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番外編
【番外編】啓介の夏休み⑤
しおりを挟む「お前の全てが谷崎だったんだな。俺の全ては…お前だった。秋彦、昔カルガモを見たのを覚えているか?あの親鳥を見失わないように、一生懸命な雛が可愛くて。
お前は覚えてないかもしれないけど、側溝にはまって、親にはぐれてピィピィ鳴いてた雛を見て、お前が何の躊躇いもなく靴もズボンもそのままで田んぼに走っていって泥だらけになりながらも雛を助けたのを覚えてる。あの雛は『俺はあのカルガモ』って、指差した雛だった。
お前が医者になって自分の足首を治すために、治験としてオペを重ねたいのは解っていた。でも、お前の足は耐えられないって解って、不安定な自分を治すために精神科に行ったのも解ってた。
だから俺は外科に行った。整形の勉強もした。お前の足を治したくて、居残って研究した。解ったのはお前の足自体がオペにはむかないということだった。だから…それを作った。ずっと、忘れたことなんかなかったよ。
ひとはそう簡単に忘れることが出来ないんだ。谷崎を忘れろとは言わない。ただ、あまりにも過去に生きるには早すぎないか?少しでいい、欲を出せ。新しいことに目を向けてみるのはそんなにいけないことか?
そんな小さな幸せに罪悪感を植え付けるような奴じゃなかったぞ、谷崎は。問題はお前にある。何が苦しい?何がお前を苦しめる?」
秋彦は下を向いて、呟いた。
「ぼ、僕は、気づけなかったんだ。一番大切なひとだった。初期症状を見過ごした!酷い寝汗、体重減少もあった。僕は医者なのに!一番大切な、誰より愛したひとのいのちを救えなかった!…そんな僕が、医師をやっていていいのかなって。迷う。あんなに、好きだったのに。あいしていたのに…!」
許して…。それでも、寂しさを埋めようとする僕を許して…テーブルに突っ伏して泣く秋彦の髪を祥介は撫でる。
「もう、縛られるな。お前がしあわせになったら谷崎は怒るのか?お前を憎むと思うのか?俺はそうは思わない。あいつは優しい奴だから。いつもお前のことを考えて、薬剤のテスト繰り返して。上手くいかないってこぼしてた。もう泣くな。谷崎もお前が泣いて暮らすのは望んでないだろ」
「ありがとう…祥介」
…………………………………………………………………
看板を変えることになった。
『支倉クリニック』院長 支倉秋彦
・心療内科、精神科──支倉秋彦
・外科──葉山祥介
…………………………………………………………………
「これでいいね。ここも賑やかになるね」
「レントゲンはあるからな。すぐ開業できるな」
「お父さん!カルガモがいるよ!可愛いね」
「どれどれ、見に行くか」
祥介は振り返り首を振る。来なくていい、と言うように。
秋彦は覚えていた。ここでの最初の春、谷崎と一緒にカルガモを見た。目の前の田んぼを、小さな黄色い雛がピィピィ鳴きながら親鳥を追いかけている。のどかな春風にぼんやり谷崎を思い出す。
『うわっ!可愛いですね。ホントに親鳥のあと追いかけるんですね』
『可愛いね。黄色でふくふくしてるでしょ』
『俺は親鳥になりたいな。可愛い雛の秋彦さんを守るんです。ずっと。俺ずっと秋彦さんのこと好きです。秋彦さん、俺の病気…仕方なかったんです。先に俺が空の上にいっても秋彦さん、あんまり泣かないで。俺の最期はしあわせでした。
自分を責めないで。先に天国で待ってます。秋彦さんは笑った顔が似合う。たくさん笑って。天国で大将のラーメン食べましょ。冷やしラーメン。五目あんかけ焼きそばも。…ずっとあなたを愛しています。もう、縛られないで。しあわせに生きて。秋彦さんのしあわせが、俺のしあわせなんだから』
潤ちゃん…。秋彦は目を伏せた。涙が伝う。今のは遠い記憶?願望が見せたまぼろし?
「アキにいちゃん、どうしたの?泣いてるの?外国人のお客さんは?」
「え…?」
「背の高い、白衣の金髪のおにいちゃん?」
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