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1・婚約破棄
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「ミズリーシャ・ザナスリー。 この、嫌われ者の性悪女め!」
高らかに私の名前が呼ばれた瞬間、ズキンッ、と、頭の奥が痛くなった。
「我が国の3大公爵家の一つ、ザナスリー公爵の家門を盾に、貴様が他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くした事は、ここにいる聖女マミの証言によって明らかだ! そんな薄汚いお前が、次代の王たるこの私と婚姻し、あまつさえ国母になるなど決して許してはおけない! よって! 我がジャスティ・ディアモンテ・ドルディットの名の下に、お前にはここで正式に婚約破棄を言い渡す!」
下卑た笑いを含むジャスティ王太子殿下の顔が、目に刺すような閃光のようで、ズキンズキンと頭は割れるように痛む。
「……婚約破棄、でございますか?」
頭痛を我慢し、何とか絞り出した声に、彼は大きな声で言い切った。
「あぁそうだ! 王の御璽も、こうしてある!」
彼は胸のジャケットから一枚の紙を取り出し、その場にいる人たちに見せ、さらに衆目は集まり、貴族たちはざわつく。
にやり。 下卑た喜びに歪んだ表情を、ジャスティ王太子殿下は私に向ける。
その顔が、会ったことがないような様々な誰かの顔と重なり、頭痛はさらに強くなる。
脈打つ様に痛む頭を抱え込みたいのを『公爵令嬢であり王太子の婚約者が、こんな場所、場面で惨めにうずくまったりしてはいけない』それだけの気持ちで押し堪えながら、私は目の前、4段ほどの高くなった先で仁王立ちしている金髪碧眼で大変に見目だけは麗しいと評判の王太子と、それに腰を抱かれ寄り添う、黒髪に黒い瞳の派手なピンク色のドレスの少女をただ見た。
「陛下と、我が公爵家当主は、このことをご存じで?」
あえて表情を作らず問うと、舌打ちした彼は隣にいる聖女とやらを強く抱き寄せた。
「そのようなこと、お前のような女に答える義務はない! 本来であればお前のような魔女は火刑に処すのがふさわしいが、この慈悲深い聖女はそんなことは求めないと言ったのだ。 その聖女の清らかな優しさに免じて、貴様には王都のはずれにあるアリア修道院送りとする!」
ヒュっと息を飲んだり、下卑た笑いを浮かべたり、逃げ帰り始めた貴族たちの顔も、誰かに重なる。
その顔を見るたびに、ズキンズキンと頭痛は増していく。
「ありがたく、修道院へ行くがいい、この女狐めっ!」
投げつけるようにジャスティ王太子殿下の手を離れ、ひらりひらりと床に落ちた紙を、真っ青な顔をしたジャスティ王太子殿下の従者が拾い、戸惑いながら私に渡した。
頭痛に、さらに吐き気を感じながらも、私はそれを受け取り、目を通す。
視界に入る文字が、ざわざわと虫のようにうごめいて見えるが、胆力でそれに目を通した。
私の名前と名前の下には、婚約破棄の理由とその後の私の処遇が書いてあり、殿下の名前の下には、一番下にはわが国では最も尊い国王陛下の御璽だけが押してある。
(御璽だけ……サインはない……。)
きづかれぬように息を吐き、私は痛む頭の片隅で現状を整理した。
(もう、いいわね。)
最良。
そうとらえた言葉を探し出して、私はしっかりとカーテシーを取った。
「かしこまりました。 私、ミズリーシャ・ザナスリー、王太子殿下よりの王命、しかと承りましたので、ここで失礼させていただきます。」
「なんだ!? 口答えせぬのか!?」
余裕の笑み、というよりは、ややひきつった顔でそう言った王太子殿下は、もしかしたら私が反論すると思っていて、そしてさらに、それを言葉で蹂躙するのを楽しもうと思っていたのかもしれない。
が、そんな言葉遊びに付き合う気分も余裕も、私は持ち合わせていない。
「このように。」
先ほどの紙を、王太子殿下とその隣の聖女、そして私たちを遠巻きにしてみている招待客である貴族たちに見せつけた。
「我が国の太陽であらせられる国王陛下の御璽だけはあるのです。 私は静かにお受けするのみですわ。 それでは皆様、失礼いたします。」
「はっ! 負け惜しみか! いいだろう! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
「承りました。」
しっかりと、先ほどと同じように完璧なカーテシーをした私は、くるっと踵を返し会場を出るために一歩、足を動かした。
一歩、また一歩。
踏み出すたびに、剣を刺されるような頭痛が頭を貫き、何か見知らぬ光景を私に見せるが、今はただ、毅然として、公爵令嬢として美しい佇まいでこの会場を出る事だけに集中する。
勝手に割れる人の波の中心を、ただしっかりと前を向いて歩く。
そして会場を出、控室へ向かった。
「お嬢様! まだ夜会の最中では?」
「……夜会は終わりました。 家に帰らせ頂戴。 今すぐに。」
控室に入ってすぐ、私の姿を見た侍女が慌てて近づくのを制止しそう告げると、すぐにと控室担当の使用人に当家の馬車を会場にまわすように指示を出してくれた。
「姉上!」
後から室内へ入ってきた人の声に、私は振り返る。
「大丈夫ですか、姉上! しかし彼は何を……っ!?」
「いいのよ……それよりも帰ります。 ……もう……」
「姉上!」
私によく似た顔の弟の顔を見、声を聴いた私は、助けてくれる人が来たと安堵したのだろう。
そのまま、意識を失った。
高らかに私の名前が呼ばれた瞬間、ズキンッ、と、頭の奥が痛くなった。
「我が国の3大公爵家の一つ、ザナスリー公爵の家門を盾に、貴様が他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くした事は、ここにいる聖女マミの証言によって明らかだ! そんな薄汚いお前が、次代の王たるこの私と婚姻し、あまつさえ国母になるなど決して許してはおけない! よって! 我がジャスティ・ディアモンテ・ドルディットの名の下に、お前にはここで正式に婚約破棄を言い渡す!」
下卑た笑いを含むジャスティ王太子殿下の顔が、目に刺すような閃光のようで、ズキンズキンと頭は割れるように痛む。
「……婚約破棄、でございますか?」
頭痛を我慢し、何とか絞り出した声に、彼は大きな声で言い切った。
「あぁそうだ! 王の御璽も、こうしてある!」
彼は胸のジャケットから一枚の紙を取り出し、その場にいる人たちに見せ、さらに衆目は集まり、貴族たちはざわつく。
にやり。 下卑た喜びに歪んだ表情を、ジャスティ王太子殿下は私に向ける。
その顔が、会ったことがないような様々な誰かの顔と重なり、頭痛はさらに強くなる。
脈打つ様に痛む頭を抱え込みたいのを『公爵令嬢であり王太子の婚約者が、こんな場所、場面で惨めにうずくまったりしてはいけない』それだけの気持ちで押し堪えながら、私は目の前、4段ほどの高くなった先で仁王立ちしている金髪碧眼で大変に見目だけは麗しいと評判の王太子と、それに腰を抱かれ寄り添う、黒髪に黒い瞳の派手なピンク色のドレスの少女をただ見た。
「陛下と、我が公爵家当主は、このことをご存じで?」
あえて表情を作らず問うと、舌打ちした彼は隣にいる聖女とやらを強く抱き寄せた。
「そのようなこと、お前のような女に答える義務はない! 本来であればお前のような魔女は火刑に処すのがふさわしいが、この慈悲深い聖女はそんなことは求めないと言ったのだ。 その聖女の清らかな優しさに免じて、貴様には王都のはずれにあるアリア修道院送りとする!」
ヒュっと息を飲んだり、下卑た笑いを浮かべたり、逃げ帰り始めた貴族たちの顔も、誰かに重なる。
その顔を見るたびに、ズキンズキンと頭痛は増していく。
「ありがたく、修道院へ行くがいい、この女狐めっ!」
投げつけるようにジャスティ王太子殿下の手を離れ、ひらりひらりと床に落ちた紙を、真っ青な顔をしたジャスティ王太子殿下の従者が拾い、戸惑いながら私に渡した。
頭痛に、さらに吐き気を感じながらも、私はそれを受け取り、目を通す。
視界に入る文字が、ざわざわと虫のようにうごめいて見えるが、胆力でそれに目を通した。
私の名前と名前の下には、婚約破棄の理由とその後の私の処遇が書いてあり、殿下の名前の下には、一番下にはわが国では最も尊い国王陛下の御璽だけが押してある。
(御璽だけ……サインはない……。)
きづかれぬように息を吐き、私は痛む頭の片隅で現状を整理した。
(もう、いいわね。)
最良。
そうとらえた言葉を探し出して、私はしっかりとカーテシーを取った。
「かしこまりました。 私、ミズリーシャ・ザナスリー、王太子殿下よりの王命、しかと承りましたので、ここで失礼させていただきます。」
「なんだ!? 口答えせぬのか!?」
余裕の笑み、というよりは、ややひきつった顔でそう言った王太子殿下は、もしかしたら私が反論すると思っていて、そしてさらに、それを言葉で蹂躙するのを楽しもうと思っていたのかもしれない。
が、そんな言葉遊びに付き合う気分も余裕も、私は持ち合わせていない。
「このように。」
先ほどの紙を、王太子殿下とその隣の聖女、そして私たちを遠巻きにしてみている招待客である貴族たちに見せつけた。
「我が国の太陽であらせられる国王陛下の御璽だけはあるのです。 私は静かにお受けするのみですわ。 それでは皆様、失礼いたします。」
「はっ! 負け惜しみか! いいだろう! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
「承りました。」
しっかりと、先ほどと同じように完璧なカーテシーをした私は、くるっと踵を返し会場を出るために一歩、足を動かした。
一歩、また一歩。
踏み出すたびに、剣を刺されるような頭痛が頭を貫き、何か見知らぬ光景を私に見せるが、今はただ、毅然として、公爵令嬢として美しい佇まいでこの会場を出る事だけに集中する。
勝手に割れる人の波の中心を、ただしっかりと前を向いて歩く。
そして会場を出、控室へ向かった。
「お嬢様! まだ夜会の最中では?」
「……夜会は終わりました。 家に帰らせ頂戴。 今すぐに。」
控室に入ってすぐ、私の姿を見た侍女が慌てて近づくのを制止しそう告げると、すぐにと控室担当の使用人に当家の馬車を会場にまわすように指示を出してくれた。
「姉上!」
後から室内へ入ってきた人の声に、私は振り返る。
「大丈夫ですか、姉上! しかし彼は何を……っ!?」
「いいのよ……それよりも帰ります。 ……もう……」
「姉上!」
私によく似た顔の弟の顔を見、声を聴いた私は、助けてくれる人が来たと安堵したのだろう。
そのまま、意識を失った。
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