4 / 46
〖第4話〗
しおりを挟む『巌さんこの前『鍋食べたい』って言っていたから、今日は約束通り鍋だよ』
でも、欲を出したら、出してしまったら、やさしい色の電球が弾けて割れてしまう。巌も嫌なはずだ。そんな目で見られていたと、もう二度とこの部屋に来てくれないかもしれない。
「つらいな………」
呟きは、グツグツという鍋の音に紛れて消える。聞こえない方がいい。
左手の薬指、それが外されたことは、一度もない。内心、咲也は自分に小さく笑ってしまう。当たり前じゃないか。自分と巌の間には何の関係もない。友達でもない。約束すらない。監督者が一番近いところだ。
「あのさ、咲也くん、一つ言っていい?」
「何?」
白菜や豆腐をつつきながら、無表情で咲也は答えた。巌はやさしい声で、
「どうして海老、食べないの?」
「え?」
巌は少し余り気味の豚肉に手をつけながら言った。咲也が手元の空の取り皿から目をあげると、巌の困ったような顔にぶつかる。
「若い子は海老が好きなんでしょ?」
ほら、味が染みてるよ、と言い、咲也の取り皿に巌は海老を丁寧に入れた。
「巌さん。俺、もう三十四だよ?若くない」
巌はやわらかに微笑んで、
「俺より八つ下なら、十分若いよ。ほら。白菜ばっかり食べてないで、さ」
と言って穏やかに言った。急に不機嫌をぶつけた自分が恥ずかしくなる。
このひとの、こういう所が好きなのかもしれない。だから、待っていない顔をして待っているんだ。咲也は、泣きたくなった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる