妖精の園

華周夏

文字の大きさ
上 下
20 / 72

【第20話】フィルの目覚め**ソフトHシーン有

しおりを挟む
『失礼する、フィル』

 眠るフィルの夜着をはだけさせる。随分細くなってしまった身体を見て胸を痛ませながら心の臓の辺りに三つの珠を押しつけると、フィルの身体に珠は吸い込まれ、フィルの身体は金色の光に包まれた。

不思議なことにナイフで切って短くなった金の髪が、窓から差す月の光に煌めきながら、するする伸びていく。

長く長く、腰よりも長く。淡く光に包まれ見とれてしまう。 あまりに不思議であまりにも美しい。
ゆっくり、フィルは胸の辺りの暖かさを感じながら目を開ける。

心配そうな顔をして、祈るようにフィルの手を握るレガートに淡く微笑んだ。 

「……レガート、ありがとう。僕、生きてる。生きてて良かった。レガートに会えた。僕……レガートが好きだよ。ずっと好きだったよ。だから苦しかったよ。でも、ごめんなさい。僕、自分勝手だった。自分しか見えていなかった。レガート、…ごめんなさい、ごめんなさい」

 『謝らなくていい。フィルは悪くない。悪くないんだ』

 両手で縋りつくようにフィルはレガートの首筋に腕を絡め、レガートは力を込めてフィルを抱きしめた。

フィルは身体を少し起こし、力の入らない腕でレガートの背に手を回す。

ベッドに金色の雫が転がった。


 「ドーナツ……食べてくれた?」

 『ああ、美味しかった。まだ残っているからゆっくりお茶の時間に食べよう。あと……また、料理を作って欲しい。私も手伝わせて欲しい。また、二人で食べたい。親衛隊が……羨ましかった』

 フィルはレガートの腕の中で何度も頷き、ベッドに身を起こし腰かけるレガートの隣に座る。レガートはフィルに頭を下げた。 

『今まで、すまなかった。許してくれ。こんなに苦しめるつもりではなかった。私は『想いなど、なくなればいい』と。『私情は挟むな』と、そう思っていた……そこが間違いだった』

 レガートはフィルの頬を手の甲でそっと撫でた。 

『沢山の思い出を作るべきだった。修練のあと、以前のように過ごして。二人で暖かい食卓を囲み、ベッドで気恥ずかしいがくっついてお互いで暖をとって。私の庭に行きたかった。今はどの庭より美しい。そこで思った。二ヶ月後どうなる?……あとは今までの通りだ。嫌われていれば、別れを悲しまなくてすむ。だから想いなどなければ……と。花嫁と養育係。結ばれはしない。心を殺して、冷たくあしらった。……間違っていたんだな。どれだけ私の浅はかさでお前の心を傷つけたか、どれだけ苦しめたか……』 

フィルはレガートの腕にしがみついた。 

「平気だとは、言えない。……傷ついたよ。好きだったから。
気持ちを消そうとした。
でも、消えてくれなかった。ずっと、苦しかったよ、悲しかったよ。
レガート、レガート……」 

腕にしがみつき、瞳を潤ませ鼻を啜る、まだうら若い少年。恋したことに後悔はしていない。

レガートには全てを捨てる覚悟はできていた。 

「レガートは養育係の先生としては完璧だった。ただ僕は、いつも通りのレガートがいなくなっちゃって、冷たくて、嫌われたと思って、……ごめんなさい。
子供が駄々こねているのと同じ。恥ずかしいね、本当に」

 震えるフィルの語尾に、レガートはフィルを抱きしめる。 

『もう何も言うな。……フィルとなら王族から庶民になって王宮追放の刑でもいい。二人で生きよう?
小さな家を建てて、フィルは唄を歌って、花を咲かせて、イモも作ろう
……夢物語か?だが夢は持たなければ叶わない』 

ずっと灯り続けていた二人の金色の灯りが揺れる。熱く、甘い気持ちだけが溶け出す。そっとレガートはフィルに深く口づけた。フィルはやさしくて心地よくて溶けてしまいそうだと思った。

口唇を離し、フィルが、照れ臭そうに足元に視線を移すと床のベッドの足元の敷き絨毯に赤い染みができているのを見つける。良く見ると大理石の床にも朱いインクを落としたような跡があった。

 「………朱い、血?レガート、怪我してるの?」 

『あ、ああ。訓練でな』

 「嘘つかないで。話して。お願い」

レガートは俯きながら、ことの詳細を簡単に話した。

フィルは生命の珠を魔女に盗られ、交換条件でフィルの髪と、手の爪を失ったこと。 

『手の爪なら生えてくる。気にするな。昔この色が嫌で、自ら剥がしたこともあるくらいだ』

 フィルの髪を血がつかないよう気をつけて撫でながらレガートはやさしい顔をする。けれど痛みなんて尋常じゃないはずだとフィルは想い泣きたくなる。

 「気にしないわけないよ……! ごめんなさい、ごめんレガート。痛かったはずだよ。今も痛いよね。
僕、何も出来ない。役立たずでごめんなさい。早く……早く手当てをしないと
……ごめんなさい僕のせいでこんな……」

 フィルの大きな瞳から涙が落ちた。握りしめた手の翡翠の指輪に涙が落ちたとき、指輪は鈍く輝いた。

不思議に思ったフィルが指輪は軽くかざすと雪のよう光をこぼす。
小さな白い光の粒子がきらきら染みでる爪の血を再生させていく。
辺りの床は光の白砂の絨毯のようだ。

レガートの爪は綺麗な紫水晶のように変わっていた。腕の傷も同じようだった。 

『傷が治っ……た?しかも、爪の色が変わっている……?』 

「痛くない?本当に治ったの?」

 布を借りていいか?と言いうのでフィルはレガートにベッドサイドに置かれたフィルの額を冷やす予備の布を手渡した。指の血を拭う。

傷はなく、綺麗な爪が現れる。

 「良かった。怪我、治ったんだ。この指輪……レガートにあげる。ちょっと待ってて」

 するり、と外れた指輪をレガートの指にはめる。 

「レガートを、守ってくれるよ。どんなことからでも、守ってくれるよ」

 『この指輪は王様からアルト様への婚約指輪だ、こんな大切なもの、受け取れない』 

「お願い、レガート。僕がいつも傍にいると思って。僕からの想いのしるし、受け取って」 

『……わかった。大切にする。ありがとう』

 フィルは思わず立ち上がりレガートに抱きついた。

バランスを崩したレガートごと、フィルはじゃれつくようにベッドへ倒れ混む。 

「一緒に寝よう?あの日みたいに。今度はレガートが僕を抱きしめて」

見つめ合い、啄むように口づけあう。何度も飽きることを知らないくらい、じゃれあう。ふとした熱を帯びたレガートとの視線の交差。

 『……お前が欲しい、フィル。お前がいとしい。もう嘘はつかない……可愛いフィル……私のものになって欲しい……』

指先で髪を梳くレガートはフィルを見つめ目を細めた。レガートから、甘い、いい匂いがする。

蝶は美しい花に誘われ、理性が溶けていく。そしてレガートの深い口づけを受け入れる。 

『ずっと触れたかった。口づけして、頬に、身体に……触れたかった』

 ──お互いがお互いを求めるという行為が、こんなに心地よくて、フィルは出したことのないような声を出させるとは知らなかった。
身体を繋げるのは知識だけで怖かった。けれど耳元で名前を呼ばれるだけでフィルの身体は弛緩して、レガートのいいなりになってしまう。
段々と加速度をつけるレガートの身体に比例してフィルは快感を得て思いもしない声を出す。
波のように込み上げる快楽に飲まれ、レガートの名前を呼んでフィルは泣きながら達した。
 充実感、多幸感に浸る。レガートの胸に顔を埋めると、安心する。
ずっとこのままでいたいと思う。 

「初めてが、レガートで良かった。幸せだよ。花婿になっても、レガートが好きだよ。僕の心は、ずっとレガートだけ……愛してる。ずっとずっと、愛してるよ。だから忘れないで。翡翠の指輪に誓うよ」

 フィルはレガートの手を取り口づける。綺麗で繊細な手だと思った。抱き合った後、腕を絡めて眠るのがレガートの癖のようだった。
まるで離れないように。目覚めると横にレガートの顔がある。普段見ることは決してないだろう穏やかな寝顔。頬に触れると、手首を捕まれ、指先にそっと口づけされる。 

「お、起きてたの?」 

『ああ』 

レガートはフィルの髪を撫でる。
紫の爪が綺麗だ。
そして、目を細めて暖かい眼差しで見つめられ、シーツから覗く程よく厚みのある胸に長い黒髪を絡ませたレガートは色っぽくて、フィルは何処を向いたらいいか解らない。 

『起きたらお前が消えていたらと……怖くなった。それにお前の寝姿は可愛らしい。あどけない顔をして、腕にしがみつかれ、名前を呼ばれ「好き」と。……とても眠れたものではない』

 腰布を巻いたレガートが『少し冷えるな』とフィルの額に口づけて、人差し指で魔法陣を書いて火の受け皿に小さな炎をおこした。

火の明かりに紫の羽根が磨り硝子のように光を受ける。 

「レガートの背中の羽根、本当に綺麗……僕の一番好きな色」 

フィルはシーツを肩までひっぱる。レガートの立ち姿はとても綺麗だった。無駄のない筋肉。すらりと伸びた背筋。白い肌に絡まる長く真っ直ぐな黒髪。 

「……あの、僕にも、布ちょうだい。裸なの、ちょっと、恥ずかしい」 

『は、裸。そうだな、そうだ。ぬ、布だな。待っていろ』 

レガートは綺麗な彫刻が施してある箪笥から、紫の腰布を恥ずかしそうに手渡した。フィルは手早く腰布を巻き、椅子に腰かける。
少し腰が痛い。
行為のせいだとは解っている。
だからか余計に恥ずかしい。
夜、ベッドであんなに艶やかにフィルを酔わした人とは考えられないくらい、レガートは、照れ臭そうにしている。

フィルはテーブルの椅子に掛け、籠に置いてあるタカタカの実を食べる。みずみずしくて少しホッとする。
レガートはドーナツを黙々と食べている。フィルと目が合うと微笑んで

『懐かしい味だ』と、
『とても美味しい』とも。
軽食後レガートは頬を赤らめ、 

『昨夜は……加減を……したつもりだったが、身体はつらくないか?フィル』 と訊いた。 
「だ、大丈夫」 

そう、フィルは言ったが、口とは裏腹にフィルの身体は、欲は、もっとレガートを欲しがった。
身体が溶けてレガートと一つになるような、怖いくらいの快感をずっと、味わっていたかった。

でも、そんな、初めてなのに、はしたないとフィルは思ってしまう。
初めては、苦しくて痛いと知識としてあったのに。

フィルはレガートを身体に受け入れ、指を絡め、口づけをされ、ただ心地よく、ただ快感というものを知っただけだった。
僕は好色なのかなあ……。

と心のなかで呟くように思い、
それより先にレガートが呆れていたらどうしようと思ってしまう。
肩を落とすフィルに、レガートはテーブルの上に置かれた小さなフィルの手に、そっと手を重ねた。

 「……僕、変かな?昨日思わなかった?……は、初めてなのに…はしたないって。好色なんじゃないかって。だって…あんな……」

 レガートはきょとんとした顔をしたあと、愉快そうに笑う。 

『怯えた可愛らしい仔猫のようだった。最初、身体をこわばらせて。震えていた。だから、何回も口づけ、愛していると、怖くないと言った』

 朧気な記憶。白い指で髪を撫で微笑み、額に、頬に口づけ、

『怖くない。愛してる』

とレガートは言った。その後は陶酔。フィルにはあの時、レガートしか考えられなかった。感じられなかった。

幸せだと、思った。
しおりを挟む

処理中です...