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第六章「一角馬の角」

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「俺たち、兄妹だろう?」
 場違いなほど哀れに歪んだにやけ面から飛び出した単語に、スカーレットが真っ先に感じたのは嫌悪。
 今更なんのつもりだ。兄と呼んでも慕ったことなど一度もない。そも慕う機会すらなかった。顔を合わせれば聞かされる自慢話苦労話、愚痴や罵倒の数々。あの夜に味わった絶望は忘れることが出来ないのだろう。
 激昂のままに言葉を叩きつけようと喉に力を込めたところで、やめた。
「申し訳ありません」
 スカーレットは兄を否、従兄弟を追い詰め追放しようとしている。叶えたい夢ができた。それを叶えるために今から見知った人を切り捨てる。
 邪魔者はどんな手段を使ってでも蹴り落とす。それは貴族の流儀であるし、罪の殆どはカインの自業自得だ。
 だが、自らを正当化することはしない。自分の罪としてカインの一挙一動をつぶさに見つめる。忘れない為に。
「侯爵家は……」
 ポツリと呟いてその横顔に感情が戻る。まだ、使える手があった。そう言わんばかりに殊勝な領主の振りをして足掻く。
「侯爵家はどうなるのですか!?」
 侯爵家からカインを追い出すということは、レグルス家の当主の座が空席になってしまうではないか。
 けれどカインがようやく見つけた憂いの種は最初から回収されている。
「これより、スカーレットをレグルス女侯爵として認める」
 胸に手を当てるとスカーレットは臣下の礼として跪いた。
「身に余る光栄。粉骨砕身の覚悟で拝領致します」
 ぱらぱらと拍手がしたが、殆どの貴族の顔色は芳しくない。それもそのはずだ。
「陛下」
 その場の貴族たちの意見を代弁するように宰相が口を開いた。
「令嬢が爵位を継ぐには婚約者が必要になります」
「そうだな」
 地位についてから婚約者を探すのでは無い。その地位につく時点で配偶者、または婚約者が必要なのだ。
「だが、スカーレットは一度婚約を破棄された令嬢」
 婚期を迎えても相手がいない令嬢と一度婚約破棄された年頃の令嬢では雲泥の差が生まれる。それほど婚約破棄されたという事実は瑕疵になる。
「婚約者選びにも相当苦労しよう」
 重い事実と裏腹に何人かの貴族の顔色が変わった。この場で子を差し出せば侯爵家にも王家にも恩が売れる、そう考えたのだろう。
「王家としてもレグルス家への不義理がある」
 幼少期から今までをスカーレットは王太子の婚約者として過ごした。妃に相応しい教養も貞操観念すら叩き込んで縛り付けたようなものだ。挙句の果てに受けた仕打ちが婚約破棄。婚約を破棄する理由も一方的、罪状もそのほとんどがでっち上げか冤罪。
 奇しくもカインがスカーレットを追放したことで生じた混乱のお陰で王家は追及を免れただけ。紙一重の内乱回避。
 そのための尻拭いが必要だ。
「我がメイジス国王家が第一王子を婚約者として降家させよう」
 貴族たちの瞳がレオナルドへと一身に注がれた。
 スカーレットの柳眉が微かに跳ねる。だが、異論を返すでもなく粛々と沙汰に従うつもりのようだ。
「ご高配、感謝いたします」
 それまでしかめっ面しい表情だったカルロスが好々爺然とした笑みを浮かべて頷き返す。


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