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第六章「一角馬の角」

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 そろそろと目を開けると覚えのあるぬくもりに包まれていることに気がついた。カインと接触するより一手早くオズがスカーレットを引き寄せたのだ。
 その拳は分厚いガラスの板のような防御魔法に阻まれている。全力で殴りつけたせいで僅かに血が滲んでいるようだった。
「レティ、大丈夫?」
 油断すれば聴き逃してしまいそうな声。フードのから僅かに確認できる瞳は気遣わしげな色をしていた。
「はい」
 また助けてられてしまった。緩んでしまった緊張を頭を振って貼り直し顔に力を込める。
「なんだ、お前!」
 痛覚がだいぶぼやけてきたのだろう。威勢を取り戻したカインが邪魔者を睨みつけた。
 顔をカインの方に向けたことでフードの下の面差しが垣間見える。
 薄暗がりの中で浮かび上がる金色は怜悧に冴え渡っていた。爆発的な怒りではなく、絶対に許さないという冷ややかな憎悪に満ちた瞳。
 その一睨みで戦意を喪失したのか短い悲鳴をあげると目に見えて大人しくなった。
 物足りないとばかりに小さく嘆息するとオズはスカーレットを解放する。
「無礼をお許しください」
「いえ、ありがとうございます」
 一介の魔道士に過ぎないオズは役目を終えると定位置に戻った。
「申し開きはあるか? カイン・レグルス」
 だらりと項垂れた頭を横に振って答える。
 短時間で老け込んでしまったようなカインに胸が痛んだのかカルロスは言葉を詰まらせた。だが、情だけで回る世界は無い。躊躇いを取り消すように言葉を続けた。
「これよりお前の侯爵位は剥奪」
 あくまで淡々と、国王の重く厳かな沙汰が項垂れた肩にのしかかる。
「名誉の毀損、殺人、身分偽装の罪でシャナルクへの流刑に処す」
 シャナルクは南部に位置する辺境の地だ。南部と言っても暖かい南国という訳では無い。一年のほぼ八割が呼吸すら過酷なほどの猛暑。熱病や虫に常に怯える毎日を過ごす羽目になる。周辺諸国からも近く、戦争の際は真っ先に敵が進軍してくる地だ。来るものも出るものも拒む要塞であり監獄。
 生きて出られたとしても途中で暑さに耐えきれずそのまま亡くなる例が後をたたない。シャナルクまでの道は脱獄者の死体で出来ているといわれるほどだ。
「異論のあるものはおらぬか」
 ある意味、死よりも辛い刑だ。憐憫はあっても異議ありと口にするものは誰一人として現れない。
「でんか…………」
 か細い声でカインは友人だったレオナルドを呼ぶ。だが
「レオナルド」
 アデーリアがレオナルドを制するように呼び付けた。
「あの罪人となにかあったのですか?」
 凍てつくような冷たい瞳。
 ここでレオナルドがカインを庇い立てするようであれば彼女は容赦なくレオナルドを切り捨てるのだろう。実の息子であっても。それがアデーリアの強さであり恐ろしさだ。
 二者択一を迫られたレオナルドの頬を汗が伝う。
 やがて笑みを浮かべるが、その先はもちろん自分の母親にだ。
「いえ、すべてあの者の妄言です。母上」
 夕焼け色の瞳が切り捨てられた絶望に染まる。
「スカーレット」
 引きつった笑みでカインはスカーレットの方を向いた。再び歩み寄ろうとしたところを衛兵たちに捕らえられ膝を床に付ける。
「お前からも何か言ってやってくれ」
 なおも必死に顔を上げてなんとか取り縋ろうと足掻いているようだった。
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