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50・【他者視線】3人の母の愛
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トルスガルフェ侯爵邸に、重厚な造りに同じ家紋の彫りの入った一台の馬車が入っていった。
馬車から出てきたのは、杖を突き、腰の曲がったふっくらとした体を黒衣に包み、頭からすっぽりとベールをかぶった高位貴族の老女と思しき女性と、その侍従であろうか、黒衣の女性にそっと寄り添う、黒縁眼鏡をかけ、深めに帽子をかぶった男性が寄り添う。
彼女たちは、エントランスまで出迎えに来たトルスガルフェ侯爵に迎えられ、屋敷の中に入っていった。
それを遠くから、しかし決して見逃さぬよう、静かに見張る者達は、無害な年老いた親族がやってきたのだろうと報告した。
こつん、こつんと杖はなる。
エントランスを抜け、長い廊下をゆっくりと歩く。
屋敷にある最奥のサロンまで移動したトルスガルフェ侯爵当主と老女、そして侍従は、開けられた扉からゆっくりと中に入った。
パタンと扉が閉まり、その外にも中にも騎士が立つ。
「奥様、杖をお預かりしましょう。」
「ありがとう。」
老女は手にしていた杖を、静かに侍従に手渡した。
「姉上、お久しぶりですね。」
「えぇ、本当に久しぶりだわ。 皆、変わりないかしら?」
杖を手放した老女はそう問いかけられると、曲げていた腰をしっかりと伸ばし、ヴェールに隠れた唇に笑みを浮かべると、洗練された所作で勧められたソファに座る。
「えぇ。 父上は明日到着予定です。 使用人も見知ったものが多いのでは? もちろん、姉上の部屋は出て行かれた時のままです。 後で見に行かれてみては? それとも、そちらにお泊りになられますか?」
にこやかに微笑みながら使用人に茶を入れるように指示する弟を見ながら、ふふっと笑う。
「そうね、そうさせてもらおうかしら? ――ありがとう。」
侍女の手によって出されたお茶に礼を言うと、ティカップを持つ。
「あぁ、いい香りね。」
そのお茶は、彼女が最も愛したトルスガルフェ侯爵領の茶葉だ。
匂いを楽しみ、ゆっくりカップに口を付け、味わい、そして穏やかな微笑みを浮かべる。
「さて、姉上。 実は……」
そんな黒衣の女性を眺めていたトルスガルフェ侯爵が、時を見計らった様に口を開いたところで、サロンの扉がノックされた。
「タイミングが良すぎるんじゃないか?」
と、やや苦笑いを浮かべ『どうぞ。』と許可をする。
傍にいた侍女がその言葉に頭を下げ、静かに扉をあけると、跳ねるようなヒールの音が室内に響いた。
「アリア!」
ドレスの裾を跳ね上げ、飛び込むようにサロンに入ってきたのはハズモンゾ女公爵で、それを見た黒衣の女性はティーカップを静かに置くと、ソファから立ち上がり、両手を広げて彼女を抱きとめた。
「あぁ、お久しぶりね、アリア。 何なの、その辛気臭い恰好は! あぁでも、貴女はちっとも変わらないのね。」
「えぇ、お久しぶりね。 エリー。 貴女も、相変わらずの毒舌ね。 女公爵になったと言うのに、ちっとも変っていないわ。」
再会を喜び、強く抱きしめあい、それから少し離れてそう声を掛け合った二人は、まるで女学生だった頃のように目を合わせ、吹き出すように笑い、もう一度抱き締めあった。
「アリア、本当に久しぶりだわ。 帝国にいるミシュエラも、マリーも、とても貴女に会いたがっていたわ。」
「えぇ、私も心から会いたかったわ。 けれどこんな状況だったから、許してちょうだい。」
「許さないわよ。 私一人会うのかって、ミシュエラにもマリーにも散々うらやましがられて、いぢめられたのだから。 次は必ず4人で会うのよ。」
「えぇ、そうね。 そうなると嬉しいわ。」
そんな、はしゃぐように言葉を交わす2人の前に、にゅっと伸びる大きな人影が二人の間を割って入ろうとした。
「母上。 お母様を独り占めしないでください。」
その声と人影に、ハズモンゾ女公爵はわざとらしく眉をひそめてため息をつくと、自分の腕の中にいる黒衣の女性と少しだけ距離を取り、声の主である青年を指し示した。
「アリア、紹介するわ。 この子が……」
「お母様、お久しぶりでございます。 ウルティオです。」
ウルティオの言葉に、目元を濡らした黒衣の女性はその顔を見、何度も頷く。
「えぇ、えぇ。 一目でわかったわ、ウルティオ。」
黒衣の女性はハズモンゾ女公爵から体を離すと、そっと手を伸ばし、彼の頬に、柔らかな黒髪に触れた。
「会いたかったわ、私たちの可愛い息子。 嬉しいわ。 こんなに小さかった子が、こんなに大きく立派になって……。あの子が生きていたら、どれだけ喜んだか……。」
そのままそっと、腕の中に納まらないほど大きくなった彼を抱き締めた黒衣の女性の背中に、彼はわずかに手を震わせながらそっと伸ばした。
「そう、でしょうか……。」
「?」
眉根を寄せた青年は、腕の中の『お母様』と、その思い出の奥にいる『もう一人の母』に、泣いて縋る子供が尋ねるかのように、震える声でつぶやいた。
「母さんは、こんな顔の僕に会いたくないのではないでしょうか……。 この顔を見た人は、一目で父親を悟るんです。 それは母さんをひどい目に合わせた男の顔と同じ顔だと言う事でしょう? そんな顔を見ても、母さんは喜ばない……本当はお母様だっ……っ。」
そっと、それ以上喋れぬようにと、口元を細い手で押さえられたウルティオは、その手の先にいる黒衣の女性の顔を見た。
目の前の黒衣の女性は、ベールの向こうにある美しい瞳で彼の翡翠色の瞳を見つめる。
「そんな悲しいことを言わないで頂戴、ウルティオ。」
「お母様。」
泣きそうな顔をしているウルティオの背中に、再び手を伸ばした黒衣の女性は、そっと、しかし力強く彼を抱き締めると、彼の背をトン、トンと叩きながら言葉を紡いだ。
「確かに、あの子はあの男を憎んでいたわ。 けれど、貴方に対してそんな気持ちは一欠けらだって持っていなかった。 確かに苦しんで、悲しんでいた。 それでも、お腹の中で大きくなる貴方のために子守歌を歌い、語り掛け、生まれるのを心待ちにしていたの。 そうして生まれた貴方をあの子は抱き絞めることもできなかったけれど、最後の時まで、あの子は貴方の事を本当に大切に思い、案じ、愛していたわ。 だからそんなことを言わないで頂戴。」
そっとウルティオから少し離れた黒衣の女性は、静かに微笑んだ。
「あの子も、私も、それからそこにいるエリーも。 皆、貴方がこんなに立派になったことを、喜んでいるわ。」
翡翠の瞳を潤ませ、顔をゆがませたウルティオは、目の前の母に、目の前にいない、絵姿でしか知らない母の面影に重ね、手を伸ばした。
「母さん……お母様。 申し訳ありません……っ。」
「いいのよ、かわいい子。 私たちの大切な息子。 私たちはいつだって、貴女を心から愛しているわ、ウルティオ。」
「はい……はい。」
何度も頷きながら母の肩を借りて涙を流すウルティオと、お母様と呼ばれる黒衣の女性。 そして傍にいたハズモンゾ女公爵も、そのままそっと2人を抱き締めた。
そんな、感動的な親子の対面に、『ん、んうんっ!』 と、水を差すようにわざとらしく咳払いをしながら、ハズモンゾ卿が近づき、ぽん、と、妻の肩に手を置く。
「母親達だけで息子の苦しみを解決しないでくれるかな? 私だって、可愛い息子を愛しているのだがね。」
「あなた……。」
それと同時に、黒衣の女性の肩を叩くのはトルスガルフェ侯爵だ。
「それならば、叔父である私だって、可愛い甥を愛しておりますぞ。」
「ケヴィン……。」
邪魔をするなとばかりに女性二人が咎めるようにその名を呼べば、大きくて小さな息子は、目元を拭ってから顔を上げ、仲良く並んで立つ2人の男性を見た。
「父上も、叔父上も、大人げないですよ。 せっかくの感動の場面だったのに。」
赤くなった目元を吊り上げながら、照れ隠しの様に眉を上げたウルティオに、目を合わせたトルスガルフェ侯爵とハズモンゾ卿はふっと笑う。
「おや、可愛げのない。 可愛いお前を抱いて帝国まで馬車を走らせ、毎年の誕生日と節目の祝いには、可愛い甥のために奮発したというのに。」
「そうだぞ。 わたしだって、君の母上を支えながら、お前に勉学を教え、剣を教え、乗馬を教えてやったというのに。 あぁ、母親達はああして抱き締めてもらえるのに、我ら男親は悪態をついて。 何て嘆かわしい、息子などそんなものだなぁ。」
と、大袈裟に落胆を顔に浮かべ、悪態をつく。
「お、叔父上、父上……もう勘弁してください。」
さすがに困ったようにウルティオが二人を見た時だった。
パンパンッ!
と、大きく手がならされた。
「申し訳ないが、そろそろ会談の時間のようだ。」
手を鳴らしたと思われるのは、黒衣の女性に寄り添い、杖を受け取って以降は部屋の隅で様子を見守っていた侍従の男。
「感動に満ち溢れた親子の対面の続きはその後にしてもらおう。 そもそも君たちと違って、残り一年も、愛する妻子に会えない哀れな私を可哀想だと思うなら、少々遠慮してほしいものだね。」
「あら、一年くらいなんですか。 みっともないわ。 ミシュエラに話しておかなければ。」
「いやいや、それは関係ないのでは? 妻も息子も帝都に行ってしまい、娘は修道院、私は領地に1人きり。 特に愛娘に関しては、別れの挨拶も出来なかったのです。 私は愛妻家、子煩悩で有名ですからね。 これでも十分我慢している方ですよ。」
「まぁ、自分から言うところが怪しいわ。」
いやだわ、と扇を広げ、面白がるように笑ったハズモンゾ女公爵に、侍従だったはずの男は、帽子と眼鏡をはずし、変装を解いてにやりと笑った男。
うふふ、はははと冷ややかな笑いが漏れる中、2人の間で穏やかに笑い、変装を解いた男へ手を伸ばし、肩を組んだのはハズモンゾ卿だった。
「まぁまぁ、確かに約束の時間だ。 皆、彼の言うとおりにしようじゃないか。」
そう言いつつ、ハズモンゾ卿はちらりと隣の男を見る。
「それにしても君は相変わらず無粋だ。 ベルナルド、そんな君に遠慮なんて必要あるのかい?」
「ははは、君には負けるよ、ディズライド。」
にこやかに笑うハズモンゾ卿と、ベルナルドと呼ばれた男――ザナスリー公爵は、互いにニヤリと笑い合うと、背を叩き合い、そして、ウルティオに微笑みかけると、全員で、大きな本棚の奥に現われた扉へ足を勧めた。
馬車から出てきたのは、杖を突き、腰の曲がったふっくらとした体を黒衣に包み、頭からすっぽりとベールをかぶった高位貴族の老女と思しき女性と、その侍従であろうか、黒衣の女性にそっと寄り添う、黒縁眼鏡をかけ、深めに帽子をかぶった男性が寄り添う。
彼女たちは、エントランスまで出迎えに来たトルスガルフェ侯爵に迎えられ、屋敷の中に入っていった。
それを遠くから、しかし決して見逃さぬよう、静かに見張る者達は、無害な年老いた親族がやってきたのだろうと報告した。
こつん、こつんと杖はなる。
エントランスを抜け、長い廊下をゆっくりと歩く。
屋敷にある最奥のサロンまで移動したトルスガルフェ侯爵当主と老女、そして侍従は、開けられた扉からゆっくりと中に入った。
パタンと扉が閉まり、その外にも中にも騎士が立つ。
「奥様、杖をお預かりしましょう。」
「ありがとう。」
老女は手にしていた杖を、静かに侍従に手渡した。
「姉上、お久しぶりですね。」
「えぇ、本当に久しぶりだわ。 皆、変わりないかしら?」
杖を手放した老女はそう問いかけられると、曲げていた腰をしっかりと伸ばし、ヴェールに隠れた唇に笑みを浮かべると、洗練された所作で勧められたソファに座る。
「えぇ。 父上は明日到着予定です。 使用人も見知ったものが多いのでは? もちろん、姉上の部屋は出て行かれた時のままです。 後で見に行かれてみては? それとも、そちらにお泊りになられますか?」
にこやかに微笑みながら使用人に茶を入れるように指示する弟を見ながら、ふふっと笑う。
「そうね、そうさせてもらおうかしら? ――ありがとう。」
侍女の手によって出されたお茶に礼を言うと、ティカップを持つ。
「あぁ、いい香りね。」
そのお茶は、彼女が最も愛したトルスガルフェ侯爵領の茶葉だ。
匂いを楽しみ、ゆっくりカップに口を付け、味わい、そして穏やかな微笑みを浮かべる。
「さて、姉上。 実は……」
そんな黒衣の女性を眺めていたトルスガルフェ侯爵が、時を見計らった様に口を開いたところで、サロンの扉がノックされた。
「タイミングが良すぎるんじゃないか?」
と、やや苦笑いを浮かべ『どうぞ。』と許可をする。
傍にいた侍女がその言葉に頭を下げ、静かに扉をあけると、跳ねるようなヒールの音が室内に響いた。
「アリア!」
ドレスの裾を跳ね上げ、飛び込むようにサロンに入ってきたのはハズモンゾ女公爵で、それを見た黒衣の女性はティーカップを静かに置くと、ソファから立ち上がり、両手を広げて彼女を抱きとめた。
「あぁ、お久しぶりね、アリア。 何なの、その辛気臭い恰好は! あぁでも、貴女はちっとも変わらないのね。」
「えぇ、お久しぶりね。 エリー。 貴女も、相変わらずの毒舌ね。 女公爵になったと言うのに、ちっとも変っていないわ。」
再会を喜び、強く抱きしめあい、それから少し離れてそう声を掛け合った二人は、まるで女学生だった頃のように目を合わせ、吹き出すように笑い、もう一度抱き締めあった。
「アリア、本当に久しぶりだわ。 帝国にいるミシュエラも、マリーも、とても貴女に会いたがっていたわ。」
「えぇ、私も心から会いたかったわ。 けれどこんな状況だったから、許してちょうだい。」
「許さないわよ。 私一人会うのかって、ミシュエラにもマリーにも散々うらやましがられて、いぢめられたのだから。 次は必ず4人で会うのよ。」
「えぇ、そうね。 そうなると嬉しいわ。」
そんな、はしゃぐように言葉を交わす2人の前に、にゅっと伸びる大きな人影が二人の間を割って入ろうとした。
「母上。 お母様を独り占めしないでください。」
その声と人影に、ハズモンゾ女公爵はわざとらしく眉をひそめてため息をつくと、自分の腕の中にいる黒衣の女性と少しだけ距離を取り、声の主である青年を指し示した。
「アリア、紹介するわ。 この子が……」
「お母様、お久しぶりでございます。 ウルティオです。」
ウルティオの言葉に、目元を濡らした黒衣の女性はその顔を見、何度も頷く。
「えぇ、えぇ。 一目でわかったわ、ウルティオ。」
黒衣の女性はハズモンゾ女公爵から体を離すと、そっと手を伸ばし、彼の頬に、柔らかな黒髪に触れた。
「会いたかったわ、私たちの可愛い息子。 嬉しいわ。 こんなに小さかった子が、こんなに大きく立派になって……。あの子が生きていたら、どれだけ喜んだか……。」
そのままそっと、腕の中に納まらないほど大きくなった彼を抱き締めた黒衣の女性の背中に、彼はわずかに手を震わせながらそっと伸ばした。
「そう、でしょうか……。」
「?」
眉根を寄せた青年は、腕の中の『お母様』と、その思い出の奥にいる『もう一人の母』に、泣いて縋る子供が尋ねるかのように、震える声でつぶやいた。
「母さんは、こんな顔の僕に会いたくないのではないでしょうか……。 この顔を見た人は、一目で父親を悟るんです。 それは母さんをひどい目に合わせた男の顔と同じ顔だと言う事でしょう? そんな顔を見ても、母さんは喜ばない……本当はお母様だっ……っ。」
そっと、それ以上喋れぬようにと、口元を細い手で押さえられたウルティオは、その手の先にいる黒衣の女性の顔を見た。
目の前の黒衣の女性は、ベールの向こうにある美しい瞳で彼の翡翠色の瞳を見つめる。
「そんな悲しいことを言わないで頂戴、ウルティオ。」
「お母様。」
泣きそうな顔をしているウルティオの背中に、再び手を伸ばした黒衣の女性は、そっと、しかし力強く彼を抱き締めると、彼の背をトン、トンと叩きながら言葉を紡いだ。
「確かに、あの子はあの男を憎んでいたわ。 けれど、貴方に対してそんな気持ちは一欠けらだって持っていなかった。 確かに苦しんで、悲しんでいた。 それでも、お腹の中で大きくなる貴方のために子守歌を歌い、語り掛け、生まれるのを心待ちにしていたの。 そうして生まれた貴方をあの子は抱き絞めることもできなかったけれど、最後の時まで、あの子は貴方の事を本当に大切に思い、案じ、愛していたわ。 だからそんなことを言わないで頂戴。」
そっとウルティオから少し離れた黒衣の女性は、静かに微笑んだ。
「あの子も、私も、それからそこにいるエリーも。 皆、貴方がこんなに立派になったことを、喜んでいるわ。」
翡翠の瞳を潤ませ、顔をゆがませたウルティオは、目の前の母に、目の前にいない、絵姿でしか知らない母の面影に重ね、手を伸ばした。
「母さん……お母様。 申し訳ありません……っ。」
「いいのよ、かわいい子。 私たちの大切な息子。 私たちはいつだって、貴女を心から愛しているわ、ウルティオ。」
「はい……はい。」
何度も頷きながら母の肩を借りて涙を流すウルティオと、お母様と呼ばれる黒衣の女性。 そして傍にいたハズモンゾ女公爵も、そのままそっと2人を抱き締めた。
そんな、感動的な親子の対面に、『ん、んうんっ!』 と、水を差すようにわざとらしく咳払いをしながら、ハズモンゾ卿が近づき、ぽん、と、妻の肩に手を置く。
「母親達だけで息子の苦しみを解決しないでくれるかな? 私だって、可愛い息子を愛しているのだがね。」
「あなた……。」
それと同時に、黒衣の女性の肩を叩くのはトルスガルフェ侯爵だ。
「それならば、叔父である私だって、可愛い甥を愛しておりますぞ。」
「ケヴィン……。」
邪魔をするなとばかりに女性二人が咎めるようにその名を呼べば、大きくて小さな息子は、目元を拭ってから顔を上げ、仲良く並んで立つ2人の男性を見た。
「父上も、叔父上も、大人げないですよ。 せっかくの感動の場面だったのに。」
赤くなった目元を吊り上げながら、照れ隠しの様に眉を上げたウルティオに、目を合わせたトルスガルフェ侯爵とハズモンゾ卿はふっと笑う。
「おや、可愛げのない。 可愛いお前を抱いて帝国まで馬車を走らせ、毎年の誕生日と節目の祝いには、可愛い甥のために奮発したというのに。」
「そうだぞ。 わたしだって、君の母上を支えながら、お前に勉学を教え、剣を教え、乗馬を教えてやったというのに。 あぁ、母親達はああして抱き締めてもらえるのに、我ら男親は悪態をついて。 何て嘆かわしい、息子などそんなものだなぁ。」
と、大袈裟に落胆を顔に浮かべ、悪態をつく。
「お、叔父上、父上……もう勘弁してください。」
さすがに困ったようにウルティオが二人を見た時だった。
パンパンッ!
と、大きく手がならされた。
「申し訳ないが、そろそろ会談の時間のようだ。」
手を鳴らしたと思われるのは、黒衣の女性に寄り添い、杖を受け取って以降は部屋の隅で様子を見守っていた侍従の男。
「感動に満ち溢れた親子の対面の続きはその後にしてもらおう。 そもそも君たちと違って、残り一年も、愛する妻子に会えない哀れな私を可哀想だと思うなら、少々遠慮してほしいものだね。」
「あら、一年くらいなんですか。 みっともないわ。 ミシュエラに話しておかなければ。」
「いやいや、それは関係ないのでは? 妻も息子も帝都に行ってしまい、娘は修道院、私は領地に1人きり。 特に愛娘に関しては、別れの挨拶も出来なかったのです。 私は愛妻家、子煩悩で有名ですからね。 これでも十分我慢している方ですよ。」
「まぁ、自分から言うところが怪しいわ。」
いやだわ、と扇を広げ、面白がるように笑ったハズモンゾ女公爵に、侍従だったはずの男は、帽子と眼鏡をはずし、変装を解いてにやりと笑った男。
うふふ、はははと冷ややかな笑いが漏れる中、2人の間で穏やかに笑い、変装を解いた男へ手を伸ばし、肩を組んだのはハズモンゾ卿だった。
「まぁまぁ、確かに約束の時間だ。 皆、彼の言うとおりにしようじゃないか。」
そう言いつつ、ハズモンゾ卿はちらりと隣の男を見る。
「それにしても君は相変わらず無粋だ。 ベルナルド、そんな君に遠慮なんて必要あるのかい?」
「ははは、君には負けるよ、ディズライド。」
にこやかに笑うハズモンゾ卿と、ベルナルドと呼ばれた男――ザナスリー公爵は、互いにニヤリと笑い合うと、背を叩き合い、そして、ウルティオに微笑みかけると、全員で、大きな本棚の奥に現われた扉へ足を勧めた。
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