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第一章「蜘蛛の糸」
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喧騒が遠のくにつれて見えてきたのは各家の馬車が停まっている場所だ。家格によって停められる場所が決まっている専用の停留所。レグルス家は侯爵の位の家だ。本来なら停留所が見えると同時に確認できていいはずなのだが影すら見えない。
視線をさ迷わせていると伯爵家の馬車の番をしていた御者と目が合う。
「あの、我が家の馬車を見ませんでした?」
スカーレットの問に御者は困惑気味に眉根を寄せた。
「ご令嬢を送り届けてすぐに帰ったようですが」
スカーレットの胸中を様々な感情が埋め尽くす。震える足を叱り飛ばし辻馬車の停留所に駆け込むと屋敷へ向かうよう指示を出した。
ようやく到着した我が家の門扉は固く閉ざされている。その正面には見慣れた人物が屹立していた。
「お兄様! これは一体どういうことですか!」
ガシャン、と金属音が鳴る。スカーレットの剣幕を受け流して兄であるカインは鼻をならした。
「パーティでの騒ぎは聞いている」
何故、という問は愚問なのだろう。馬車を帰らせるよう指示を出したのはカインだ。ならば、スカーレットが今日婚約破棄されることをこの男は知っていた。
「未来の王妃に無礼を働くとは何事だ」
耳を震わせる鼓動をスカーレットは必死の思いで落ち着かせる。
「知っていたのですか」
喉に力を込め、門の向こう側のカインを睨めつけた。
「私が今日婚約破棄されると知っていたのですか!」
夜の静寂をスカーレットの詰問が切り裂く。
だが、カインの表情は揺るがない。勝ちを確信した下品な笑みを崩さずに笑い飛ばす。
「だったらどうした」
じわりと鉄の味が口の中に広がった。
「王家へ嫁ぐ王太子妃は五大貴族の中から選ぶこと」
この国の始まりからその掟はずっと存在し続けている。先代先々代もしくはそのずっと先から紡がれてきた伝統だ。王家の尊い血を守るための絶対遵守の規律。
「その規律を破り男爵令嬢に明け渡すことを了承なさったのですか」
レグルス家から王太子妃が出るのは久しぶりであり、祖父の悲願であった。そのはずなのに。
スカーレットは改めて眼前の男を睨みつけた。
「カイン・レグルス侯爵!」
三年前、先代であり二人の父であるグランツが亡くなった。その時既に学園を卒業していたカインがそのまま侯爵位を継いだ。現在、レグルス家で一番権威を握っているのはこの男なのだ。
カインは怒りに震えるスカーレットを酷くうるさそうにしていた。
「そうだ」
カインの手が鉄格子のような門扉に伸びる。
「これでようやくお前を追い出せる」
ルビーの瞳が大きく揺れた。動揺を隠せず震える華奢な肩を楽しそうなカインの視線がなぞる。
「この家の全ては私のものだ」
耳鳴りがスカーレットから世界を遠ざける。見たくない、信じたくない。懐かしい思い出が数多眠る大好きな我が家が今はこんなに遠く冷たい。
「さようなら、ただのスカーレット」
膝から崩れ折れたスカーレットを満足そうに見下ろすとカインは踵を返した。
婚約破棄は薄々勘づいていた。兄が自分にだけ冷たいのも知っていた。
だが、それよりも、突然帰る場所を奪われた事実の方がずっとずっと痛かった。
視線をさ迷わせていると伯爵家の馬車の番をしていた御者と目が合う。
「あの、我が家の馬車を見ませんでした?」
スカーレットの問に御者は困惑気味に眉根を寄せた。
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スカーレットの胸中を様々な感情が埋め尽くす。震える足を叱り飛ばし辻馬車の停留所に駆け込むと屋敷へ向かうよう指示を出した。
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何故、という問は愚問なのだろう。馬車を帰らせるよう指示を出したのはカインだ。ならば、スカーレットが今日婚約破棄されることをこの男は知っていた。
「未来の王妃に無礼を働くとは何事だ」
耳を震わせる鼓動をスカーレットは必死の思いで落ち着かせる。
「知っていたのですか」
喉に力を込め、門の向こう側のカインを睨めつけた。
「私が今日婚約破棄されると知っていたのですか!」
夜の静寂をスカーレットの詰問が切り裂く。
だが、カインの表情は揺るがない。勝ちを確信した下品な笑みを崩さずに笑い飛ばす。
「だったらどうした」
じわりと鉄の味が口の中に広がった。
「王家へ嫁ぐ王太子妃は五大貴族の中から選ぶこと」
この国の始まりからその掟はずっと存在し続けている。先代先々代もしくはそのずっと先から紡がれてきた伝統だ。王家の尊い血を守るための絶対遵守の規律。
「その規律を破り男爵令嬢に明け渡すことを了承なさったのですか」
レグルス家から王太子妃が出るのは久しぶりであり、祖父の悲願であった。そのはずなのに。
スカーレットは改めて眼前の男を睨みつけた。
「カイン・レグルス侯爵!」
三年前、先代であり二人の父であるグランツが亡くなった。その時既に学園を卒業していたカインがそのまま侯爵位を継いだ。現在、レグルス家で一番権威を握っているのはこの男なのだ。
カインは怒りに震えるスカーレットを酷くうるさそうにしていた。
「そうだ」
カインの手が鉄格子のような門扉に伸びる。
「これでようやくお前を追い出せる」
ルビーの瞳が大きく揺れた。動揺を隠せず震える華奢な肩を楽しそうなカインの視線がなぞる。
「この家の全ては私のものだ」
耳鳴りがスカーレットから世界を遠ざける。見たくない、信じたくない。懐かしい思い出が数多眠る大好きな我が家が今はこんなに遠く冷たい。
「さようなら、ただのスカーレット」
膝から崩れ折れたスカーレットを満足そうに見下ろすとカインは踵を返した。
婚約破棄は薄々勘づいていた。兄が自分にだけ冷たいのも知っていた。
だが、それよりも、突然帰る場所を奪われた事実の方がずっとずっと痛かった。
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