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前編
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「側妃、で、ございますか……。」
午後のお茶の時間。
目の前に座る夫である王太子殿下からの言葉を、私は静かに繰り返した。
「あぁ。 貴族院の議会で正式に提案があった……らしい。」
「さようでございますか。 しかし、婚姻してから3年……これも、しょうがないこと、で……ございますね。」
私は静かに微笑んでそう答えた。
次代の世継を望む声は、婚姻直後から登り、日々大きくなっていること、そして婚姻後1年目からは、そのような声が貴族たちの間から出始めているのも知っていた。 しかし、殿下自ら、お互いまだ年若いから待ってくれとその声を押さえていたのを私は伝え聞いていた。
だが、3年もたてば、それも抑えきれなくなったのだろう。
今日の議会で正式に誰かがそう提案し、議題として認められたため、もう私に隠しきれない、他の誰かから聞くよりは、と話をしてくれたのだろう。
議会に出席をし、その提案を自らの耳で聞いたというのに『らしい』と言葉を濁されれた事も……この方の優しさゆえだろうと私は思い、努めて冷静でにあるように微笑んだ。
「私共も、結婚して3年目ですもの……。 年若いとはいえ、仕方のない事なのかも知れません。」
「……だがもし、そのようなことになっても、愛しているのはリジーだけだ。」
殿下の言葉に、私もです、と、目の前の花に視線をやりながら、私は頷いた。
私の目の前に座る、黄金の柔らかな長い髪を、ひとつに縛り背に流し、サファイアのような輝く青い瞳をそっと瞼で隠しておしまいになった方は、次代の王としてすでに立太子していらっしゃるアルフレッド王太子殿下であり、その妻である私は、彼の正妃である王太子妃エリザベッタだ。
王家の第一子であった彼と、中立派筆頭公爵家の令嬢の私。
婚約が決まったのは私は7歳、殿下が10歳の時。
誰も疑う事のない、最もふさわしいとされた政略結婚であった。
4人いた現陛下のお子様の中で、最も聡明であるとされたアルフレッド王子殿下の立太子をバランスよく確実なものにするため、中立派の筆頭貴族であった我が家が選ばれた。
5つ上の姉を、という話もあったが、互いの年が近く、王子妃教育、ひいては王太子妃・王妃教育を始めるのにちょうどいい年頃だからと、次女であった私が婚約者に選ばれた。
打診から2週間後には私たちは正式に顔を合わせ、その半年後には婚約式が執り行われた。
正式な婚約者となったわたしは、国内の貴族、稀に優秀な庶民が通う事を許される王立の学院に通学し、下校に合わせて王宮に行き、王子妃教育を受け、3日に1度は婚約者同士の交流を持つとの名目でアルフレッド王子殿下とお茶会をすることを命じられた。
これが、幼い私に課せられた仕事となったのだ。
美しく、聡明で、清廉潔白であるアルフレッド王子殿下。
その彼の隣に立つことになる私は、彼にふさわしくあるようにと教育係たちにはとても厳しく指導を受けていた。
私もその期待に答えるように、適切に学友たちと付き合い、厳しい王子妃教育を期限内に終え、アルフレッド様の立太子をもって王太子妃教育を粛々とこなした。
私たちは3日に1度、王宮のサロンで、庭園で、穏やかに顔を合わせ、お茶を飲み、幼い頃は一緒に散歩をしたり遊んだりし、成長してからは将来について語り合った。
王子である殿下が国王陛下や王妃殿下と共に外遊、公務のために市井や他国へ出れた後は、特に熱のこもったお話をされるのを、私は聞き、未来の国のあり形についてを話し合った。
そのような関係が長く続く中にあっても、聡明な王子は政略結婚の重要性をよく理解し行動していた。
婚約者である私を大切にしてくれ、貴族学院に通っている間も、学友と親しくしながらも適切な距離を取り、下心を持って傍による令嬢達にも注意を払い、学友として分別のある態度で接していた。
他国で聞かれる、下級貴族、平民の娘にたぶらかされたり、世情の流れや性欲に心揺り動かされ、婚約者をないがしろにするなどという事もなく、茶会や公式な夜会のため以外にも、折々に触れ、自筆の手紙や花、贈り物を贈りあい、微笑みあい、見本の婚約者像となるべく過ごした。
3日に一度のお茶会は先に学園を卒業された王子殿下が王太子殿下となられた後も、その執務に差し支えない範囲ではあるものの続いた。
決して密室に二人きりになるようなことはなかったが、それでも、私たちは燃え上がるようなものはなくとも、大切に育てあった確かな愛情が、あった。
彼は私を、私は彼を、心から愛していたのだ。
18で私が学園を卒業した年、国を挙げて行われた盛大な結婚式を経て私は、王族として王宮に入った。
厳粛かつ恥辱である、宮廷内の主たる者達によって監視される中での初夜の儀も済ませ、その後は夫婦として仲睦まじく王太子宮で共に忙しくも心穏やかに暮らしていた。
王太子、王太子妃である私たちには執務も公務も多く、のんびりと二人で時を過ごす、ということはなかなか出来なかったが、それでも公務などで宮殿を開けることのない限りは日に3度ともに食事をとり、3日に一度は、わずかな時間をあわせて二人でお茶を飲む時間を作り、婚約時代と同様に、国の在り方、王太子夫妻としての在り方などを語り合った。
仲睦まじい王太子夫妻と、国民からは支持率を上げていたのも、ちゃんと私たちは理解していた。
それを良く思わない貴族たちがいることも。
そして。
「子が3年出来なかったのだがら、側室を取るようにと貴族院で採決された。」
結婚して3年目の春、最初に側妃の話が出てから3か月後。
貴族議会でそのような採択が下され、側妃候補の名が挙がった時も、私たちは向かい合って、お茶を飲んでいた。
午後のお茶の時間。
目の前に座る夫である王太子殿下からの言葉を、私は静かに繰り返した。
「あぁ。 貴族院の議会で正式に提案があった……らしい。」
「さようでございますか。 しかし、婚姻してから3年……これも、しょうがないこと、で……ございますね。」
私は静かに微笑んでそう答えた。
次代の世継を望む声は、婚姻直後から登り、日々大きくなっていること、そして婚姻後1年目からは、そのような声が貴族たちの間から出始めているのも知っていた。 しかし、殿下自ら、お互いまだ年若いから待ってくれとその声を押さえていたのを私は伝え聞いていた。
だが、3年もたてば、それも抑えきれなくなったのだろう。
今日の議会で正式に誰かがそう提案し、議題として認められたため、もう私に隠しきれない、他の誰かから聞くよりは、と話をしてくれたのだろう。
議会に出席をし、その提案を自らの耳で聞いたというのに『らしい』と言葉を濁されれた事も……この方の優しさゆえだろうと私は思い、努めて冷静でにあるように微笑んだ。
「私共も、結婚して3年目ですもの……。 年若いとはいえ、仕方のない事なのかも知れません。」
「……だがもし、そのようなことになっても、愛しているのはリジーだけだ。」
殿下の言葉に、私もです、と、目の前の花に視線をやりながら、私は頷いた。
私の目の前に座る、黄金の柔らかな長い髪を、ひとつに縛り背に流し、サファイアのような輝く青い瞳をそっと瞼で隠しておしまいになった方は、次代の王としてすでに立太子していらっしゃるアルフレッド王太子殿下であり、その妻である私は、彼の正妃である王太子妃エリザベッタだ。
王家の第一子であった彼と、中立派筆頭公爵家の令嬢の私。
婚約が決まったのは私は7歳、殿下が10歳の時。
誰も疑う事のない、最もふさわしいとされた政略結婚であった。
4人いた現陛下のお子様の中で、最も聡明であるとされたアルフレッド王子殿下の立太子をバランスよく確実なものにするため、中立派の筆頭貴族であった我が家が選ばれた。
5つ上の姉を、という話もあったが、互いの年が近く、王子妃教育、ひいては王太子妃・王妃教育を始めるのにちょうどいい年頃だからと、次女であった私が婚約者に選ばれた。
打診から2週間後には私たちは正式に顔を合わせ、その半年後には婚約式が執り行われた。
正式な婚約者となったわたしは、国内の貴族、稀に優秀な庶民が通う事を許される王立の学院に通学し、下校に合わせて王宮に行き、王子妃教育を受け、3日に1度は婚約者同士の交流を持つとの名目でアルフレッド王子殿下とお茶会をすることを命じられた。
これが、幼い私に課せられた仕事となったのだ。
美しく、聡明で、清廉潔白であるアルフレッド王子殿下。
その彼の隣に立つことになる私は、彼にふさわしくあるようにと教育係たちにはとても厳しく指導を受けていた。
私もその期待に答えるように、適切に学友たちと付き合い、厳しい王子妃教育を期限内に終え、アルフレッド様の立太子をもって王太子妃教育を粛々とこなした。
私たちは3日に1度、王宮のサロンで、庭園で、穏やかに顔を合わせ、お茶を飲み、幼い頃は一緒に散歩をしたり遊んだりし、成長してからは将来について語り合った。
王子である殿下が国王陛下や王妃殿下と共に外遊、公務のために市井や他国へ出れた後は、特に熱のこもったお話をされるのを、私は聞き、未来の国のあり形についてを話し合った。
そのような関係が長く続く中にあっても、聡明な王子は政略結婚の重要性をよく理解し行動していた。
婚約者である私を大切にしてくれ、貴族学院に通っている間も、学友と親しくしながらも適切な距離を取り、下心を持って傍による令嬢達にも注意を払い、学友として分別のある態度で接していた。
他国で聞かれる、下級貴族、平民の娘にたぶらかされたり、世情の流れや性欲に心揺り動かされ、婚約者をないがしろにするなどという事もなく、茶会や公式な夜会のため以外にも、折々に触れ、自筆の手紙や花、贈り物を贈りあい、微笑みあい、見本の婚約者像となるべく過ごした。
3日に一度のお茶会は先に学園を卒業された王子殿下が王太子殿下となられた後も、その執務に差し支えない範囲ではあるものの続いた。
決して密室に二人きりになるようなことはなかったが、それでも、私たちは燃え上がるようなものはなくとも、大切に育てあった確かな愛情が、あった。
彼は私を、私は彼を、心から愛していたのだ。
18で私が学園を卒業した年、国を挙げて行われた盛大な結婚式を経て私は、王族として王宮に入った。
厳粛かつ恥辱である、宮廷内の主たる者達によって監視される中での初夜の儀も済ませ、その後は夫婦として仲睦まじく王太子宮で共に忙しくも心穏やかに暮らしていた。
王太子、王太子妃である私たちには執務も公務も多く、のんびりと二人で時を過ごす、ということはなかなか出来なかったが、それでも公務などで宮殿を開けることのない限りは日に3度ともに食事をとり、3日に一度は、わずかな時間をあわせて二人でお茶を飲む時間を作り、婚約時代と同様に、国の在り方、王太子夫妻としての在り方などを語り合った。
仲睦まじい王太子夫妻と、国民からは支持率を上げていたのも、ちゃんと私たちは理解していた。
それを良く思わない貴族たちがいることも。
そして。
「子が3年出来なかったのだがら、側室を取るようにと貴族院で採決された。」
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