嘘つき達の秘密基地

王子

文字の大きさ
3 / 8

三、タビの嘘

しおりを挟む
 僕は嘘をついてしまいました。
 子供の頃の秘密基地にみんなで行きたい、その思いに嘘はありません。実際とても楽しかったのです。ですが、本当の願いを隠すための、その場しのぎの嘘でした。
 言いづらかったのです。いなり様にお願いするほどではなく、ケンくんとユウくんに直接伝えれば済む願いだから余計に。でも十五年ぶりの再会で持ち掛けるには図々しいと思ったのです。引き延ばすほどに伝える機会は失われていきます。
 ケンくんは、転入してきた僕に初めて声を掛けてくれた同級生でした。ユウくんは初め怖い印象でしたが、寡黙と温厚と懐の深さと仏頂面が共存した、一緒にいて心地良い友達になりました。
 他の子達は、両親について人伝に耳にしていたようで、「住所が無い」とか「警察から逃げ回っている」とか噂していました。
 中には「猫族は自己中だから平気で約束を破ったり友達を裏切ったりするらしい」と陰口を言う子もいましたが、それは確かに、少なからず見られる種族性だったので、黙って聞き流すしかありませんでした。
 猫族らしく自由奔放を地で行くような両親で、一つの土地に長く住んではいられないのでした。当然、僕も二人の流浪癖に付き合わされて学校を転々としました。学校は子供にとって生活の根っこです。僕はいつまでも根を下ろせずにいました。
 両親のことは嫌いではありませんでした。何か無理強いしたり、過度に干渉したりせず、自由に生きる大切さを説いてくれました。ただ、自分達の自由は全てにおいて優先されるのでした。「今の学校だけは離れたくない」と泣きついても、「付いて来るも来ないもタビが自由に決めていいんだよ」と荷造りの手を止めないくらいに。学校に根を張れないのに、親と離れたら、僕の居場所はどこに見出だせるというのでしょうか。
 駄菓子屋は秘密基地からそう遠くはありませんでした。恰幅のいい猪族のおじさんが、所狭しと並べられたお菓子やおもちゃに埋もれて新聞を読んでいました。僕達がお店に入ると、眼鏡をずらして「いらっしゃい」と微笑みました。
 おじさんの横では、男の子がラムネを飲んでいます。ヒト族の子です。目が合ったので「こんにちは」と声を掛けると、男の子はおじさんの顔を見上げました。何かを問いかけるように。おじさんが頷くと、お店の奥にある部屋(駄菓子屋はおじさんの家と繋がっているのです)へ引っ込んでしまいました。猪族の特徴が全く無いので、おじさんの家族ではないと思うのですが。
「おじさん、あの子はお客さんですか」
 なんとなしに訊いただけでしたが、おじさんの顔を見て「しまった」と思いました。
「気になるかい」
 柔和な形をしていたおじさんの目が、すっと細められました。品定めをするように。試されている心地でした。ヒト族の話題になると大人がピリついた雰囲気になるのは当時よく感じていました。理由は分かりません。理由なんて無いのかもしれません。ただ、確かにそういう空気はあるのです。以前より薄まったとはいえ、いつでもどこかに漂っているように思われます。
 みんなが、みつあんず、ラーメンばばあ、よっちゃんイカ、うまい棒、きなこ棒、カルパス、ココアシガレットなんかを一つひとつ手に取って目を輝かせていました。僕もおとなしくそうしていればよかったと思いました。
 言葉を選ばなければいけません。見た目が子供であっても踏んではならないものはあるでしょう。
「……友達になれたらいいなと思って」
 おじさんは、にこりと笑いました。
「誰とでも仲良くなれるのは尊いことだね」
 でも、と、おじさんは続けます。
「関わらない方がいい。ここはあの子の唯一の居場所なんだ。ろくすっぽ面倒見ない親でも、種族差別を野放しにしている学校でもなくね。あの子は救われたくて、私に会いに来ているんだよ」
 まるでかわいい孫を愛でるような朗らかさでしたが、背中に汗がつうっと流れるのを感じて身震いがしました。
「誰も守ってやらないなら私が居場所になるしかないじゃないか。いつか、しがらみいわれの無い忌避も置き去りにして、二人だけの居場所に連れて行ってやるんだ」
 おじさんは僕に顔を向けてはいましたが、視線は僕を通り越したどこか遠い先を見ていて、全て独り言のようでした。
『柵も謂れの無い忌避も置き去りにして、
 二人だけの居場所に連れて行ってやるんだ』
 自由に見せかけた自縛。僕には羨ましく思われました。自由とはそんなに魅力的なものでしょうか。絶対に優先されるべきものでしょうか。猫族に生を受けたからには自由奔放であるべきなのでしょうか。
 かつての僕が「居場所がほしい」と言ったなら、連れて行ってもらえるのでしょうか。
「タビもラムネ飲むか」
 ユウくんにラムネの瓶を握らされて、我に返りました。手のひらが痛くなるほど冷えた薄水色の瓶。表面は結露していて、手汗と混ざり合って滑り落としそうになりました。
「あの駄菓子屋は、今もあるんですか」
 帰り道、ケンくんにこっそり訊ねました。先を行くサキちゃんは、のべつ幕なしに喋っていて、隣でユウくんが「おう」「そうか」「それも人生だな」と相槌を打っていました。子供が人生を語るのはおかしくないですか、ユウくん。話題が気になります。
「タビが引っ越した後に閉まったよ。又聞きだけど、あのおじさん、なっちゃったらしい。お店のシャッターに意味の分からない張り紙して、いなくなったって」
「なんて書いてあったんですか」
「俺はよく知らないけど、姉ちゃんが言うには、二人の居場所に行くとかなんとかって、」
「ねえ、何こそこそ話してるの」
 サキちゃんが急に振り返りました。
 思いがけず「ひっ」と情けない声を上げてしまい、サキちゃんが吹き出しました。秘密基地に着くまでお腹を抱えて笑っていました。
 ビールケースの上で、玉押しをぐっと押し込んでビー玉を落とすと、しゅわしゅわと音を立てて炭酸が上がってきます。急いで口を付けると夏の味が喉を滑っていきます。
 買ってきたお菓子一つひとつは懐かしい匂いがして、塩味も甘みも力強く容赦がなくて、みんな夢中になっていました。あたりは常に蝉の声が満ちて、木々の隙間を穏やかに抜ける微風が、汗で湿った額や首筋の毛を撫でていきます。
 あまりにも単純な時間に、どうしようもなく愛着が湧きます。ずっとこのまま、みんなといられたらいいのに、と。
 とはいえ、願いは叶えなければなりません。『みんなと友達に戻りたい』
 いなり様は分かっていると思うのですが、これは大人になったみんなと、です。
 子供のままでは叶わない願いです。大人に戻ったら二人に……いや、三日間のうちに伝えなければいけないのかもしれません。一度嘘をついてしまった手前、言い出しにくいのですが。でも今は。今日だけは。この時間に揺蕩たゆたっていてもバチは当たらないでしょう。
 ふと、小さな疑問が浮かびました。
「そういえば、駄菓子屋にいたヒト族の男の子は、同じ学校の子ですか」
 あの学校は半年ほどしかいなかったので、同級生でさえあまり覚えていません。学年が違えばなおさらです。みんなは知っているかもしれません。ただそれだけだったのですが。
 三人は顔を見合わせて不思議そうにしていました。サキちゃんがみんなを代表して言いました。
「そんな子、駄菓子屋にいなかったけど」
 手の中のラムネ瓶は、また汗をかいたようになりました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...