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62 蛮族の王
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僕の大事なところが、エンジにもまだ見せていなかった大事なところが、アントン殿下の手によって晒されてしまった。
もう、『力の腕輪』がないととか言ってる場合じゃない!
段々と身体が火照り始めて、明らかに催淫剤の効果だと思われる症状があちこちから出始めていた。元気になり始めている男の象徴に、これは待ったなしだと必死に考える。
――駄目だ! 思いつかないよ! やだ、やだやだ、エンジ助けて!
「嫌だあ……っ」
泣いてる場合じゃない。なのに涙が次々に溢れ出てきて、もう止まらなくなった。本当こいつ、自分中心すぎて話が通じないんだよ! 婚約破棄してきた時も強引だったけど、復縁の迫り方もどう考えてもおかしいから! いい加減自分のおかしさを自覚してくれよ!
「ユリアーネ、大丈夫だ。怖くない。優しく抱くからそう泣くな」
殿下が、僕の横顔を慰めるように撫でる。僕は殿下の手をパン! と手で弾くと、懸命に身体を捻って仰向けになろうとした。
「こんな無理やりして、大精霊が目覚めると思ったら大間違いだぞ!」
「何故言い切る? 根拠はどこにあるというのだ」
だって、僕はこの小説を読んだから――なんて言ったところで、信じてもらえる筈もない。結局は言葉に詰まってしまった僕を、殿下はジャケットを殿下の後ろ側に脱ぎ捨てながら興奮した目つきで見下ろす。
「私とひとつになろう、ユリアーネ。私たちの愛で大精霊を目覚めさせることができれば、お前を奪われて騒ぎ立てている野蛮な猿などすぐに蹴散らせる。だからもう心配せずともいい」
「心配ってなんだよ! それにエンジは野蛮じゃない! 漢の中の漢だ!」
殿下がフッと笑った。顔面の中心を正拳突きしたい。
「いいんだユリアーネ。もう意地を張らなくてもいい。父上たちの方針は間違っていた。ユリアーネが男であったが故に、私がユリアーネを愛せないだろうと思い込んだ結果だったのだ。本当にすまなかった。心から謝罪する。だが、こうして私はユリアーネに反応しているだろう? つまり私はユリアーネを愛している、だからもう大丈夫なんだ」
「何を言って……!」
「蛮族の王に構われることで、私に恋い焦がれる心を慰めていたのだろう? でなければ、あのような野蛮人と共に過ごす理由はない。だが私ならお前の心の穴を塞いでやることができる」
こいつ、全然話が通じない! なんだよその僕は殿下が今でも好きで穴埋めにエンジを使ってた理論は!? そんな訳ないだろー!
「いいんだ、さあ、少しの間待っていてくれ。全力でユリアーネを愛すべく、私も全裸となろう」
殿下の手が、殿下のズボンに伸びていく。
脱がなくていいよと思ったけど、もしかしたら下を脱ぐ時に隙ができるんじゃないか!?
後ろから全部見られているのが不快で気持ち悪くて仕方ないけど、ひとつひとつ興奮気味に脱いでいく殿下の隙を見逃すまいと、息を潜めて待った。
ジャケットは、僕が手を伸ばしただけでは届かない位置に置かれている。殿下の注意が僕からそれた瞬間に起き上がることができれば、届く筈……! 殿下がズボンを下ろし始めた時に動こう、うん!
殿下の左手がベルトを掴んで緩める。ズボンに指を差し込んだけど、盛り上がる中心が引っかかるのか、ズボンが下がらないらしい。
よし、今だ! と起き上がろうとしたその時。
ドウウウウン……ッ! という重い振動と衝撃音と共に、パラパラと頭上から小さな粒が降ってきたじゃないか。
「――は? 何だ、今の音は!」
殿下が手を止め、入口の方を振り返った。
僕はその瞬間を見逃さなかった。ゴウウウンッ、ドウウウンッ! という音が続けざまに鳴り響き建物自体が揺れ動く中、ベッドの上に置かれていたジャケットを奪い取る!
「はっ!? 何をしている!」
「ギャッ!」
殿下が三度僕の首を押さえつけて僕をベッドに縫い付けたけど、僕は手の動きを止めなかった。慣れ親しんだ硬い金属の感触を探り当てると、力任せに引っ張り出し右腕にはめる。『力の腕輪』にガンガン魔力を注ぎ始めた。
「! 魔道具を今更つけたところで霊廟からは出て行くことはできないぞ!」
殿下を睨みつけながら、僕の首を掴む殿下の手首を掴んで、力を込める。
殿下の手首が、メキョッとおかしな音を立てた。
「ひいっ!? な、なんだこの力は!」
殿下が怯え切った表情に変わり、僕から手を離す。
「カハッ! はあっ、はあっ……!」
首から離れた殿下の手首を持ったまま、背負投げをした。「ウガッ!」という唸り声を上げて、殿下が床を転がっていく。
「アーネス! ここか!? アーネス!」
ゴウウウンッ、ドウウウンッ! という音の合間に、懐かしくて聞くだけで涙が溢れ出る漢の声が、耳に届いた。
ああ、来た、来てくれたんだ……! 拳を握り締めて、力の限り叫ぶ。
「エンジ! 僕はここです! エンジィーッ!」
催淫剤のせいで、身体は熱くなって視界は霞み、力が入らない。
床に転がっていた殿下が、苦痛に顔を歪ませながら上体を起こす。
「くそっ、蛮族がここまで来たのか!? 城門を死守せよと命じたブフタール侯爵は何をしているんだ!」
は……? お父様に城門を死守せよと命じた……? 段々とぼやけてくる思考の中、首を傾げた。
「だが無駄だ! 霊廟の扉は王族にしか開けられないからなあ!? 蛮族がどんなに足掻こうが、ユリアーネはもう私のものだッ! ワーッハッハッハッ!」
起き上がった殿下が、悪役のような笑い方をしながら僕の元に近付いてくる。
僕はもうフラフラだった。視点が定まらない。この薬、どう考えても効きすぎだよ! この馬鹿王子、前回も人に薬を盛って失敗した癖に、凝りずにまた盛るなんてとんでもないゲス野郎だな!
よろけながらも、何とか立ち上がる。エンジに教わった構えを取った。何度も何度も繰り返し身体に刷り込んだものは、簡単には消え失せない。
「アーネスーッ!」
エンジの声が響く。直後、ドゴオオオオンッ! という強烈な破壊音と共に、扉の横の壁に大きな穴が空いた。
「――は?」
その時の殿下の顔は、もしかしたら一生思い出しては腹を抱えて笑うかもしれないってくらい、間抜けだった。
月明かりを背負った威風堂々とした美丈夫と、二本の美しい尻尾を持つえんじ色の輪郭。
安堵のあまり、膝から崩れ落ちそうになった。
「扉が開かなければ作ればいいじゃない理論……ふは、エンジってやっぱり最高だッ!」
「な、な、そんな……っ!?」
殿下が怯えた表情を浮かべながら何故か僕の方に助けを求めるみたいにして駆け寄ってきたので、僕はそのまま息を吸い――。
「くたばれ、この浮気男!」
殿下の顔面に向けて、ガンガン魔力が乗っかって最強に硬くなった拳をぶつけた。メショッという音がした後、殿下はふらりと身体を揺らし、ゆっくりと後ろに倒れていく。
「はは……っ、勝った、勝ったぞ……!」
だけど、僕ももう限界だった。立っていられず、その場でひっくり返りそうになったその時。
「ガウッ!」
シュルリと腰に巻き付いた二本の尻尾が、倒れかけた僕の身体を持ち上げる。
「ベニ……!」
「アーネス! 裸にされて……無事か!?」
すぐにやってきたエンジの腕に抱かれると、一気に気が抜けてぼたぼたと涙が溢れ出してきた。
エンジが血相を変える。
「まさか……ヤラれたのか!」
「ちょっと! ちゃんと未遂です……っ、ぶっ飛ばしましたからあ……!」
「でかしたアーネス! だが、その……何故……」
エンジが顔を赤くしながらチラチラ見ているのは、催淫剤のせいで元気になっている僕の中心だった。
「薬を盛られました……っ、抱かれる男側によく効く薬だとか言って無理やり飲ませられて……っ」
「まさか! 催淫剤か!」
「はいぃ……っ!」
するとその時、全く想定していなかった人物の声が聞こえてくる。
「宮廷医師に作らせていた催淫剤だ。全くこの王家はろくなことをしない」
「へ……ど、どうして……」
完全に伸びてしまっている殿下の襟首を掴んで持ち上げたその人物は――僕のお父様じゃないか!
「人が贖罪の為に『魔力の壺』に注ぐ人員整理を買って出ていたら、王家の味方だと勘違いした馬鹿一家に城門を死守せよと言われたのでな。こちらから大歓迎だとばかりに開門してやった」
「は」
老いてもなお端整な顔のお父様が、キリリとした目でエンジと僕を見やる。
「ゴウワン王国軍が攻めてきたと聞いて、騎士団はお義父様の傘下にさっさと下った。それを聞いたヘルム王国軍は、尻尾を巻いて我先に逃げ出したぞ。国防をユリアーネひとりに頼り切っているからこうなるんだ。クソが」
お父様が、ペッと殿下の顔面に向けて唾を吐いた。え、ええええ!?
「ク、クソ……?」
お父様ってこんな人だったっけ!? いや、会う度にむすっとしてたし淡々としているところは変わらないけども!
驚く僕に、エンジが伝えてくれる。
「アーネス。ここに連れ去られたと俺を案内してくれたのはお前の父親だぞ」
「そ、そうなんれすか……?」
あれ、もう呂律も回らなくなってきた……どうしよう……熱い、エンジに触れているところが全部熱いよ……!
エンジの胸に顔をくっつけて息を吸うと、懐かしいエンジの香りがしてきた。僕の大好きで仕方ない香りだ。ふふ……。
お父様が、苦々しげな声色で言う。
「宮廷医師を締め上げて吐かせたが、それは中に出してもらわないと収まらない仕様だそうだ。とんでもないものを作りやがった腹いせに奴にも飲ませてきたが、大した復讐にもならないな」
「んぐっ!? な、中!?」
エンジが変な声を漏らした。ん……? どういう意味……?
「――エンジ殿。この馬鹿は私が引き取るから、私の大切な息子を頼んでもよろしいか」
大切な……息子? え、お父様、それってどういう……。
僕を宝物のように大切そうに腕に抱くエンジが、咳払いをした後、答えた。
「ああ。頼まれた。俺の命にかけて、アーネスを一生守り抜くと誓う」
「……周囲に近付かぬよう他の者には伝えておきます」
「頼む」
え、どういうこと? とぼんやりする頭で二人のやりとりを聞いていた。お父様が、失神中の殿下を雑に引っ張って空いた穴から出ていく姿が見える。
エンジが、ベニに言った。
「ベニ、見張りを頼む。アーネスの可愛い姿は、他の誰にも見せたくないからな」
「ガウッ」
ベニが軽やかに駆けていき、穴の前に立ちはだかるのが見えた。
「え、どういう……?」
頬を赤くしたエンジが、僕に問う。
「アーネス。アーネスを抱いてもいいか」
潤んだようにも見えるエンジの青空のような瞳。もうずっとその瞳に見つめられたくて、毎日苦しくて切なくて辛かった。
「……はいっ、エンジ、だって武闘会が終わったらって約束だったじゃないですか……! あ、勝ちました……よね?」
「! ……ああ。あいつの高かった鼻っ面をへしおってやったぞ」
エンジは幸せそうに微笑むと、僕をベッドの中心にそっと下ろした。
もう、『力の腕輪』がないととか言ってる場合じゃない!
段々と身体が火照り始めて、明らかに催淫剤の効果だと思われる症状があちこちから出始めていた。元気になり始めている男の象徴に、これは待ったなしだと必死に考える。
――駄目だ! 思いつかないよ! やだ、やだやだ、エンジ助けて!
「嫌だあ……っ」
泣いてる場合じゃない。なのに涙が次々に溢れ出てきて、もう止まらなくなった。本当こいつ、自分中心すぎて話が通じないんだよ! 婚約破棄してきた時も強引だったけど、復縁の迫り方もどう考えてもおかしいから! いい加減自分のおかしさを自覚してくれよ!
「ユリアーネ、大丈夫だ。怖くない。優しく抱くからそう泣くな」
殿下が、僕の横顔を慰めるように撫でる。僕は殿下の手をパン! と手で弾くと、懸命に身体を捻って仰向けになろうとした。
「こんな無理やりして、大精霊が目覚めると思ったら大間違いだぞ!」
「何故言い切る? 根拠はどこにあるというのだ」
だって、僕はこの小説を読んだから――なんて言ったところで、信じてもらえる筈もない。結局は言葉に詰まってしまった僕を、殿下はジャケットを殿下の後ろ側に脱ぎ捨てながら興奮した目つきで見下ろす。
「私とひとつになろう、ユリアーネ。私たちの愛で大精霊を目覚めさせることができれば、お前を奪われて騒ぎ立てている野蛮な猿などすぐに蹴散らせる。だからもう心配せずともいい」
「心配ってなんだよ! それにエンジは野蛮じゃない! 漢の中の漢だ!」
殿下がフッと笑った。顔面の中心を正拳突きしたい。
「いいんだユリアーネ。もう意地を張らなくてもいい。父上たちの方針は間違っていた。ユリアーネが男であったが故に、私がユリアーネを愛せないだろうと思い込んだ結果だったのだ。本当にすまなかった。心から謝罪する。だが、こうして私はユリアーネに反応しているだろう? つまり私はユリアーネを愛している、だからもう大丈夫なんだ」
「何を言って……!」
「蛮族の王に構われることで、私に恋い焦がれる心を慰めていたのだろう? でなければ、あのような野蛮人と共に過ごす理由はない。だが私ならお前の心の穴を塞いでやることができる」
こいつ、全然話が通じない! なんだよその僕は殿下が今でも好きで穴埋めにエンジを使ってた理論は!? そんな訳ないだろー!
「いいんだ、さあ、少しの間待っていてくれ。全力でユリアーネを愛すべく、私も全裸となろう」
殿下の手が、殿下のズボンに伸びていく。
脱がなくていいよと思ったけど、もしかしたら下を脱ぐ時に隙ができるんじゃないか!?
後ろから全部見られているのが不快で気持ち悪くて仕方ないけど、ひとつひとつ興奮気味に脱いでいく殿下の隙を見逃すまいと、息を潜めて待った。
ジャケットは、僕が手を伸ばしただけでは届かない位置に置かれている。殿下の注意が僕からそれた瞬間に起き上がることができれば、届く筈……! 殿下がズボンを下ろし始めた時に動こう、うん!
殿下の左手がベルトを掴んで緩める。ズボンに指を差し込んだけど、盛り上がる中心が引っかかるのか、ズボンが下がらないらしい。
よし、今だ! と起き上がろうとしたその時。
ドウウウウン……ッ! という重い振動と衝撃音と共に、パラパラと頭上から小さな粒が降ってきたじゃないか。
「――は? 何だ、今の音は!」
殿下が手を止め、入口の方を振り返った。
僕はその瞬間を見逃さなかった。ゴウウウンッ、ドウウウンッ! という音が続けざまに鳴り響き建物自体が揺れ動く中、ベッドの上に置かれていたジャケットを奪い取る!
「はっ!? 何をしている!」
「ギャッ!」
殿下が三度僕の首を押さえつけて僕をベッドに縫い付けたけど、僕は手の動きを止めなかった。慣れ親しんだ硬い金属の感触を探り当てると、力任せに引っ張り出し右腕にはめる。『力の腕輪』にガンガン魔力を注ぎ始めた。
「! 魔道具を今更つけたところで霊廟からは出て行くことはできないぞ!」
殿下を睨みつけながら、僕の首を掴む殿下の手首を掴んで、力を込める。
殿下の手首が、メキョッとおかしな音を立てた。
「ひいっ!? な、なんだこの力は!」
殿下が怯え切った表情に変わり、僕から手を離す。
「カハッ! はあっ、はあっ……!」
首から離れた殿下の手首を持ったまま、背負投げをした。「ウガッ!」という唸り声を上げて、殿下が床を転がっていく。
「アーネス! ここか!? アーネス!」
ゴウウウンッ、ドウウウンッ! という音の合間に、懐かしくて聞くだけで涙が溢れ出る漢の声が、耳に届いた。
ああ、来た、来てくれたんだ……! 拳を握り締めて、力の限り叫ぶ。
「エンジ! 僕はここです! エンジィーッ!」
催淫剤のせいで、身体は熱くなって視界は霞み、力が入らない。
床に転がっていた殿下が、苦痛に顔を歪ませながら上体を起こす。
「くそっ、蛮族がここまで来たのか!? 城門を死守せよと命じたブフタール侯爵は何をしているんだ!」
は……? お父様に城門を死守せよと命じた……? 段々とぼやけてくる思考の中、首を傾げた。
「だが無駄だ! 霊廟の扉は王族にしか開けられないからなあ!? 蛮族がどんなに足掻こうが、ユリアーネはもう私のものだッ! ワーッハッハッハッ!」
起き上がった殿下が、悪役のような笑い方をしながら僕の元に近付いてくる。
僕はもうフラフラだった。視点が定まらない。この薬、どう考えても効きすぎだよ! この馬鹿王子、前回も人に薬を盛って失敗した癖に、凝りずにまた盛るなんてとんでもないゲス野郎だな!
よろけながらも、何とか立ち上がる。エンジに教わった構えを取った。何度も何度も繰り返し身体に刷り込んだものは、簡単には消え失せない。
「アーネスーッ!」
エンジの声が響く。直後、ドゴオオオオンッ! という強烈な破壊音と共に、扉の横の壁に大きな穴が空いた。
「――は?」
その時の殿下の顔は、もしかしたら一生思い出しては腹を抱えて笑うかもしれないってくらい、間抜けだった。
月明かりを背負った威風堂々とした美丈夫と、二本の美しい尻尾を持つえんじ色の輪郭。
安堵のあまり、膝から崩れ落ちそうになった。
「扉が開かなければ作ればいいじゃない理論……ふは、エンジってやっぱり最高だッ!」
「な、な、そんな……っ!?」
殿下が怯えた表情を浮かべながら何故か僕の方に助けを求めるみたいにして駆け寄ってきたので、僕はそのまま息を吸い――。
「くたばれ、この浮気男!」
殿下の顔面に向けて、ガンガン魔力が乗っかって最強に硬くなった拳をぶつけた。メショッという音がした後、殿下はふらりと身体を揺らし、ゆっくりと後ろに倒れていく。
「はは……っ、勝った、勝ったぞ……!」
だけど、僕ももう限界だった。立っていられず、その場でひっくり返りそうになったその時。
「ガウッ!」
シュルリと腰に巻き付いた二本の尻尾が、倒れかけた僕の身体を持ち上げる。
「ベニ……!」
「アーネス! 裸にされて……無事か!?」
すぐにやってきたエンジの腕に抱かれると、一気に気が抜けてぼたぼたと涙が溢れ出してきた。
エンジが血相を変える。
「まさか……ヤラれたのか!」
「ちょっと! ちゃんと未遂です……っ、ぶっ飛ばしましたからあ……!」
「でかしたアーネス! だが、その……何故……」
エンジが顔を赤くしながらチラチラ見ているのは、催淫剤のせいで元気になっている僕の中心だった。
「薬を盛られました……っ、抱かれる男側によく効く薬だとか言って無理やり飲ませられて……っ」
「まさか! 催淫剤か!」
「はいぃ……っ!」
するとその時、全く想定していなかった人物の声が聞こえてくる。
「宮廷医師に作らせていた催淫剤だ。全くこの王家はろくなことをしない」
「へ……ど、どうして……」
完全に伸びてしまっている殿下の襟首を掴んで持ち上げたその人物は――僕のお父様じゃないか!
「人が贖罪の為に『魔力の壺』に注ぐ人員整理を買って出ていたら、王家の味方だと勘違いした馬鹿一家に城門を死守せよと言われたのでな。こちらから大歓迎だとばかりに開門してやった」
「は」
老いてもなお端整な顔のお父様が、キリリとした目でエンジと僕を見やる。
「ゴウワン王国軍が攻めてきたと聞いて、騎士団はお義父様の傘下にさっさと下った。それを聞いたヘルム王国軍は、尻尾を巻いて我先に逃げ出したぞ。国防をユリアーネひとりに頼り切っているからこうなるんだ。クソが」
お父様が、ペッと殿下の顔面に向けて唾を吐いた。え、ええええ!?
「ク、クソ……?」
お父様ってこんな人だったっけ!? いや、会う度にむすっとしてたし淡々としているところは変わらないけども!
驚く僕に、エンジが伝えてくれる。
「アーネス。ここに連れ去られたと俺を案内してくれたのはお前の父親だぞ」
「そ、そうなんれすか……?」
あれ、もう呂律も回らなくなってきた……どうしよう……熱い、エンジに触れているところが全部熱いよ……!
エンジの胸に顔をくっつけて息を吸うと、懐かしいエンジの香りがしてきた。僕の大好きで仕方ない香りだ。ふふ……。
お父様が、苦々しげな声色で言う。
「宮廷医師を締め上げて吐かせたが、それは中に出してもらわないと収まらない仕様だそうだ。とんでもないものを作りやがった腹いせに奴にも飲ませてきたが、大した復讐にもならないな」
「んぐっ!? な、中!?」
エンジが変な声を漏らした。ん……? どういう意味……?
「――エンジ殿。この馬鹿は私が引き取るから、私の大切な息子を頼んでもよろしいか」
大切な……息子? え、お父様、それってどういう……。
僕を宝物のように大切そうに腕に抱くエンジが、咳払いをした後、答えた。
「ああ。頼まれた。俺の命にかけて、アーネスを一生守り抜くと誓う」
「……周囲に近付かぬよう他の者には伝えておきます」
「頼む」
え、どういうこと? とぼんやりする頭で二人のやりとりを聞いていた。お父様が、失神中の殿下を雑に引っ張って空いた穴から出ていく姿が見える。
エンジが、ベニに言った。
「ベニ、見張りを頼む。アーネスの可愛い姿は、他の誰にも見せたくないからな」
「ガウッ」
ベニが軽やかに駆けていき、穴の前に立ちはだかるのが見えた。
「え、どういう……?」
頬を赤くしたエンジが、僕に問う。
「アーネス。アーネスを抱いてもいいか」
潤んだようにも見えるエンジの青空のような瞳。もうずっとその瞳に見つめられたくて、毎日苦しくて切なくて辛かった。
「……はいっ、エンジ、だって武闘会が終わったらって約束だったじゃないですか……! あ、勝ちました……よね?」
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