嘘つき達の秘密基地

王子

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二、みんなの願い

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 夢でなければ、起きていることは現実で、言葉で説明できる。俺とタビとユウは子供の姿になって、かつて俺達の手で作られた秘密基地にいる。
 こうなった理由は皆目見当が付かない……わけでもない。俺の願いが叶えられたのだ。
 叶うはずのなかった大願成就、戯れの願掛け。神の存在を一ミリも意識せず心で呟いた願いは『子供に戻りたい』だった。
 いなり様は、それぞれの願いを叶えよと言った。「叶えてやる」ではなく「叶える機会をやる」と。そして「お前達次第」とも。自分の手で叶えろと言っている。
 子供に戻るなんて、文字通り神頼みでないと実現しない。自分の手では不可能だ。何も労せず叶ったのは例外扱いだろうか。
 タビとユウが何を願ったのか知っておくべきだろう。手っ取り早く済ませるなら手伝った方がいい。いなり様の言っていた三日間が十分な時間なのか分からないのだから。
 しかしそれは最優先事項ではなくなった。サキが現れたことで。
「今日も暑いわあ」と脱いだ麦わら帽子をうちわにして、白いTシャツの襟を引っ張ってあおいでいる。
 被毛のある俺達三人と違って、サキの素肌はヒト族らしく白くつるりとしている。肩甲骨にかかる黒髪は柔らかく風になびいている。水色のスポーツサンダルも記憶に残っている。あの頃のまま、失踪当時のままだった。
 呆然とする男子三人に、サキは怪訝な表情を浮かべた。
「あれ。なんか私に隠しごとしてる?」
「いやそんなことは、」
 処理すべきことで渋滞している頭がとりあえず否定の言葉を捻り出すと、
「タイム!」
 タビが叫んだ。手でT字を作って。
「そうなんです、ちょっと秘密の会議をしてまして。ケンくん、ちょっとこちらへ」
 ユウの顔を窺うと、目が「問題無い」と言っていたので、タビに手を引かれるまま秘密基地から少し離れた。
「黙っていた方がいいでしょうか」
 タビに言われて気付いた。俺達でさえ完全に飲み込めていない状況をサキに説明するのは難しい。黙っているのが吉だ。
「サキの前では子供でいこう。でも三日で願いを叶える宿題もある。俺は子供に戻りたいと願って、このとおり。だから二人を手伝うよ。タビの願いは何?」
 簡単な問いなのに、タビは奥歯に物が挟まったように「ええと」と俯いてから、
「子供の頃の秘密基地にみんなで行きたい、と願いました」
 と笑ってみせた。ならば既に叶っている。
「ユウには俺から話すよ。サキにうまいこと言っておいてくれるかな」
 タビと入れ替わりになったユウは、「自分は何も願っていない」と言った。「考えているうちに秘密基地に来ていた」とも。
 サキは不満げな腕組姿で待っていて、どこぞの電信柱を彷彿させた。タビの手には負えなかったらしい。
「秘密の会議って何。私に言えないこと?」
「まあいいじゃないですか、それより、まずはかくれんぼですよね、隊長」
 そう呼ばれて思い出した。秘密基地では俺が隊長で、ユウが副隊長だった。タビは四月に転入してきたばかりで、サキが秘密基地に来るようになったのはその後だった。子供ながらに年功序列があったのかもしれない。複雑な気持ちになる。秘密基地作りの最大の功労者であるユウが隊長になるべきだったのに、「自分は副でいい」と頑なで、流されるままに俺が隊長になったのだった。
 かくれんぼは好都合だ。いっぺんに色々起こりすぎて一人になる時間がほしかった。タビも同じ考えでの策だろう。
「最初はグー」は魔法の言葉だ。釈然としない様子だったサキも慌てて声を揃えた。鬼はユウだった。
 身を隠しながら考える。タビは子供のときの秘密基地に行きたいと願い、叶った。そして俺も。ユウは何も願っていない。
 叶えるべき願いは叶ったのだし、子供でいる必要は無い。今すぐ大人に戻ってもいい。子供に戻りたいと思ったのは、子供になりたいからではなくて、大人でありたくないからだ。希望ではなく逃避。いや、期限付きなんて逃避にもならない。こんな気休めは毒だ。
 いずれ失われると分かっているなら初めから手にしない方がいい。期待に手を伸ばすのは疲れるし、指先からするりと逃げられるのは堪える。手近な諦めに身を委ねて平穏に流されている方が痛みは少ない。本当に手に入れたいものから目を背け、自分に嘘をつき続ける。そういう生き方を受け入れるのが「大人になる」ということなのかもしれない。
「ケン、見つけた」
 頭上にぬっと大きな影が現れた。
「ずいぶん早いね。本気出し過ぎじゃない」
「勝負事で手は抜かない主義だ。ほら、秘密基地に戻れ」
「なんで」
「捕まったら牢屋行きだろう」
 そんなルールだったか。かくれんぼで見つかった人をどう扱うか、全国共通のルールはあるのだろうか。
 タビもサキも早々に収監された。ユウの捜索力をもってすれば、どんな犯罪者も行方不明者もたちまち発見されそうだ。
 結局、その後も遊び続けてしまった。おにごっこ、缶けり(秘密基地にはこのための空き缶が常備されていた)、だるまさんがころんだ、木登り。散々走り回り、息を切らし、汗をかき、ひたすら遊んだ。タビは本当の子供のように溌剌はつらつとして、ユウも顔には出さないが真剣勝負を貫いていたのを見るに楽しんでいるようだった。
 日が傾き、サキは「明日は駄菓子屋行きたい。財布持って来てね」と言い残して家に帰っていった。
「サキが、戻ってきたな」
 ユウの声は重かった。当然だ。サキも三日を過ぎれば消えるだろう。いや、俺達がサキを置き去りにして大人に戻るのだ。
「サキは戻って来てないよ。俺達が戻って来ただけ」
 自分の言葉で更に気が重くなった。
「疲れましたね。今日は帰りましょう」
 タビが俺とユウの背中に優しく手を当てた。
「ええと、実家に帰っていいんでしょうか」
「如何にも。それぞれの家に帰るのじゃ」
 いなり様人形が応えて喋りだした。
「願いは叶ったから、大人に戻してもらっていいんですけど」
「ほう……なるほどな。急がずともよい。三日くれたのじゃ。やよ励めよ」

 父は風呂に、母は台所で夕飯の支度をしていた。若返った母は、十五年がいかに大きな隔たりか物語っていた。
「姉ちゃんは」
「友達の家で食べてくるんだって」
 この手の話で少し嫌そうな口ぶりになるのは相変わらずだった。姉の友達というのは、同じクラスのヒト族の男の子だった。どういう人なのかはよく知らない。母は、というより母の世代は、自分の子供がヒト族の子と親しくするのをよく思っていない。こういうのは世代差であって、年齢を重ねて変化するものではないのだろう。
 なぜヒト族を忌避するのか、きっと誰も理由を知らない。いや、理由なんて無いのだろう。そういうものだから、そう言われて育ってきたから、それが当たり前だから。そうやって皆が作り上げた空気なのだと思う。
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