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9章 アカデミーと野外演習
5)新しいお友達? その2とお守り。
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「この授業はここまで。 昼食後の一限目は各自選択授業のため、講義室を間違えないように。 以上だ。」
授業の終了を告げる鐘の音と共に、教卓にいた講師がそう言い残して去ると、教室の中の張り詰めた空気は一気に穏やかなものになった。
溜息をついて机の上を片付けた私は左右を見回した。
私の列の席が空いたまま、午前中の授業はすんなりと終ったのだが、なんとなくため息が漏れた。
「あの……。 お疲れの御様子ですわね、フィラン様。」
後ろから声を掛けられて振り返ると、机の上を片付け終わった成績番号6番、私の真後ろに座るガトランマサザー公爵家の令嬢であるビオラネッタ様がにっこりと微笑んでいた。
ちなみに、名前を間違えるのは大変に失礼だと、事前に成績番号と席次表、家格とお名前は叩き込まれたんだよ。 その賜物だね。 まぁ顔と名前は一致しないから、席にいてくれないと分からないけどね。
夕焼け色の髪と、そこから少し時間のたったような藍色の瞳が印象的な、可愛らしい小鳥の様な誰よりも小柄なご令嬢は、小さく小首をかしげた。
はぁ~ん、かわいい~。
可愛いもの大好きの私からしたら、深窓の姫君を体現しちゃってる彼女につい見入ってしまった。
「どうかなさいました?」
「いえ、失礼いたしました。 お気遣いありがとう存じます……ガトランマサザー公爵令嬢様。」
立ち上がって頭を下げてから、頭を上げてください、と小さく聞こえた声に顔を上げると、彼女は可愛らしく眉を寄せて、迷ったような、困ったようなお顔をしている。
「あの……どうかなさいましたか?」
両手を胸のところで合わせている感じも可憐だなぁ、なんて考えていたら、上目遣いでこちらを見てくる。
「あの……よろしければ、わたくしのことも名前で呼んでくださる? お友達になっていただきたいの。」
「へ?」
言われていることが理解できずに私が首をかしげると、真っ赤な顔をしながら大きな藍色の瞳でこちらを見返してくる。
「ご、ご迷惑かしら?」
「いえいえ! 迷惑なんてとんでもないです。 ぜひお願いいたしますです。」
慌ててそう返すと、花がほころんだような可憐な笑顔を浮かべた彼女。
「よかった、断られてしまったらどうしようかと思っていたの。 よろしくお願いしますわね、フィラン様。」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いいたします。」
ぎゅっと私の両手を握った彼女の手をとっさに握り返すと、彼女がにっこりと笑ってくれるのがあまりにも可愛らしくて、ぼ~っとしてしまった。
「お嬢様、サロンに昼餐の用意が整いました。」
「まぁ、ありがとう。」
横からそっと侍女らしき女性が声をかけてきて、私たちは手を離した。
「フィラン様、よろしければご一緒しませんか?」
にっこり笑ってビオラネッタ様は言ってくれたが、心なしか後ろで笑顔の侍女さんの目が怖いです。
それに今日はゆっくり一人で気兼ねなくマナー関係なくご飯を食べたい……。
「ありがとうございます。 ですが今日は兄がお弁当を作ってくれていますので、また後日、お願いいたします。」
「まぁ、そうなのですね。 ご一緒できないのは残念ですけれど、お兄様のお食事が駄目になってしまうのはもっといけませんもの。 今度ご一緒しましょうね。」
気を悪くしたわけでもなく、可憐な笑顔でそう言うと、ビオラネッタ様は侍女を伴って教室を出ていった。
その後、後ろの席に座っていたマーカス様にも一緒にランチにでも? と好意的な笑顔で誘われたが、やはりそんな気分にもなれず、こちらもお弁当のせいにしてお断りすると、ランチボックスと教科書をもって教室を後にし、Sクラス専用サロンの一番奥のいつもの席についた。
「お疲れ様です。 何かお持ちいたしましょうか?」
「ありがとうございます。 今日は紅茶だけお願いできますか?」
「かしこまりました。」
Sクラス専用サロン専従メイドさんが、席に着いたのと同時にそっと聞いてくれたため、紅茶だけをお願いし、一人掛けのソファに座った。
手に持っていたランチボックスをテーブルの上に広げると、中には彩りよく綺麗なサンドイッチが綺麗に並べられている。
テーブルの上にナプキンと紅茶が置かれる中、そのうちの一つを手に取って咥えた。
歯を立てると、パリッと音を立てる柔らかな葉野菜と、カリカリに焼かれたオーク肉のベーコンにハチミツマスタードマヨネーズみたいな甘ピリ辛のソースをたっぷり塗られた、兄さま特製の美味しいサンドイッチのはずなのだが……。
もぐもぐごっくんして、はぁっとため息をついた。
美味しいはずなのに、味がしない。
原因はちゃんとわかっているのだ。
兄さまが早起きして作ってくれた。 それはこっちに来てからずっと私にしてくれている家族としての愛情だとわかっているけれど、兄さまの本当の顔も知っちゃったしなぁ……ちょっと裏切られた気分……という、自分勝手な、子供じみた感情の乱れだ。
中身はアラフォーだからそんなのは解っている。
外見年齢に心の感情の揺れを持っていかれているのかもしれない。
しかし、昼行燈って。
責任ほっぽってお仕事に慢心してたって、ちょっと意外。 兄さま何事にも真面目に取り組みそうな人だったんだもん。
後、あの養女ことミスルート様が苦手。
めちゃくちゃ苦手、本当に苦手、いいひとっぽいけど、あの表裏綺麗に使い分ける人とお友達になれる気がしない。
当分、いや、出来るなら絶対にあのお屋敷には行きたくない。 というかお貴族様とお付き合いしたくない。
そんなことを考えていたら、ものすごく深い溜息が、心からの言葉と共に口から洩れていた。
「普通に庶民のお友達が欲しい……。」
そう、そんな堅苦しいこともなく、めんどくさいこともないお友達が欲しいなんて落ち込んでいると、なんとなく温かい視線を感じ、顔を上げる。
視線の先には手を振ってくれるビオラネッタ様や、マーカス様たちクラスメイト達。
ついつられて手を振ってしまったが、あの人たちは全員貴族なんだよね。 好意的なのはうれしい限りだけど! とまた溜息が出た。
「とりあえず食べよう、うん。」
気を取り直し、お昼からの授業でお腹が鳴ると恥ずかしいので、サンドイッチを食べ進めながら、気を紛らわせるために午後一の授業の教科書を開いた。
選択授業である薬草学講座だから気合を入れていきたい!
「お行儀が悪いなぁ、フィラン。」
夢中で教科書を読み進めていたところで声を掛けられ顔を上げると、目の前には長身の人影が一つ。
「ラー……ジュ、ラ様。」
ニコニコと笑って私の横に座ったラージュ陛下の仮の姿のジュラ様が、侍女に命じたようで、冷めた紅茶は下げられ、新たにお茶菓子を添えられた紅茶が二つ置かれた。
「ごきげんよう。 今日は午後から出席なんですね。」
「あぁ、少し所用があってね。」
ティカップを傾けつつ、後ろについてきていた侍女が差し出した書類を手に取りながら、私のランチボックスからサンドイッチを一つとる。
「食が進んでないようだが?」
少し笑っているのは、その理由がわかっているからだろう。 まったく、人が悪いにもほどがある。
「あれだけのことが4日の間にあれば、いくら私だって胃が痛くなりますぅ。」
「だろうな。」
嫌味を言うように言ったのだが、いろんな修羅場を超えてきた人にはそんなのは屁にもならないのだろう。 手に取った兄さま謹製素敵美味しいサンドイッチをぺろりと平らげたラージュ陛下。
ソースのついた指を舐めていると、侍女が濡れたナプキンで指を丁寧に拭っていく。
赤ちゃんか。
あ、違った。 この国で一番高貴な人だった。
と、心の中で突っ込みを入れながら観察していると、私の視線に気が付いたのか綺麗に笑うと「忘れていた」と、制服のジャケットの内側から小さな宝飾品用の小箱を取り出すと、私の目の前に置いた。
「ブローチにつけるといい。」
「……まだ増えるんですか?」
げんなりしながら答えると、珍しく困ったように少しだけ眉尻を下げた。
「それは、じじぃからだ。」
「じ……?」
じじい?!
って誰?
そもそも私の知り合いで、皇帝陛下より年上の人っていたっけ? と考えながら、膝の上に広げていた教科書をテーブルに置き、小さな箱を手に取った。
「誰ですか?」
「まぁ、開けてみろ。」
わたしの質問聞こえてます? と思いながらも、手の中の小さな箱の蓋を開ける。
「ん?」
箱の蓋をテーブルの上に置き、中に入っていたものを手に取る。
「水晶?」
出て来たのは小指の先ほどの大きさの水晶の結晶ひとかけらに、ブローチにつけられるように金具を付けただけのもので、他の物に比べると装飾品としてはかなりシンプルなものだ。
「これ、何ですか?」
「お前専用のお守りだそうだ。」
「お守りですか?」
前世で定期的に流行ってた、パワーストーン的な物か?
それなら可愛いブレスレットタイプのものが……と思って、そういえば左手にはもう二つもブレスレットがあるし、利き手である右手には付けたくないからこの形でもまぁいいか、と納得する。
「で、わたしなんかにお守りをくれるじじい様って誰ですか?」
問うても知らぬ顔で書類を見ているジュラ様。
わけわからないなぁと思いながらも、付けとけと言われるならと、ブローチにそれをセットする。
正直、ジャラジャラしててかなり邪魔です。 もう少し何とかならんかな?
ため息をついて教科書を手に取ろうと手を伸ばして気が付いた。
キラッと光る指輪だ。
そういえばこの世界に落ちてきたときに、皇帝陛下からもらった指輪もつけたままだし、精霊のブレスレットも、身分証ブレスレットも、外そうとしても外れないよね~と思い出して、首をかしげる。
「ジュラ様、こっちの世界の宝飾品は何か呪いでも掛かってるんですか?」
「は?」
書類から顔を上げたジュラ様。
「呪いって何だ。 お前、呪いの装備なんか持ってるのか?」
失敬だな、おい。
まぁ、師匠からもらった、純潔の乙女が大好き! な魔法の杖なんかは正直それに近いと思うけどね?
「いえ、頂いた指輪といい、このブレスレットの類といい、ブローチは外せますけど、外れないなぁと思いまして。」
「呪いじゃなくて祝福だ、バカ者。」
「祝福も呪いに近いんじゃないかと。」
「……言いえて妙ではあるが……。」
今日何度目かの溜息をついたジュラ様は、書類を侍女に渡すと席から立ち上がった。
「少なくとも、お前を守るためには必要だと判断している間は外れない。 その気持ちを呪いだとか、執着ともいうやつもいるだろうが、そんなものは紙一重だ。 同じ『お前を外敵から守る指輪』でも、嫌いなやつやストーカーからもらえば呪いの指輪、好意を持った相手からもらえば祝福の指輪、だろう?」
「確かに。」
つい頷いてしまった私の頭をなでて、彼は踵を返した。
「それはそうと、そろそろ午後の授業の時間だぞ。 早く片付けて教室に向かった方がいい。 薬学のお前は研究棟に行くんだろう?」
はっとして時計を見れば、ランチタイム終了の時間だった。
手を振って先に出ていくジュラ様が食べたのだろう、いつの間にか空になっているランチボックスを片付けて、私はサロンを後にした。
授業の終了を告げる鐘の音と共に、教卓にいた講師がそう言い残して去ると、教室の中の張り詰めた空気は一気に穏やかなものになった。
溜息をついて机の上を片付けた私は左右を見回した。
私の列の席が空いたまま、午前中の授業はすんなりと終ったのだが、なんとなくため息が漏れた。
「あの……。 お疲れの御様子ですわね、フィラン様。」
後ろから声を掛けられて振り返ると、机の上を片付け終わった成績番号6番、私の真後ろに座るガトランマサザー公爵家の令嬢であるビオラネッタ様がにっこりと微笑んでいた。
ちなみに、名前を間違えるのは大変に失礼だと、事前に成績番号と席次表、家格とお名前は叩き込まれたんだよ。 その賜物だね。 まぁ顔と名前は一致しないから、席にいてくれないと分からないけどね。
夕焼け色の髪と、そこから少し時間のたったような藍色の瞳が印象的な、可愛らしい小鳥の様な誰よりも小柄なご令嬢は、小さく小首をかしげた。
はぁ~ん、かわいい~。
可愛いもの大好きの私からしたら、深窓の姫君を体現しちゃってる彼女につい見入ってしまった。
「どうかなさいました?」
「いえ、失礼いたしました。 お気遣いありがとう存じます……ガトランマサザー公爵令嬢様。」
立ち上がって頭を下げてから、頭を上げてください、と小さく聞こえた声に顔を上げると、彼女は可愛らしく眉を寄せて、迷ったような、困ったようなお顔をしている。
「あの……どうかなさいましたか?」
両手を胸のところで合わせている感じも可憐だなぁ、なんて考えていたら、上目遣いでこちらを見てくる。
「あの……よろしければ、わたくしのことも名前で呼んでくださる? お友達になっていただきたいの。」
「へ?」
言われていることが理解できずに私が首をかしげると、真っ赤な顔をしながら大きな藍色の瞳でこちらを見返してくる。
「ご、ご迷惑かしら?」
「いえいえ! 迷惑なんてとんでもないです。 ぜひお願いいたしますです。」
慌ててそう返すと、花がほころんだような可憐な笑顔を浮かべた彼女。
「よかった、断られてしまったらどうしようかと思っていたの。 よろしくお願いしますわね、フィラン様。」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いいたします。」
ぎゅっと私の両手を握った彼女の手をとっさに握り返すと、彼女がにっこりと笑ってくれるのがあまりにも可愛らしくて、ぼ~っとしてしまった。
「お嬢様、サロンに昼餐の用意が整いました。」
「まぁ、ありがとう。」
横からそっと侍女らしき女性が声をかけてきて、私たちは手を離した。
「フィラン様、よろしければご一緒しませんか?」
にっこり笑ってビオラネッタ様は言ってくれたが、心なしか後ろで笑顔の侍女さんの目が怖いです。
それに今日はゆっくり一人で気兼ねなくマナー関係なくご飯を食べたい……。
「ありがとうございます。 ですが今日は兄がお弁当を作ってくれていますので、また後日、お願いいたします。」
「まぁ、そうなのですね。 ご一緒できないのは残念ですけれど、お兄様のお食事が駄目になってしまうのはもっといけませんもの。 今度ご一緒しましょうね。」
気を悪くしたわけでもなく、可憐な笑顔でそう言うと、ビオラネッタ様は侍女を伴って教室を出ていった。
その後、後ろの席に座っていたマーカス様にも一緒にランチにでも? と好意的な笑顔で誘われたが、やはりそんな気分にもなれず、こちらもお弁当のせいにしてお断りすると、ランチボックスと教科書をもって教室を後にし、Sクラス専用サロンの一番奥のいつもの席についた。
「お疲れ様です。 何かお持ちいたしましょうか?」
「ありがとうございます。 今日は紅茶だけお願いできますか?」
「かしこまりました。」
Sクラス専用サロン専従メイドさんが、席に着いたのと同時にそっと聞いてくれたため、紅茶だけをお願いし、一人掛けのソファに座った。
手に持っていたランチボックスをテーブルの上に広げると、中には彩りよく綺麗なサンドイッチが綺麗に並べられている。
テーブルの上にナプキンと紅茶が置かれる中、そのうちの一つを手に取って咥えた。
歯を立てると、パリッと音を立てる柔らかな葉野菜と、カリカリに焼かれたオーク肉のベーコンにハチミツマスタードマヨネーズみたいな甘ピリ辛のソースをたっぷり塗られた、兄さま特製の美味しいサンドイッチのはずなのだが……。
もぐもぐごっくんして、はぁっとため息をついた。
美味しいはずなのに、味がしない。
原因はちゃんとわかっているのだ。
兄さまが早起きして作ってくれた。 それはこっちに来てからずっと私にしてくれている家族としての愛情だとわかっているけれど、兄さまの本当の顔も知っちゃったしなぁ……ちょっと裏切られた気分……という、自分勝手な、子供じみた感情の乱れだ。
中身はアラフォーだからそんなのは解っている。
外見年齢に心の感情の揺れを持っていかれているのかもしれない。
しかし、昼行燈って。
責任ほっぽってお仕事に慢心してたって、ちょっと意外。 兄さま何事にも真面目に取り組みそうな人だったんだもん。
後、あの養女ことミスルート様が苦手。
めちゃくちゃ苦手、本当に苦手、いいひとっぽいけど、あの表裏綺麗に使い分ける人とお友達になれる気がしない。
当分、いや、出来るなら絶対にあのお屋敷には行きたくない。 というかお貴族様とお付き合いしたくない。
そんなことを考えていたら、ものすごく深い溜息が、心からの言葉と共に口から洩れていた。
「普通に庶民のお友達が欲しい……。」
そう、そんな堅苦しいこともなく、めんどくさいこともないお友達が欲しいなんて落ち込んでいると、なんとなく温かい視線を感じ、顔を上げる。
視線の先には手を振ってくれるビオラネッタ様や、マーカス様たちクラスメイト達。
ついつられて手を振ってしまったが、あの人たちは全員貴族なんだよね。 好意的なのはうれしい限りだけど! とまた溜息が出た。
「とりあえず食べよう、うん。」
気を取り直し、お昼からの授業でお腹が鳴ると恥ずかしいので、サンドイッチを食べ進めながら、気を紛らわせるために午後一の授業の教科書を開いた。
選択授業である薬草学講座だから気合を入れていきたい!
「お行儀が悪いなぁ、フィラン。」
夢中で教科書を読み進めていたところで声を掛けられ顔を上げると、目の前には長身の人影が一つ。
「ラー……ジュ、ラ様。」
ニコニコと笑って私の横に座ったラージュ陛下の仮の姿のジュラ様が、侍女に命じたようで、冷めた紅茶は下げられ、新たにお茶菓子を添えられた紅茶が二つ置かれた。
「ごきげんよう。 今日は午後から出席なんですね。」
「あぁ、少し所用があってね。」
ティカップを傾けつつ、後ろについてきていた侍女が差し出した書類を手に取りながら、私のランチボックスからサンドイッチを一つとる。
「食が進んでないようだが?」
少し笑っているのは、その理由がわかっているからだろう。 まったく、人が悪いにもほどがある。
「あれだけのことが4日の間にあれば、いくら私だって胃が痛くなりますぅ。」
「だろうな。」
嫌味を言うように言ったのだが、いろんな修羅場を超えてきた人にはそんなのは屁にもならないのだろう。 手に取った兄さま謹製素敵美味しいサンドイッチをぺろりと平らげたラージュ陛下。
ソースのついた指を舐めていると、侍女が濡れたナプキンで指を丁寧に拭っていく。
赤ちゃんか。
あ、違った。 この国で一番高貴な人だった。
と、心の中で突っ込みを入れながら観察していると、私の視線に気が付いたのか綺麗に笑うと「忘れていた」と、制服のジャケットの内側から小さな宝飾品用の小箱を取り出すと、私の目の前に置いた。
「ブローチにつけるといい。」
「……まだ増えるんですか?」
げんなりしながら答えると、珍しく困ったように少しだけ眉尻を下げた。
「それは、じじぃからだ。」
「じ……?」
じじい?!
って誰?
そもそも私の知り合いで、皇帝陛下より年上の人っていたっけ? と考えながら、膝の上に広げていた教科書をテーブルに置き、小さな箱を手に取った。
「誰ですか?」
「まぁ、開けてみろ。」
わたしの質問聞こえてます? と思いながらも、手の中の小さな箱の蓋を開ける。
「ん?」
箱の蓋をテーブルの上に置き、中に入っていたものを手に取る。
「水晶?」
出て来たのは小指の先ほどの大きさの水晶の結晶ひとかけらに、ブローチにつけられるように金具を付けただけのもので、他の物に比べると装飾品としてはかなりシンプルなものだ。
「これ、何ですか?」
「お前専用のお守りだそうだ。」
「お守りですか?」
前世で定期的に流行ってた、パワーストーン的な物か?
それなら可愛いブレスレットタイプのものが……と思って、そういえば左手にはもう二つもブレスレットがあるし、利き手である右手には付けたくないからこの形でもまぁいいか、と納得する。
「で、わたしなんかにお守りをくれるじじい様って誰ですか?」
問うても知らぬ顔で書類を見ているジュラ様。
わけわからないなぁと思いながらも、付けとけと言われるならと、ブローチにそれをセットする。
正直、ジャラジャラしててかなり邪魔です。 もう少し何とかならんかな?
ため息をついて教科書を手に取ろうと手を伸ばして気が付いた。
キラッと光る指輪だ。
そういえばこの世界に落ちてきたときに、皇帝陛下からもらった指輪もつけたままだし、精霊のブレスレットも、身分証ブレスレットも、外そうとしても外れないよね~と思い出して、首をかしげる。
「ジュラ様、こっちの世界の宝飾品は何か呪いでも掛かってるんですか?」
「は?」
書類から顔を上げたジュラ様。
「呪いって何だ。 お前、呪いの装備なんか持ってるのか?」
失敬だな、おい。
まぁ、師匠からもらった、純潔の乙女が大好き! な魔法の杖なんかは正直それに近いと思うけどね?
「いえ、頂いた指輪といい、このブレスレットの類といい、ブローチは外せますけど、外れないなぁと思いまして。」
「呪いじゃなくて祝福だ、バカ者。」
「祝福も呪いに近いんじゃないかと。」
「……言いえて妙ではあるが……。」
今日何度目かの溜息をついたジュラ様は、書類を侍女に渡すと席から立ち上がった。
「少なくとも、お前を守るためには必要だと判断している間は外れない。 その気持ちを呪いだとか、執着ともいうやつもいるだろうが、そんなものは紙一重だ。 同じ『お前を外敵から守る指輪』でも、嫌いなやつやストーカーからもらえば呪いの指輪、好意を持った相手からもらえば祝福の指輪、だろう?」
「確かに。」
つい頷いてしまった私の頭をなでて、彼は踵を返した。
「それはそうと、そろそろ午後の授業の時間だぞ。 早く片付けて教室に向かった方がいい。 薬学のお前は研究棟に行くんだろう?」
はっとして時計を見れば、ランチタイム終了の時間だった。
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