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〖第23話〗
しおりを挟む胸が苦しい。抉られるほど痛い。正一は黙ったままだった。言わなければ、感情を殺していれば『幸せな』生活は出来たのに。正一と二人で、色んな季節を過ごせたのに。春になったら、桜を見に行こうなんて話していた矢先だった。
でも、もう限界だった。胸につかえた石のような苦しさや、苛立ち、悲しみを吐き出したかった。堪えられないと思った。甘く幸せな今を捨てても良いと思った。自分でも見たくない気持ちを抱えて、もう私は、正一を前にして笑えない。
──────────
美しい白い狐。神の眷属の仙狐に、戻ろう。人間の世界には、もう来ない。こんなにつらい思いをしなければならないのは、私には耐えられない。
立ち去ろうとする私の手首を正一は掴んだ。勢いに負け滑るように座り込む。
「外は雨だ。行かないでくれ。話をさせてくれ……この手はどうした!どうして私に一言も言わない!」
正一の悲痛な声とは裏腹に、私はポツリと、言った。
「薪を、取ったとき。いっぱい、取る。正一、笑う。褒めて、くれた。嬉しかった。本当に、嬉し、かっ……」
言い終わらないうちに、眉の間に苦しそうな皺を刻み、正一は私を、かきいだいた。温かな正一の体温。私は小さく言った。
「私、正一、好き。だい、すき。正一。正一、やさしい。いい、ひと」
私がそう言うと、正一は哀しそうに、呟いた。
「……雪。私は、やさしくないし、君が思うほど、いいひとじゃない。それは君が……一番知っているはずだよ……」
抱きしめる腕を、正一は力無く緩め、一番最初に会った時と同じ渇いた笑い方をした。
「手当てをしようか、雪」
そう言い、正一は何もなかったかのように『入らないでくれ』と言われている奥の部屋に入っていく。
「どうして……?正一……私の気持ちはいらないの?私の『好き』はいらないの?」
この間に、この家を出ようと思ったけど、どうしてだろう。こんな時に限って足に力が入らなくて歩けない。ただ、ポロポロと涙が落ちた。
消えてしまいたいと思った。正一は私に何を望んでいたか。本当はとっくに解っている。目を逸らし続けてきたもの。
私は……糸さんという人の、ただの代わりだ。正一は、私に『糸さん』影を重ねてた。だから私を泣きそうな顔で見ていた。でなければ、とっくに私の手を離している。
手の傷を見た悲しい顔は、私を可哀想だと思ったのだろうか。
せめてそれだけは本当であって欲しいと思った。
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