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第五章「木漏れ日の欠片」
⑭
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「君の幸せのために名誉挽回は必要だろう」
だからといってオズが身を削るほどに駆け回る意味はあったのだろうか。気付かなかった自分の不甲斐なさにスカーレットは唇を噛む。
「爵位に関してはレティ次第だったけど」
「嫌だって、言ってたら……?」
「分家から引っ張ってくればいいじゃん」
「逃げたいって、言ってたら…………」
「それこそ、魔法を教えてから見送るつもりだったよ」
「お嫁さんになってって……」
「嫌なら真面目に勉強するでしょ」
ああ言えばこう言う言の葉の応酬。
最初からオズはスカーレットの選んだ道を応援するつもりだったのだろう。例えその先で自分が孤独になったとしても、努力が全て水の泡になったとしても。
「結果は僕がお嫁さんだったけど」
気恥ずかしそうにオズは自分の頬を掻く。
確かに結果だけ見ればオズの努力は全て実った形だ。だが、一歩間違えばすべて徒労で終わりかねなかった。
「最初は君が幸せならそばにいられなくてもいいやって思ってたけど」
表情を隠すような金の絹糸を払って抱き寄せる。
「僕の力で幸せにしたい」
ひくりとスカーレットの肩が跳ねた。震え始めた肩から押し殺したような泣き声が聞こえる。
「ね、だから笑って」
弾かれたようにスカーレットは顔を上げた。そのままオズに縋り付いて泣きじゃくる。
「オズ様も幸せじゃなきゃ嫌です!」
オズはそれが自分にしか出来ないことなら簡単に己を削って貶めてしまえるのだろう。それで生みだされた幸福など要らない。オズを犠牲に成り立つ平和など認めない。
「じゃあ、尚更」
スカーレットの涙を拭うと、そのまま輪郭をなぞる。
「レティの笑顔が見たい」
ここまで駆け抜けてきた彼の努力は無駄ではなかった。自分の笑顔でその想いに報いることが出来るのなら。
スカーレットはやや乱暴に涙を拭くと眦を下げて口角を吊り上げる。
きっと不格好な笑い顔だ。それでも返ってきた彼の笑顔が眩しいから間違いなんかじゃない。
これまでの間違いは全てここに辿り着くためのものだった。
「明日から、忙しくなりますね」
眠気が声に滲む。
スカーレットの手にオズのそれが重ねられた。
「でも、少し楽しみ」
密やかに、互いの瞬きさえ聞こえそうなほど近くで笑い合う。
そういえば、夜の長い眠りを共にするのは初めてかもしれない。朝は一人で迎えるものだった。少しだけ寂しかったのをスカーレットは思い出す。
それもこれもオズなりの気遣いなのだろう。多少強く思いをぶつけても構わなかったのにと思う反面、愛されている事実に今更ながら顔が火照る。
そんな日々は緩やかに終わった。明日はきっと新しい朝だ。
「おやすみなさい、オズ様」
「おやすみ、良い夢を」
二人で迎える新しい目覚め。そのための〝おやすみなさい〟
じっとしていられずにスカーレットは額をオズの胸に寄せた。応えるようにオズの腕が背中に伸びてくる。
やがて二人は眠りについた。
月が見守る中、夜の中に規則的な二つの寝息がとける。
空が夜明けに染まるまで、その横顔は穏やかなままだった。
だからといってオズが身を削るほどに駆け回る意味はあったのだろうか。気付かなかった自分の不甲斐なさにスカーレットは唇を噛む。
「爵位に関してはレティ次第だったけど」
「嫌だって、言ってたら……?」
「分家から引っ張ってくればいいじゃん」
「逃げたいって、言ってたら…………」
「それこそ、魔法を教えてから見送るつもりだったよ」
「お嫁さんになってって……」
「嫌なら真面目に勉強するでしょ」
ああ言えばこう言う言の葉の応酬。
最初からオズはスカーレットの選んだ道を応援するつもりだったのだろう。例えその先で自分が孤独になったとしても、努力が全て水の泡になったとしても。
「結果は僕がお嫁さんだったけど」
気恥ずかしそうにオズは自分の頬を掻く。
確かに結果だけ見ればオズの努力は全て実った形だ。だが、一歩間違えばすべて徒労で終わりかねなかった。
「最初は君が幸せならそばにいられなくてもいいやって思ってたけど」
表情を隠すような金の絹糸を払って抱き寄せる。
「僕の力で幸せにしたい」
ひくりとスカーレットの肩が跳ねた。震え始めた肩から押し殺したような泣き声が聞こえる。
「ね、だから笑って」
弾かれたようにスカーレットは顔を上げた。そのままオズに縋り付いて泣きじゃくる。
「オズ様も幸せじゃなきゃ嫌です!」
オズはそれが自分にしか出来ないことなら簡単に己を削って貶めてしまえるのだろう。それで生みだされた幸福など要らない。オズを犠牲に成り立つ平和など認めない。
「じゃあ、尚更」
スカーレットの涙を拭うと、そのまま輪郭をなぞる。
「レティの笑顔が見たい」
ここまで駆け抜けてきた彼の努力は無駄ではなかった。自分の笑顔でその想いに報いることが出来るのなら。
スカーレットはやや乱暴に涙を拭くと眦を下げて口角を吊り上げる。
きっと不格好な笑い顔だ。それでも返ってきた彼の笑顔が眩しいから間違いなんかじゃない。
これまでの間違いは全てここに辿り着くためのものだった。
「明日から、忙しくなりますね」
眠気が声に滲む。
スカーレットの手にオズのそれが重ねられた。
「でも、少し楽しみ」
密やかに、互いの瞬きさえ聞こえそうなほど近くで笑い合う。
そういえば、夜の長い眠りを共にするのは初めてかもしれない。朝は一人で迎えるものだった。少しだけ寂しかったのをスカーレットは思い出す。
それもこれもオズなりの気遣いなのだろう。多少強く思いをぶつけても構わなかったのにと思う反面、愛されている事実に今更ながら顔が火照る。
そんな日々は緩やかに終わった。明日はきっと新しい朝だ。
「おやすみなさい、オズ様」
「おやすみ、良い夢を」
二人で迎える新しい目覚め。そのための〝おやすみなさい〟
じっとしていられずにスカーレットは額をオズの胸に寄せた。応えるようにオズの腕が背中に伸びてくる。
やがて二人は眠りについた。
月が見守る中、夜の中に規則的な二つの寝息がとける。
空が夜明けに染まるまで、その横顔は穏やかなままだった。
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