【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石

文字の大きさ
42 / 71

41・3時のおやつ、聖女の涙

しおりを挟む
 中庭から、聖女マミを伴って隣接する養育棟に入った私は、そのまま一番奥の厨房へと向かった。

「お疲れ様です。 おやつを取りに来ました。」

「あぁ、ミーシャかい? テーブルに用意してあるよ。」

「ありがとうございます。」

 すでに厨房の奥で夕食の仕込みを始めていたダリアに声をかけてから厨房のテーブルの上をみると、トレイの上にはすでに子供たちの3時のおやつとミルクが用意してある。

 アニーのおやつとミルク、シンシアのミルク、ダリルのミルク、それから私たちの軽食……と確認した私は、お菓子の乗ったトレイを受け取った。

「ダリア、ごめんなさい。 今日は聖女様のおやつも一緒にください。」

「あぁ、はいはい。 はい、これ。 飲み物はこっち。 今日のおやつはミーシャに教わったこれだ。 自分でも味見してみたんだけどね、かなり美味しかったから、自信作だよ! ……おや?」

 奥から別のトレイに乗せられたミルクと焼き菓子を用意してくれたダリアは、それを受け取る私の後ろに立っていた聖女マミに気が付いて笑った。

「何だ、聖女様じゃないか。 今日は随分と大人しいんだね。 怒鳴ってないところ初めて見たよ。 そうしてりゃ、普通のかわいいお嬢さんじゃないか。」

「っ!?」

 顔を真っ赤にした聖女マミは、何かを言おうとしたみたいだったが、にこにこと笑っているダリアに毒気を抜かれたのか、そのままぷいっと黙ってそっぽを向いた。

「さっきまでお庭でお話をしていたんですよ。」

 彼女の代わりに答えると、ダリアは笑って頷く。

「うん、うん、なるほどね。 まぁ、ずっと部屋にこもりっきりよりでいるより、お天道様の下に出たら気分転換にもなっただろう? よかったじゃないか。 じゃあ、聖女様だってお腹も減ってるだろうし、子供たちも待ってるから、早くおやつを食べておいで。」

「そうですね、そうします。」

 軽く会釈をし、来た廊下を戻ると、その途中にある養育室の扉の前に立った。

「おやつを持ってきましたよ~。」

 両手がふさがっているためそう中に声をかけると、待ち構えていたように扉が開いた。

「ちょっと遅かったね、皆待ちくたびれてるよ。」

「すみません。 じゃあ、用意しますね。」

 扉を開けてくれたマーナに会釈しながら部屋の中に入った私は、すでに用意されていたテーブルに一度おやつの載ったトレイを置くと、廊下の向こうで立ち尽くしている聖女マミに声をかけた。

「どうぞ、マミ様も入ってください。 侍女の方もどうぞ。 騎士の方は申し訳ありませんが、中が狭いので扉の前にお願いします。 お二人は入ったらここの洗面所でうがいと手洗いをして、このエプロンを付けてくださいね。」

 こうですよ、と、私が目の前で用意をしていると、恐る恐るといった風に中に入って来たマミは、文句を言うでもなく、素直にうがい手洗いを始めた。

 それを視界の端に確認しながら、私は今日の養育室担当であるマーナ、シスター・サリアと手分けしてアニーをベビーチェアに座らせ、シンシアをシスターサリアが、ダリルをマーナが抱っこする。 それに合わせ、それぞれ決められた哺乳瓶を手渡した。

「さて、マミ様はこちらにどうぞ。」

 アニーの隣にクッションを置き、その前にホットミルクとおやつを置きながら手招きをすると、室内の様子を伺うように見回し、子供をだく大人達を見、かなり戸惑った様子を見せながらも、恐る恐るクッションに座った。

「はい、おやつをどうぞ。 大人用のおやつなので、隣にいるアニーには絶対にとられないようにしてくださいね。」

 クッションの上に借りて来た猫の様に大人しく座った聖女マミの目の前にそう言って差し出すと、おやつのお皿を受け取りながら頷いた聖女マミは、目の前のお菓子に鳶色の瞳を真ん丸にして呟いた。

「これ、……もしかしてスイートポテト?」

「美味しそうでしょう? あ、もしかして嫌いでしたか?」

 問いかけるとスイートポテトを凝視したまま首を振ったため、私は笑った。

「よかったです。 あ、先ほども言いましたが、大人のおやつは卵や蜂蜜を使っていますから、まだアニーにはたべられないんです。 なので、欲しがられても絶対にあげたりしないでくださいね。」

「蜂蜜……うん、わかった。」

「では、いただきましょう? さ、アニー。どうぞ召し上がれ。」

「あ~。」

 はやく、はやくと私に手を伸ばしておやつを欲しがるアニーの前に座った私は、一口サイズに丸められたスイートポテト・赤ちゃん用を差し出す。 すると嬉しそうに手を伸ばし、もぐもぐと食べ始めたアニー。

 そんな様子を見ながら、その隣に座る聖女マミの様子も確認する。

 それは扉の前に立つ侍女や、いつも通りにシンシアやダリルにミルクを上げているシスター・サリアとマーナも一緒で、さりげなく彼女の行動を確認している。

 そんな中、注目されていると気が付いていない聖女マミは、ぽかんと口を開けたまま、今だ、まじまじとお皿の上の真ん丸で大きく、生クリームのそえられたスイートポテトを食い入るように見まわしてから、カトラリーで一口大に切ると、ぱくっと、口の中に入れた。

 もぐもぐと食べた後、飲み込んだ彼女は嬉しそうに笑った。

「おいしい……あっちで食べたのと同じ味だ……。」

 その様子にほっとした私は、蜂蜜の入ったミルクを差し出す。

「お口にあったようでよかったです。 ミルクも飲んでくださいね、喉に詰まると困るでしょう? ほら、アニーもよ。」

 一口サイズのスイートポテトを、うまうまと食べているアニーに時折ミルクを飲ませながら聖女マミにもそう言うと、素直に頷いたマミはアニーの手の届かない場所にお皿を置き、ミルクの入ったマグに手を伸ばした。

「……甘い。」

「マミ様のミルクには蜂蜜が入っているので。 それも子供には上げないでくださいね。」

「うん。 蜂蜜は1歳以下の子にはあげちゃいけないんだよね。」

 頷いてそう言った聖女マミに、私は少し驚いて、それから頷いた。

「そうですが、よくご存じですね。」

「うん。 勉強したから。」

(勉強……?)

 その言葉が気にかかったが、それでも目の前で穏やかな顔でミルクを飲む彼女に、今は問うのをやめておいた。

 ゆっくりとスイートポテトとミルクを食べ終わり、体が温まりお腹もいっぱいになって周囲を確認する余裕が出て来たのか、聖女マミは、抱っこされミルクを飲んでいるシンシアやダリル、自分の隣で必死におやつを食べているアニーをみ、それから養育室の中を、グルっと首をまわしながら見始めた。

 端に寄せられた玩具にも、気が付いたようだ。

「ベビーサークルに、積み木……ガラガラもある……。 すごい。」

「おもちゃが気になりますか?」

 私の問いかけに少し驚いた様な顔をした聖女マミは、ううん、と首を振った。

「赤ちゃん、本当にいたんだね。 なんかの嘘だと思ってた。」

「嘘なんてついたりしませんよ。 紹介しますね、マミ様の隣にいるこの子はアニー、小さな女の子はシンシア、抱っこしているのはシスターサリア、男の子はダリル、抱っこしているのは先ほど厨房にいたダリアの娘でマーナです。」

「改めまして、よろしくね、聖女様。」

「よろしく。」

 ミルクをやりながらにっこりと笑ってそう言ったシスター・サリアとマーナに、聖女マミは聞こえるかどうかの小さな声でよろしくお願いします、と言った後、自分の横を見て呟いた。

「アニー、ちゃん?」

(あら、随分と優しい目……。)

 私たちを見るのとは違う優しい目で、隣にいたアニーの方を聖女マミがじっと見ていると、見られていると気が付いたのだろう、アニーはおやつを掴む手を止めて、じっとの自分を見てくる人の顔を見、やや間をおいて、それからほわっと笑った。

「……ん~まぅっ!」

「え? なに?」

「まっ! まっ!」

 手についたお菓子のカスを飛ばしながら、必死に聖女マミに手を伸ばすアニーに、聖女マミの方も手を伸ばそうとしたため、私はアニーの手を取って止めた。

「ダメよ、アニー。」

 私のその行動に、聖女マミは目を吊り上げた顔を私を睨みつけた。

「なによ。 手を出してくるからちょっと触ろうとしただけじゃない。 別に、あたしだって、赤ちゃんになにかしたりしないわよっ。」

 睨み付けてくる目が少し揺れているのを見て、私は穏やかに返答する。

「誤解を与えてしまったのは謝ります。 マミ様がアニーになにかするとは思っていませんし、それを咎めている訳ではありません。 ……ただ……。」

 そう言ってから、私はアニーの方を見る。

「アニーは聖女様が気になるのね。 じゃあその前に、手を拭きましょうね。 このままじゃ二人ともおやつまみれになってしまうわ。」

 指の隙間に入り込んださつまいもペーストでカピカピになっている手を伸ばしながら、聖女マミに向かって一生懸命お話をするアニーの小さな手を、私は丁寧に濡れた手巾で拭ってから離す。

「はい、これでいいわよ。 マミ様も、どうぞ。」

 すると、やりたいことを邪魔をされた上、急にゴシゴシと手を拭かれてむずがゆがっていたアニーは、途端に笑顔に戻ると、綺麗になった手をマミに伸ばした。

 マミの方はバツの悪そうな顔をして私から顔をそらすと、ボソボソっとなにやら言ったあと、手を伸ばしてくるアニーの方に体を向けた。

「なぁに?」

「んっ! まぁ~!」

 ぎゅうっと、マミの中指と薬指を握りしめたアニーは、破顔し、キャッキャと声を上げて喜んだ。

「……ちっちゃい、可愛い。」

 ぽそっと小さくそう言ったマミは、そうしてマミの手で遊び始めたアニーを、穏やかな顔で眺めていた。

 ぼろり。

 そうして、大粒の涙が一つ、また一つ、そうしてとめどなくその頬から顎、床に向かって落ち始めたのはその時だった。

「マミ様?」

「あら、ちょっと、そんな痛いの?」

 慌てて綺麗な手布で頬を伝う涙を拭う私と、ミルクを飲ませる手を止めて近寄って来たシスターサリアやマーナが聖女マミの顔を覗き見る。

 声もなく、ただ自分の手で遊ぶアニーを見つめながら、ぼろぼろと涙を落としていた聖女マミは、私たちが声をかけ、肩に手を置いた瞬間、ひゅうっと大きな息を吸い込んだ。

「う、……うぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

 そうして、アニーに手を取られたまま、彼女は子供の様に大きな声を上げて泣き出した。

 そんな様子にあっけにとられ、どうしていいかわからないまま動けなかった私たちの代わりに、ぺちぺちと涙を拭くように頬を叩いていたのはアニーだけだった。
しおりを挟む
感想 188

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~

猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」 王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。 王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。 しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。 迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。 かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。 故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり── “冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。 皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。 冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」 一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。 追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、 ようやく正当に愛され、報われる物語。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...