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貴方が幸せなら、僕も幸せ〖第25話〗

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「いや、いい。深く考えないでくれ。考え事を……していた」
 
 考えていたことなど言えるはずがない。深山と少年の間に沈黙が流れた。黙ったまま、しょんぼりして、少年は身を縮めている。「恋人だ」と言ったのは深山の方なのに、いざこういう場で触れられると、周りの視線を気にしてしまう。少年と自分があまりにも不釣り合いだと言われているようだ。

    少年が傷つかないように、そう思ったはずなのに、自分が一番少年を傷つけている。少年はただ、深山を気遣い、心配をして手を差しのべた。ただ、それだけだったのに。

「アレク。手を」

 不思議な顔をして少年は手を伸ばした。少し怯えているのが解る、軽く震える手を見て深山は切なくなった。深山は、少年の手を両手でくるみ、「すまない」と「痛かったろう」と言って頭を下げた。

「君に見惚れていた。君のことを考えていた……考えていたことは訊かないでくれ。昼間に……する話ではない。この意味は解っても解らなくてもいい。心配をしてくれていたのに、手を払って、悪かった」

 少年は、コクリと弱々しく頷いた。暫くして、フランボワーズのジャムが入った白いピッチャーが置かれる。ほのかな甘酸っぱさと良い香りがした。美味しそうに紅茶を飲む、少年の笑顔に、和む。

『美味しいですね。ロシアンティー。ふかやまさんは、また飲みたいですか?味や色は記憶しました』

「いや、君のミルクティーがあれば。ここのロシアンティーは、また二人で来たときに」

 たわいも無い話を重ねる。深山の話に一生懸命笑ったり、拗ねたふりをする少年がたまらなく、いとしく、切なかった。

    ゆっくりとロシアンティーを飲みながら、少年を見つめた。

『どう、されました?』

「君は、その………私といて苦痛ではないか?」

 少年は首を振った。そして、『どうして?』というように深山を見詰めた。

『そんなことはないです。ふかやまさんと一緒にいるだけでいいんです。だから、そんな顔をしないでください』

 少年は、やさしく気遣うような微笑みを浮かべた。深山は手元のロシアンティーを見て言った。

「……無理をさせているように、見える」

『そんな……嫌な思いをされたのなら謝ります。申し訳ありませんでした。でも僕は、ふかやまさんが言ったように、苦痛を感じたり、無理をしたりしていません。僕は、ふかやまさんが笑顔でいてくれたら、それでいいんです。ふかやまさんが幸せなら、僕も幸せなんです』

 淡く包むような微笑を浮かべる少年を、深山はただ、見つめることしか出来ない。
 
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