【完結】悪役令嬢だった僕は、蛮族の国で拳で人生を切り拓く(予定)

緑虫

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23 肉じゃが争奪戦

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 現在、エンジの太い腕はベニの首に回されていた。

 腕の筋肉に筋が浮かんでいるところをみると、相当力を込めているみたいだ。ベニはケロッとした様子だけど。

 朝エンジを起こしに行った際、ベニを抑え込む為にかなりキツめの抱き枕にしていると語っていた意味をようやく実感できた。うん、分かる。『力の腕輪』の前でもびくともしなかったもん、この子。

「申し訳ない、アーネス」

 エンジが、それはそれは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

 いつもは太々しさも感じるほど飄々としているエンジの本気の謝罪に驚いた僕は、慌ててふるふる首と手を左右に振る。

「いやいやいやっ! そりゃびっくりはしましたけど、ベニに気に入られてるのは分かったんで、はい!」

 だけどエンジはこれだけじゃ許された気にならないのか、上体は戻したけど顔は項垂れたままだ。ハーフアップにされているベニの尻尾みたいな長髪も、心なしか萎れているような。

「ベニと過ごすようになってからもうすぐ一年が経つが、こんなことは初めてで……予想できなかった。本当にすまない」

 またもや深々と頭を下げられてしまい、居心地の悪さにむず痒くなってきた。ほら、ユリアーネ時代は責められるのがメインだったから! 怒鳴られることはあっても謝られることなんてまずなかったから、こういう雰囲気は慣れないんだよ! それもどうなんだと思わなくないけど。

 とにかく、僕は別に怒ってなんかいないし、さっさとこの居た堪れない雰囲気は払拭したいんだ。

「いや、だからもう本当大丈夫ですって! ねっ!?」
「いや、これは俺のせいでもある……人馴れしているとはいえ魔獣だ。怖い思いをさせた……」

 ああ、しょんぼりしちゃってる……!

「怖くはなかったですってば。エンジ、もう気にしないで――」

 肩を落としているエンジを慰めたくて一歩近寄ると、ベニの尻尾が僕の方に伸びてきて、エンジが高速でパシッと掴んだ。ベニが不服そうにエンジを見上げて小さく唸る。

 エンジが眉根を寄せながらベニを睨みつける。

「……ベニ。お前ちっとも反省してないな?」

 フン、とベニが鼻息を吹いた。エンジが歯を剥き出しにしてベニに顔を近づける。

「おい、そこはポーズだけでも反省の色を見せろ」
「グルル」

 負けじとベニが鋭い牙を剥き出しにした。断固拒否、らしい。

「お前な、俺は主人だぞ!」
「フンッ」

 あ、ベニがそっぽ向いちゃった。

 そんな場合じゃないのかもしれないけど、僕は笑いを堪えるのが辛くて自分のお腹をグッと押していた。クク……、だってやり取りが可愛いんだもん……!

 ちなみに、ウキョウは風呂場で酒を飲んで湯中りした後に僕を探して走り回ったせいで、今は死んだようにソファーに寝転んでいる。

「ねえこれどうしたらいいの?」と雄弁に語っている目で交互に僕とエンジを見ていたサキョウが、思い切り作った笑顔を浮かべた。

「アーネス、わ、私お腹空いちゃったなあ! 手伝うわよ!?」
「あ、う、うん! そうだね、最後の仕上げをするから手伝って!」

 ぎこちなさをふんだんに撒き散らしながら、二人で頷き合う。

 睨み合っているひとりと一匹をそのままにして、仕上げの調理に手をつけることにしたのだった。



 僕の特製肉じゃがは、大好評だった。

 エンジとウキョウの近くに置かれた大皿には、先ほど最後の肉じゃがが注がれたところだ。

 だけど。

「ミカゲのところの坊主、お前さっきまで具合悪かったんだろ。食いすぎるとよくないぞ。身体を気遣え」

 エンジはしれっと言うと、大皿を引き寄せて中身を全部自分の取り皿に乗せてしまった。それを見たウキョウが悲鳴を上げる。

「アーネスの手料理が美味すぎて湯中りなんて消えましたよ! て、あーっ! ちょっとエンジ様、大皿の中身が全部なくなってるじゃないですか!」
「俺は足でベニを押さえつけているから体力の消耗が激しいんだ」

 ニコリともせずエンジが返した。

「俺の分があああっ!」

 半泣きになったウキョウに、エンジが皿の中身を掻っ込んだ後、追い打ちをかける。

「すまない。もう俺の腹の中だ」
「そんなあああ!」

 目の前で繰り広げられる肉じゃがを巡る小競り合いを見ていたら、悪いけどおかしすぎて、知らない間に顔に笑みが浮かんでしまっていた。

 こんな温かい食卓は、ゴウワン王国に来るまで一度だって経験はなかった。

 ユリアーネ時代、僕は基本いつもひとりで食事をしていた。フィアが通って一緒に料理をしてくれてはいたけど、与えられた食材からしか作れない。だから基本、晩ごはんも僕が食べ終わったのをフィアと二人で片付けておしまいという味気ないものだった。

 フィアは僕の食生活にかなりの不満を持っていたから、「王都には沢山美味しい物があるのに!」と何度か外から持ち込もうとチャレンジして、全て失敗していた。

 フィアが通ってくる裏門では、必ず検問が入っていたんだ。ポケットに忍ばせても、巧妙に仕事道具の中に紛れ込ませても見つかって取り上げられてしまったから、一度も僕の口に入ることはなかった。

「毒が入る危険があるから」なんだって。「私が毒ありを持ってくる訳ないじゃないですか!」ってフィアが憤慨してた。

 じゃあ学園ではどうだったかというと、あそこに学食みたいのはなくて、基本お弁当持参だった。友人同士でお菓子を持ち合って交換している人たちはいたけど、そもそも僕は学園でもぼっちを貫いていたから一切関係のない世界だった。

 だから、王都で人気なお菓子なんかは、アントン殿下との月一のお茶会の時くらいしか食べる機会はなかった。それも、粗相があっちゃいけないからひと口摘む程度。

 ……最後の一年はパトリシアに夢中になった殿下がお茶会を拒否するようになってたから、それすらもなくなっていたけど。

「ふふ……あははっ」

 温かくて、なのに切なくて。笑いたいだけなのに、何故か涙まで溢れてきてしまった。すると、突然泣き笑いを始めた僕をみて、エンジとウキョウがギョッとして慌て出す。

「アーネス!? わ、悪い! がめつかったか!?」
「エンジ様! しでかしたことを反省して下さいよ!」
「やっぱり俺のせいか!? ベニのこともあったしな……っ、す、すまないアーネス!」

 エンジが立ち上がった途端、するりと足の間からベニが抜け出した。しなやかな素早い動きで僕の元に駆け寄ると、前足を僕の腕に乗せて僕の涙をペロリと舐め取る。

「こらベニッ!」

 エンジが血相を変えてベニを引き剥がそうと飛んできたけど、その前に僕の腕がベニの首に巻き付いた。

「ベニ……この国はいい国だね」

 潤んだ自覚のある目でベニに笑いかけると、ベニはスリ、と僕を慰めるように鼻先を僕の首元に擦りつけたのだった。
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