【完結済】婚約破棄されたので魔法使いになろうと思います【R18】

風待芒

文字の大きさ
6 / 114
第一章「蜘蛛の糸」

2-1

しおりを挟む
 石畳を進んでいるような振動はやがて舗装された土の道に変わっていた。景色も人家の明かりの差し込む街中から月明かりが朧に照らす森の中へ進んでいるように見える。
「どこに向かってますの」
 オズはスカーレットを一瞥すると窓の外へと視線を戻した。
「僕の家だよ」
 どきりと心臓が大きく跳ねる。街中であれば乱暴されても他の家に駆け込めばどうにでもなると踏んでいた。だが、郊外の一軒家なら声を上げても気づかれない。逃げ出そうにも帰れるか分からないし無理に進めば野盗や野生動物に襲われる危険性がある。
 自身の浅慮さに呆れてものが言えない。
 視線を感じて顔を上げると蜜色の瞳と視線がかち合った。
「震えてるね」
「そんなことありませんわ」
 反射的に返したものの、声の震えまでは隠せなかった。
「怖いならやめておけばいいのに」
 それは着いてきたことも、アズロト地区へ向かおうとしていたことも含めているような響きだった。
「じゃあどうすればよかったっていうの」
 冷静になった今ならその時の愚かさが分かる。だが、その時の自分はそれが最善だと思ったのだ。
「帰る場所なんてない! 居場所だって奪われた後で」
 頭に血が登った自分とそれを冷静に眺める自分がいる。本当はあの場で問いただして喚き散らして泣いてしまいたかった自分とそれをはしたないと冷ややかに見つめる貴族令嬢の自分。今だって八つ当たりなんて見苦しいと心のどこかで冷たく声がする。
「頑張る理由も生きてる意味だってもうないのに」
 両親はそれぞれ事故と過労で死んだ。褒めてくれた暖かくて懐かしい我が家は既に兄のものとして思い出ごと居場所を踏みにじられた。
「いっそ殺してくれた方がマシだったわ」
 ユリア嬢が受けたという被害を全て受け入れていれば今頃は大罪人として投獄されていたかもしれない。
 その方が楽だった、と思う自分に気がついた。
「君が君自身を粗末にするのは好きにしたらいいけどね」
 好きにしたらいい、という言葉の割には語気の端々に怒りが滲んでいる。
「あの場所だけはやめておいた方がいい」
 そう言いながらオズは向かい合っていた席からスカーレットの隣へと移動した。
 不意に腰を抱かれ引き寄せられる。
「きゃっ」
 体が傾いたせいで互いの顔が近づいた。
「一度踏み込んでしまえば簡単に抜け出せない」
 低い声だった。
 甘い胸の高鳴りを打ちのめすようにスカーレットの腰にあった手は肩をなぞって細い首を捕らえた。オズが力を込めれば簡単に息が出来なくなる。暴れようとすれば即座に呼吸が奪われることだろう。
「死ぬことすら許されるとは限らない」
 死ぬより辛いことなど沢山ある。先刻実感したばかりの事実がスカーレットの心を捕らえた。
 オズの片手がドレスの上から太ももを撫でる。じわ、じわと裾が膝へと近づいてくるのを感じた。僅かでも抵抗すれば首が締まる。そう考えると身動ぎ一つすら恐ろしい。手足を縄で縛るだけが拘束ではないのだと嫌でも実感する。
 死にたくない。痛いのは嫌だ、怖いことも嫌だ。
「やめ、て……」
 ようやく絞り出した声は恐怖に染まっていた。
 ぴたりと止まったオズの手に安堵したのもつかの間。首を抑える手に僅かばかりの力がこもった。
「それで、やめてくれる人がいるとでも?」
 耳元で声がした。肺を必死に動かして息を吸って吐く。滲んだ視線を落とすと薄暗い馬車の中でスカーレットの白い膝があらわになった。
 太腿を直に触られ反射的に体が震える。スカーレットの視線の先に気がついたオズがわざとらしくゆっくりと撫ではじめた。往復しながら着実に内側へと侵入してくる。足を開かせようとする力は弱いのに素直にそれに応じる自分の体が恨めしい。
 早鐘を打つ心臓は死を間近にした恐怖からくるものか、期待に高鳴るものなのか分からない。恐怖だと思い込みたいのに、徐々に秘部へと近づいてくる手がもどかしくて腰が疼いてしまう。
 もう少して触れる、ひんやりとした外気が近づいてくる。
 その刹那、馬車が停車した。
「着いたみたいだね」
 たくし上げられたドレスは丁寧に下ろされ、拘束から開放される。安堵していいはずなのに離れていく温もりに胸が締め付けられた。
「行こうか」
 嫌だと言えばまだ引き返せるかもしれないと、淡い希望がよぎる。
 羽織ったままのマントからオズの香りがふわりと鼻先を掠めた。
 気がつくと立ち上がって馬車を降りていた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

処理中です...