永遠の御伽噺─仙狐の恋─

カシューナッツ

文字の大きさ
8 / 44

〖第8話〗

しおりを挟む

 男は私の長い髪をあやすように撫でた。昔、母さんがしてくれたみたいに。顔を埋めた男の胸は広くて、太陽の匂いと草花の匂いがした。しばらくして男はポンポンと私の頭を二回優しく撫でた。

「そろそろ山を降りようか。冷えてきた」

「あの、お、おじさん、なま、え、何て言う?」
    
 涙でぐしょぐしょになった顔をあげて、男に訊く。こうしてみると男は背が高い。男は軽く膝を折り、私と目の高さを同じにして言った。

 三十代くらいだろうか。やさしい顔をしている。

「正一。町外れで薬草を育てたりしているよ」

 正一は穏やかな喋り方をした。声の速さも俺に気を遣っているのが、解る。山を降りながら話をした。

「雪、手を出して」

 下りの斜面で差し出された手。大きな冷たい繊細な手。母さん、ごめんなさい。私は、意を決して正一の手を掴んだ。

 私に合わせゆっくりと歩調で正一は歩いてくれる。感情の起伏も激しくない朗らかな声。私は正一が少しだけ気に入った。
 
 それと同時に、もやもやする。一番つらいときに慰めてくれたのが、暖かい言葉をくれたのが、この正一だったからだろうか?だから、私は正一を気に入ったのだろうか?でも、頭を掠めるのは髭面の男。母さんを一瞬で殺した、銃と下品な赤い顔。怖い。人間は怖い。

「震えて……大丈夫?」

 俯く私は、ハッとして顔をあげる。正一は着物の袂からもう一枚の手拭いを出して、私の涙と、はな水だらけになった顔を丁寧に拭う。

「君は、家族は居ないの?」

 迷子ではないのかと訊きたいらしい。私はゆっくり頷いた。

「す、少し前から、ひ、独り。正一は?独り、なの?」

「私も独りだ。寂しいけれど。仕方がない」

 正一は、短く笑った。何かを含んだ、渇いた笑い方。嫌な感じはしなかったけれど、私は悲しくなった。山の生活では聞いたことのない声。『自嘲』と言うものだろうか。私は正一を傷つけないように言葉を選ぶ。

「何で、正一、泣きそうなのに、笑う?」
    
 私がそう訊くと、正一は、

「雪は面白いことを言うね」

 正一は声を出して笑った。大声で泣いているように見えた。私は正一が解らない。泣きたいときは泣いて、笑いたいときに笑えばいいじゃないか。

 人間は変だ。でも、言えなかった。これ以上この話をしたら本当に正一は泣くかもしれない。まるで傷ついて弱った兎みたいだ。

「正一、元気、出して」

「……ありがとう」

 正一は私を見つめ優しく微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一途な恋

凛子
恋愛
貴方だけ見つめてる……

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

愛のバランス

凛子
恋愛
愛情は注ぎっぱなしだと無くなっちゃうんだよ。

氷雨と猫と君〖完結〗

カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。

処理中です...