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〖第18集〗
しおりを挟む『西施と申します』
『鄭旦と申します』
挨拶をし、礼をして座し、こちらを見つめた娘達は確かにまだ所作は粗削りだが容姿は美しい。特に西施と名乗った娘は眼を引く華やかさがあった。
二人の声は鈴を鳴らすような可愛らしい声で耳に心地良い。まさに『傾国』だと范蠡は一目で思った。教育しがいがある。しかし今、范蠡の頭にあるのは、一瞬見えた、涙に濡れた目元を、揺れる薄地の絹の衣で隠し、部屋を去った桂花のことだけだった。玉響の時間だった。
目の前から消えてしまった桂花が忘れられず、疼く傷のように、暫く心は此処にないまま西施と鄭旦の二人と話をした。「これからも励め」と街で買った揃いの珊瑚の簪を与えると、二人は嬉しそうに、屈託のない、年相応の少女の顔をした。
そして、はしゃぐ二人を見ながら范蠡は、陸香のことを考えていた。本当に挨拶にも来ず、必ず行う剣の稽古もない。余程忙しいのだろうと范蠡は思いたかった。
********
その頃陸香は、薄暗い誰も居ない調理場で、独り泣き濡れた眼を擦りながら蹲っていた。
「紅なんてひいて……馬鹿みたいね……」
陸香は少しの間だけでも、一人の『女』として范蠡の前でありたかった。范蠡のあんな顔を向けられるのは初めてだった。范蠡に握られた陸香の指は、まだ熱い。胸が高鳴った自分がいた。
そして冷静になり、范蠡に桂花は『本当』の自分の声すら憶えて貰えていなかったと言う事実に気がつく。
陸香は、笑った。悲しいはずなのに、溢れるのは自嘲の笑い声だった。布で口唇の紅を拭う。血のようだと思った。鏡の中の桂花は眼を伏せ、黒い服を着て、傘を被り、陸香に戻る。
范蠡は、陸香の来訪を待ったが、音沙汰もない。帰ろうと思い、馬を用意させようとすると、
「遅くなりました。お帰りになるのですか?」
門の近くで笠を被った小走りに駆け寄る黒い服の陸香に呼び止められた。見送りが嬉しいはずなのに、やはり下を向く陸香に言いたくもない棘のある言葉が出る。
「ああ。また来る。そなたに淑女の教養があるとは知らなんだ。剣を振るうだけしか出来ないと思っていたからな。返り血をあびる淑女か。あの娘二人には剣は持たせないでくれ。暗殺者になってしまう。そう言えば今日見知らぬ侍女が部屋に来た。身元は確かか?」
「はい。問題なく」
陸香は哀しく笑った。笠は便利だと陸香は思えた。
◇◇つづく◇◇
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