僕を貴方の傍において~ティーカップの妖精の恋~〖完結〗

カシューナッツ

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消えた火傷の痕〖第26話〗

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話題を変えるように、少年は深山の絵について話始める。

『ふかやまさんは、海を見によく行かれるんですか?』

「回数はあまり多くはないが……行きたいのか?」

『この前、内緒でふかやまさんの画集を見ました。海の絵が、綺麗で。沈む前の白い月の絵と暮れる太陽の絵が、ぼんやりと寂しそうで。きっとこの絵を描いたときふかやまさんは、悲しかったのかと思いました。でも、二人で見たら寂しくないですよね。いつか、連れていって下さい。ふかやまさんと、海に、『デート』に………行きたいです』

 そう、少年は言うと、残り少なくなったティーカップに手を伸ばす。深山が抱いていた消えない過去への寂しさを上手に少年は自らの気恥ずかしさに紛れ込ませ、頬を染め微笑む。

 少年の甘えるような誘いが嬉しかった。もちろん、深山も少年と海を見たい。深山が少年に、海の生き物、潮風、海水の味について話すと、少年は目を輝かせた。

「視力次第になるが………ここから電車だとかかるな。車を出せればいいが。眼科の医者から許可を貰ったら行こう。一緒に貝殻を拾おうか。海の音がする貝だ。耳に当てると波の音がする貝殻が沢山落ちている砂浜があるんだ。車なら二時間で楽につくんだが」

『海、楽しみです。楽しみにしてます』

 少年は無邪気に、はにかむような笑顔を浮かべ残り少なくなった水も飲み干し、

『ご馳走さまでした』

 と言った。深山も残り少ない二杯目の水を飲み干した。喫茶店の外はまだまだ暑く、汗がまた噴き出すようだった。

 眼科のかかりつけの医師は、驚きを隠せないようだった。眼鏡をかければ運転も充分可能だが、一応疲れないようにと念を押された。なるべくこれまでを考え直射日光の弱い花曇りを選んで外出した方がいいことと、眼鏡が古くて傷があるので、新しい眼鏡を買ったほうがいいと処方箋を渡された。

「少し待っていてくれ。カップは持っていく。何かあったら人目なんて気にしなくて良いからカップに逃げ込みなさい」

『解りました』

 深山は処方箋を出し、病院に隣接した眼鏡店に行った。眼鏡を選び、調整する。いつの間にかレンズがこんなにも薄く軽くなっていたことに驚く。重く、傷だらけの昔の分厚いレンズの旧式の眼鏡を交換し、今風のフレームに変える。かなり印象が変わると同時に目を疑う程に消えてなくなっている火傷の痕に深山は目を見張る。咄嗟に手を見る。手の痕もだ。

「いかがなされましたか?」

    店員が、不思議そうに深山を見る。

「………い、いえ、ではこれを」

 細い銀縁のフレームを店員に手渡す。深山は素直に喜べない自分がいることに気づく。自分の苦しんだ八年と言う歳月が、醜く顔に焼きついた、火傷の痕が消えた。それも、あっという間に。

 卑屈になり、他者を憎み、羨んだ。醜い自分の容姿を人に見られることに怯えた。
 
 他人の優しさを信じられなくなった。

 けれど、本当は、深山に心から笑いかけてくれる人、信頼できる人、醜い自分を愛してくれる人……それがあの八年前の深山にとって一番欲していたものだった。その対象の婚約者はあっさりと婚約を破棄した。何もない。誰もいない。あるのは建て変えた家。それと唯一残る画家としての自尊心。

    独り、薄暗いアトリエに籠った。何もかも失った自分の拠り所は虚栄心を満たすことだった。その為に、絵を描いた。描いて、描いて、飽きるほど描いた。評価は、された。描いた絵の価値もどんどん上がる。賞もとった。地位も名声も得た。だが、染み付いた劣等感が消えない。
    
 
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