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62・告発の場にて、淑女は微笑む。

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 ハズモンゾ女公爵様やお父様、トルスガルフェ侯爵様が王宮へ向かって出発した同時刻、私とマミ、エリと乳母、そして貴婦人として装いを整えた院長先生は、トルスガルフェ侯爵邸に入った時同様に、辻馬車を装った馬車である場所へ連れていかれた後、王宮へ通じる『隠し通路』を通って王太子宮へと入っていた。

 王太子宮からは、王家の物しか知らない隠し通路を使用し貴賓宮へと向かう。

(こんな通路もあったのね。)

 教えてくれているのはシャルル殿下の最も信頼していると言う側近で、彼の先導に従って扉を出れば、そこは無人となった王族専用の控室だった。

 部屋に出れば正装をした別の侍従が私たちに礼を取り、静かに案内をしてくれた。

「そろそろ聖王猊下が会場に入られる刻限となります。 皆様はどうぞこちらへ。」

 侍従に従って部屋を出れば、見慣れた通路で、私たちの姿を見た者達は一礼する。

(貴賓宮に配置された侍女侍従は、今回のに従う者で固められているのね。)

 用意周到であるが、いくら王族であるからと言え、私よりで、成人になるかならないかの年齢のお二人が、父王を切り捨てる覚悟をしなければならなかった心中は察するに余りある。

(どんなにお辛いでしょう……。)

 あの日の会話を、私は思い出した。





『……断罪劇の始まりは、シャルル殿下とエルフィナ王女殿下の告発……ですか?』

 ウルティオ様から聞かされたその言葉に、私は酷く動揺し、驚いたのを覚えている。

『それは……確かにこの件が明るみに出れば、お二人も王族としての責任は問われるでしょう。 しかし実の父親の告発、まして法王猊下の前でなど……あまりにもお二人が不憫です。 変更するわけにはいかないのですか?』

 あのシャルル殿下は年相応、エルフィナ殿下に関してはそれ以上に、王族としての責務を務めていた。 特に第一王子殿下がいなくなってからは、その身に伸し掛かる問題を必死に挽回しようとしていたと聞いている。

 そんな、年若い二人に親を告発させるなど、いくら王族である責任が重くても、と考えた私にウルティオ様は首を振った。

『本人たちの強い希望なのだ。』

『そんな! だとしても、皆様はそれをお許しになったのですか?』

 問えば、教えてくれたのはウルティオ様の養母となられるハズモンゾ女侯爵様であった。

『この計画を立てたのは、アリアが自死を選んだハツネ嬢をつれ、教会に逃げ込んだ時よ。 当初は己が欲望のために悪しき慣習をよしとする王家と神殿そのものの所業を全て、神の名の下に人々の前で明らかにするのが目的だったわ。 教会側にもすでに証拠を上げていた。
 しかし、状況が告発を許さなかった。 最も大切な証人であり証拠でもあるハツネ嬢は、王宮の湖に身を沈めた後、一命はとりとめたものの状態は芳しくなかった。 ベッドから起き上がれない状態が長く続いたそうよ。 身も心も疲弊し、病んでしまっていた彼女は、自身に残った最後の力でウルティオをこの世に産み、我が子を抱くことなくそのまま儚くなってしまった。
 彼女が亡くなったことで計画はここで頓挫したわ。  確かに『聖女』が産み落としたウルティオはいるけれども、小賢しい王家は『聖女』がいなければ、ただの王家の落胤であると言い逃れをし、証拠としては不十分な者になってしまう。 あの王家の事です。 『聖女』がいなくなれば、必ずすぐに聖女召喚を行うだろうと私たちは確信を持っていたわ。 そして実際そうだった。 成功はしなかったけれどね。
 そうして待っている間に、王命でミズリーシャ嬢が元王太子と婚約をさせられてしまった時には、皇帝陛下が武力に物を言わせようとした事もあるのだけれど……戦になれば一番被害を受けるのは、ハツネ嬢とアリアが心から大切にし、守ろうとしていた弱き者達です。
 だからこそ私たちは耐えました。 『聖女が召喚されるのを待つ』その事に葛藤がなかったわけではないわ。 聖女が現れると言う事は、呼び出されたその女性が己の意志に関係なくこの世界に連れてこられ、不幸になるのという事。 それを待つという行為には、それを容認するのと等しい行為なのだから。 ドルディット王家を止めるために少女を不幸にしていいのかと、何度も議論になった。
 けれど、私たちには武力以外『聖女召喚それ』を止める術を持っていなかったから待つしかなかった。 だから私たちは待つことにしたのです。 最後にする為に。
 そして20余年たち、ミズリーシャ嬢。 貴女の口から『聖女出現』の一報をベルナルドが聞き、私たちに知らせてきたのはそんな時です。
 ようやく聖女が召喚された。
 それを知った私たちは、どうにか王家や神殿側に洗脳される前に接触し、保護できるよう試みました。 けれど聖女はすでに第一王子殿下と恋仲になってしまっていた。 計画は再び頓挫するかと思ったわ。 けれど、その後、第一王子がミズリーシャ嬢を偽りの罪によって断罪し、貴女がアリア修道院に入ったことで状況は変わった。
 私たちは貴方を守りながら、貴方がどこまで王家による聖女召喚の事実をどこまで知っているかを確認し、召喚された聖女を王家から離す手段を考えた。
 エルフィナ殿下たちが外交に出てきたのは予定外ではあったけれど、間違いなく嬉しい誤算だったわ。 彼女たちはその中で王家の何かを感じ取り、自分たちで真実を知ろうと動き始めた。 国民のため、厳しい言葉と視線を受け、それでも泣き言をいうことなく自ら外交の場に出、真摯に他国に対し接してきた。 我が国の外交官が評価するほど、彼女は誠実で有能だった。
 だから私は私の部下である外交官を通じて、彼女にあるヒントを出した。 彼女たちが真実にたどり着き、直視し、どう思うか。
 結果は今ある通り。 彼女たちは自ら王家の真実を探り、己が父親とアマーリア、そしてハツネ嬢と彼女にまつわる『聖女の真実』にたどり着き、叔父上に連絡を取って来た。 そしてこの計画に加わり、自らが王家の告発を買って出たの。』

『しかし、自国の罪の告発となれば、お二人の身も立場も危うくなります。』

 私の声に頷いたのはウルティオ様だった。

『そう。 だからは私がするつもりだった。 王太子披露の夜会で、両親とともに出席したその場で、と。 しかし彼女たちは、この国の現王族として、罪を明らかにし、過去の過ちを正すため、自らが王家を告発すると言った。 彼らの意志は固くてね、説得するつもりが逆に説得されてしまった。 私たちを卑怯者にしないでくれ、と二人は言ったんだ。 そこで私たちは計画を変えた。 私たちだけでは『外部からの弾劾要求』がせいぜいであり、『教会の最高位の司祭』の前にしか立てない。 しかし彼らならば、確実に『教会の最高指導者であり、神の天秤の所有者である聖王猊下』をその場に呼び出すことを出来る。』

 言っていることはわかる。 だが。

『しかし、それではこの告発後、お二人は……』

 ウルティオ様の言葉を引き継いだハズモンゾ女公爵様が続ける。

『聖王猊下に裁きが託される以上、ドルディット王国王家の行く末は厳しいものになるでしょう。 告発を行うお二人にも当然厳しい目が向けられる。 それは火を見るより明らかだわ。 貴女との婚約破棄で国力がそがれ、外交バランスが崩れた状態である以上、特に。
 しかしそれではお二人の誠意に報いる事は出来ない。
 そのため、告発後のお二人の最低限の安全を確保するため、ドルディット王国建国記念及び立太子の儀の招待状が届いた翌日、エルフィナ第一王女殿下とシャルル第二王子殿下が連名で書かれた書簡を同封した皇帝陛下の親書を、帝国が各国へ届けてたの。 当日集まられる方々は、それを承知のうえで、見届け人として集まってくださるわ。 特に、我が家とゆかりの深い某国の王太子殿下は、協力をすると言ってくださった。
 当日、シャルル第二王子殿下の代わりに聖王猊下の前に進むのはウルティオ。 この子の姿を見、激高した国王は必ず失言を繰り返すわ。 そこに、お二人が自らが集めた『王家・神殿関係者限られたものしか知りえない証拠』をもって現れる。 その場から決して逃げられないようにするために。』

 何処まで根回しがされているのか。 それらを聞かされた私とマミが息をのむ。

 これは、決して失敗することの許されない。

『あ、あの。』

 マミは震える声で小さく問うた。

『あたし……私は、一体何を協力するんでしょうか……。』

『君の登場は、王が聖女の存在を言及した後だ。 必ず彼は言うだろう『聖女はこの国にはいない、と。』』

 マミのとなりで聞いていた私は首をかしげる。

『しかし、果たしてそう言うでしょうか? マミ……いえ、聖女の事は少なくとも貴族の間では周知の事実です。』

『それでも彼は言うだろう。 神殿が『異世界から訪れた聖女』として祭り上げるのは『神話信仰』の中の喩えで、その神話を模すために、実際はこの国で生まれた少女の中から聡い子を選び、そう呼ぶにすぎないなど、自分たちの都合いいように言い換えるだろう。 現に彼らの中では今、ここに聖女は存在していないのだから。』

『え? 待ってください。』

 その言葉に声を上げたのはマミだ。

『私はここにいます。』

 その言葉に、トルスガルフェ侯爵が首を振った。

『表向き、聖女はもう国にはいない。 第一王子と君は病死したことになっている。 今はまだ正式に公表されていないが、王宮内ではそう処理がされていて、この式典後に発表されることになっている。』

『……へ?』

『君がアリア修道院に到着した時には、王宮内ではそう処理された。 質の悪い流行病に罹った第一王子殿下と君は病死。 感染を外に広めないため、その遺体ごと離宮は燃やされた。 実際にはエルフィナ殿下が王家と王宮に入りこんだ者たちから君を守るため動物の遺骸を使用し偽装した出来事だが、国王夫妻はそれを信じきっている。』

 その言葉に、マミは蒼白になって一瞬、気を失いかけた。

 慌てて抱き留め、震える彼女を抱き締めた私は、トルスガルフェ侯爵を見る。

『……お伺いしても?』

『どうぞ。』

 では、と口を開こうとした私の先にそれを聞いたのは、何とか持ちこたえただった。

『……あ、あの、じゃあ、じゃあジャス……様、は?』

 彼女の口から思いがけない名前が出たことで、ウルティオ様が首をかしげた。

『彼の事が気になるのかい? ……彼はあのまま国にいても毒杯を賜るか誰かの手にかかるかしかなかった。 だからその前に助けたよ。 現在の彼の所在は言えないけれど、他国で今までの行いを悔い、真面目に働いている事だろう。 もう君とは会う事はない。 ……もしかして、君は彼に情が残っていたのか?』

 その言葉に、マミは大きく首を振った。

『いえ! いいえ! もう、会う事がないと解って、……安心、しました。』

『そうか。 ならば安心しなさい。』

 こくこくと小さく何度も頷いた後、うつむいてしまったマミの背を擦る。

『……大丈夫?』

『……うん。 うん、大丈夫だよ……。 安心しただけ。』

『本当に?』

『うん。 ありがとう……。 ミーシャが手を繋いでくれてるから、心強い、よ?』

 あぁ、これは強がりだ。

 本当はどれだけ怖いだろうか。 私の手を握るぶるぶると震えるマミの手に力をこめた。




「ミーシャ……? 大丈夫? 手、痛いくらい力入ってるよ?」

 かけられた声に、思考の渦に落ちてしまっていた私の意識は浮上した。

 目の前には、本当は全然大丈夫ではないだろう。 今、貴賓宮のあの会場で起こっている事、そしてその場に出なければならないことに緊張し、青ざめ、それでも私を心配して無理に笑おうとしてくれているマミの顔。

「大丈夫よ、少し考え事をしていただけ。」

「考え事……?」

 手の中にすっぽり収まった手を握り、しっかりとした笑顔を作った。

「マミをどうやって守ろうか、よ。」

 それにはマミは心底吃驚した顔をして、それから緊張が解けたように笑った。

「やだっ、こんなにたくさん護衛の人が付いてくれるから大丈夫だよ。」

 振り返れば、院長先生は別の侍従に呼ばれてその場にはいなかったけれど、エリを抱いた乳母の他に、ローザリア帝国の騎士が6人もいる。 

「そうね。とっても心強いわ。 でも、それでも念のためよ。」

 ふふっと笑った私に、怖いからやめて~といったマミに、シャルル王子の侍従が声をかけて来た。

「聖女様。 どうぞ、ご入場ください。」

 その顔に、マミの体は小さくはね、顔は凍り付いた。

 ぎゅっと、その手を握る。

「大丈夫よ、ちゃんと傍にいるわ。」

「う、うん。 絶対離さないで。」

「もちろんよ。」

 ぎゅっと互いの手を握った私たちは、顔を上げ、扉が開かれ、ざわめきが巻き起こる其処に、一歩、足を踏み入れた。





 私たちが会場に入った瞬間に、幾千の視線――その中には、まるで私達を射殺すかのような、敵意に満ちた鋭い視線が集中した。

(随分と不躾な視線が多いわ。)

 それは二階貴族籍に多く、私は視線の端にそれを確認しながら一歩、足を踏み出した。

 私は公爵令嬢として、凛と立ち、誰よりも美しく、優雅に、彼女をエスコートするように歩く。

 きゅっと手を握れば、手袋越しに体温は繋がり、立ちすくんだかのような重さもなくなった。

 マミが、私の半歩後ろを歩き出したようだ。

 そんな彼女に歩調を合わせて前に進むと、二階席まで私たちの姿が見え始めたのだろう。 ざわざわと、あちこちから様々な声が聞こえた。

「おい、あれ……っ!」

「まさか。 あれはザナスリー公爵令嬢じゃないか? ……しかも、隣にいるのは聖女マミだ。」

「まさか! あの二人が、なぜ一緒に入ってくるんだ!?」

 そんな声に、ポツリ、耳に叱り届いた声があった。

「そんな……あの女、死んだんじゃなかったのか……っ?!」

(あらあら、本音がお口から洩れてしまっているわ。)

 浅はかな、と思いつつ、言ったであろうその人物の顔を鋭く一瞥し、ひとつ瞬きをしてから視線をマミに移せば、彼女にもその言葉は聞こえていたのだろう。 どんどん顔色は青ざめて行く。

「マミ。」

 私はぎゅっと、手に力を入れ、小さな声で言った。

「何を言われても気にしないでいいわ。 今はただ、前にいらっしゃる聖王猊下をしっかり見て歩けばいいの。」

「う、うん。」

 私の声に頷いたマミは、泣きそうな声で答えると、顔を上げ、しっかりと前を向いて歩く。

 ドレスの裾に時折足を詰まらせることもあるが、それでもしっかりと前を向いて歩きたどり着く。

 神の代行者たる、聖王猊下の立つ祭壇の前。

(声も出せないほど、驚いているわね。)

 大きく目を開け、口をパクパクさせながら、私とマミを交互に見、信じられないと言うように首を振る国王夫妻を視界の端に、エルフィナ殿下、シャルル殿下、そしてウルティオ様がいらっしゃる前で足を止めた私とマミは、目を合わせると、共にゆっくりとカーテシーを取った。

 先に口を開くのは私だ。

「大いなる世界の暁の光である聖王猊下にご挨拶申し上げます。 私はアリア修道院修道女見習いをしております ミーシャ……ドルディット国ザナスリー公爵令嬢ミズリーシャ・ザナスリーにございます。 私の隣に伴いましたのは、シャルル第二王子殿下の命により参じました、ドルディット国神殿が異世界よりこの世界に呼び寄せし『聖女』。 名をマミ・イトザワと申します。」

 それに続いて、マミは一つ呼吸の後、挨拶する。

「マ……マミ・イトザワと申します。 せいおう様におかれましては、はじめてお目にかかります。」

おもてを。」

 司祭から掛けられた声に私が顔を上げると、続いてマミも顔を上げる。

「問おう。 今は神に仕えし教会の養い子、ミーシャよ。 何故其方が彼のものを伴ったのか。」

「司祭様にお答えいたします。 それは……。」

 その時、痛いほどの視線を感じそちらに視線をやると、複数の司祭様にいまだ取り押さえられたままの国王陛下と目が合った。

 彼は、血走った眼を見開き、こちらを睨みつけている。 きっと、余計ことをしゃべるなとでも言いたいのだろう。

(残念ね、私はそのためにここに来たのよ。)

 口元に笑みを浮かべ、背筋を伸ばし、ゆっくりと悟られぬように深く息を吸い、努めて優雅に言葉を吐き出す。

「私は神にお仕えする以前。 正確には2年半ほど前でしょうか。 当時、ドルディット国王太子であられたジャスティ第一王子殿下の婚約者として、王宮に王子妃・王太子妃教育のため毎日足を運んでおりました。
 ある日、いつものように教育を受けていた私は、国王陛下に要人との面会の同席をするよう仰せつかりました。 その時、私は、国王陛下御夫妻、第一王子殿下と共に太陽の間でその要人に会いました。 その方は、隣におられますマミ嬢です。
 彼女は『神殿』で最も高位である神殿主に連れられ、王族に挨拶に来られたのです。 その際、『聖女』として神殿主から、国王陛下からは我が国に英知をもたらすために『聖女』であるとご紹介いただきました。
 その後、ジャスティ第一王子殿下がこちらの『聖女』と添い遂げることを決められたため、私はアリア修道院に入りました。 しかし運命のいたずらでしょうか……1年以上の時を経て、私が在籍するアリア修道院にて、第一王子殿下の御子を宿した彼女に再会することとなったのです。 それからは共に、神にお仕えする者として互いに切磋琢磨し、日々修道院にて研鑽を重ねていたのでございます。 そして本日は、私が身を寄せますアリア修道院の院長先生の代理として、シャルル殿下の御命令に従い、彼女を伴って参じた次第にございます。」

 そういえば、あたりからどよめきが聞こえ、同時に、聞くに堪えない歯の軋むが聞こえ、それが罵声に変わったのはすぐの事だった。

「臣下の、しかもいまはたかが修道女の身でありながら、この国の王たる私を貶める嘘をつきおってっ! この無礼者がっ!」

 壇上から浴びせられる罵声に私は耳を傾ける。

「そのようなことはない! 公式の記録にも残っていない! そもそもそんな小娘が聖女であるなどと、そんなはずはない! 捏造だ!」

 言いたいことを言い終わったらしく、肩で息をするドルディット国王に、私は王宮で厳しく躾けられて得た淑女の微笑みを浮かべた。

「……まぁ、陛下。 捏造、ですか……? では聖女の存在はお認めになる、と?」

「そ……そんなことは言っていない! 相変わらず男を立てることの出来ぬ小賢しい女め! お前が大人しくしておれば、ジャスティもあのような愚かなことはしなかったのだっ!」

(言うに事欠いてそれですか……。 すっかり冷静さをすっかり失っていらっしゃるわね。)

 気付かれぬように小さくため息をついた私は、司祭様に発言をお許しいただくと、しっかりと陛下に向け体を向けた。

「これは異なことをおっしゃいます。 陛下自ら私におっしゃったではありませんか。 『この娘はこの国に英知をもたらすために殿尊き聖女である。 王妃になる者として、よく支えてやってほしい。』 と。 ジャスティ第一王子殿下の事もそうですわ。 どれだけ彼の事でご相談申し上げても、私が研鑽し、彼の足りぬところを補い支えてほしい、とのみ言われておりましたのでその通りにしていたまでです。」

「そんなことは言っておらん!」

「さようでございますか? どちらにせよ、もう過ぎたことでございます。 しかし『聖女との謁見』に関しましては、私の教育係がつけている日誌に『公務・聖女と対面』と書かれていると思います。 ご精査くださいませ。」

 にっこりと笑ってそう言うと、私は聖王猊下の方を向いた。

「発言をお許しいただきましてありがとうございます。 慈悲深い聖王猊下に、感謝申し上げ、私より一つ、お願したい旨がございます。 聞き届けてくださいますでしょうか?」

 聖王猊下の方を見られた司祭様が頷いたため、私はお礼を言い、それを告げる。

「ありがとうございます。 実はこちらにおります『聖女』とされるマミ・イトザワ嬢は、ここにいるすべての皆様と違い、この世界で生まれ育ったわけではございません。 その為、日常的な会話は無理なく出来ておりますが、書き取りなどは苦手であり、また、こちらの言い回し、マナーなど、以前居た世界とあまりに違うゆえに理解が追いつかず、それゆえ大変に怖い思いをしているのです。 ですからどうか、彼女がこの度の件で教会の皆様から審査を受ける際には、どのような些細なこと、状況であっても、彼女が私の同席を希望する場合にはそれをお許しくださいませ。」

 深く頭を下げた私に、司祭様はすこしの間の後、「許そう」と言ってくださった。

「ミーシャ……。」

 驚きと戸惑い、そして安堵の入り交じった表情を浮かべるマミに、私は少しだけ振り返り、友達として微笑んだ。

「一緒にいるって、守るって、約束したでしょう?」
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