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第六章「一角馬の角」

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「スカーレット嬢………!」「生きていたのか」「相変わらずお美しい」
「だが、今まで一体どこに」「どこか知り合いの家にでも匿われていたか」
 ざわめきは憶測の噂を広めながら大きくなっていく。
 足が震える。スカーレットは視界の隅でひらめくものに気がついた。顔を上げると人目がないのをいい事にオズがこちらに手を振っているではないか。フードで目元までは見えないが、垣間見える唇は両端がつり上がっている。こんな時だと言うのに、呑気なものだ。だが、その呑気さに救われる。
 スカーレットは再び背筋を伸ばして前を向いた。
「静粛に!」
 宰相の声に水を打ったような静寂が再び訪れる。
 進み出たオズからペンダントを受け取るとスカーレットは自分の首にかける。カインには衛兵が掛けたようだ。
 じわりと滲み出た色はエメラルドの様な濃い翠。
 親子の赤でも、兄弟の琥珀でもない色。
 静まり返った空気に驚愕が滲む。
「兄妹、ではない……?」
 カインは歯噛の中で忌々しげな表情を、スカーレットは予想がついていたのか憐憫の滲んだ視線でカインを一瞥すると目を伏せた。
「もう一人、証人を出そうか」
 王が片手を上げると再び扉が開いた。動く影は三人分。椅子に括り付けられたまま、虚ろな目をした男とその椅子を押している衛兵たちだ。
 ざわめきの中で聞こえる声を抽出すると、そのほとんどが誰何の疑問だ。
 スカーレットからペンダントを受け取ったオズはその男の前に進みでるとペンダントをかけてやる。
 ややあって再び色が滲み出た。
「親子の赤だ……」
 この男は隣国のスラムで発見された男である。麻薬の売人で逃げ場がないと判断したのか所持していた薬を一気に煽り、廃人同然になってしまった。
 スカーレットの母親の妹・エブリンを孕ませ逃亡した男。カインの本当の父親。
 グランツ夫妻が庇っていた事実が明らかになっていく。受け止めきれないのか、すっかりしぼんでしまった体でカインは拒むように震えていた。

 怒号と罵声がカインを殴りつける。その度に肩が大きく跳ねた。

 拒絶するようにカインは両耳を塞いで呆然と喘いだ。
「うあ、ぁ、あ……」
 体が左右に大きく震える。すでに声は止んでいるというのに、だ。
 明らかに異様な姿にスカーレットはつい手を伸ばした。
「お兄様……?」
「うるさい!」
 差し伸べられた手を叩き落とすとカインは濁った眼でスカーレットを見つめる。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
 壊れた玩具のように言葉を繰り返す。その声が一瞬、低くなった。
「全部、お前のせいだ」
 一歩、スカーレットに近寄る。一歩、まるで動く死体リビングデッドのように。一歩、明らかに理性を失った血走った眼で。
「お前がいるから…………」
 ダン、とカインの足元で大きな音がした。
「お前のせいで!!」
 握った拳を振りかざしスカーレットに襲いかかる。
 兄ではないと証明されてしまっても、そう信じて過ごした日々がスカーレットの足を縫いつけた。両手を前に翳し固く目を閉ざす。その華奢な肩に手が伸ばされる。
 刹那、何かがぶつかり合う低く鈍い音と男性のくぐもったうめき声がスカーレットの耳に届いた。
 
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