【完結済】婚約破棄されたので魔法使いになろうと思います【R18】

風待芒

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第一章「蜘蛛の糸」

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 そこは豪奢な夜会の会場だった。繊細かつきらびやかなシャンデリアにはくもりひとつなく、令嬢たちの色とりどりのドレスがこの場をより華やかなものにしている。
 今日は王立学園の卒業パーティの最中。しかし、その華やかさに反して会場に来ている卒業生たちはどこか気まずそうである。彼らがちらちらと視線を送る先には一人の令嬢が浮かない顔で佇んでいた。
 陽光を束ねたような豊かな金髪は綺麗にまとめあげられ、鮮やかな赤いドレスは彼女の家の権威をそのまま反映しているようだった。美人は憂い顔も美しいというが正しくその通りの美貌を持つ赤い瞳の少女。
 問題なのは彼女が、今、一人で会場にいることだった。
 ふと重苦しい空気を跳ね除けるように扉が開いた。
 助かった、と顔をあげた会場中の人々の表情が再び曇る。
 亜麻色の髪を翻し、会場に入ってきたのはこの国の王子であるレオナルド。そして隣にいるのは黒い髪に桃色の瞳の可憐な少女だった。互いに視線を交わして微笑む様は誰が見ても恋人同士のそれだ。
 会場のざわめきをものともせず二人は赤い少女の元へと歩み寄る。
「スカーレット・レグルス」
 名を呼ばれた赤い少女、もといスカーレットは視線の先にレオナルドを据える。
「お前に婚約破棄を言い渡す」
 周囲が一際大きくざわめいた。
 渦中のスカーレットは大きく目を見開いた後、苦しそうに唇を噛み締めた。
「理由を、聞いてもよろしいでしょうか」
 毅然とした表情ではあるがその声は震えている。
 その態度が気に入らなかったのがレオナルドは目に見えて不機嫌そうな表情を浮かべた。
「お前の本性を私が知らないとでも思ったか」
 そう吐き捨てるような言葉を合図に名だたる諸侯の子息が彼らの周囲に集まる。
「ユリアへの暴挙の数々、すでに耳に入っている」
 曰く、彼女の態度に苦言を呈した。制服を汚した、教科書を破いた、掃除を押し付けた、寮に閉じ込めたといった学園でのことに始まり、茶会に呼ばなかった、街中で卑賤の生まれだと大きい声で中傷したといったことまで多岐に渡っていた。
 もちろん覚えがないとスカーレットは返すが、他の令嬢たちに実行させた、しらばっくれるなと糾弾される。
「疾くこの場より立ち去れ」
 王族からのその言葉は貴族社会からの追放をも意味する。それをわかっているのかと睨み返すスカーレットだったが、相対するレオナルドの瞳は冷たく凪いでいた。
「お前の顔をもう見ずに済むと思うと清々する」
 何を言っても、もう無駄なのだ。失意の中、肩を震わせ俯くスカーレットは不意に顔を上げた。
 くるりと身を翻すとそれまで固唾を飲んで見守っていた周囲の人々に笑いかける。婚約者に手酷く捨てられたとは思えないほど優美で完璧な令嬢の笑みで。
「お騒がせして申し訳ありません」
 レオナルドやユリアへの謝罪では無い。本来、和やかで笑い声の飛び交うはずの卒業パーティに冷水を掛けてしまった、王太子の婚約者、貴族としての謝罪だ。
「ごきげんよう、皆様」
 スカーレットは背筋を伸ばしたまま毅然と会場を後にした。扇の下に隠した“失恋した少女”を誰にも気取らせないままに。
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