【完結】聖女を引退したいので、後継者を探しに行きます

野々宮なつの

文字の大きさ
26 / 26

14.神明裁判

しおりを挟む
 私は昼食を食べ終わるとすぐに大司教の部屋へ向かった。
 ノックをすると応えがあり、部屋の中へと入る。
 
「聖女ディアーナ、どうなさったのか?」

 大司教は私を見ると立ち上がり、優しい笑顔で迎えてくれた。
 大司教は老年の男性だ。少しだけぽっちゃりとして、柔和な顔をしているけれど瞳には思慮深さがある。私が聖女になった時は司教だったからこの10年で出世したのだ。

 私は勧められるまま、椅子に座ると目の前に座る大司教の顔を見つめた。

「お忙しいところ申し訳ありません。実は、男爵夫人についてどうなったかお教えいただきたく存じます」
「ああ、ちょうど聖女ディアーナにも伝えねばと思っていたところです」

 私は表情を引き締めた。
 大司教は机の引き出しから数枚の紙を取り出すと私に渡してくれた。

「これは……調査内容ですか?」
「そうです。普通は記録を貰うことはありませんが、今回は修道女も被害にあいましたから」

 私は上から順に目を通していく。
 それに合わせるように、大司教も事件について語ってくれる。

「どうやら、遺体の数は少なくとも50体はあるそうです。あなたが言っていた通り、殺人の目的は夫人の個人的な理由だったようです。なんと愚かな……。執事や従僕、侍女、他にも実行犯として下働きの男達数名が取り調べを受け、刑が確定しています」

 私は名前とその横に並ぶ刑罰の種類に小さく息を吐きだした。
 犯罪者だとわかっていても、胃の中に石を詰め込まれたかのように重い。

「刑は……、執行されたのですね」

 大司教は静かに頷き、瞳をふせた。
 
「続きですが、彼らは主に孤児やスラムの子を選んでいたようですね。仕事を与えるとか、そういう言葉で城へ連れてきたそうです。ですが、それを繰り返せば気付く者もいます。誘い出すことが難しくなって、彼らは標的を移動民族や旅人に変えたようですね」
「気付いた人もいたのですね……」

 そう呟いたが、大司教は静かに瞬きを繰り返すだけだった。
 
「孤児院の院長も気が付いていたのでしょうか?」
「調査では知らなかったと言っているようです」
 
 私が夫人の城に連れていかれる時、院長は女性の名前を出して元気かと聞いていた。
 本当は夫人の裏の顔に気付いていて、気付かない振りをしていたの? それとも信じたくなかったのかもしれない。
 
 気が付いていても、孤児院の院長ひとりでは何もできなかっただろう。
 睨まれて寄付金を減らされても困ると思ったかもしれない。
 
 想像はできるけれど、本当のところは私がいくら考えたところで何もわからないのだ。それに、この事が院長の心に何か刺さっているのであれば、これから先院長は別の方法で捌きを受け続けるだけだ。
 女神様方の敬虔な信徒であればなおさら。

「さて、肝心の男爵夫人ですが、犯行は否定しているようですね」
「えっ!」

 私は目を見開いた。

「こんなに証拠が残っているのにですか?」
「全て使用人が勝手にしたことと言っているそうです」
「嘘です。私は、彼女が指示しているのを見ました!」
 
 大司教は静かに頷くだけだ。

「もちろん、信じられてはいませんが」
「そうですよね」

 全て使用人の計画犯行したことだなんて無理がある。
 私はほっと息を吐いた。
 
「ですが被害者のうち、家族からの訴えが出ている者は何人もいません」

 それは、被害者の多くが孤児や旅人だからだろう。

「骨も、戦争があった時代の物だろうと言っているそうです。古い城ですから、戦時中に埋められたものだろうと」
「……」
「ですから罰金刑が妥当なのではと言う声もあるようです」
「罰金⁉ そんな、何人も手にかけているのですよ⁉」

 罰金刑はその名の通り、お金を払って罪が許される刑だ。
 そんな簡単なもので許されてしまうの?
 私だって殺されそうになったのに!
 平民だったら、多分、もっと違う刑になっているはずだ。

「そういう声があるというだけです。そう決まったわけではありませんから落ち着いて」
「……使用人達だって、夫人の指示がなければ罪を犯さなかったでしょう」
「……」
 
 大司教は何も答えない。
 この部分については話すつもりはないようだった。

 淡々と少し冷たく感じるほど冷静に話を続ける。

「彼女は貴族です。罰金とはいえ、刑を受けた場合貴族社会からはそれなりの扱いを受けることになるでしょう」

 貴族社会から爪弾き者になるということだろうか? 貴族のことはよくわからない。
 それは夫人にとっては辛く苦しいことかもしれない。
 
 でも、そんなことで許されてしまっていいの?
 
「あなたが被害に遭いそうになったと公表したら刑は変わるでしょう」
「私が? 聖女だと?」

 私は内側から込み上げる不愉快な気持ちを押さえつけるように、唾をぐっと飲みこんだ。
 聖女だと言ったから刑が変わるなんて、なんだか納得できないと思ってしまうのは私が未熟だから……?

「そんな事、言えません」

 私を害そうとしたと知られたら、今度は過剰に夫人が批判されるだろう。行き過ぎた刑も私は望んでいない。
 
 それに、批判の的はきっと騎士団にも向かう。
 それは嫌だ。
 
 私の心を見透かすように、大司教が口を開いた。

「どのような刑を望んでいるのですか?」

 私は殺されそうになった時「断頭台送りにしてやる」と叫んだ。
 あの時は自分が殺されそうだったから。憎くて悔しくてそう叫んだ。
 けれど、私の存在が刑に影響を与えて本当に極刑が下された時、私はその事実を受け止め切れるだろうか?
 
 結局、夫人が受ける刑罰に対して私は全く覚悟なんて出来てなかったのだ。

「わ、私の望みは、彼女が正しく罰を受けること、です……。それが罰金刑なのであれば、そうなのでしょう……」

 本当に?
 城で聞いた泣き声が蘇る。
 彼女たちの無念はそれで晴れる?
 
 彼女に正しく罰を受けてもらうには?

「……いえ、大司教様」

 私は一旦言葉を区切り、唇を湿らせた。
 
「神明裁判をすることは可能でしょうか?」

 大司教はゆっくりと瞬きをすると頷いた。

「良いでしょう」

 俯き、ぎゅっと握りしめた私に大司教が続ける。

「あなたは女神ディアーナより『見定めなさい』と言われたそうですね。これもその一つなのでしょう」

 ――見定めなさい。
 
 自分で言った言葉が重くのしかかった。

 * * *

 神明裁判は、女神様方の奇跡を頼りに罪を見分ける方法だ。
 
 他の裁判と違い、司教や大司教が執り行う。
 聖都では煮え立った湯に手を入れて、火傷をしなければ無罪、火傷をした場合は有罪と判断されるのだ。
 お湯に手を入れるなんて火傷するに決まってるって思うじゃない? でもね、女神様はちゃんと見てるらしくて火傷をしない人もいるのだ。

 だから、絶対に罪を犯してないという人は、自らそれを望むこともある。
 神様のお墨付きをもらえるわけだからね。

 ただ、あくまでわかるのは罪を犯したか、犯していないか。
 その先の刑罰を決めるのは人間の役割だ。
 だから神明裁判で有罪となっても、彼女の刑罰は変わらないかもしれない。
 でも、私はやる意味はあると思ってる。だって、ただの罰金刑じゃきっとそのうち忘れ去られてしまう。でも神明裁判によって有罪となったら? きっと皆が女神様方を信仰している限りずっと忘れられない。

 その日は青々とした空が高く広がっている日だった。
 まるで空に吸い込まれそうなくらい美しい。

 女神様方が見ている。
 何故だか私はそう感じた。
 
 大聖堂は静かな熱気に包まれていた。
 石壁はひんやりとした冷気を運び、いっそ寒いと感じるくらいなのに。
 周りにいる人達が固唾を飲んで見守っている。
 
 私は普段よりも儀式的な僧服に身を包み、薄いベールを頭からかぶると大司教の隣に立った。
 跪き頭を下げる男爵夫人を見下ろす。
 美しい黒髪はそのままだが、頬がこけて青白い顔色をしている。これから起こることに怯えているように見えた。

 大司教に促され、夫人が顔を上げたタイミングで私もベールを上げた。
 
 夫人と視線が交わり、彼女の顔がみるみると血の気を失っていくのを見た。

 * * *

 私は大聖堂の自室前の廊下を歩いていた。
 堅苦しいベールを脱ぐと息を吐きだす。
 この後どうなるかはわからないけれど、私がすべきことは全て終わったと思う。
 
 私は窓に寄りかかり、遠くに見える王都の街並みを眺めた。
 
「お疲れ様でした」
「セレス様」

 聖女セレスは30歳近くの落ち着いた大人の女性だ。
 白い肌にはうっすらとそばかすが浮いた、一見素朴な印象のある女性だが彼女の魅力は外見だけではない。
 ブラウンの瞳はいたわりの光をたたえて私を見つめていた。

「緊張したし疲れたわぁ」
「そうですよね。ゆっくり休んでくださいね」

 穏やかに微笑む聖女セレスに、私は気になっていたことを聞くことにした。

「ねぇ、女神セレス様はどうお思いなのかしら? これで良かったのかしら……」
「さぁ、私はただ女神様のお言葉を伝えているだけですから」

 困ったように首を傾げる聖女セレス。

「予言を聞いて行動するのは私達人間です。女神様は、ただ伝えるだけです」
「……そうよね」
 
 サーマのことも、夫人のことも。
 行動したのは私で、その結果が今だ。

 聖女を引退するため旅に出たのに、なんだか思いがけない方向に転がったな。
 なんとなく、感慨深いものを感じて私は景色を見つめていると聖女セレスが隣に立った。
 
「ところで聖女ディアーナ、あなた向きの予言を賜ったのですが?」
「へ?」

 私向き? ってどういうこと?
 目をパチパチとさせて聖女セレスを見つめるが、セレスは微笑むだけ。
 その笑顔を見ていると、私は枯渇していた気力がむくむくと湧き上がるのを感じた。
 
 そうだ、そうだった!
 私、後継者見つけに行かなきゃいけないんだったわ!
 そして引退して、絶対結婚するんだから!

「聞かせて!」

 私の言葉を聞いて、聖女セレスはさらににっこりと微笑みをたたえたのだった。


 END
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

hiyo
2024.05.11 hiyo
ネタバレ含む
2024.05.11 野々宮なつの

hiyo様

感想ありがとうございます。とっても嬉しいです!!
美人の夫人は怪しいにおいプンプンしますね……。
海の上を歩くのは、そういえばアリーチェはお金を巻き上げられてショックだし、カーラも具合が悪くて説明が入れられずそのままになってました……。
干潮で浅瀬になった部分を歩いて、そのパフォーマンスが海の上を綺麗に歩いているように見える位置に集められたお客様が、寒さと疲れでぼんやりしているうちにお金を払ってもらうという子ども達の見世物でした。

読みやすいと言っていただけて嬉しいです^^
さくっと終わる予定ですので、ぜひ最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
ありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

神龍の巫女 ~聖女としてがんばってた私が突然、追放されました~ 嫌がらせでリストラ → でも隣国でステキな王子様と出会ったんだ

マナシロカナタ✨ねこたま✨GCN文庫
恋愛
聖女『神龍の巫女』として神龍国家シェンロンで頑張っていたクレアは、しかしある日突然、公爵令嬢バーバラの嫌がらせでリストラされてしまう。 さらに国まで追放されたクレアは、失意の中、隣国ブリスタニア王国へと旅立った。 旅の途中で魔獣キングウルフに襲われたクレアは、助けに入った第3王子ライオネル・ブリスタニアと運命的な出会いを果たす。 「ふぇぇ!? わたしこれからどうなっちゃうの!?」

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

ここに聖女はいない

こもろう
恋愛
数百年ぶりに復活した魔王を討伐するために、少数精鋭のパーティーが魔王のいる《冬夜の大陸》へと向かう。 勇者をはじめとするメンバーは皆優秀だが、聖女だけが問題児。 どうしてこんな奴がここにいる? かなり王道ど真ん中かつ、ゆるゆるファンタジー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。