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〖第3話〗
しおりを挟む「鍋って幸せじゃない?暖かくて、ほっとするよ」
頬を緩めながら巌は『美味しい』を繰り返し、鍋をつつく。まだ熱いのに火傷しないといいけど、そう思いながら、咲也は出汁を吸ったキムチ鍋のうどんを啜る巌を湯気ごしに見つめる。とても美味しそうにうどんを食べてビールを飲んでいる。巌は食べ上手で喜び上手だ。何でも作ってあげたくなる。
「久しぶりにこんなにうまい鍋食べたよ。これ、出汁、買ってきた奴じゃないよね?」
「昆布だし、鰹だし、キムチの元、お酒とお醤油。コチュジャンも少し。かな」
そうなんだ、今度家でもやってみようかな。そう言い巌はまた、うどんを取る。咲也の片眉が反射のようにピクリと上がる。どうせなら買ってきてくれた海老を取ればいいのに。炭水化物ばっかり食べて。太るよ。
四十二歳、厄年なんだろ、少しは自分の身体のことくらい考えればいいのに。口にはしない、嫌味や皮肉が、お鍋の中の灰汁みたいにぶくぶくと浮かんでくる。理由は簡単だ。
巌には帰る家がある。『おかえり』と言うひとがいる。巌を抱きしめる指がある。そのことを咲也に連想させたからだ。
巌が帰ったあとは、咲也の家は静寂に包まれる。
『帰らないで欲しい』
そう縋った瞬間、巌との凪いだ関係は終わってしまうのではないか。ただ、週に二度、咲也の家に夕ご飯を食べに来るお客さん。それ以上も、それ以下でもない関係。それから何を期待する?
何もないと、ため息をつき、今日、咲也はお鍋の下ごしらえをした。けれど、料理を作るなんていつものこと、それだけのことなのに咲也の心に明かりが灯った。
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