僕を貴方の傍において~ティーカップの妖精の恋~〖完結〗

カシューナッツ

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過去との別離〖第31話〗

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 深緑の街路樹を横目に、坂を下る。やはり蝉は鳴いている。蝉時雨というが、音が光の粒になって降り注ぐようだ。アスファルトにはじけてまた転がって音の連鎖を生み出すような感じがする。

 深山の家は丘の上にある。誰も見ていないと、深山は少年の手に指を絡ませる。午前の太陽がじりじりと頭を照らす。この前ほどではないがやはり暑い。

『暑いですね、大丈夫ですか?ふかやまさん』

「ああ。君は?」

『僕は、汗をかけません。以前にも申し上げました』

「夜の君は汗をかく」

 深山は少し意地悪な顔で少年を見る。

『そ、そんな往来で。以前、あんなに気にされていたのに』

 もごもごと口ごもる少年を、深山は、穏やかな眼差しで見つめる。眼鏡を新調したせいか、少年がいつもよりはっきりと見える。

「君が変えた」

『え?』

「君が変えたんだよ」

 大通りにでも、この街は緑が多い。銀杏並木は秋の終わりには見事だ。

「丸まって、叫ぶように泣いた君を見て、変わりたいと思った。変わらないと君を失うともね。アレク。私は今、君がいてくれて幸せだよ。………自分自身も少し、嫌いじゃなくなった。君以外には、どう思われてもいい。君に嫌われなければ、いいんだ。もう少しだ。あの信号を右に入った所だ」

 隠れ家のような、落ち着いた佇まい。木が多く使ってあって暖かな雰囲気がする。這わせてある蔦の緑が眼に優しい。

「久しぶり。そちらの可愛らしいかたは?」

『アレク。アレク・クイーンズ・ウェアです』

 少年は自分から挨拶し笑った。「クイーンズ・ウェア」……深山が最初、呟くように言った、陶工名だった。

「絵のモデルをしてもらっている。アレク。かけて本でも読んでいるといい。すぐ終わるから」

「何処かに用事でもあるの?」

 深山の髪型を決めながら、女性は少年に興味津々といった感じだ。

「久しぶりに甘いものでも、とね」

 綺麗な清潔感のあるキリリとした、それでも爽やかな色香のある女性が、少年に温かいハーブティーを差し出した。

ガラスの綺麗なカップ。『力』が弱いのか、少年には眠そうな気配しか感じなかった。

『あ、ありがとうございます』

「すぐ終わらせるからね。一緒に甘いもの、食べに行くんでしょ?あの人、下戸のせいか甘党なの。冷房で冷えるから、温かいハーブティー。カモミール、平気?」

 少年は頷き、女性は笑い、瑠美子と名乗った。

「あの人とは『いとこ』なのよ。腐れ縁ね」
 
 とも。そして声を潜めて

 「恋人なの?」

 と、瑠美子は訊いた。少年が困ったように口ごもっていると、シートに座った深山が、

「ご察しの通りだ。私の大切な恋人にベタベタするな。それよりさっさと切ってくれ」

 深山は隠しも誤魔化しもしなかった。少年は、深山の言葉に、むずがゆさを覚えた。

 少年は両手でカップを持ちカモミールティーを啜る。冷房に冷えた身体に染みわたる。

 暫く深山と瑠美子は会話をしていたが、深山のあけすけな言葉に瑠美子は半ば呆れていた。

「はいはい。ごちそうさま。でもあんた未成年に手を出しちゃダメよ。バレたら大変よ。しかもあんな美少年。あら、頬どうしたの?火傷の痕、消えてるじゃない!」

「彼のお陰だ。それに彼は私より年上だよ。………なんてね。話は、これ以上訊かないでくれ」
 
 それから、話し声は減り、瑠美子は真剣に鋏を動かす。

「はい、出来たわよ。やっぱりあんたって昔からモテたけど、こう見ると格好よかったのね。じゃ、今度の絵の展示会、美術館の三日間のフリーパスよろしくね。描きかけだった海の三部作さっさと仕上げちゃいなさいよ。あれだけで展覧会に、人が倍呼べるわ」

 さくさくと後片付けをする瑠美子をよそに、少年は深山を見つめる。

「どうした?見惚れたか?……冗談だ。何だか、恥ずかしい。冷房が頬にあたって気持ち悪いな。こんなにこざっぱりしたのは八年ぶりだ。火傷のことがあってここでしか髪は切らなかった。外に行くのさえ嫌なときは洗面所で、自分で切っていたからな……」

『うつむかないで。ふかやまさん』
 
 少年の言葉に深山は、はっと顔をあげる。少年は声を潤ませながら言った。
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