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41・3時のおやつ、聖女の涙

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 中庭から、聖女マミを伴って隣接する養育棟に入った私は、そのまま一番奥の厨房へと向かった。

「お疲れ様です。 おやつを取りに来ました。」

「あぁ、ミーシャかい? テーブルに用意してあるよ。」

「ありがとうございます。」

 すでに厨房の奥で夕食の仕込みを始めていたダリアに声をかけてから厨房のテーブルの上をみると、トレイの上にはすでに子供たちの3時のおやつとミルクが用意してある。

 アニーのおやつとミルク、シンシアのミルク、ダリルのミルク、それから私たちの軽食……と確認した私は、お菓子の乗ったトレイを受け取った。

「ダリア、ごめんなさい。 今日は聖女様のおやつも一緒にください。」

「あぁ、はいはい。 はい、これ。 飲み物はこっち。 今日のおやつはミーシャに教わったこれだ。 自分でも味見してみたんだけどね、かなり美味しかったから、自信作だよ! ……おや?」

 奥から別のトレイに乗せられたミルクと焼き菓子を用意してくれたダリアは、それを受け取る私の後ろに立っていた聖女マミに気が付いて笑った。

「何だ、聖女様じゃないか。 今日は随分と大人しいんだね。 怒鳴ってないところ初めて見たよ。 そうしてりゃ、普通のかわいいお嬢さんじゃないか。」

「っ!?」

 顔を真っ赤にした聖女マミは、何かを言おうとしたみたいだったが、にこにこと笑っているダリアに毒気を抜かれたのか、そのままぷいっと黙ってそっぽを向いた。

「さっきまでお庭でお話をしていたんですよ。」

 彼女の代わりに答えると、ダリアは笑って頷く。

「うん、うん、なるほどね。 まぁ、ずっと部屋にこもりっきりよりでいるより、お天道様の下に出たら気分転換にもなっただろう? よかったじゃないか。 じゃあ、聖女様だってお腹も減ってるだろうし、子供たちも待ってるから、早くおやつを食べておいで。」

「そうですね、そうします。」

 軽く会釈をし、来た廊下を戻ると、その途中にある養育室の扉の前に立った。

「おやつを持ってきましたよ~。」

 両手がふさがっているためそう中に声をかけると、待ち構えていたように扉が開いた。

「ちょっと遅かったね、皆待ちくたびれてるよ。」

「すみません。 じゃあ、用意しますね。」

 扉を開けてくれたマーナに会釈しながら部屋の中に入った私は、すでに用意されていたテーブルに一度おやつの載ったトレイを置くと、廊下の向こうで立ち尽くしている聖女マミに声をかけた。

「どうぞ、マミ様も入ってください。 侍女の方もどうぞ。 騎士の方は申し訳ありませんが、中が狭いので扉の前にお願いします。 お二人は入ったらここの洗面所でうがいと手洗いをして、このエプロンを付けてくださいね。」

 こうですよ、と、私が目の前で用意をしていると、恐る恐るといった風に中に入って来たマミは、文句を言うでもなく、素直にうがい手洗いを始めた。

 それを視界の端に確認しながら、私は今日の養育室担当であるマーナ、シスター・サリアと手分けしてアニーをベビーチェアに座らせ、シンシアをシスターサリアが、ダリルをマーナが抱っこする。 それに合わせ、それぞれ決められた哺乳瓶を手渡した。

「さて、マミ様はこちらにどうぞ。」

 アニーの隣にクッションを置き、その前にホットミルクとおやつを置きながら手招きをすると、室内の様子を伺うように見回し、子供をだく大人達を見、かなり戸惑った様子を見せながらも、恐る恐るクッションに座った。

「はい、おやつをどうぞ。 大人用のおやつなので、隣にいるアニーには絶対にとられないようにしてくださいね。」

 クッションの上に借りて来た猫の様に大人しく座った聖女マミの目の前にそう言って差し出すと、おやつのお皿を受け取りながら頷いた聖女マミは、目の前のお菓子に鳶色の瞳を真ん丸にして呟いた。

「これ、……もしかしてスイートポテト?」

「美味しそうでしょう? あ、もしかして嫌いでしたか?」

 問いかけるとスイートポテトを凝視したまま首を振ったため、私は笑った。

「よかったです。 あ、先ほども言いましたが、大人のおやつは卵や蜂蜜を使っていますから、まだアニーにはたべられないんです。 なので、欲しがられても絶対にあげたりしないでくださいね。」

「蜂蜜……うん、わかった。」

「では、いただきましょう? さ、アニー。どうぞ召し上がれ。」

「あ~。」

 はやく、はやくと私に手を伸ばしておやつを欲しがるアニーの前に座った私は、一口サイズに丸められたスイートポテト・赤ちゃん用を差し出す。 すると嬉しそうに手を伸ばし、もぐもぐと食べ始めたアニー。

 そんな様子を見ながら、その隣に座る聖女マミの様子も確認する。

 それは扉の前に立つ侍女や、いつも通りにシンシアやダリルにミルクを上げているシスター・サリアとマーナも一緒で、さりげなく彼女の行動を確認している。

 そんな中、注目されていると気が付いていない聖女マミは、ぽかんと口を開けたまま、今だ、まじまじとお皿の上の真ん丸で大きく、生クリームのそえられたスイートポテトを食い入るように見まわしてから、カトラリーで一口大に切ると、ぱくっと、口の中に入れた。

 もぐもぐと食べた後、飲み込んだ彼女は嬉しそうに笑った。

「おいしい……あっちで食べたのと同じ味だ……。」

 その様子にほっとした私は、蜂蜜の入ったミルクを差し出す。

「お口にあったようでよかったです。 ミルクも飲んでくださいね、喉に詰まると困るでしょう? ほら、アニーもよ。」

 一口サイズのスイートポテトを、うまうまと食べているアニーに時折ミルクを飲ませながら聖女マミにもそう言うと、素直に頷いたマミはアニーの手の届かない場所にお皿を置き、ミルクの入ったマグに手を伸ばした。

「……甘い。」

「マミ様のミルクには蜂蜜が入っているので。 それも子供には上げないでくださいね。」

「うん。 蜂蜜は1歳以下の子にはあげちゃいけないんだよね。」

 頷いてそう言った聖女マミに、私は少し驚いて、それから頷いた。

「そうですが、よくご存じですね。」

「うん。 勉強したから。」

(勉強……?)

 その言葉が気にかかったが、それでも目の前で穏やかな顔でミルクを飲む彼女に、今は問うのをやめておいた。

 ゆっくりとスイートポテトとミルクを食べ終わり、体が温まりお腹もいっぱいになって周囲を確認する余裕が出て来たのか、聖女マミは、抱っこされミルクを飲んでいるシンシアやダリル、自分の隣で必死におやつを食べているアニーをみ、それから養育室の中を、グルっと首をまわしながら見始めた。

 端に寄せられた玩具にも、気が付いたようだ。

「ベビーサークルに、積み木……ガラガラもある……。 すごい。」

「おもちゃが気になりますか?」

 私の問いかけに少し驚いた様な顔をした聖女マミは、ううん、と首を振った。

「赤ちゃん、本当にいたんだね。 なんかの嘘だと思ってた。」

「嘘なんてついたりしませんよ。 紹介しますね、マミ様の隣にいるこの子はアニー、小さな女の子はシンシア、抱っこしているのはシスターサリア、男の子はダリル、抱っこしているのは先ほど厨房にいたダリアの娘でマーナです。」

「改めまして、よろしくね、聖女様。」

「よろしく。」

 ミルクをやりながらにっこりと笑ってそう言ったシスター・サリアとマーナに、聖女マミは聞こえるかどうかの小さな声でよろしくお願いします、と言った後、自分の横を見て呟いた。

「アニー、ちゃん?」

(あら、随分と優しい目……。)

 私たちを見るのとは違う優しい目で、隣にいたアニーの方を聖女マミがじっと見ていると、見られていると気が付いたのだろう、アニーはおやつを掴む手を止めて、じっとの自分を見てくる人の顔を見、やや間をおいて、それからほわっと笑った。

「……ん~まぅっ!」

「え? なに?」

「まっ! まっ!」

 手についたお菓子のカスを飛ばしながら、必死に聖女マミに手を伸ばすアニーに、聖女マミの方も手を伸ばそうとしたため、私はアニーの手を取って止めた。

「ダメよ、アニー。」

 私のその行動に、聖女マミは目を吊り上げた顔を私を睨みつけた。

「なによ。 手を出してくるからちょっと触ろうとしただけじゃない。 別に、あたしだって、赤ちゃんになにかしたりしないわよっ。」

 睨み付けてくる目が少し揺れているのを見て、私は穏やかに返答する。

「誤解を与えてしまったのは謝ります。 マミ様がアニーになにかするとは思っていませんし、それを咎めている訳ではありません。 ……ただ……。」

 そう言ってから、私はアニーの方を見る。

「アニーは聖女様が気になるのね。 じゃあその前に、手を拭きましょうね。 このままじゃ二人ともおやつまみれになってしまうわ。」

 指の隙間に入り込んださつまいもペーストでカピカピになっている手を伸ばしながら、聖女マミに向かって一生懸命お話をするアニーの小さな手を、私は丁寧に濡れた手巾で拭ってから離す。

「はい、これでいいわよ。 マミ様も、どうぞ。」

 すると、やりたいことを邪魔をされた上、急にゴシゴシと手を拭かれてむずがゆがっていたアニーは、途端に笑顔に戻ると、綺麗になった手をマミに伸ばした。

 マミの方はバツの悪そうな顔をして私から顔をそらすと、ボソボソっとなにやら言ったあと、手を伸ばしてくるアニーの方に体を向けた。

「なぁに?」

「んっ! まぁ~!」

 ぎゅうっと、マミの中指と薬指を握りしめたアニーは、破顔し、キャッキャと声を上げて喜んだ。

「……ちっちゃい、可愛い。」

 ぽそっと小さくそう言ったマミは、そうしてマミの手で遊び始めたアニーを、穏やかな顔で眺めていた。

 ぼろり。

 そうして、大粒の涙が一つ、また一つ、そうしてとめどなくその頬から顎、床に向かって落ち始めたのはその時だった。

「マミ様?」

「あら、ちょっと、そんな痛いの?」

 慌てて綺麗な手布で頬を伝う涙を拭う私と、ミルクを飲ませる手を止めて近寄って来たシスターサリアやマーナが聖女マミの顔を覗き見る。

 声もなく、ただ自分の手で遊ぶアニーを見つめながら、ぼろぼろと涙を落としていた聖女マミは、私たちが声をかけ、肩に手を置いた瞬間、ひゅうっと大きな息を吸い込んだ。

「う、……うぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

 そうして、アニーに手を取られたまま、彼女は子供の様に大きな声を上げて泣き出した。

 そんな様子にあっけにとられ、どうしていいかわからないまま動けなかった私たちの代わりに、ぺちぺちと涙を拭くように頬を叩いていたのはアニーだけだった。
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