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第六章「一角馬の角」

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「次に私が両親を死に追いやった、との疑惑ですが」
 あえて気付かないふりでもしているのか、カインは芝居じみた大仰な仕草でカルロスに問いかけた。
「証拠はあるのでしょうか」
「無論である」
 宰相に目配せをするとカインの前に置かれた机に資料が並べられていく。
 エヴァの事故の際、本来ならレグルス家の御者が馬車を扱う予定だった。その御者を外すためにカインはわざと長時間の用事を作り仕事を外させた。そして腕の悪い流しの御者を雇い、彼に悪路を走行するよう指示した。その道順を示した地図。
 さらに、件の流しの御者は事故後逃亡しており、数年後郊外のスラムで宿無しになっている所を捕縛された。金髪の身なりのいい少年に金を積まれてやったと力無く白状した。その調書。
 そして事故後検分された馬車の調査結果。その偽装される前の原本。
 内容を見ると、もともと壊れやすい細工が施された形跡が確認できたらしい。
 だがその調査結果をカインは役人を買収して偽装させた。ものぐさな役人は偽装するために使用した元の書類を机にしまったまま放置しており、彼の移動後掃除しようとした部署の者が偶然見つけたものだ。
 そして、最後がエヴァの手記。亡くなる二年ほど前からカインの暗く静かな殺意を感じると記述があった。日記の最後になるとほとんどカインに怯える旨が記されていた。その中に気になる箇所が書き写されている。
 〝あの子は自分を虐待した母親と私を混同している。妹と私は似ているとよく言われていたから無理もない。けれど私がこのことを口にしてしまえば逆上してしまうかもしれない。何をしでかすか分からない。その矛先がスカーレットに向くことが私はいちばん恐ろしい〟
 エヴァの手記を見て以降、カインの表情が明らかに変わった。
「この資料は誰が用意したものですか?」
「グランツが信頼の置けるものに託したのだ」
 その者は「スカーレットの身をカインが脅かすような事があれば陛下に渡してくれ」とグランツからこれらの証拠を渡されたのだ。
「陛下」
 取り繕うとはしているのだろうか。だが、言葉の端々に苛立ちが滲んでいる。
「どなたなのですか?」
 具体的な名前を教えろ、とカインの目は語っていた。教えたが最後、その人物を地の果てまで追い詰め惨い仕打ちをするのだろう。エヴァの恐怖の一端だけでもそこに表れているようだった。
 重々しい表情のカルロスが口を開く。
「我が国の第一王子だ」 
 瞬きの瞬間、カインから表情というものがごっそり抜け落ちた。絶望に染まった眼差しでレオナルドへと視線を滑らせる。当然ながらレオナルドは目を合わせようとすらしない。
 俯き、何かに耐えるように肩を震わせる。絶えず何かを発しているようだが、内容に関しては容量を得ない。
 その顔が不自然な勢いで持ち上がった。
「これは何かの間違いだ!」
 叫ぶやいなや眼前の机に向かった。憤然とした面持ちで証拠資料たちを腕で払い落とし、引き裂き、踏みにじる。
 我に返った衛兵がカインを取り抑えようと動いた。
「陰謀だ! 策略だ! 私は嵌められたんだ!」
 カルロスにすら殴りかかりそうな剣幕は屈強な衛兵たちが制している。
「私ではなくスカーレットが妾腹ではないのですかァ!」
 そうだ、きっとそうに違いない。自分の中でそう結論づけることにしたのだろう。カインが落ち着きをみせた。
 乱れた髪を撫で付け、激しく肩を上下させながら役者の仮面を被る。
「血縁関係の証明は出来ないのが残念ですよ」
「そうだな」
 確かに、その証明をすることは難しい。だがそれはあくまでも〝難しい〟だけで出来ないことも無い。
「では、証拠を示すとしよう」
 カルロスはそう言うと自分の肩越しに影を振り返った。
「魔道士」
 ややあって靴音と共に闇色のローブの人影が姿を見せる。
「はい」
 魔道士の腕の中には簡素なジュエリーボックスがあった。王の傍らで跪くと蓋を開けて前に出す。
「このペンダントは装着者の血縁関係を示すものだ」
 指し示されたのは何の変哲もないシンプルなペンダントだ。手のひらに握ってしまえる大きさの銀の台座に透明な楕円状の石がはめ込まれている。
 カルロスはまず、一つを自分の首にかけた。
「レオナルド」
「はっ」
 機敏な動作でカルロスの前まで来ると、ボックスからペンダントを取り出し胸にかける。
 ほんの数秒ほどで石の中心から色が滲み出てきた。冴え渡るような紅だ。
「これが親子の色、か」
 魔道士に視線をやると首肯するように頭を垂れる。
「エステル」
「はい」
 名を呼ばれたエステルは同じようにカルロスの眼前まで進み出た。
 エステルがきたことを確認するとカルロスは自分が下げていたペンダントをエステルにつけてやる。
「魔道士よ、同じ親から生まれた子らであったなら色は何色となる」
「は、飴のごとき琥珀色でございます」
 衆目へと体を向けたエステルの胸元を彩る色はやや黄みがかった琥珀色だった。どよめく周囲だったが、母親が違うため完全な琥珀色にはならないだろうとすかさず魔道士が補足する。
 魔道具たるペンダントをレオナルドとエステルがそれぞれジュエリーボックスの中に戻した。
 だが貴族たちのさざめくような声は止みそうもない。血縁関係を確認するための道具があることは分かった。だが、道具があった所で証明が出来る訳では無いのだ。
 冷水をかけるべく、カルロスは息を吸い込む。
「入って参れ」
 しんと静まり返った部屋の中で扉の開く音だけが響き渡った。ドレス姿の人物が立っていること以外は、雷鳴が逆行となり判然としない。
 洗練された所作で陽の当たるところに進み出る。彼女が何者であるか、そう理解したもの達が中心となって驚嘆が広がった。
「お久しぶりでございます、皆々様」
 板に付いた、流れるような所作。絹糸を束ねたかのような眩い金髪。そして、その血筋の正当さを見せつけるようなルビーの瞳。
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