嘘つき達の秘密基地

王子

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三、タビの嘘

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 僕は嘘をついてしまいました。
 子供の頃の秘密基地にみんなで行きたい、その思いに嘘はありません。実際とても楽しかったのです。ですが、本当の願いを隠すための、その場しのぎの嘘でした。
 言いづらかったのです。いなり様にお願いするほどではなく、ケンくんとユウくんに直接伝えれば済む願いだから余計に。でも十五年ぶりの再会で持ち掛けるには図々しいと思ったのです。引き延ばすほどに伝える機会は失われていきます。
 ケンくんは、転入してきた僕に初めて声を掛けてくれた同級生でした。ユウくんは初め怖い印象でしたが、寡黙と温厚と懐の深さと仏頂面が共存した、一緒にいて心地良い友達になりました。
 他の子達は、両親について人伝に耳にしていたようで、「住所が無い」とか「警察から逃げ回っている」とか噂していました。
 中には「猫族は自己中だから平気で約束を破ったり友達を裏切ったりするらしい」と陰口を言う子もいましたが、それは確かに、少なからず見られる種族性だったので、黙って聞き流すしかありませんでした。
 猫族らしく自由奔放を地で行くような両親で、一つの土地に長く住んではいられないのでした。当然、僕も二人の流浪癖に付き合わされて学校を転々としました。学校は子供にとって生活の根っこです。僕はいつまでも根を下ろせずにいました。
 両親のことは嫌いではありませんでした。何か無理強いしたり、過度に干渉したりせず、自由に生きる大切さを説いてくれました。ただ、自分達の自由は全てにおいて優先されるのでした。「今の学校だけは離れたくない」と泣きついても、「付いて来るも来ないもタビが自由に決めていいんだよ」と荷造りの手を止めないくらいに。学校に根を張れないのに、親と離れたら、僕の居場所はどこに見出だせるというのでしょうか。
 駄菓子屋は秘密基地からそう遠くはありませんでした。恰幅のいい猪族のおじさんが、所狭しと並べられたお菓子やおもちゃに埋もれて新聞を読んでいました。僕達がお店に入ると、眼鏡をずらして「いらっしゃい」と微笑みました。
 おじさんの横では、男の子がラムネを飲んでいます。ヒト族の子です。目が合ったので「こんにちは」と声を掛けると、男の子はおじさんの顔を見上げました。何かを問いかけるように。おじさんが頷くと、お店の奥にある部屋(駄菓子屋はおじさんの家と繋がっているのです)へ引っ込んでしまいました。猪族の特徴が全く無いので、おじさんの家族ではないと思うのですが。
「おじさん、あの子はお客さんですか」
 なんとなしに訊いただけでしたが、おじさんの顔を見て「しまった」と思いました。
「気になるかい」
 柔和な形をしていたおじさんの目が、すっと細められました。品定めをするように。試されている心地でした。ヒト族の話題になると大人がピリついた雰囲気になるのは当時よく感じていました。理由は分かりません。理由なんて無いのかもしれません。ただ、確かにそういう空気はあるのです。以前より薄まったとはいえ、いつでもどこかに漂っているように思われます。
 みんなが、みつあんず、ラーメンばばあ、よっちゃんイカ、うまい棒、きなこ棒、カルパス、ココアシガレットなんかを一つひとつ手に取って目を輝かせていました。僕もおとなしくそうしていればよかったと思いました。
 言葉を選ばなければいけません。見た目が子供であっても踏んではならないものはあるでしょう。
「……友達になれたらいいなと思って」
 おじさんは、にこりと笑いました。
「誰とでも仲良くなれるのは尊いことだね」
 でも、と、おじさんは続けます。
「関わらない方がいい。ここはあの子の唯一の居場所なんだ。ろくすっぽ面倒見ない親でも、種族差別を野放しにしている学校でもなくね。あの子は救われたくて、私に会いに来ているんだよ」
 まるでかわいい孫を愛でるような朗らかさでしたが、背中に汗がつうっと流れるのを感じて身震いがしました。
「誰も守ってやらないなら私が居場所になるしかないじゃないか。いつか、しがらみいわれの無い忌避も置き去りにして、二人だけの居場所に連れて行ってやるんだ」
 おじさんは僕に顔を向けてはいましたが、視線は僕を通り越したどこか遠い先を見ていて、全て独り言のようでした。
『柵も謂れの無い忌避も置き去りにして、
 二人だけの居場所に連れて行ってやるんだ』
 自由に見せかけた自縛。僕には羨ましく思われました。自由とはそんなに魅力的なものでしょうか。絶対に優先されるべきものでしょうか。猫族に生を受けたからには自由奔放であるべきなのでしょうか。
 かつての僕が「居場所がほしい」と言ったなら、連れて行ってもらえるのでしょうか。
「タビもラムネ飲むか」
 ユウくんにラムネの瓶を握らされて、我に返りました。手のひらが痛くなるほど冷えた薄水色の瓶。表面は結露していて、手汗と混ざり合って滑り落としそうになりました。
「あの駄菓子屋は、今もあるんですか」
 帰り道、ケンくんにこっそり訊ねました。先を行くサキちゃんは、のべつ幕なしに喋っていて、隣でユウくんが「おう」「そうか」「それも人生だな」と相槌を打っていました。子供が人生を語るのはおかしくないですか、ユウくん。話題が気になります。
「タビが引っ越した後に閉まったよ。又聞きだけど、あのおじさん、なっちゃったらしい。お店のシャッターに意味の分からない張り紙して、いなくなったって」
「なんて書いてあったんですか」
「俺はよく知らないけど、姉ちゃんが言うには、二人の居場所に行くとかなんとかって、」
「ねえ、何こそこそ話してるの」
 サキちゃんが急に振り返りました。
 思いがけず「ひっ」と情けない声を上げてしまい、サキちゃんが吹き出しました。秘密基地に着くまでお腹を抱えて笑っていました。
 ビールケースの上で、玉押しをぐっと押し込んでビー玉を落とすと、しゅわしゅわと音を立てて炭酸が上がってきます。急いで口を付けると夏の味が喉を滑っていきます。
 買ってきたお菓子一つひとつは懐かしい匂いがして、塩味も甘みも力強く容赦がなくて、みんな夢中になっていました。あたりは常に蝉の声が満ちて、木々の隙間を穏やかに抜ける微風が、汗で湿った額や首筋の毛を撫でていきます。
 あまりにも単純な時間に、どうしようもなく愛着が湧きます。ずっとこのまま、みんなといられたらいいのに、と。
 とはいえ、願いは叶えなければなりません。『みんなと友達に戻りたい』
 いなり様は分かっていると思うのですが、これは大人になったみんなと、です。
 子供のままでは叶わない願いです。大人に戻ったら二人に……いや、三日間のうちに伝えなければいけないのかもしれません。一度嘘をついてしまった手前、言い出しにくいのですが。でも今は。今日だけは。この時間に揺蕩たゆたっていてもバチは当たらないでしょう。
 ふと、小さな疑問が浮かびました。
「そういえば、駄菓子屋にいたヒト族の男の子は、同じ学校の子ですか」
 あの学校は半年ほどしかいなかったので、同級生でさえあまり覚えていません。学年が違えばなおさらです。みんなは知っているかもしれません。ただそれだけだったのですが。
 三人は顔を見合わせて不思議そうにしていました。サキちゃんがみんなを代表して言いました。
「そんな子、駄菓子屋にいなかったけど」
 手の中のラムネ瓶は、また汗をかいたようになりました。
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