24 / 71
23・用意された一枚の書類
しおりを挟む
「申し訳ありません、現在での決断は私には出来ません。 ……しばらくお時間をいただいてもよろしいですか?」
「もちろんよ、ミーシャ。 いくらあの件でこの修道院に自ら入ったとはいえ、貴女は王子妃・王太子妃教育を終わらせた公爵令嬢です。 背負っているもの、考えるべきことも多く、ご家族とも相談しなければならないこともあるでしょう。 それに院長のなすべき仕事を見せないままにすぐに答えを出せとも言いません。 だから、わたくしの仕事を手伝いながら、2年半後に答えを出す、という事でどうかしら?」
「……はい、ありがとうございます。 考えさせていただきます。」
正直、一時の逃げ場所として修道院行を決行し、その3年間は世俗のわずらわしさから離れて穏やかに過ごそうと思っていたのだが……。 2年半後の『将来』にかかわってくる大切なことのためそう返答し、院長室を退室した私は、聖堂に戻り掃除を再開することにした。
「そういえば、彼はどうしたのかしら?」
もともと院長室へ向かった本来の目的の原因を思い出し、確認するために聖堂の勝手口からそっとあたりを確認してみた。
「……いない、わね?」
騎士団と修道院の、見える範囲を見回してみるが、馬車も本人もいなくなっており、集まっていた騎士様たちも警護に戻ったようで静かになっている。
あの時、喧騒が聞こえてすぐに院長先生の所に行った事を考えて時計を見る。
(私と院長先生との話は20分程度……騒ぎが聞こえてすぐに院長先生の元へ向かったから……たった30分も、彼は粘れなかった、という事ね。)
騎士様の誘導がお上手なのもあるだろうが、本当に会いたければもう少し粘れるのではないかしら? 現に、約束もなく王宮や公爵家にどうしても会ってほしいと願い出て来る無礼な輩の多くは、かなり粘る。 そんなことをするなら別の手段をとればいいのに、と思うほど長時間粘る人もいる。 彼の場合はそれが婚約者と子供である。
(……本当に会いたいのであれば、もっと粘るものでしょうに。 そんな胆力もなかったのか、次の手を考えたのか……。 人は見かけによらないとは言うけれど、婚前交渉の強要に、婚約者がいるにもかかわらずの不貞……親の手引きがあったにしろ、それは本人の問題。 ……まぁ、帰ってくれてほっとしたわ。)
修道院に来た時に観察しただけの知識ではあるが、この王都のはずれ、とは言ってもまだギリギリ王都内である。 周辺は道を石畳で舗装された道沿いのため、街路樹などはあっても馬車一台丸々が隠れられるような場所はなかったはずである。
勿論、どう足掻こうが、修道院の中は高い壁に阻まれてみることは出来ない。
(せめてローリエの体が落ち着くまでは来ない事を祈るわ……。)
ふぅっと息を吐き聖堂の中に戻ると、途中になっていた掃除を手早く済ませて後片付けを行い、聖堂の正面の閂を確認のうえ、聖堂を出て養育棟へ向かった。
「おはようございます。」
「おはよう。 ミーシャ。」
養育棟の一番奥、厨房を抜けた先にある狭い食堂に行くと、シスター・サリアが食事の手を止めてこちらを見て微笑んでくれた。
本日厨房係のダリアから朝食を受け取った私は、足早にシスターサリアの正面の席に腰を下ろす。
「今日は少し遅かったわね。 申し訳ないけれど、先に食事をいただいたわ。」
「いいえ、私こそ遅くなり申し訳ありません。 実は、聖堂の掃除をしていたところ外が少々騒がしくて、その件で院長先生のところで少しお話をしていたのです。」
「えぇ、先ほど院長先生から伺いましたよ。 で、その方はもう?」
「はい、先ほど聖堂の掃除をするときに確認しましたが、すでに立ち去った後のようでした。」
「そう、それは良かったわ。」
「えぇ、本当に。」
シスター・サリアと頷き合った後、朝食を食べようとパンに手を伸ばした私は、そういえば、と辺りを見回した。
厨房から出て来たダリアが体を揺らしながら、シモンがいつも座っている場所に彼女の物であろう虫よけの食事カバーをかけられた食事を置いたのを見ると、彼女は遅れてくるのだろうと分かったのだが……。
「どうかしましたか?」
きょろきょろをあたりを見ていたのだろう、不思議そうにシスター・サリアが声をかけてきたため、聞いてみる。
「あの、ローリエは今日はこちらで食事は食べないんですか……?」
そう問うと、シスター・サリアは、笑った。
「あぁ、そうでしたね。 ミーシャはお産に携わるのは初めてでしたね。 後で説明をしますが、ローリエはこれから3週間、自分のお部屋で過ごします。 昨日、赤ちゃんを生んだばかりですからね。 お産というものはとても母親の体を痛めつけます。 その為、ここにいる3週間の間は、自分の部屋でゆっくりと過ごしてもらう決まりがあるのです。 ここで無理して働いたりしては、貧血やめまい、それに無理をしたらその後の体調にも尾を引くことがあるそうなのです。 ですのでローリエのお世話をシモンにお願いしています。 シモン伝手に逢いたいと言えば、会いに行けますよ。 もちろん、お勤めが優先ですが。」
「そうなのですね。」
なるほど、と、納得して食事を始めた私に、そうそう、と、シスター・サリアは優しく笑った。
「ローリエの赤ちゃん、とっても可愛らしい男の子でしたね。 立ち会ってみて、どうでしたか?」
スープを口にした私は、それを飲み下すと大きく一つ頷いた。
「先ほども院長先生に聞かれたのですが、……本当に可愛くて、お産というものがあんなにも大変で、尊いものであるのかと感じました。」
「そうですか。」
にこっと笑ったシスター・サリアは頷いてくれる。
「それは良い経験になりましたね。 今日から赤ちゃんも4人になります、ますます忙しくなりますが、頑張りましょうね。」
「はい。」
そのまま穏やかに話をしながら食事を食べ終えた私とシスター・サリアは、後片付けをして一緒にそのまま養育室へと向かった。
「おはようございます~。」
すでに朝ごはんを終え、ベビーサークルに捕まり意気揚々と立ち上がっているバビーと、積み木をカチカチと叩きあわせて遊んでるアニー、それからマーナに抱っこされてうとうとしているシンシアにも、一人ずつ挨拶をする。
そして。
「おはよう、赤ちゃん。」
一番奥。
みんなに目配せで教えてもらった方を見ると、新しく入れられたベビーベッドの中で眠る、ひと際小さな、ローリエの赤ちゃんに近づき、そっと声をかけた。
昨日よりも赤みが薄れた赤ちゃんは、とっても小さいと思っていたシンシアよりもうんと小さいのに、大人と同じように、耳も、鼻も、まつげも、指の爪もあって、フニフニで、金褐色の細い髪は絹の様に柔らかであったかで。
「かわいいですねぇ~。」
にこぉっと頬が緩んでしまった私に、マーナがあらあら、と大きく笑った。
「ミーシャは赤ちゃんにメロメロね。 でも、ほら、ミーシャ! こっちにはうんと手のかかる子達とお仕事がたくさんあるわよ。」
「は、そうでした。 お洗濯に行ってきます!」
赤ちゃんの可愛らしさに蕩けてしまいそうな私は、そんな言葉に慌ててベビーベッドの傍を離れると、夜のうちに増えた洗濯物を抱えて養育室を出た。
「院長先生。 この度は、娘が大変にお世話になりました。」
深々と頭を下げたローエンハム伯爵に、院長先生は穏やかに微笑んだ。
「いいえ。 丸一日かかりましたが、日々よくお勤めをして体を動かしていたこともあって、大変に穏やかなお産でございましたよ。 ご令嬢も、赤子も、ご無事でございますわ。」
「……そう、ですか。」
以前夜会で見た時よりも顔色が悪くやつれた様子のローエンハム伯爵と伯爵夫人は、応接セットの長ソファに寄り添うように座り、うんうん、と頷き合っている。
「マーガレッタは……大丈夫でしょうか?」
「今のところは、大丈夫でございますよ。 朝食もしっかりとったようです。」
「……あぁ、良かった……。」
娘を案じてそう言った伯爵夫人は、院長先生の言葉に安堵して涙を流す。
そんな様子を、私は隣の部屋と通じる、人1人と小さなテーブルセットしか置けないような小さな部屋から、見て、聞いていた。
院長先生の仕事を知る一環として、ローエンハム伯爵と院長先生の面会の間、この部屋で、何があっても部屋から出ることも声も出すことなく、静かに書き取りをしてほしいと、言われた。
飾り扉の一部に穴が開いていて、聖堂の応接室の室内が一応見渡せるようになった椅子とテーブルが置いてあるだけの部屋は、ここで行われるやり取りを書きとるための部屋だと言う。
裁判の時、議会の時、やり取りを記録する、いわゆる記録係、というものを行っているのだ。
(私がここに来た時も同じ部屋だった……という事は、あの時の記録も残っているという事ね。 まぁ、後でそう言うつもりじゃなかった、とか水掛け論になっても困るものね。)
そう考えながら、院長先生とローエンハム伯爵夫妻の様子を事細かに記すためにペンを走らせていると、ローエンハム伯爵が、一枚の紙を取り出した。
「拝見します。」
院長先生がその紙を手に取り、静かに目を通す。
遠目からはわからないその書類には、何が書いてあるのだろうか……と考えていると、院長先生がその紙をテーブルに戻し、ローエンハム伯爵夫妻の顔を交互に見て口を開いた。
「これが、お二人の最終決定ですね。」
「……はい。」
重々しく口を開いたローエンハム伯爵に、一瞬、戸惑ったような表情をした伯爵夫人が固く手を握り、ハンカチで目元を覆った。
そんな二人の目の前に、院長先生が用意していた書類入れから新しい書類を取り出し、差し出した。
「では、マーガレッタ嬢は3週間後に当修道院を退所。 生まれた子はこちらで継続し養育。 子の出生届は3週間後に、この修道院から両親空欄のまま国へ提出をいたします。 では、こちらに、サインを。」
(え!? どういうことなの!?)
ペンを走らせていた手を止め、私はそちらを凝視した。
「もちろんよ、ミーシャ。 いくらあの件でこの修道院に自ら入ったとはいえ、貴女は王子妃・王太子妃教育を終わらせた公爵令嬢です。 背負っているもの、考えるべきことも多く、ご家族とも相談しなければならないこともあるでしょう。 それに院長のなすべき仕事を見せないままにすぐに答えを出せとも言いません。 だから、わたくしの仕事を手伝いながら、2年半後に答えを出す、という事でどうかしら?」
「……はい、ありがとうございます。 考えさせていただきます。」
正直、一時の逃げ場所として修道院行を決行し、その3年間は世俗のわずらわしさから離れて穏やかに過ごそうと思っていたのだが……。 2年半後の『将来』にかかわってくる大切なことのためそう返答し、院長室を退室した私は、聖堂に戻り掃除を再開することにした。
「そういえば、彼はどうしたのかしら?」
もともと院長室へ向かった本来の目的の原因を思い出し、確認するために聖堂の勝手口からそっとあたりを確認してみた。
「……いない、わね?」
騎士団と修道院の、見える範囲を見回してみるが、馬車も本人もいなくなっており、集まっていた騎士様たちも警護に戻ったようで静かになっている。
あの時、喧騒が聞こえてすぐに院長先生の所に行った事を考えて時計を見る。
(私と院長先生との話は20分程度……騒ぎが聞こえてすぐに院長先生の元へ向かったから……たった30分も、彼は粘れなかった、という事ね。)
騎士様の誘導がお上手なのもあるだろうが、本当に会いたければもう少し粘れるのではないかしら? 現に、約束もなく王宮や公爵家にどうしても会ってほしいと願い出て来る無礼な輩の多くは、かなり粘る。 そんなことをするなら別の手段をとればいいのに、と思うほど長時間粘る人もいる。 彼の場合はそれが婚約者と子供である。
(……本当に会いたいのであれば、もっと粘るものでしょうに。 そんな胆力もなかったのか、次の手を考えたのか……。 人は見かけによらないとは言うけれど、婚前交渉の強要に、婚約者がいるにもかかわらずの不貞……親の手引きがあったにしろ、それは本人の問題。 ……まぁ、帰ってくれてほっとしたわ。)
修道院に来た時に観察しただけの知識ではあるが、この王都のはずれ、とは言ってもまだギリギリ王都内である。 周辺は道を石畳で舗装された道沿いのため、街路樹などはあっても馬車一台丸々が隠れられるような場所はなかったはずである。
勿論、どう足掻こうが、修道院の中は高い壁に阻まれてみることは出来ない。
(せめてローリエの体が落ち着くまでは来ない事を祈るわ……。)
ふぅっと息を吐き聖堂の中に戻ると、途中になっていた掃除を手早く済ませて後片付けを行い、聖堂の正面の閂を確認のうえ、聖堂を出て養育棟へ向かった。
「おはようございます。」
「おはよう。 ミーシャ。」
養育棟の一番奥、厨房を抜けた先にある狭い食堂に行くと、シスター・サリアが食事の手を止めてこちらを見て微笑んでくれた。
本日厨房係のダリアから朝食を受け取った私は、足早にシスターサリアの正面の席に腰を下ろす。
「今日は少し遅かったわね。 申し訳ないけれど、先に食事をいただいたわ。」
「いいえ、私こそ遅くなり申し訳ありません。 実は、聖堂の掃除をしていたところ外が少々騒がしくて、その件で院長先生のところで少しお話をしていたのです。」
「えぇ、先ほど院長先生から伺いましたよ。 で、その方はもう?」
「はい、先ほど聖堂の掃除をするときに確認しましたが、すでに立ち去った後のようでした。」
「そう、それは良かったわ。」
「えぇ、本当に。」
シスター・サリアと頷き合った後、朝食を食べようとパンに手を伸ばした私は、そういえば、と辺りを見回した。
厨房から出て来たダリアが体を揺らしながら、シモンがいつも座っている場所に彼女の物であろう虫よけの食事カバーをかけられた食事を置いたのを見ると、彼女は遅れてくるのだろうと分かったのだが……。
「どうかしましたか?」
きょろきょろをあたりを見ていたのだろう、不思議そうにシスター・サリアが声をかけてきたため、聞いてみる。
「あの、ローリエは今日はこちらで食事は食べないんですか……?」
そう問うと、シスター・サリアは、笑った。
「あぁ、そうでしたね。 ミーシャはお産に携わるのは初めてでしたね。 後で説明をしますが、ローリエはこれから3週間、自分のお部屋で過ごします。 昨日、赤ちゃんを生んだばかりですからね。 お産というものはとても母親の体を痛めつけます。 その為、ここにいる3週間の間は、自分の部屋でゆっくりと過ごしてもらう決まりがあるのです。 ここで無理して働いたりしては、貧血やめまい、それに無理をしたらその後の体調にも尾を引くことがあるそうなのです。 ですのでローリエのお世話をシモンにお願いしています。 シモン伝手に逢いたいと言えば、会いに行けますよ。 もちろん、お勤めが優先ですが。」
「そうなのですね。」
なるほど、と、納得して食事を始めた私に、そうそう、と、シスター・サリアは優しく笑った。
「ローリエの赤ちゃん、とっても可愛らしい男の子でしたね。 立ち会ってみて、どうでしたか?」
スープを口にした私は、それを飲み下すと大きく一つ頷いた。
「先ほども院長先生に聞かれたのですが、……本当に可愛くて、お産というものがあんなにも大変で、尊いものであるのかと感じました。」
「そうですか。」
にこっと笑ったシスター・サリアは頷いてくれる。
「それは良い経験になりましたね。 今日から赤ちゃんも4人になります、ますます忙しくなりますが、頑張りましょうね。」
「はい。」
そのまま穏やかに話をしながら食事を食べ終えた私とシスター・サリアは、後片付けをして一緒にそのまま養育室へと向かった。
「おはようございます~。」
すでに朝ごはんを終え、ベビーサークルに捕まり意気揚々と立ち上がっているバビーと、積み木をカチカチと叩きあわせて遊んでるアニー、それからマーナに抱っこされてうとうとしているシンシアにも、一人ずつ挨拶をする。
そして。
「おはよう、赤ちゃん。」
一番奥。
みんなに目配せで教えてもらった方を見ると、新しく入れられたベビーベッドの中で眠る、ひと際小さな、ローリエの赤ちゃんに近づき、そっと声をかけた。
昨日よりも赤みが薄れた赤ちゃんは、とっても小さいと思っていたシンシアよりもうんと小さいのに、大人と同じように、耳も、鼻も、まつげも、指の爪もあって、フニフニで、金褐色の細い髪は絹の様に柔らかであったかで。
「かわいいですねぇ~。」
にこぉっと頬が緩んでしまった私に、マーナがあらあら、と大きく笑った。
「ミーシャは赤ちゃんにメロメロね。 でも、ほら、ミーシャ! こっちにはうんと手のかかる子達とお仕事がたくさんあるわよ。」
「は、そうでした。 お洗濯に行ってきます!」
赤ちゃんの可愛らしさに蕩けてしまいそうな私は、そんな言葉に慌ててベビーベッドの傍を離れると、夜のうちに増えた洗濯物を抱えて養育室を出た。
「院長先生。 この度は、娘が大変にお世話になりました。」
深々と頭を下げたローエンハム伯爵に、院長先生は穏やかに微笑んだ。
「いいえ。 丸一日かかりましたが、日々よくお勤めをして体を動かしていたこともあって、大変に穏やかなお産でございましたよ。 ご令嬢も、赤子も、ご無事でございますわ。」
「……そう、ですか。」
以前夜会で見た時よりも顔色が悪くやつれた様子のローエンハム伯爵と伯爵夫人は、応接セットの長ソファに寄り添うように座り、うんうん、と頷き合っている。
「マーガレッタは……大丈夫でしょうか?」
「今のところは、大丈夫でございますよ。 朝食もしっかりとったようです。」
「……あぁ、良かった……。」
娘を案じてそう言った伯爵夫人は、院長先生の言葉に安堵して涙を流す。
そんな様子を、私は隣の部屋と通じる、人1人と小さなテーブルセットしか置けないような小さな部屋から、見て、聞いていた。
院長先生の仕事を知る一環として、ローエンハム伯爵と院長先生の面会の間、この部屋で、何があっても部屋から出ることも声も出すことなく、静かに書き取りをしてほしいと、言われた。
飾り扉の一部に穴が開いていて、聖堂の応接室の室内が一応見渡せるようになった椅子とテーブルが置いてあるだけの部屋は、ここで行われるやり取りを書きとるための部屋だと言う。
裁判の時、議会の時、やり取りを記録する、いわゆる記録係、というものを行っているのだ。
(私がここに来た時も同じ部屋だった……という事は、あの時の記録も残っているという事ね。 まぁ、後でそう言うつもりじゃなかった、とか水掛け論になっても困るものね。)
そう考えながら、院長先生とローエンハム伯爵夫妻の様子を事細かに記すためにペンを走らせていると、ローエンハム伯爵が、一枚の紙を取り出した。
「拝見します。」
院長先生がその紙を手に取り、静かに目を通す。
遠目からはわからないその書類には、何が書いてあるのだろうか……と考えていると、院長先生がその紙をテーブルに戻し、ローエンハム伯爵夫妻の顔を交互に見て口を開いた。
「これが、お二人の最終決定ですね。」
「……はい。」
重々しく口を開いたローエンハム伯爵に、一瞬、戸惑ったような表情をした伯爵夫人が固く手を握り、ハンカチで目元を覆った。
そんな二人の目の前に、院長先生が用意していた書類入れから新しい書類を取り出し、差し出した。
「では、マーガレッタ嬢は3週間後に当修道院を退所。 生まれた子はこちらで継続し養育。 子の出生届は3週間後に、この修道院から両親空欄のまま国へ提出をいたします。 では、こちらに、サインを。」
(え!? どういうことなの!?)
ペンを走らせていた手を止め、私はそちらを凝視した。
48
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします
宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。
しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。
そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。
彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか?
中世ヨーロッパ風のお話です。
HOTにランクインしました。ありがとうございます!
ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです!
ありがとうございます!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~
猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」
王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。
王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。
しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。
迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。
かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。
故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり──
“冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。
皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。
冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」
一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。
追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、
ようやく正当に愛され、報われる物語。
※「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる