はちゃんと手で食べさせてやる」
ならばと、恥ずかしさを覚えながらもキーニの膝の上に腰掛けた。キーニは約束通り、料理は口移しはしなかった。だが水は絶対に口移しを頑として譲らなかった。何が彼をそこまで掻き立てるのか。不思議で仕方ない。
ディーウィットが酒に弱いことも知っているキーニは、「いつか酔わせてみたいが今日ではないな」と言って自分も飲まなかった。こういうところがいちいち優しいのだ。
そして、腹も膨れ船旅の疲れからか小さな欠伸が出始めた頃、コンコン、と豪奢な扉を叩く音があった。
キーニが扉を開ける。扉の向こうには、憮然とした表情のアルフォンスが立っていた。約束通り、彼ひとりで来たようだ。彼の他には、案内した衛兵しかいない。
「入れ」
「――失礼致します」
アルフォンスは軽く一礼して扉を潜る。ディーウィットは立ち上がると、どこか暗い雰囲気を漂わせるアルフォンスの元に駆け寄った。
「アルフォンス、わざわざ済まない」
「約束ですから」
アルフォンスは目を合わせてくれない。デアーグに何を言われたのかは知らないが、ディーウィットはすっかりアルフォンスの信頼を失ってしまったようだ。
だが信頼が失墜していようが、なんとしてでもアルフォンスの協力を得てデアーグを説得してもらうしか方法はない気がする。
どこまで話すべきか――。アルフォンスを呼ぶ前に事前にキーニに相談に乗ってもらったところ、「あの小うるさいのを連れて帰らせたいのなら、お前と血の繋がった奴らのやらかした血も涙もない仕打ちは黙っておいた方が無難だろうな」と助言を得た。
「確かにあの二人が愛し合っている恋人同士なら、悪印象になりかねない過去の出来事はもう水に流した方がいいですよね」
「そういう意味ではなかったんだが」
「え?」
「……いや、いい」
そんな会話があったのは、先刻のことだ。
改めてアルフォンスを正面に見る。アルフォンスは誠実な男だ。誠心誠意こちらの意図を伝えれば、理解してもらえる筈だとディーウィットは信じていた。それだけの信頼関係を築けていたと、思っている。
アルフォンスの方は、最早ディーウィットをかつての上司とすら見てはくれていないようだが。でも慕われていなくともいいのだ。アルフォンスに頼みたいのは、デアーグの説得その一点だから。
「ここに座ってくれ」
「……はい」
対面に設置されたソファーに、それぞれ腰掛けた。キーニは当然のようにディーウィットの隣に座る。片方の足で胡座を掻き肘掛けに肘を乗せている様は、どこぞの国王と言われても頷いてしまいそうなほどの貫禄があった。
「それで、話とは何でしょう」
ようやくアルフォンスと目が合う。どこか苦しそうに微かに歪められた瞳を見て、恋人となったデアーグとの別離で悲しみに打ちひしがれているのかもしれないと思った。ならばアルフォンスはデアーグの説得に前向きになってくれるのではないか。勝機が見えてきたかもしれない。
「アルフォンス。君に頼みがあるんだ」
ディーウィットは前屈みになると、アルフォンスを正面から見据えた。
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