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27・【他者視線】ザナスリー公爵家。
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「それで、だ。 アイザック?」
王宮を出、護衛の馬上騎士4名に守られて王都の街並みを走り出したザナスリー公爵家の家紋の彫られた美しくも重厚な馬車の中。
彫刻の施された美しい扉についた歪みの少ない硝子窓に、馬車の外側と内側からしっかりと木戸がかけられると、ニヤリ、と笑ったザナスリー公爵家当主ベルナルドは向かい合って座る息子を見た。
「感情をあらわにした陛下たちの顔は見物だったが、あの時献上したあの髪の毛は、本当にミズリーシャの物なのか?」
「まさかっ!」
ふはっと、吹き出すように笑ったアイザックは、窮屈だなぁと、最上礼装の首元と手首の衣類を緩めながら笑う。
「やだなぁ、父上。 そんな愚かなことを、僕がすると思いますか? 大切な姉上の髪の毛ですよ? 一本たりとも王家なんかに渡したりしませんよ。 今日持って行ったあれは、よく似た色の絹糸をそれっぽく加工したものにすぎません。 運よく似たような色が領地の繊維工房にあってよかったです。 流石に姉上の髪の品質に長さだと、鬘用の人毛を、と言うわけにもいきませんでしたからね。 しかし極上とはいえ、絹糸で騙されてくれるなんて、よっぽど見る目がないんですね。」
にこにこと悪びれる風もなくそう笑ったアイザック。
「まぁ、それは大変だったわね。 お疲れ様、アイザック。」
そんな彼の様子にふふっと笑った公爵夫人であり母親であるミシュエラは、手に持っていた扇を閉じた。
「それで? 手紙に書いてあったことだけれども。」
「はい。 手紙に書きました通り、姉上は公務の夜会にて婚約破棄をされました。 日頃の疲労も重なり、控室に戻った直後に倒れられてしまいましたが、目覚めた後は足りない王太子殿下との婚約破棄に関しては、心から感謝すると喜んでいました。
しかし、王家も貴族院も王子妃、王太子妃教育を修了させ、足りない王太子の代わりに執務も行っていた自分を簡単に手放す気はない、このままでは陛下の帰還とともに再婚約させられるだろうから、と、王家も手を出すことのできない場所に逃げると、翌日に修道院へ。
断髪式には僕も立ち会いました。 その際、『当主が不在ゆえ勝手もわからず、後日訪問させていただく』と院長へは面会の約束を取り付け、相場以上の寄進をしておきました。
修道院に入られる前に、一応姉上には、父上たちが帰ってからの方がいいのではないか、伯父上の名も出して説得はしてみましたが、二度と王家に絡め捕られることのないよう修道院に入るから、自分が見習い修道女として頑張っている3年の間に、父上や母上と、私の為に頑張ってね、と言い残していきました。」
最後の方は笑みを消し、呆れ半分、沈痛な面持ち半分でそう報告した息子の肩にポン、とベルナルドは手を置いた。
「アイザックが気にすることじゃない。 ミズリーシャは言い出したら聞かん子だ。 王太子婚約者という形にはまって淑女の仮面を被ってうまく周りには隠していたがな。 やれやれ、まったく。 ミズリーシャは子供の頃と同じく、はねっかえりのままだったな。」
肩を竦めたベルナルドに、ミシュエラは笑う。
「それも、あの子らしいじゃありませんか。 髪の入った手紙を見た時は生きた心地がしませんでしたが、12年にわたり、私たちの愛しい娘をいいように使ってきた輩の焦った顔も見れましたし、ミズリーシャは安全なところに自主避難できた、という事でよしとしましょう……。 出来れば一目会いたかったけれど、陛下の帰還を待っていれば、陛下は第一王子を廃嫡にすることなく再婚約の王命を出されたでしょうし、これが最良だったのだわ。」
寂しそうにそう言ったミシュエラは、それよりも、と、ベルナルドを見た。
「廃嫡になった殿下にお似合いの、聖女様でしたわねぇ。」
「まったくだ。 神殿から聖女召喚以来何も成果を伝え聞くことがなく、随分と今までの聖女と違うとは思っていたが、まさか最初の仕事が王太子を廃嫡へ導くとは。 これで貴族院は神殿へ介入できるようになりそうだ。」
にやりと笑ったベルナルド。
「さて、陛下が命じた聖女の知識の数々、『我が国にもたらす奇跡の功績』がいったいどういうものなのか、2年間ゆっくりと高みの見物といこうじゃないか。」
「そうですわね。 一つや二つは功績をあげて、是非、第一王子殿下には上位貴族でいてもらわないと、陛下も大変困られるでしょうからね。」
「あの聖女に本当にあるんですかね、この国を豊かにする知識、なんてものが。」
「さぁ?」
「今までも、持つ知識が全く国の役に立たず飼い殺しにされた哀れな聖女はいたのだ。 そもそも異世界人を王家の威信のために呼び寄せ、国を栄えさせるなどというのはこの国の悪習に過ぎない。 王家と神殿の癒着、そして悪習を断ち切るために、此度の聖女は役に立つかもしれないな。」
皮肉交じりに笑う両親に、呆れたようにアイザックは肩を竦めた。
「それよりも父上、母上。 姉上の事なのですが。」
そう口にしたアイザックに、ミシュエラは小さくため息をついた後、にこっと笑った。
「それにしても、随分と『いい場所』に行ったわね。」
ふふっと笑ったミシュエラは、アイザックを見た。
「あの子がそこに行くと言った、わけじゃないわよね?」
それには、アイザックは頷く。
「えぇ。 夜会の席で元王太子が『アリア修道院へ行け』と言ったのです。 姉上が言うには、元王太子もさすがに公爵令嬢の姉上に向かって王都追放と言う度胸がなかったのだろうと。 しかし姉上に何とか恥をかかせたいために、王都のはずれの修道院を選んだのではないか、と言っていました。」
ミズリーシャと話し合った内容を伝えると、両親は顔を見合わせ、笑う。
「あらあら、まぁまぁ。 なんとも浅はかな考えだこと。 ねぇ、あなた。」
「まったくだ。」
うふふっと笑ったミシュエラに、隣に座るベルナルドはうなずく。
「あの修道院の意味を、元王太子殿下は王太子教育で習ったはずなのだがな。 名とその場所しか、頭に残っていなかったのだろうなぁ。」
王子の軽率さを笑う両親に、アイザックは首をかしげる。
「どういう意味ですか? 父上、母上。」
問われた両親のうち、ベルナルドがにやりと笑って答える。
「アイザック。 お前にも以前、教えたことがあったじゃないか。 名を出せぬ高貴な貴族が、ひそかに落胤を産み落とすための隠された場所がある、とだけだったが。」
「あぁ、はい。 ありましたね。 絶対にそのような場所に世話になるようなことのないように、と父上に凄まれたのを覚えています。 ……まさか?」
「あぁ、そうだ。 それがミズリーシャの入ったアリア修道院だ。 我が国や他国の王侯貴族が、包み隠して子を産み、秘して逃がす場所だ。」
しかし、とアイザックは問う。
「もし、それが可能であるとするならば、秘密を多く持つ教会と各国の間で力関係が崩れるのではないですか?」
「あら。 各国王家との干渉を受けない教会とて、恙なく生き残るには金が必要であり、干渉を受けないだけの秘密を握られている、という事ですよ。 アイザック。」
にこっと笑ったミシュエラは、目を伏せて笑う。
「私も屋敷に到着次第、手紙を書かなければなりませんね。 お兄様にも、アリア修道院長にも、もちろん、ミズリーシャにも。 もしかしたらこのまま、ミズリーシャは王家に囚われずに済む最善の方法を、自分で見つけるかもしれませんわ。」
そう言ったミシュエラに、ベルナルドは頷く。
「そうだな。 屋敷に戻る頃には皇帝陛下より返書が届いているかもしれぬしな。 王家に潜ませた影から、私たちが退出後の王家の動きの報告も入って来るだろうし、陛下や元王太子はもちろん、こともあろうにミズリーシャと婚約させろと言った第二王子の動きも気になる。 何を考えているかはわからんが、これから少々忙しくなるかもしれないな。」
そう言って笑ったベルナルドは、ふぅっと、息を一つ吐いた。
「無理を強い、苦しませてしまったミズリーシャの今後が心穏やかに幸せであるように、我らは償わなければならないからな……あぁ。」
膝の上で握られたベルナルドの拳を、そっと、ミシュエラは包み込んだ。
「あなた。」
「幼き日から、あんな王命のために、普通の令嬢であればしなくてもいい苦労をミズリーシャにはさせてしまった。 頭を下げても下げたりん……。 あげく、愚かな元王太子によって、可愛いあの子に3年も会えなくなってしまうとは。」
ぎゅっと、拳に力が入る。
「ザナスリー公爵家として、必ずやこの償いを王家にさせ、ミズリーシャには幸せになってもらわなければな。」
「えぇ、あなた。」
「はい、父上。」
お互いの顔を見合わせ、頷いた一家を乗せた馬車は、静かに公爵邸の門をくぐった。
王宮を出、護衛の馬上騎士4名に守られて王都の街並みを走り出したザナスリー公爵家の家紋の彫られた美しくも重厚な馬車の中。
彫刻の施された美しい扉についた歪みの少ない硝子窓に、馬車の外側と内側からしっかりと木戸がかけられると、ニヤリ、と笑ったザナスリー公爵家当主ベルナルドは向かい合って座る息子を見た。
「感情をあらわにした陛下たちの顔は見物だったが、あの時献上したあの髪の毛は、本当にミズリーシャの物なのか?」
「まさかっ!」
ふはっと、吹き出すように笑ったアイザックは、窮屈だなぁと、最上礼装の首元と手首の衣類を緩めながら笑う。
「やだなぁ、父上。 そんな愚かなことを、僕がすると思いますか? 大切な姉上の髪の毛ですよ? 一本たりとも王家なんかに渡したりしませんよ。 今日持って行ったあれは、よく似た色の絹糸をそれっぽく加工したものにすぎません。 運よく似たような色が領地の繊維工房にあってよかったです。 流石に姉上の髪の品質に長さだと、鬘用の人毛を、と言うわけにもいきませんでしたからね。 しかし極上とはいえ、絹糸で騙されてくれるなんて、よっぽど見る目がないんですね。」
にこにこと悪びれる風もなくそう笑ったアイザック。
「まぁ、それは大変だったわね。 お疲れ様、アイザック。」
そんな彼の様子にふふっと笑った公爵夫人であり母親であるミシュエラは、手に持っていた扇を閉じた。
「それで? 手紙に書いてあったことだけれども。」
「はい。 手紙に書きました通り、姉上は公務の夜会にて婚約破棄をされました。 日頃の疲労も重なり、控室に戻った直後に倒れられてしまいましたが、目覚めた後は足りない王太子殿下との婚約破棄に関しては、心から感謝すると喜んでいました。
しかし、王家も貴族院も王子妃、王太子妃教育を修了させ、足りない王太子の代わりに執務も行っていた自分を簡単に手放す気はない、このままでは陛下の帰還とともに再婚約させられるだろうから、と、王家も手を出すことのできない場所に逃げると、翌日に修道院へ。
断髪式には僕も立ち会いました。 その際、『当主が不在ゆえ勝手もわからず、後日訪問させていただく』と院長へは面会の約束を取り付け、相場以上の寄進をしておきました。
修道院に入られる前に、一応姉上には、父上たちが帰ってからの方がいいのではないか、伯父上の名も出して説得はしてみましたが、二度と王家に絡め捕られることのないよう修道院に入るから、自分が見習い修道女として頑張っている3年の間に、父上や母上と、私の為に頑張ってね、と言い残していきました。」
最後の方は笑みを消し、呆れ半分、沈痛な面持ち半分でそう報告した息子の肩にポン、とベルナルドは手を置いた。
「アイザックが気にすることじゃない。 ミズリーシャは言い出したら聞かん子だ。 王太子婚約者という形にはまって淑女の仮面を被ってうまく周りには隠していたがな。 やれやれ、まったく。 ミズリーシャは子供の頃と同じく、はねっかえりのままだったな。」
肩を竦めたベルナルドに、ミシュエラは笑う。
「それも、あの子らしいじゃありませんか。 髪の入った手紙を見た時は生きた心地がしませんでしたが、12年にわたり、私たちの愛しい娘をいいように使ってきた輩の焦った顔も見れましたし、ミズリーシャは安全なところに自主避難できた、という事でよしとしましょう……。 出来れば一目会いたかったけれど、陛下の帰還を待っていれば、陛下は第一王子を廃嫡にすることなく再婚約の王命を出されたでしょうし、これが最良だったのだわ。」
寂しそうにそう言ったミシュエラは、それよりも、と、ベルナルドを見た。
「廃嫡になった殿下にお似合いの、聖女様でしたわねぇ。」
「まったくだ。 神殿から聖女召喚以来何も成果を伝え聞くことがなく、随分と今までの聖女と違うとは思っていたが、まさか最初の仕事が王太子を廃嫡へ導くとは。 これで貴族院は神殿へ介入できるようになりそうだ。」
にやりと笑ったベルナルド。
「さて、陛下が命じた聖女の知識の数々、『我が国にもたらす奇跡の功績』がいったいどういうものなのか、2年間ゆっくりと高みの見物といこうじゃないか。」
「そうですわね。 一つや二つは功績をあげて、是非、第一王子殿下には上位貴族でいてもらわないと、陛下も大変困られるでしょうからね。」
「あの聖女に本当にあるんですかね、この国を豊かにする知識、なんてものが。」
「さぁ?」
「今までも、持つ知識が全く国の役に立たず飼い殺しにされた哀れな聖女はいたのだ。 そもそも異世界人を王家の威信のために呼び寄せ、国を栄えさせるなどというのはこの国の悪習に過ぎない。 王家と神殿の癒着、そして悪習を断ち切るために、此度の聖女は役に立つかもしれないな。」
皮肉交じりに笑う両親に、呆れたようにアイザックは肩を竦めた。
「それよりも父上、母上。 姉上の事なのですが。」
そう口にしたアイザックに、ミシュエラは小さくため息をついた後、にこっと笑った。
「それにしても、随分と『いい場所』に行ったわね。」
ふふっと笑ったミシュエラは、アイザックを見た。
「あの子がそこに行くと言った、わけじゃないわよね?」
それには、アイザックは頷く。
「えぇ。 夜会の席で元王太子が『アリア修道院へ行け』と言ったのです。 姉上が言うには、元王太子もさすがに公爵令嬢の姉上に向かって王都追放と言う度胸がなかったのだろうと。 しかし姉上に何とか恥をかかせたいために、王都のはずれの修道院を選んだのではないか、と言っていました。」
ミズリーシャと話し合った内容を伝えると、両親は顔を見合わせ、笑う。
「あらあら、まぁまぁ。 なんとも浅はかな考えだこと。 ねぇ、あなた。」
「まったくだ。」
うふふっと笑ったミシュエラに、隣に座るベルナルドはうなずく。
「あの修道院の意味を、元王太子殿下は王太子教育で習ったはずなのだがな。 名とその場所しか、頭に残っていなかったのだろうなぁ。」
王子の軽率さを笑う両親に、アイザックは首をかしげる。
「どういう意味ですか? 父上、母上。」
問われた両親のうち、ベルナルドがにやりと笑って答える。
「アイザック。 お前にも以前、教えたことがあったじゃないか。 名を出せぬ高貴な貴族が、ひそかに落胤を産み落とすための隠された場所がある、とだけだったが。」
「あぁ、はい。 ありましたね。 絶対にそのような場所に世話になるようなことのないように、と父上に凄まれたのを覚えています。 ……まさか?」
「あぁ、そうだ。 それがミズリーシャの入ったアリア修道院だ。 我が国や他国の王侯貴族が、包み隠して子を産み、秘して逃がす場所だ。」
しかし、とアイザックは問う。
「もし、それが可能であるとするならば、秘密を多く持つ教会と各国の間で力関係が崩れるのではないですか?」
「あら。 各国王家との干渉を受けない教会とて、恙なく生き残るには金が必要であり、干渉を受けないだけの秘密を握られている、という事ですよ。 アイザック。」
にこっと笑ったミシュエラは、目を伏せて笑う。
「私も屋敷に到着次第、手紙を書かなければなりませんね。 お兄様にも、アリア修道院長にも、もちろん、ミズリーシャにも。 もしかしたらこのまま、ミズリーシャは王家に囚われずに済む最善の方法を、自分で見つけるかもしれませんわ。」
そう言ったミシュエラに、ベルナルドは頷く。
「そうだな。 屋敷に戻る頃には皇帝陛下より返書が届いているかもしれぬしな。 王家に潜ませた影から、私たちが退出後の王家の動きの報告も入って来るだろうし、陛下や元王太子はもちろん、こともあろうにミズリーシャと婚約させろと言った第二王子の動きも気になる。 何を考えているかはわからんが、これから少々忙しくなるかもしれないな。」
そう言って笑ったベルナルドは、ふぅっと、息を一つ吐いた。
「無理を強い、苦しませてしまったミズリーシャの今後が心穏やかに幸せであるように、我らは償わなければならないからな……あぁ。」
膝の上で握られたベルナルドの拳を、そっと、ミシュエラは包み込んだ。
「あなた。」
「幼き日から、あんな王命のために、普通の令嬢であればしなくてもいい苦労をミズリーシャにはさせてしまった。 頭を下げても下げたりん……。 あげく、愚かな元王太子によって、可愛いあの子に3年も会えなくなってしまうとは。」
ぎゅっと、拳に力が入る。
「ザナスリー公爵家として、必ずやこの償いを王家にさせ、ミズリーシャには幸せになってもらわなければな。」
「えぇ、あなた。」
「はい、父上。」
お互いの顔を見合わせ、頷いた一家を乗せた馬車は、静かに公爵邸の門をくぐった。
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