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〖第1話〗
しおりを挟む地吹雪は止み、視界が開ける。空には、大きな満月が白々と浮かぶ。真夜中の雪明かりとはこれほどまでに明るいものなのかと比良野彰は思った。
彰は雪を漕ぐ足を止め、深々と息を吐いた。自然と澄んだ空気が胸に入り、肺が綺麗になる感じがした。雲が月の光を隠し、雪明かりが翳った。また降られては敵わないと、彰は家路を急いだ。確かに昼のネットニュースの通り『十年に一度の大雪』だ。
雪は嫌いだ。こんなもの、好きな奴の気が知れない。彰は心の中で毒づいた。普段雪が降るような場所ではない場所で、こうも雪が降ってしまうと交通機関が麻痺する。ついでに、雪仕様ではないからデパートや、商業施設の床が滑る。実際彰は去年の冬、申し訳程度に積もった雪に滑って腕を折った。生活には苦労したが、職場まで歩きの通勤なので、乱れるダイヤや、混雑する電車などは幸いにも無縁だった。
彰は街の塾講師だ。中、高理系特進コースを担当している。雪がちらつく中、塾の裏庭の職員駐車場の隅の喫煙所で、昼休みにスマートフォンのニュースをチェックしながら去年折った左手を曲げ伸ばしする。本来曲がる方向ではない方向に曲がっていた腕も案外簡単に治ってしまうものだ。あまり興味の無いエンタメ、スポーツ、しつこい広告のサプリメント欄は親指のスクロールで頁をめくる。今日の天気、この欄だけはきちんと見る。この時期、雨が降るか、雪が降るかによって服装は変わってくる。雪にマフラーは欲しいが傘はいらない。
どうやらこの半端な雪は明日の朝まで降るらしい。煙草の煙を深く吸い込みながら、首都圏ではこの程度の雪で『季節外れの十年に一度の大雪』と騒ぎ立てる。ニュース欄を眺めていた彰は『ご苦労様』とでも言うように、スマートフォンをポケットにしまいながら、ため息のように煙を吐いて、押しつけるように煙草を消した。
「アキさんは今日の昼飯何すか?」
同僚の文系担当の朝越タカラ。本人曰く
『同じ時期に入社したが、自分の方が年下だ』
本人は後輩のように彰に接する『タカラ』という名前が芸名かと思い、知り合って暫くして聞いたら、おばあちゃんがつけたんすよと、タカラは笑った。タカラは笑顔でメビウスの8ミリに火をつけた。粉雪混じりの風に当たり、火の消えていくスピードが速い。
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