妖精の園

華周夏

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【第12話】レガートの心が見えない

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レガートに喜んで欲しくて、青のツェー変種を何輪か持ち帰った。
いつものようにそっと帰ってドアを閉めた、瞬間レガートの怒声がとんだ。 

『お前は王様の花婿になる自覚はあるのか?ドラゴンの厩舎へ行って、挙げ句ドラゴンに乗るなど、どれだけ危険か解っているのか!』

 楽しかったよ。久しぶりに声をあげて泣けた。

レガートはそれすら無言で、握り潰してきたよね。

そう言いたかった。なのに、フィルは何も言えなかった。フィルは重なる叱責や怒号で、自分の一番好きな人の声に怯える。 

「ごめんなさい………」

 『それは何だ?』

 「あの、これ、レガートに…あげたくて。この花、好きだったよね」

 フィルは青いツェーの花を差し出すが手を叩かれた。

拍子に花びらがはらはらと散りながら、小さな花束は痛みと共に手を離れた。

 『こんなものでご機嫌取りのつもりか?あんな所に、夜独りで出歩くなんて!』

 「………お前は花婿より、ドラゴンの厩舎の方が似合うって昔は言ってくれたのにね。どうして『あんな所』なんていうの?それに…ご機嫌取りなんかじゃないよ。レガートに、喜んで…欲しかっただけだよ……」

 フィルは散らばった花びらを見つめる。ご機嫌とりか……。

楽しく働いた場所は、あんな所……。

俯いたフィルの頭の上をレガートの声が通り抜ける。

 『花婿修練中の者が行くべき所ではない!』 

「僕には……自由はないの?赤ちゃんドラゴンにも、お母さんドラゴンにも、もう、会えないの?僕を窮屈な後宮に押し込めたくないって言ったのはレガートじゃないか……」 

『あの頃と、今とは状況が違う』

 「うん。そうだね……そうだよね」 

フィルは足元の花と花びらを拾う。涙も出なかった。力無く、花びらを全部拾い集め、バルコニーへ出る。レガートにいきなり後ろから抱きとめられた。

 「どうしたの?」

 『……飛び降りるかと……思った』 

「どうして?花びらを撒くだけだよ。唄を歌えば根づいてくれるから」

 『フィル……?』

 『……僕に飛び降りさせるようなことをレガートはしていると思うの?』

 フィルは力なく笑った。レガートは、何も言えなかった。月は満月。光が眩しいくらいだった。
レガートからフィルの顔はよく見えた。レガートは夜風に揺れる金の髪と、月を仰ぐフィルの横顔を盗み見る。

あの顔だった。翁の姿で見たあの顔。泣きながら笑う、悲しくも美しい、レガートの心を掴んで離さない、あの表情。

今フィルは泣いていない。けれど悲しいと、つらいと、泣いているように見えた。




フィルにこの顔をさせているのは自分だとレガートは解っていた。

 『ツェーの花びらか……綺麗だな。捨てるのは……少し気が引ける』

 「……レガートの好きにしていいよ」

 そう言い、花びらをフィルはレガートに手渡した。『先に寝ている』そう言い、レガートは部屋に戻って行った。

 夜明けが近い群青の空。想いは、捨てなければならないのに。
フィルはレガートの好きだったこの花を捨てて、想いも捨てようと思っていた。
諦めようと思っていた。
だから、あんな風に抱きとめないで欲しかった。

まだ、レガートの心の何処かに自分がいるのではないかと期待する。
包むように後ろから抱きしめられた温かさがフィルの身体に染みつく。
部屋に戻ると綺麗なクリスタルの器にに青いツェーの花びらが飾ってあった。

 「どうして……」

 ご機嫌取りのこんなもの、レガートは確かにそう言い、手を叩いた。なのに、こんな丁寧に飾って。

 『綺麗だろう?』 

ベッドの壁側、振り向きもせずにレガートは言った。

 「……うん」

 『花婿様のご機嫌を損ねると大変だからな』

 カッとなってフィルはクリスタルの器を壁に向かって投げた。カシャンッと甲高い音を立てて器は割れて花びらはクリスタルの細かな破片と共に床に舞い落ちた。

ベッドから身を起こしたレガートを、フィルは怒りと悲しみに手の平を握りしめ震えながら言った。

 「羽根のない僕がバルコニーから羽ばたいたら、どうなるんだろうね。空の使者を呼びたくなければ、今、僕に何も話しかけないで!」

 その日、フィルはソファで寝た。朝寝坊し、起きるとレガートの姿は無く、昨日のことが夢だったかのようにクリスタルの破片も花びらも何もなかった。



ただ、ツェーの青い花のブーケが机の上にあるだけだった。

──────────《続》 
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