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〖第8話〗
しおりを挟む男は私の長い髪をあやすように撫でた。昔、母さんがしてくれたみたいに。顔を埋めた男の胸は広くて、太陽の匂いと草花の匂いがした。しばらくして男はポンポンと私の頭を二回優しく撫でた。
「そろそろ山を降りようか。冷えてきた」
「あの、お、おじさん、なま、え、何て言う?」
涙でぐしょぐしょになった顔をあげて、男に訊く。こうしてみると男は背が高い。男は軽く膝を折り、私と目の高さを同じにして言った。
三十代くらいだろうか。やさしい顔をしている。
「正一。町外れで薬草を育てたりしているよ」
正一は穏やかな喋り方をした。声の速さも俺に気を遣っているのが、解る。山を降りながら話をした。
「雪、手を出して」
下りの斜面で差し出された手。大きな冷たい繊細な手。母さん、ごめんなさい。私は、意を決して正一の手を掴んだ。
私に合わせゆっくりと歩調で正一は歩いてくれる。感情の起伏も激しくない朗らかな声。私は正一が少しだけ気に入った。
それと同時に、もやもやする。一番つらいときに慰めてくれたのが、暖かい言葉をくれたのが、この正一だったからだろうか?だから、私は正一を気に入ったのだろうか?でも、頭を掠めるのは髭面の男。母さんを一瞬で殺した、銃と下品な赤い顔。怖い。人間は怖い。
「震えて……大丈夫?」
俯く私は、ハッとして顔をあげる。正一は着物の袂からもう一枚の手拭いを出して、私の涙と、はな水だらけになった顔を丁寧に拭う。
「君は、家族は居ないの?」
迷子ではないのかと訊きたいらしい。私はゆっくり頷いた。
「す、少し前から、ひ、独り。正一は?独り、なの?」
「私も独りだ。寂しいけれど。仕方がない」
正一は、短く笑った。何かを含んだ、渇いた笑い方。嫌な感じはしなかったけれど、私は悲しくなった。山の生活では聞いたことのない声。『自嘲』と言うものだろうか。私は正一を傷つけないように言葉を選ぶ。
「何で、正一、泣きそうなのに、笑う?」
私がそう訊くと、正一は、
「雪は面白いことを言うね」
正一は声を出して笑った。大声で泣いているように見えた。私は正一が解らない。泣きたいときは泣いて、笑いたいときに笑えばいいじゃないか。
人間は変だ。でも、言えなかった。これ以上この話をしたら本当に正一は泣くかもしれない。まるで傷ついて弱った兎みたいだ。
「正一、元気、出して」
「……ありがとう」
正一は私を見つめ優しく微笑んだ。
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