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1)須郷春霞
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須郷春霞は十六歳、高校一年生である。
川辺のほとりに建つ古いアパートの二階の一番奥の狭い部屋に、一人で暮らしている。
父親は知らない、母親はいない。
穏やかな生活でもなかった。
男がいないと生きていけない産みの親は母親ではなく女だった。
好きな男に振り返ってほしくて生んだ息子は男をつなぎとめてはくれず、悲嘆にくれた女は産んだ息子を怒りや苛立ちといった負の感情の掃き溜めにした。
結果、女は死んだ。
詳しくは知らない。
ただ、乳飲み子が腹を減らして泣く部屋が血と肉片と骨片に塗り固められていただけ。
春霞は呪われた子として、つい最近まで施設で育っていた。
しかし、義務教育が終わったところで施設を追い出された。理由は『彼に不利益が生じると、怪我をする』ため。
そしてその子を押し付けられたと感じた親戚たちは「馬鹿な娘が馬鹿なことをして化物を産んだ」と恐れおののき、金だけを出してこのアパートに彼を押し込んだ。
それらすべてが真実かはわからない。
ただ彼の日本人離れした美しい顔と、翡翠色の瞳が彼を異端にし、厭われる理由の一つとなっているだろう。
母とは全く似ていない、美しい顔、奇異の瞳、涼しげな声。
嬉しいと思った事はない。
嬉しいとも思った事はない。
ただ。
一度でいいから。
☆★☆
「霞の君、目が覚めましたのね?」
目を上げて、始めて飛び込んできたのは木目の美しい天井と、大きな空色の瞳に、柔らかな金色のふわふわの髪の少女の心配げな顔で。
春霞は目をまん丸く開けたまま固まってしまった。
「大丈夫ですの? どこか痛い、とかですの? お水? あ、喉が渇いておりますの? それとも……」
大きな瞳を潤ませながら自分の顔を覗き込み、それからオロオロと狼狽え部屋を出て言った少女をぼんやりと見送って、それからゆっくりと周囲を見回した。
青臭さのある部屋は、天井からぶら下がる古い電気照明に、飴色の古い家具、古めかしいのに真新しく感じる硝子の嵌ったふすま、ところどころ色のついた紙のはられた柔らかな光を通す障子が並んでいる。
見たこともない部屋なのに何か懐かしさを感じて、横になったままぼんやりその部屋の光景を見ていると、とん、と軽やかな音がして。
そちらを向くと、そこには大きな男がお盆をもって立っていて、とても器用に足で障子を閉めるとずかずかと部屋の中に入ってきた。
なんとなく彼の動きを見ていると男はちゃぶ台の上にそのお盆を静かに置き、少しだけカシャンと小さな音が立つ。
と、彼は春霞の方を向いてため息をついた。
「おい、目が覚めてるんなら起きろ。飯だ」
「……え?」
「だから飯。名にいつまで呆けてんだ、さっさと起きて座れ。鍋焼きうどん。お前、好きだったろ?」
「……え? 僕?」
「あ? 他に誰がいるってんだよ」
やれやれ、と言った感じで肩を竦めた大男は、近くに寄ってくると腰をかがめ、すっと手を出してきた。
「ほら、手伝ってやるから起きろ、春霞」
ぼんやりとその大きな手を見、それから彼の顔を見て……春霞はその手を取って体を起こすと、至極当然のことを口にした。
「……あの、貴男は誰? ここは、どこですか?」
川辺のほとりに建つ古いアパートの二階の一番奥の狭い部屋に、一人で暮らしている。
父親は知らない、母親はいない。
穏やかな生活でもなかった。
男がいないと生きていけない産みの親は母親ではなく女だった。
好きな男に振り返ってほしくて生んだ息子は男をつなぎとめてはくれず、悲嘆にくれた女は産んだ息子を怒りや苛立ちといった負の感情の掃き溜めにした。
結果、女は死んだ。
詳しくは知らない。
ただ、乳飲み子が腹を減らして泣く部屋が血と肉片と骨片に塗り固められていただけ。
春霞は呪われた子として、つい最近まで施設で育っていた。
しかし、義務教育が終わったところで施設を追い出された。理由は『彼に不利益が生じると、怪我をする』ため。
そしてその子を押し付けられたと感じた親戚たちは「馬鹿な娘が馬鹿なことをして化物を産んだ」と恐れおののき、金だけを出してこのアパートに彼を押し込んだ。
それらすべてが真実かはわからない。
ただ彼の日本人離れした美しい顔と、翡翠色の瞳が彼を異端にし、厭われる理由の一つとなっているだろう。
母とは全く似ていない、美しい顔、奇異の瞳、涼しげな声。
嬉しいと思った事はない。
嬉しいとも思った事はない。
ただ。
一度でいいから。
☆★☆
「霞の君、目が覚めましたのね?」
目を上げて、始めて飛び込んできたのは木目の美しい天井と、大きな空色の瞳に、柔らかな金色のふわふわの髪の少女の心配げな顔で。
春霞は目をまん丸く開けたまま固まってしまった。
「大丈夫ですの? どこか痛い、とかですの? お水? あ、喉が渇いておりますの? それとも……」
大きな瞳を潤ませながら自分の顔を覗き込み、それからオロオロと狼狽え部屋を出て言った少女をぼんやりと見送って、それからゆっくりと周囲を見回した。
青臭さのある部屋は、天井からぶら下がる古い電気照明に、飴色の古い家具、古めかしいのに真新しく感じる硝子の嵌ったふすま、ところどころ色のついた紙のはられた柔らかな光を通す障子が並んでいる。
見たこともない部屋なのに何か懐かしさを感じて、横になったままぼんやりその部屋の光景を見ていると、とん、と軽やかな音がして。
そちらを向くと、そこには大きな男がお盆をもって立っていて、とても器用に足で障子を閉めるとずかずかと部屋の中に入ってきた。
なんとなく彼の動きを見ていると男はちゃぶ台の上にそのお盆を静かに置き、少しだけカシャンと小さな音が立つ。
と、彼は春霞の方を向いてため息をついた。
「おい、目が覚めてるんなら起きろ。飯だ」
「……え?」
「だから飯。名にいつまで呆けてんだ、さっさと起きて座れ。鍋焼きうどん。お前、好きだったろ?」
「……え? 僕?」
「あ? 他に誰がいるってんだよ」
やれやれ、と言った感じで肩を竦めた大男は、近くに寄ってくると腰をかがめ、すっと手を出してきた。
「ほら、手伝ってやるから起きろ、春霞」
ぼんやりとその大きな手を見、それから彼の顔を見て……春霞はその手を取って体を起こすと、至極当然のことを口にした。
「……あの、貴男は誰? ここは、どこですか?」
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