【完結】悪役令嬢だった僕は、蛮族の国で拳で人生を切り拓く(予定)

緑虫

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22 ベニの帰還

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 午後は双子に稽古をつけてもらった。

 夕方、汗だくになった身体を風呂で清めてから、晩ごはんの支度を始める。

 双子は僕の後に順番にお風呂に入っている。二人とも実はかなりのお風呂好きで、広々とした豪華なお風呂に感激したらしく、連日長風呂してるんだよね。

 ちなみに僕の後に入ったウキョウは湯当たりしてしまい、今は部屋で横になっている。「お風呂にお酒なんて持ち込むからでしょ!」というサキョウの怒鳴り声が、少し前に聞こえてきていた。うん、僕もそれはどうかと思う。

 今日は何を作ろうかなと考えていたんだけど、前世とほぼ同じ野菜のラインナップを眺めている内に、肉じゃがの存在を思い出す。一度思いつくと、僕の口は完全に肉じゃがの口になってしまった。

 だって、ゴウワン王国には醤油があるんだぞ! だったら今作らないでいつ作るんだ? 今しかないだろ!

 だけどここで問題になるのが味付けだ。僕は料理はできるはできるけど、知っているレシピは基本ヘルム王国の洋食風ばかり。

「ううん……完全に僕の舌頼りだけど、頑張るしかない!」

 ということで、はじめは薄味からスタートして、味見を繰り返して味を記憶の中のものに近付けていくことにした。試行錯誤の末に出来上がった肉じゃがは、文句なしに肉じゃがのそれになっている。んまー!

 だけど僕以外は肉をこよなく愛すゴウワンの民なので、お肉料理も用意しなくちゃいけない。硬いお肉を棒でバンバン叩いて、砂糖と塩をまぶして一定時間置く。こうすると柔らかくなると、以前というか前世で読んだ何かで知ったんだよね。

 これはパン粉焼きにする予定だ。美味しそう……今から涎が止まらない。

 お肉だけは焼き立てを食べてもらいたかったので焼くのは後回しにする。他にもちょこちょこと比較的手間がかからない料理をゴウワン風の味付けにアレンジしたら、なかなか豪華なご飯が出来上がった。

「あとはエンジが帰ってくればなんだけど……」

 ひと通り調理が終わってしまって手持ち無沙汰になった僕は、チラリとランプの奥に見える夕闇を眺める。

 エンジは夜には帰ると言っていたけど、いつ頃なのかまでは聞いていなかったのを悔やんだ。

「まだかなあ……ん?」

 ふと、視界にえんじ色が差し込んだ気がして、目を凝らす。

 すると次の瞬間、えんじ色の尻尾が二本、シュルリと僕の腰に巻き付いてきたじゃないか。

「えっ!?」

 驚いている間に、僕の前にしなやかな身体が擦り寄ってくる。――ベニだ!

「ベニ! 帰ってきたんだ!」
「グルル」

 ベニは僕に尻尾を巻き付けたまま、甘えるように顔を腿に擦り付けた。うわあ、可愛い! 大きい猫って感じだ。

「ベニ……あの、頭を撫でてもいい?」

 僕の質問に、ベニがフッと顔を上げる。真っ赤な宝石のような瞳が、僕を真っ直ぐに見つめてきた。

 ベニは顔を上に向けたまま、動かない。これって「どうぞ」ってことなのかな?

「あの……撫でるね?」
「ガウ」

 多分だけど、いいっぽい。うわあ、動物とのふれあいなんてしたことないよ! 逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりとベニの丸い額へ手を近付けていく。額の中央に尖った角が一本生えているので、そこを避けながら撫で始めた。

 ……うっわ、ベルベット!? 気持ちいいよ、なにこれ!

 最初は片手で恐る恐る撫でていたけど、ベニが気持ちよさそうな薄目になっているので、少しずつ調子づいてきてもう片方の手を今度はベニの耳に這わせる。

 するとベニがもっとやれとばかりに頭を押し付けてきたので、耳をマッサージするように撫でてみた。気持ちいいのか、あふ、と欠伸をするベニがもうただひたすらに可愛い。

 人語を理解していると分かっていることもあって、身体の大きさの割には恐怖はやっぱり感じなかった。色がエンジと一緒なせいもあるかもしれない。

「えへ、ベニおかえり」
「グルル」

 ただいま、と言っているように聞こえて、僕の顔に満面の笑みが広がる。

 ……これはもう少しスキンシップを増やしてもいけるかな。

 段々と調子に乗ってきた僕は、更に聞いてみることにした。

「ベニ、あのさ。嫌じゃなかったら、首に抱きついてみてもいい?」
「ガウ」

 ベニはこれまた「どうぞ」とでも言わんばかりに小さく唸る。僕の腰に巻き付けていた尻尾を解くと、お行儀よく僕の前に座った。尻尾が機嫌よさそうに揺れている。

「じゃ、じゃあ……遠慮なく」

 ベニの前にしゃがんで床に膝を付けると、驚かせないようにゆっくりとベニの首に両腕を回していった。つるりとした感触。……ハアアア! 滑らか! そして温かいよ!

 更に調子に乗った僕は、じっとしたままのベニの首に頬をつけると、スリスリして瞼を閉じてみた。ああ、これぞアニマルセラピー……!

 ベニとの触れ合いに夢中になっていた僕は、ベニの尻尾が再び僕の腰に巻き付いていることに気付いていなかった。

 ハッと気付いた時には、ベニの尻尾で僕の身体は持ち上げられていた。

「えっ!? ベニって力持ちなんだね!?」
「グルル」

 そんな呑気なことを言っていられるのもその時までだった。

「ガウッ」

 ベニは僕の身体を宙ぶらりんにさせたまま立ち上がると、突然全速力で窓に向かい、軽々と跳躍したじゃないか!

「うえええっ!? ベニ!?」

 驚く僕を振り向くことなく庭に降り立ったベニは、体重を感じさせない軽やかさで庭を走り抜ける。

「ベニ!? ちょ、ちょっとどこに連れて行く気だよ!?」

 僕の声は聞こえている筈なのに、今度は振り向きもせずかなりのスピードで走っていった。ちょっとおおお!?

 ベニは張り出した一角に一直線に向かうと、カーテンが揺らめく部屋の窓に向かって再び大きく跳躍する。

「ブフォッ!?」

 僕はというと、カーテンに頭から突っ込んで声を漏らした。もう、何なんだよいきなり!?

 着地したベニは進む速度を一気に落とすと、今度はトンと小さく飛んで見覚えのあり過ぎるフカフカのベッドに上がる。

「ベニ……? ここってエンジの部屋だよ?」

 何がどうなっていきなり僕をここに連れてきたんだ?

 明かりもなく暗い室内の天蓋付きベッドの中は、更に暗い。その中で僕を見つめるベニの赤い目だけが爛々と輝いていて、こんな訳の分からない状況だというのに思わず魅入ってしまう。

 ベニは僕をベッドの上に置くと、尻尾を巻きつけたままゴロンと横になり、僕に四肢を絡ませてきた。……抱き枕に抱きつくエンジを思い出す仕草だ。

 ベロン、とザラザラの舌が僕の頬を舐め始める。……これは俗に言う、毛繕いというやつでは? しかし何故なにゆえ僕を?

「ベ、ベニ……? あの、僕料理の続きをしないといけなくてね?」

 言葉が通じるなら説得すればいいと思った僕が話しかけると。

「それに勝手にご主人様の部屋に入るのは――ぶふっ」

 ベニの舌が僕の顔面を舐め始める。ぎゃあああ! ややややめてえええ!

 顔を背けようとしたら、ベニは僕を仰向けにひっくり返して上に乗り、僕の顔をぷにぷにな肉球で結構ぎゅうぎゅうに挟んでしまった。逃がさない気、満々!

 しかも『力の腕輪』の力あってしても、ベニはびくともしなかった。魔獣って、魔獣って……!

「ベ……!」
「グルル」

 ――どれくらい舐められ続けただろう。顔中ベタベタで、ベニの体温のせいで身体中汗を掻く中、遠くの方から切羽詰まった複数の声が僕を呼んでいるのが聞こえてきた。

 僕がいないことにやっと気付いてくれた……。

 ベニが、ふ、と顔を上げる。機会は今を除いてないように思えた僕は、半泣きになりながら声の主のひとりの名を目一杯叫んだ。

「……エンジ! 助けて下さいーっ!」
「アーネス!」

 バンッ! と音を立てて扉が開かれると、逞しい輪郭が視界に現れる。あまりの安堵に、強張っていた身体の力が抜けていった。

「……ベニ!? お前帰ってたのか!? どうして俺のところに来なかった! 一体アーネスに何を……!」

 エンジの質問に対して、ベニは僕の顔をひと舐めすることで答える。

「……気に入ったのか?」
「ガウ」

 ベニが、機嫌よさそうに二本の尻尾を振った。
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